腐向け
貴方のお名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
幕が降りると、部員たちが泣きそうな笑顔で駆け寄ってきた。顧問は満足そうに笑い、無二の幼馴染も顔を綻ばせて喜びを共にする。
次に大学の仲間が走ってきては、照明に照らされ熱くなった体を冷やしてくれる。変わらず幼馴染は立っている。
一通り終われば幕間討論、カーテンコール、客出し。反省会ではお客さんの様々な意見の書かれたアンケート用紙を眺め、次までにはこうしたいと仲間たちと語り合う。変わらず幼馴染は立っている。
持て囃されていた自分をどん底に突き落としたのは、GOD座のオーディション。幼馴染は、いつの間にか随分遠くに立っていた。
そんな昔の記憶を、引っ張り出しては泣いている夜。そんな夜が終わったのは、天鵞絨町で演劇に再び戻った後だった。
それなのに、どうしてまたこんな夢を見るのか。
――うだるような暑さの中眼が覚めれば、向かいのベッドで静かに眠る幼馴染ーーではなく、隣で瞼を閉じる端正な顔立ちをした同居人の頭があった。
そうだ。自分は、1人部屋である彼の部屋に泊まったのだ。
起こさぬように抜け出そうとしたのだが、腰に絡む腕に気が付いた。
「――どこ行く気?」
「ちょっと、目が覚めちゃったから、水を取りに……至くんも飲む?」
「いい」
あっさりとした返事とは裏腹に、眠そうに顔を擦り付けてくる彼は、どうやらこちらを離す気は無いらしい。
着たままの服に、水分が広がっていくのを感じる。
「――おはよう」
「え……と、まだ夜中だよ? 起きるのにはまだ……」
短針は2と3の間を指している。
「違う。いつでも『おはようございます』なんでしょ? 丞が言ってた」
答えを聞いて、あぁ、と合点がいく。演劇界では、朝も昼も夜も無いということで、いつでも「おはようございます」の挨拶をするのだ。
もっともこの緩い劇団では関係ないようで、時刻に合った挨拶になっているが、お堅い幼馴染は少し気になったのだろう。
先ほどの夢もあってか、過敏に動揺してしまう自分が恨めしい。
「……やっぱ喉乾いた。紬、リビング行こう」
勢いよく体を起こした彼は、2、3回首を鳴らすとスルスル梯子を降りて行く。いつも通り、マイペースである。
リビングに到着すれば、左京さんの命令でブレーカーの落とされたリビングは、昼間が嘘のように静まり返っていた。
冷蔵庫の中を守るためにかろうじて電子音のするキッチンから持ってきた水を飲めば、夢だったはずの照明で乾いた喉を、潤してくれるような気がした。
ソファに沈み込み、 二人の間に、ゆったりとした沈黙が流れ始める。それはとても心地よくて、まぶたがだんだんと降りてくる。
まぶたを完全に閉じ切ると、流れる空気の音がわかる。様々な人たちが出入りするこの空間独特の匂い。自分はそれが好きで、大好きで、手放しがたかった。
「――紬」
頬に触れる彼の手。
上から包み込むように握れば、じんわりとした体温が伝わってくる。彼の手は、震えていた。
自分はずるい。色々なことから逃げてきた。今までも、そしてこれからも。
昨夜、自分は彼に告白をした。返事はキッパリとしたノー。他に好きな人がいるから、と。つまりはそういうことらしかった。
そうかと呟く言葉とは反対に、無理やり噛み付くようなキスを重ねて、彼のベッドに倒れ込んだ。外に出て運動という概念がない彼を抑え込むのは簡単で、貪るように唇を奪い続ける。はたから見れば立派な強姦未遂だが、彼は清いままである。
ゆっくりと目を開ければほら、瞳を不安そうに揺らす彼がいる。
――なんて可哀想な男だろうか。
「紬、あの」
「もう部屋に戻りな? 明日も仕事でしょ?」
「…………うん」
ほらまた、伸ばしかけた震えた手を引っ込める。笑顔で優しく諭せば、大人しくなるのを知っている。
いつも職場で王子様フェイスを振りまく彼を、囲む女性は決して知ることはないだろう。彼がどんな声で自分を呼ぶのか。
いつも寮でゲームをする彼を、眺める自分は決して知ることはないだろう。彼がどんな声で女性を呼ぶのか。
ただ1度打ちのめされるだけで、逃げる自分が、彼の隣にいることはもう2度とないのだ。
「じゃあね、至くんーー」
パタンと音を立てて閉まる扉に声をかけ、片方の空のコップをシンクに叩きつけた。
朝起きると、紬は寮にいなかった。
誰も行方を知らないらしい。
キッチンにはコップの破片が散らばっていたらしく、それがカンパニー内の不安をかきたてた。
「茅ヶ崎の部屋に泊まったんじゃないのか?」
丞にそんなことを言われたが、曖昧に誤魔化すしかできなかった。肯定すれば問い詰められるのが必至だ。誰が言えようか、お前の幼馴染に襲われたなどと。
そんな中でも平日とは無情で、会社はある。有給を使ったとしても紬を探す気にはなれなかったので、そのまま大人しく仕事に向かう。
ぼんやりとしていたせいか余計なミスを連発し、同僚や上司に散々心配された。女性職員は特に顕著だった。何故か紬を思い出した。
帰っても紬はいなかった。監督さんは泣いていた。丞はいつもより3割り増しで顔が険しかった。リーダー不在の冬組が壊れるのは早そうだった。
――紬、お前が1人いないだけで、こっちは大変だよ。どこへ行ったの。
部屋に戻ると、今日は1度もスマホを起動していないことに気がつく。けれどゲームをする気は起きなかった。心臓が肋骨の空洞に吸い込まれていく感覚がする。三半規管が狂ったように回り、平衡感覚が保てない。
自分にとっての月岡紬は、そんなになるほど大事だったろうか。
不意に呪いのごとく紡がれた、昨夜の彼の言葉を思い出した。
次に大学の仲間が走ってきては、照明に照らされ熱くなった体を冷やしてくれる。変わらず幼馴染は立っている。
一通り終われば幕間討論、カーテンコール、客出し。反省会ではお客さんの様々な意見の書かれたアンケート用紙を眺め、次までにはこうしたいと仲間たちと語り合う。変わらず幼馴染は立っている。
持て囃されていた自分をどん底に突き落としたのは、GOD座のオーディション。幼馴染は、いつの間にか随分遠くに立っていた。
そんな昔の記憶を、引っ張り出しては泣いている夜。そんな夜が終わったのは、天鵞絨町で演劇に再び戻った後だった。
それなのに、どうしてまたこんな夢を見るのか。
――うだるような暑さの中眼が覚めれば、向かいのベッドで静かに眠る幼馴染ーーではなく、隣で瞼を閉じる端正な顔立ちをした同居人の頭があった。
そうだ。自分は、1人部屋である彼の部屋に泊まったのだ。
起こさぬように抜け出そうとしたのだが、腰に絡む腕に気が付いた。
「――どこ行く気?」
「ちょっと、目が覚めちゃったから、水を取りに……至くんも飲む?」
「いい」
あっさりとした返事とは裏腹に、眠そうに顔を擦り付けてくる彼は、どうやらこちらを離す気は無いらしい。
着たままの服に、水分が広がっていくのを感じる。
「――おはよう」
「え……と、まだ夜中だよ? 起きるのにはまだ……」
短針は2と3の間を指している。
「違う。いつでも『おはようございます』なんでしょ? 丞が言ってた」
答えを聞いて、あぁ、と合点がいく。演劇界では、朝も昼も夜も無いということで、いつでも「おはようございます」の挨拶をするのだ。
もっともこの緩い劇団では関係ないようで、時刻に合った挨拶になっているが、お堅い幼馴染は少し気になったのだろう。
先ほどの夢もあってか、過敏に動揺してしまう自分が恨めしい。
「……やっぱ喉乾いた。紬、リビング行こう」
勢いよく体を起こした彼は、2、3回首を鳴らすとスルスル梯子を降りて行く。いつも通り、マイペースである。
リビングに到着すれば、左京さんの命令でブレーカーの落とされたリビングは、昼間が嘘のように静まり返っていた。
冷蔵庫の中を守るためにかろうじて電子音のするキッチンから持ってきた水を飲めば、夢だったはずの照明で乾いた喉を、潤してくれるような気がした。
ソファに沈み込み、 二人の間に、ゆったりとした沈黙が流れ始める。それはとても心地よくて、まぶたがだんだんと降りてくる。
まぶたを完全に閉じ切ると、流れる空気の音がわかる。様々な人たちが出入りするこの空間独特の匂い。自分はそれが好きで、大好きで、手放しがたかった。
「――紬」
頬に触れる彼の手。
上から包み込むように握れば、じんわりとした体温が伝わってくる。彼の手は、震えていた。
自分はずるい。色々なことから逃げてきた。今までも、そしてこれからも。
昨夜、自分は彼に告白をした。返事はキッパリとしたノー。他に好きな人がいるから、と。つまりはそういうことらしかった。
そうかと呟く言葉とは反対に、無理やり噛み付くようなキスを重ねて、彼のベッドに倒れ込んだ。外に出て運動という概念がない彼を抑え込むのは簡単で、貪るように唇を奪い続ける。はたから見れば立派な強姦未遂だが、彼は清いままである。
ゆっくりと目を開ければほら、瞳を不安そうに揺らす彼がいる。
――なんて可哀想な男だろうか。
「紬、あの」
「もう部屋に戻りな? 明日も仕事でしょ?」
「…………うん」
ほらまた、伸ばしかけた震えた手を引っ込める。笑顔で優しく諭せば、大人しくなるのを知っている。
いつも職場で王子様フェイスを振りまく彼を、囲む女性は決して知ることはないだろう。彼がどんな声で自分を呼ぶのか。
いつも寮でゲームをする彼を、眺める自分は決して知ることはないだろう。彼がどんな声で女性を呼ぶのか。
ただ1度打ちのめされるだけで、逃げる自分が、彼の隣にいることはもう2度とないのだ。
「じゃあね、至くんーー」
パタンと音を立てて閉まる扉に声をかけ、片方の空のコップをシンクに叩きつけた。
朝起きると、紬は寮にいなかった。
誰も行方を知らないらしい。
キッチンにはコップの破片が散らばっていたらしく、それがカンパニー内の不安をかきたてた。
「茅ヶ崎の部屋に泊まったんじゃないのか?」
丞にそんなことを言われたが、曖昧に誤魔化すしかできなかった。肯定すれば問い詰められるのが必至だ。誰が言えようか、お前の幼馴染に襲われたなどと。
そんな中でも平日とは無情で、会社はある。有給を使ったとしても紬を探す気にはなれなかったので、そのまま大人しく仕事に向かう。
ぼんやりとしていたせいか余計なミスを連発し、同僚や上司に散々心配された。女性職員は特に顕著だった。何故か紬を思い出した。
帰っても紬はいなかった。監督さんは泣いていた。丞はいつもより3割り増しで顔が険しかった。リーダー不在の冬組が壊れるのは早そうだった。
――紬、お前が1人いないだけで、こっちは大変だよ。どこへ行ったの。
部屋に戻ると、今日は1度もスマホを起動していないことに気がつく。けれどゲームをする気は起きなかった。心臓が肋骨の空洞に吸い込まれていく感覚がする。三半規管が狂ったように回り、平衡感覚が保てない。
自分にとっての月岡紬は、そんなになるほど大事だったろうか。
不意に呪いのごとく紡がれた、昨夜の彼の言葉を思い出した。
1/6ページ