1.Trigger on.
貴方のお名前は?
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目立った怪我もなく、数日でいつもの調子を取り戻した私に退院の許可はあっさりと降りた。暫くは安静にすることと、通院は義務付けられたものの、これで晴れて自由の身というわけである。
荷物は全て祖母に任せ、私はとある場所へ足を向ける。攻め込んできた甲殻類はボーダーという組織によって殲滅させられたらしいが、東三門周辺はほぼ壊滅、立ち入り禁止の黄色いテープがそこらを巡っている。公園もこの中にあるため、確認することはできない。
危ないとわかっていても未練がましくその景色を眺めてしまうのは、しょうがないのだろう。幼い命をこの手で振り払い、自分だけのうのうと生きながらえているというのは、なんて図太い。
「……ごめん……ごめん、なさい」
もう枯れてしまったと思っていた涙が、また頬を流れ落ちる。心が軋み、嗚咽混じりの声が汚らしく惨めにも喉からこぼれ落ちる。
まだ決まっていない、まだ決まってはいないけれども。私はあの子の無事を確かめるすべを、持ち合わせてはいないのだ。
「……そこの人、あまり近づくと危ないですよ」
不意に声変わり途中の掠れた音が背後から投げかけられ、ピタリと涙が止まる。振り向けば、カラー半透明のゴーグルをつけた男の子がこちらをじっと見据えていた。見た感じでは、私や弟とそう変わらない年齢だろう。
「あっちに家があるんですか?」
「え……うん、でも、家じゃなくて……私が見てたのは」
見ていたのは、家より少し奥にある公園だ。しかしそれをこの少年に言ったところで、何が起きるわけでもないので口をつぐむ。彼は特に気にした様子もなく、ただ私と同じ方向を見て「へえ」と呟くだけだった。
「何か、取ってきたいものとか無いんですか?」
「取ってきたいもの……ううん……」
無いんですかと聞きながら、彼の言葉はどこか断定的だった。ぼんやりと家の中にあったものを思い浮かべてみたが、これといって欲しいものはない。あったとしても、もう瓦礫の下になってしまっているだろう。
「無い、と思う……けど」
家にはたしかに無い。けれど、もしあの公園が無事であれば、一つだけ、一つだけ欲しいものがあった。
「公園に、空気の抜けたボールを忘れてきたから、それがあれば欲しいかなあ」
言うに事欠いてボールである。流石にこの発言には彼も笑うだろうかと思えば、彼は確かに笑っていた。しかしそれは馬鹿にするような笑みではなく、人を安心させるための、大人っぽい笑みだった。
「任せてください」
彼はそう言うと、有刺鉄線を飛び越えて、立入禁止区域の中へと駆けて行った。
彼の背中は一瞬にして小さくなり、ぽんぽんと軽やかに地面を蹴っている。普通の人間とは思えない動きに思わず身を乗り出しそうになって、仕切りに足を引っ掛けた。たたらを踏んだ私の様子を見たものはいないが、何だか気恥ずかしい。誤魔化すように地面に座り込む。
それから時間にして数分と経たないうちに彼は戻ってきた。手には思い出のボールが握られており、記憶よりかなり小さく泥だらけになっていた。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
ベコベコになったボールは、はたしてボールと言って良いかも不明な状態だ。それでも私とあの子を繋ぎ止めるモノが手元にあるのが嬉しくてたまらなかった。
「本当に、ありがとう」
もう一度頭を下げながらお礼を言って、来た道を戻っていく。彼はお互いの姿が視認できなくなるまで、小さく手を振ってくれた。
荷物は全て祖母に任せ、私はとある場所へ足を向ける。攻め込んできた甲殻類はボーダーという組織によって殲滅させられたらしいが、東三門周辺はほぼ壊滅、立ち入り禁止の黄色いテープがそこらを巡っている。公園もこの中にあるため、確認することはできない。
危ないとわかっていても未練がましくその景色を眺めてしまうのは、しょうがないのだろう。幼い命をこの手で振り払い、自分だけのうのうと生きながらえているというのは、なんて図太い。
「……ごめん……ごめん、なさい」
もう枯れてしまったと思っていた涙が、また頬を流れ落ちる。心が軋み、嗚咽混じりの声が汚らしく惨めにも喉からこぼれ落ちる。
まだ決まっていない、まだ決まってはいないけれども。私はあの子の無事を確かめるすべを、持ち合わせてはいないのだ。
「……そこの人、あまり近づくと危ないですよ」
不意に声変わり途中の掠れた音が背後から投げかけられ、ピタリと涙が止まる。振り向けば、カラー半透明のゴーグルをつけた男の子がこちらをじっと見据えていた。見た感じでは、私や弟とそう変わらない年齢だろう。
「あっちに家があるんですか?」
「え……うん、でも、家じゃなくて……私が見てたのは」
見ていたのは、家より少し奥にある公園だ。しかしそれをこの少年に言ったところで、何が起きるわけでもないので口をつぐむ。彼は特に気にした様子もなく、ただ私と同じ方向を見て「へえ」と呟くだけだった。
「何か、取ってきたいものとか無いんですか?」
「取ってきたいもの……ううん……」
無いんですかと聞きながら、彼の言葉はどこか断定的だった。ぼんやりと家の中にあったものを思い浮かべてみたが、これといって欲しいものはない。あったとしても、もう瓦礫の下になってしまっているだろう。
「無い、と思う……けど」
家にはたしかに無い。けれど、もしあの公園が無事であれば、一つだけ、一つだけ欲しいものがあった。
「公園に、空気の抜けたボールを忘れてきたから、それがあれば欲しいかなあ」
言うに事欠いてボールである。流石にこの発言には彼も笑うだろうかと思えば、彼は確かに笑っていた。しかしそれは馬鹿にするような笑みではなく、人を安心させるための、大人っぽい笑みだった。
「任せてください」
彼はそう言うと、有刺鉄線を飛び越えて、立入禁止区域の中へと駆けて行った。
彼の背中は一瞬にして小さくなり、ぽんぽんと軽やかに地面を蹴っている。普通の人間とは思えない動きに思わず身を乗り出しそうになって、仕切りに足を引っ掛けた。たたらを踏んだ私の様子を見たものはいないが、何だか気恥ずかしい。誤魔化すように地面に座り込む。
それから時間にして数分と経たないうちに彼は戻ってきた。手には思い出のボールが握られており、記憶よりかなり小さく泥だらけになっていた。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
ベコベコになったボールは、はたしてボールと言って良いかも不明な状態だ。それでも私とあの子を繋ぎ止めるモノが手元にあるのが嬉しくてたまらなかった。
「本当に、ありがとう」
もう一度頭を下げながらお礼を言って、来た道を戻っていく。彼はお互いの姿が視認できなくなるまで、小さく手を振ってくれた。