腐向け
貴方のお名前は?
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彼女たちの思惑は外れたようで、人形を買っても生活は以前とさして変わりなかった。毎日早朝に家を出て、昼に一度戻り、そしてまた出て行くと日付が変わる頃まで帰ってこない。強いて言うなら家に上等なミルクが常備されるようになり、一日三回小さな駒鳥(ロビン)を探すのが日課になったことだろうか。
「まったく、どこに行ったんだ……?」
人形はかくれんぼが上手だった。一日三回ミルクを与えろとの人形屋の言いつけ通り、人肌に温めたミルクのカップを手に屋敷を練り歩く。しかし一人暮らしにしては広すぎるこの家では小さな身体は中々見つかることがなく、ミルクの湯気が無くなる頃にひょっこりとやってくるのだ。
しかし人形が笑うところを、この家に来てから見たことがない。すっかり冷めきったミルクを僕の手からひったくり、カップからミルクを零すのも気にせず逃走する。どこからか見つけてきた草色の布を目深に被っているせいで、彼の表情すら最近はまともに見ていない気もする。ミルクを飲んだあとは極上の笑顔を見せてくれる、なんて謳い文句もこれでは正誤の確かめようがない。
自分に何か問題があるのは火を見るより明らかなのだが、頼みの綱である人形屋の連絡先はマリーたちしか知らず、彼女たちとも今は互いに忙しくて連絡が取れない状態だ。
仕方なしに人形屋に言われた注意事項を頭で反復する。一日三回人肌に温めたミルクを与えること、週に一度砂糖菓子を与えること、調度品は上等に、そして何より愛情を持って接すること。三つ目までは難なくできたとしても、最後の一つだけは難題だった。人形に愛着を感じていないのではなく、愛情を注ぐ前に逃げられてしまうからだ。
思えばあの人形と目が合ったのは、購入を決める直前のあの時だけだ。あの草色の瞳はどんな輝きだっただろうか。それに、癖のある赤毛は整えなくても平気だろうか。……何より、僕がいない間、人形は何をしているのだろうか。
そんなことを考えて始めた頃、家の中で奇妙なことが起こり始めた。
家に帰るのは日に三回、人形にミルクを与える時。その合間に家事などを済ませておくことで、寝る直前に家事に追われずに済むのだが。それがいつからか、僕が家に居ない間に終わっていることに気がついた。
最初は庭が綺麗になっていた。伸び放題だった雑草は全て取り除かれ、代わりに小さな花々が植えられていた。随分昔にマリーが置いていった百合の花が中央に咲いている。
次に部屋が綺麗に整えられていた。床には塵一つなく、調度品は丁寧に磨かれ、いつの間にか飾られた花瓶には庭の花が一輪。その赤い花の名前はわからなかった。
それから服が洗濯されるようになった。型崩れや色移りを気にせず洗濯機に入れてしまったのか、数着クリーニングに出し直す羽目になった。
けれどそれだけなら、実害が無いと無視することができた。しかしいよいよおかしいと気がついたのは、食器棚の食器がいくつか無くなっていた時だ。ティーカップ一つから始まって、平皿が数枚。最終的にお気に入りのティーポットが無くなった時は、流石に頭を抱えてしまった。盗みは困る。
不可解なことが起こりすぎて勤め先の看護師にため息混じりに零したところ、まず家に侵入者がいる時点で警察を呼ぶべきだと諭されてしまった。まったくもってその通りなのだが、家事手伝いをする窃盗犯というのも不気味すぎて何も手が出せない。
「巷ではそれをストーカーと言うんですよ」
そんなことを言った看護師は、少なくとも家族に相談するべきだと助言をくれた。そして家の中の大事なものが、これ以上無くなっていないかを確かめるのも重要なのだ、と。
それでも、男相手のストーカーなど警察に相手にされるわけもなく、近々妹が様子を見にやってくるという約束だけ取り付けて、その週は終わりを迎えた。
迎える、筈だった。
いつも通りの時間に家に戻って、ミルクを温める。沸騰させたそれをカップに注ぎ、駒鳥を探し歩く。こうすれば、あの人形見つける頃に人肌になっていると思いついたのは何週間目だったろうか。
長い廊下を端から辿る。
部屋を一つづつ開けていくと、案外早くに“ソレ”は見つかった。
くしゃくしゃな草色の布切れの上で、頭を抱えて胎児のように体を丸めているソレ。
元々痩せ細っていた腕は骨と皮だけに。
血色が悪いとも言えた肌は荒れ果て。
片目を隠していた赤毛は痛み。
瞳は目蓋に隠されていた。
「まったく、どこに行ったんだ……?」
人形はかくれんぼが上手だった。一日三回ミルクを与えろとの人形屋の言いつけ通り、人肌に温めたミルクのカップを手に屋敷を練り歩く。しかし一人暮らしにしては広すぎるこの家では小さな身体は中々見つかることがなく、ミルクの湯気が無くなる頃にひょっこりとやってくるのだ。
しかし人形が笑うところを、この家に来てから見たことがない。すっかり冷めきったミルクを僕の手からひったくり、カップからミルクを零すのも気にせず逃走する。どこからか見つけてきた草色の布を目深に被っているせいで、彼の表情すら最近はまともに見ていない気もする。ミルクを飲んだあとは極上の笑顔を見せてくれる、なんて謳い文句もこれでは正誤の確かめようがない。
自分に何か問題があるのは火を見るより明らかなのだが、頼みの綱である人形屋の連絡先はマリーたちしか知らず、彼女たちとも今は互いに忙しくて連絡が取れない状態だ。
仕方なしに人形屋に言われた注意事項を頭で反復する。一日三回人肌に温めたミルクを与えること、週に一度砂糖菓子を与えること、調度品は上等に、そして何より愛情を持って接すること。三つ目までは難なくできたとしても、最後の一つだけは難題だった。人形に愛着を感じていないのではなく、愛情を注ぐ前に逃げられてしまうからだ。
思えばあの人形と目が合ったのは、購入を決める直前のあの時だけだ。あの草色の瞳はどんな輝きだっただろうか。それに、癖のある赤毛は整えなくても平気だろうか。……何より、僕がいない間、人形は何をしているのだろうか。
そんなことを考えて始めた頃、家の中で奇妙なことが起こり始めた。
家に帰るのは日に三回、人形にミルクを与える時。その合間に家事などを済ませておくことで、寝る直前に家事に追われずに済むのだが。それがいつからか、僕が家に居ない間に終わっていることに気がついた。
最初は庭が綺麗になっていた。伸び放題だった雑草は全て取り除かれ、代わりに小さな花々が植えられていた。随分昔にマリーが置いていった百合の花が中央に咲いている。
次に部屋が綺麗に整えられていた。床には塵一つなく、調度品は丁寧に磨かれ、いつの間にか飾られた花瓶には庭の花が一輪。その赤い花の名前はわからなかった。
それから服が洗濯されるようになった。型崩れや色移りを気にせず洗濯機に入れてしまったのか、数着クリーニングに出し直す羽目になった。
けれどそれだけなら、実害が無いと無視することができた。しかしいよいよおかしいと気がついたのは、食器棚の食器がいくつか無くなっていた時だ。ティーカップ一つから始まって、平皿が数枚。最終的にお気に入りのティーポットが無くなった時は、流石に頭を抱えてしまった。盗みは困る。
不可解なことが起こりすぎて勤め先の看護師にため息混じりに零したところ、まず家に侵入者がいる時点で警察を呼ぶべきだと諭されてしまった。まったくもってその通りなのだが、家事手伝いをする窃盗犯というのも不気味すぎて何も手が出せない。
「巷ではそれをストーカーと言うんですよ」
そんなことを言った看護師は、少なくとも家族に相談するべきだと助言をくれた。そして家の中の大事なものが、これ以上無くなっていないかを確かめるのも重要なのだ、と。
それでも、男相手のストーカーなど警察に相手にされるわけもなく、近々妹が様子を見にやってくるという約束だけ取り付けて、その週は終わりを迎えた。
迎える、筈だった。
いつも通りの時間に家に戻って、ミルクを温める。沸騰させたそれをカップに注ぎ、駒鳥を探し歩く。こうすれば、あの人形見つける頃に人肌になっていると思いついたのは何週間目だったろうか。
長い廊下を端から辿る。
部屋を一つづつ開けていくと、案外早くに“ソレ”は見つかった。
くしゃくしゃな草色の布切れの上で、頭を抱えて胎児のように体を丸めているソレ。