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貴方のお名前は?
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神様は不公平だ。
そんな使い古された言葉しか出てこない自分は、やっぱりどこか劣っていると感じてしまう。旗揚げ公演の時はそれどころではなかったために、押さえつけてきた劣等感がそっと芽を出した。
「カントク?」
ああ、心配そうに見つめないでほしい。何事も水やり3年が口癖の彼だけれど、冗談じゃない。こんなものは、早く摘み取ってもらいたいものだ。
カラナデシコ
彼にことが目につくようになったのは、冬組の公演準備中である。数少ない経験者の中で、謙遜を重ねた謙遜。それは彼自身の自信のなさがそうさせていたのだが、謙遜は時に侮辱になる。最初はそれが丞さんのように、目についてしまうだけなのだと思っていた。
けれど、GOD座のタイマンACTを決めた彼は、とても堂々としていて、演劇が好きでたまらない、一人のプライドを持った役者であった。「才能がない」と言われ、逃げ出し、また演劇の道に。それは自分も同じだ。だからこそ刺さった決意。その時純粋に、いいなあと思ってしまったのだ。
そこからは大変だった。自覚をしてしまって、こうして冷静に分析をした今、彼をみるたびに胸の中にしこりができているような感覚がする。元々大根の私では、聡い彼の前で隠し続けるのは無理がありすぎた。
春組の二回目公演を理由に避けていたのだが、やはり長くは続かない。私の目の前には、逃がさないとばかりに、私の後ろの壁に手をついた彼。
「……」
左京さん曰く、こちらを見透かされてるような彼の目には、私の醜い心が写ってしまっているのだろうか。ならばせめてに抵抗に、俯くことは許してほしい。こんな感情は、総監督としては相応しくない。
「……カントク」
寂しそうな声。思わず顔を上げそうになるのを、グッと堪える。
「カントク、俺、何かしちゃいましたか……?」
「そ、そんなことはないのですが、あの……」
「では、時々無性に視線を感じるのに、目が合うと逃げてしまうのは、どうしてですか?」
「う……」
「言いたいことがあるのなら、言ってください……なんて、俺が言えたことではないですけど」
柔らかい声音で囁く彼は、きっと優しく微笑んでいるのだろう。冬組なのに、南国の海を溶かしたような瞳で、全てを許すような顔をしているのだろう。今、そんな目を見てしまえば、私の思いが溢れてしまう。
「言えば……軽蔑します」
「軽蔑?」
「お願いです、紬さん」
「怖がらないで、傷つけたいわけじゃ」
「嫌なんです。やめて」
ーー近寄らないで。
「っ……」
「あ、違っ」
顔に伸ばされた手を、つい叩き落とす。
「すいません、そんなに嫌われてしまったとは……落ち着いたらでいいんで、俺が何をしてしまったのか話してください。ちゃんと俺も考えますから」
「ぁ……」
伸ばし返した手が空を切る。
「ぁあぁぁあ……!!」
踵を返した彼の表情は、上手く見れなかった。
失格だ。なんでもっと上手く取り繕えない。あんな言葉を投げかけても、こちらを気遣ってくる人間のでき方に、罪悪感と劣等感で峰が押しつぶされそうになる。
ーーーーーーーーー
朝。誰よりも早く起きては、昨夜ひどく泣き腫らした目を冷やしに洗面台の前に立つ。鏡の中の自分は、人前には到底立てない顔をしていた。充血し、腫れぼったい目。こすり過ぎて切れた目尻。濃い隈。青白い肌。それら全てをいつもより濃いめの化粧と髪の毛で隠す。
こうしてみると、女性であることはとても便利だ。機嫌が悪いことも、暫くすれば月一のせいにできる。勿論、男所帯で公言する気は無いのだけれど、女兄弟もいる団員が、勘違いで流してくれることを期待する。
その為には、早くこのモヤモヤを取っ払わなければならない。
だと言うのに。
「なんでここに来ちゃうかなあ……」
自分がいるのは中庭。それもいつも彼が育てている植物たちが生い茂る、中心部分である。
「また知らない花が増えてる……」
目に止まったのは、小さな花。花弁の先は波打ち、部分的に違うものもあるが、ほぼ毒々しいショッキングピンクである。
「似合わない……なあ」
誠に勝手ながら、育て主の顔を思い浮かべても、この花はなんだか似合わない気がした。
似合うのはきっとーー
「今の私の気持ちかなあ」
「それはショックですねえ……」
「!?」
振り向くと、庭作業の道具を持った彼が立っていた。
「あはは、おはようございます……やっぱり腫れちゃいましたか」
「つ、紬さん……」
「昨日よりは落ち着きました?」
ふわり。つなぎを着た彼が笑う。
「……」
「あ、また暗い顔ですね」
「どうして、そんなに心配してくれるんですか」
「そりゃあ、カントクが落ち込んでいたら誰でも心配しますよ」
ジクリ。
「俺は、特にカントクに感謝してるんです」
ジクリ。ジクリ。
「だからカントクに嫌われたままでいるのが、とても心苦しくて……」
「やめて!!」
自分の嫌に響く声にもイライラする。役者だ。そうだ役者として積み上げてきた全てを否定された気分だ。技術も能力も何もかも、無駄だとは思わない。現にこのカンパニーでは、それを昇華できている。
「私は! ……私は」
「……はい」
「なりたくてなったわけじゃない……! 舞台に、舞台は、立ちた……私は!」
違う。役者として立ち続けなかったのは、私の意思だ。
「私は、大根だけど、舞台に立っているのが好きで。今でも立ちたいって気持ちがあって」
返事なんて、待ってられない。
「でもそれは出来なくて! もう監督としてしか舞台に携われなくて」
壊れたジュークボックスのように、語り続ける。
「エゴだってわかってる! 自分勝手だって! 勝手に貴方に嫉妬して、舞台に立ち続ける貴方が妬ましくて! なのに人を惹きつける繊細な動きも、技術も持っているのに、まるでそれがなんでもないみたいに謙遜する貴方が……」
勢いをつけて立ち上がり、凪いだ瞳をきつく睨みつける。
「役者のあなたが……嫌い……です」
「はい。でも俺は好きですよ」
ーーは?
「今、何て」
「俺はご存知の通り演劇が好きです。そしてその場所を作り出す貴女も好きです」
「……」
「俺のことが嫌いなのは、役者としてのカントクですよね? 監督として……違うな。1人の女性としてのカントクはどうですか?」
1人の女性としての自分……?
「もし答えが出て、結果が変わらなければ、その花、摘んで俺に渡してください」
「え」
「それはセキチク、又の名をカラナデシコって言うんですが、人に渡した時の花言葉はーー」
『あなたが嫌いです』
そんな使い古された言葉しか出てこない自分は、やっぱりどこか劣っていると感じてしまう。旗揚げ公演の時はそれどころではなかったために、押さえつけてきた劣等感がそっと芽を出した。
「カントク?」
ああ、心配そうに見つめないでほしい。何事も水やり3年が口癖の彼だけれど、冗談じゃない。こんなものは、早く摘み取ってもらいたいものだ。
カラナデシコ
彼にことが目につくようになったのは、冬組の公演準備中である。数少ない経験者の中で、謙遜を重ねた謙遜。それは彼自身の自信のなさがそうさせていたのだが、謙遜は時に侮辱になる。最初はそれが丞さんのように、目についてしまうだけなのだと思っていた。
けれど、GOD座のタイマンACTを決めた彼は、とても堂々としていて、演劇が好きでたまらない、一人のプライドを持った役者であった。「才能がない」と言われ、逃げ出し、また演劇の道に。それは自分も同じだ。だからこそ刺さった決意。その時純粋に、いいなあと思ってしまったのだ。
そこからは大変だった。自覚をしてしまって、こうして冷静に分析をした今、彼をみるたびに胸の中にしこりができているような感覚がする。元々大根の私では、聡い彼の前で隠し続けるのは無理がありすぎた。
春組の二回目公演を理由に避けていたのだが、やはり長くは続かない。私の目の前には、逃がさないとばかりに、私の後ろの壁に手をついた彼。
「……」
左京さん曰く、こちらを見透かされてるような彼の目には、私の醜い心が写ってしまっているのだろうか。ならばせめてに抵抗に、俯くことは許してほしい。こんな感情は、総監督としては相応しくない。
「……カントク」
寂しそうな声。思わず顔を上げそうになるのを、グッと堪える。
「カントク、俺、何かしちゃいましたか……?」
「そ、そんなことはないのですが、あの……」
「では、時々無性に視線を感じるのに、目が合うと逃げてしまうのは、どうしてですか?」
「う……」
「言いたいことがあるのなら、言ってください……なんて、俺が言えたことではないですけど」
柔らかい声音で囁く彼は、きっと優しく微笑んでいるのだろう。冬組なのに、南国の海を溶かしたような瞳で、全てを許すような顔をしているのだろう。今、そんな目を見てしまえば、私の思いが溢れてしまう。
「言えば……軽蔑します」
「軽蔑?」
「お願いです、紬さん」
「怖がらないで、傷つけたいわけじゃ」
「嫌なんです。やめて」
ーー近寄らないで。
「っ……」
「あ、違っ」
顔に伸ばされた手を、つい叩き落とす。
「すいません、そんなに嫌われてしまったとは……落ち着いたらでいいんで、俺が何をしてしまったのか話してください。ちゃんと俺も考えますから」
「ぁ……」
伸ばし返した手が空を切る。
「ぁあぁぁあ……!!」
踵を返した彼の表情は、上手く見れなかった。
失格だ。なんでもっと上手く取り繕えない。あんな言葉を投げかけても、こちらを気遣ってくる人間のでき方に、罪悪感と劣等感で峰が押しつぶされそうになる。
ーーーーーーーーー
朝。誰よりも早く起きては、昨夜ひどく泣き腫らした目を冷やしに洗面台の前に立つ。鏡の中の自分は、人前には到底立てない顔をしていた。充血し、腫れぼったい目。こすり過ぎて切れた目尻。濃い隈。青白い肌。それら全てをいつもより濃いめの化粧と髪の毛で隠す。
こうしてみると、女性であることはとても便利だ。機嫌が悪いことも、暫くすれば月一のせいにできる。勿論、男所帯で公言する気は無いのだけれど、女兄弟もいる団員が、勘違いで流してくれることを期待する。
その為には、早くこのモヤモヤを取っ払わなければならない。
だと言うのに。
「なんでここに来ちゃうかなあ……」
自分がいるのは中庭。それもいつも彼が育てている植物たちが生い茂る、中心部分である。
「また知らない花が増えてる……」
目に止まったのは、小さな花。花弁の先は波打ち、部分的に違うものもあるが、ほぼ毒々しいショッキングピンクである。
「似合わない……なあ」
誠に勝手ながら、育て主の顔を思い浮かべても、この花はなんだか似合わない気がした。
似合うのはきっとーー
「今の私の気持ちかなあ」
「それはショックですねえ……」
「!?」
振り向くと、庭作業の道具を持った彼が立っていた。
「あはは、おはようございます……やっぱり腫れちゃいましたか」
「つ、紬さん……」
「昨日よりは落ち着きました?」
ふわり。つなぎを着た彼が笑う。
「……」
「あ、また暗い顔ですね」
「どうして、そんなに心配してくれるんですか」
「そりゃあ、カントクが落ち込んでいたら誰でも心配しますよ」
ジクリ。
「俺は、特にカントクに感謝してるんです」
ジクリ。ジクリ。
「だからカントクに嫌われたままでいるのが、とても心苦しくて……」
「やめて!!」
自分の嫌に響く声にもイライラする。役者だ。そうだ役者として積み上げてきた全てを否定された気分だ。技術も能力も何もかも、無駄だとは思わない。現にこのカンパニーでは、それを昇華できている。
「私は! ……私は」
「……はい」
「なりたくてなったわけじゃない……! 舞台に、舞台は、立ちた……私は!」
違う。役者として立ち続けなかったのは、私の意思だ。
「私は、大根だけど、舞台に立っているのが好きで。今でも立ちたいって気持ちがあって」
返事なんて、待ってられない。
「でもそれは出来なくて! もう監督としてしか舞台に携われなくて」
壊れたジュークボックスのように、語り続ける。
「エゴだってわかってる! 自分勝手だって! 勝手に貴方に嫉妬して、舞台に立ち続ける貴方が妬ましくて! なのに人を惹きつける繊細な動きも、技術も持っているのに、まるでそれがなんでもないみたいに謙遜する貴方が……」
勢いをつけて立ち上がり、凪いだ瞳をきつく睨みつける。
「役者のあなたが……嫌い……です」
「はい。でも俺は好きですよ」
ーーは?
「今、何て」
「俺はご存知の通り演劇が好きです。そしてその場所を作り出す貴女も好きです」
「……」
「俺のことが嫌いなのは、役者としてのカントクですよね? 監督として……違うな。1人の女性としてのカントクはどうですか?」
1人の女性としての自分……?
「もし答えが出て、結果が変わらなければ、その花、摘んで俺に渡してください」
「え」
「それはセキチク、又の名をカラナデシコって言うんですが、人に渡した時の花言葉はーー」
『あなたが嫌いです』