第二章 聖杯戦争
貴方のお名前は?
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生まれた場所は、日本のどこにでもある田舎。
魔術師としては代の浅い家系で育った私は、魔術の特訓にも消極的だった。そもそも放任主義の両親の口癖が「やる奴は勝手にやるし、やらない奴は教えてもやらん」だったせいも大いにある。
そんな家で唯一他の魔術師よりマシな部分は、その書籍量だと思っている。元来本の虫であった母親、収集癖の父親によって何部屋も埋まるほどの魔道書がいたるところに置かれていた。他の魔術師の家なんて知らないけれど、ここまでおびただしい本の数が魔術師にとって常識なら、一般人に紛れるなんて芸当はできまい。
幸い読書だけは好きだった私は、毎日毎日分厚い魔道書を読み漁っては朝を迎えた。そして実戦で使えなくとも知識だけは溜まっていき、そこで聖杯戦争の情報も手に入れたのだ。
そこでまず、魔術師が世の中には沢山居ることを知って驚いた。そして魔術師の友人が居なかった私は、都会に行けば会えるのだと思い込んだ。
「……お母さん、都会ってすごいんだね」
「何言ってんのアンタ」
無駄に行動力のあった私は、大学に行くにあたって上京を決意した。高三の秋に進路変更するには、なんとも間抜けな上京理由である。
そして冬木の大学に通っている間、運良く令呪が宿り、戦争への参加が認められた。令呪が浮かび上がった場所はうなじ。膝あたりまで伸びた髪の毛であれば、難なく隠すことができる。あとは実家から持ち込んだ聖杯戦争に関する書物を読み、魔方陣と召喚用呪文を頭に叩き込んだ。
霊脈として適した場所を探すのは、なんだかダウジングをしているようで楽しい。見つけた地面に魔方陣を描き、何度も本を見て心の中で復唱する。
もっとも聖遺物なんて大層なものは手にれられるはずもなかったので、代わりに髪をバッサリ切って纏めたものを触媒にするつもりだ。
髪には昔から魔力だの霊力だのが込められているというし、伸ばしてきた分だけご利益もあるだろう。
「さて」
夜も更け、獣の鳴き声だけが響く時間。ゆっくりと息を吸い込んで、目を閉じる。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する。——告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ——!」
詠唱が終わった後、魔法陣が強い光を放った。
現れたのは一人の男性。白銀の髪を乗せた端正なかんばせに薄氷の瞳が埋め込まれ、黒く重苦しいコートを着込んでいる。
そして、何故肩に馬を乗っけているのか、この美少年は。
「サーヴァント、アサシン。召喚に応じ参上しました。貴女が、僕のマスターですか?」
「あ、はい……えっと、不束者ですがよろしくお願いします」
多少風変わりな格好をしているが、英雄は英雄だ。礼儀正しく、慎ましやかに接しなければ。そういう思いも込めて頭を下げる。
「ふむ……うなじに令呪、か。また因果なものですね」
「えあ、えっと、貴方の真名を教えてはいただけないでしょうか……」
「ああ、申し遅れました。僕はシャルル=アンリ・サンソン。フランスで死刑執行人をしていました」
「シャル……死刑?」
名前も聞きなれない上に、何か物騒な発言が耳に入った気がする。顔を上げて彼を見れば、無表情のまま見つめ返された。顔が良い……というより、随分と綺麗な瞳だ。
「もう少し、強いサーヴァントをお求めでしたか? それならば申し訳ない。僕は近代の英霊ですので、突飛な力は求めない方がよろしいかと」
「あ、いいえ! 別に強いサーヴァントが欲しかったわけじゃなくて……むしろ言葉通じる人でよかったです」
神代の英霊なんかは強いと聞くが、絶対に現代人と価値観は合わないだろう。ならば近代の人が来てくれただけで万々歳だ。
「とりあえず、家に帰りましょうか。そこでゆっくりお話をして、今後の方針を決めましょう」
「そうですね。別に敬語でなくても良いんですよ?」
「いえ、いえ! 恐縮しきりなので、暫くこのままでいさせてください……」
帰るまでは霊体化してもらい、着いた先はアパートのワンルーム。二人で住むには狭いが、なんとかなるだろう。
ポットの湯を沸かしつつ、カップにティーバッグを入れておく。人がいるのに話しかけないのも違和感があるので、姿の見えない彼に声をかける。
「紅茶、ダージリンで良いですか?」
「僕はサーヴァントなので、食事は取りませんよ?」
「ええ……でも、生前と同じ生活した方が精神的に楽じゃありません?」
「精神的に……?」
出てきてくれた彼は、そっと隣に立った。先ほどは慌てていて気がつかなかったが、背が高く感じる。やはり西洋人と日本人では違うのだろう。
「そうですよ、戦いに行くのにストレス抱えちゃ駄目です」
だから飲んでほしい、と差し出した紅茶は、白い彼の手に収まった。
紅茶を飲み終わり、彼と向き合う。床で足を崩している私に対して、彼はきっちり正座している。ブーツはちゃんと脱いでいるあたり、律儀なサーヴァントのようだ。
「それで、えっと……シャルル、シャルル=アン……?」
「シャルル=アンリ・サンソンです。ですが真名は隠すのが常識なのでしょうし、どうかアサシンと」
「ごめんなさい……元々人の名前覚えるのって苦手で。じゃあ、アサシン」
「なんでしょう」
「近代のフランス人って言ってたけど、具体的にはどの時代の人……?」
高校の授業で世界史を取っていた人間ではあるが、あまり聞いたことのない名前だった。フランスの偉人は好きなだけに、少し悔しい。
私の質問に少し考えた後「フランス革命期、です」と教えてくれた。
「フランス革命で、死刑執行人か……マリー・アントワネットとか?」
ビシリ、と彼が石のようになった。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「そう、ですね。彼女の首を斬ったのも僕です」
「……言いたくなかったら、黙秘権とかあるので」
無表情ではあるが、若干顔色が悪い。慌てて謝罪を口にする。
「聞きたい、言いたいこととかあったら遠慮なく言ってくださいね」
「では、貴女は聖杯に何を望むのでしょうか」
「聖杯に?」
これといって決めていなかった。きっかけは、戦争に参加すれば友人ができるかもと考えたから。けれど魔術師として未熟な私は、おそらく門前払いだろう。であれば友人でなくとも、知り合いくらいは欲しい。
そのまま思ったことを素直に口に出せば、呆れたように溜息を吐かれてしまった。とっても解せないが、否定的な言葉が返ってこなかっただけ良いとしよう。
気を取り直してこれからの方針を決めようとし、一瞬頭がぐらつく。どうやら召喚時に魔力を根こそぎ持っていかれたらしい。
一度睡眠を取った方が良いという彼の言葉に甘え、よろよろと床に敷いた布団に潜り込み、隣を叩くと彼は首を傾げた。
「寝てもいいんですよね? 明日もう一組布団買ってくるので、今日はここで我慢してください」
「サーヴァントに睡眠は必要ありません」
「じゃあマスター命令ってことで。人肌恋しいんで一緒に寝てください」
そう言えば彼はしばし目を瞬かせた後、傍に正座して私の背中を優しく叩いてきた。何をするのかと口を開けば、人差し指で強制的に閉じられる。心臓の音と連動するように叩かれ、目蓋が段々重くなってきてしまう。
「おやすみなさい。マスター、いい夢を」
明日起きたら無理にでも寝かせてやる。そう心に決めながら、私の意識はゆっくりと落ちた。
魔術師としては代の浅い家系で育った私は、魔術の特訓にも消極的だった。そもそも放任主義の両親の口癖が「やる奴は勝手にやるし、やらない奴は教えてもやらん」だったせいも大いにある。
そんな家で唯一他の魔術師よりマシな部分は、その書籍量だと思っている。元来本の虫であった母親、収集癖の父親によって何部屋も埋まるほどの魔道書がいたるところに置かれていた。他の魔術師の家なんて知らないけれど、ここまでおびただしい本の数が魔術師にとって常識なら、一般人に紛れるなんて芸当はできまい。
幸い読書だけは好きだった私は、毎日毎日分厚い魔道書を読み漁っては朝を迎えた。そして実戦で使えなくとも知識だけは溜まっていき、そこで聖杯戦争の情報も手に入れたのだ。
そこでまず、魔術師が世の中には沢山居ることを知って驚いた。そして魔術師の友人が居なかった私は、都会に行けば会えるのだと思い込んだ。
「……お母さん、都会ってすごいんだね」
「何言ってんのアンタ」
無駄に行動力のあった私は、大学に行くにあたって上京を決意した。高三の秋に進路変更するには、なんとも間抜けな上京理由である。
そして冬木の大学に通っている間、運良く令呪が宿り、戦争への参加が認められた。令呪が浮かび上がった場所はうなじ。膝あたりまで伸びた髪の毛であれば、難なく隠すことができる。あとは実家から持ち込んだ聖杯戦争に関する書物を読み、魔方陣と召喚用呪文を頭に叩き込んだ。
霊脈として適した場所を探すのは、なんだかダウジングをしているようで楽しい。見つけた地面に魔方陣を描き、何度も本を見て心の中で復唱する。
もっとも聖遺物なんて大層なものは手にれられるはずもなかったので、代わりに髪をバッサリ切って纏めたものを触媒にするつもりだ。
髪には昔から魔力だの霊力だのが込められているというし、伸ばしてきた分だけご利益もあるだろう。
「さて」
夜も更け、獣の鳴き声だけが響く時間。ゆっくりと息を吸い込んで、目を閉じる。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する。——告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ——!」
詠唱が終わった後、魔法陣が強い光を放った。
現れたのは一人の男性。白銀の髪を乗せた端正なかんばせに薄氷の瞳が埋め込まれ、黒く重苦しいコートを着込んでいる。
そして、何故肩に馬を乗っけているのか、この美少年は。
「サーヴァント、アサシン。召喚に応じ参上しました。貴女が、僕のマスターですか?」
「あ、はい……えっと、不束者ですがよろしくお願いします」
多少風変わりな格好をしているが、英雄は英雄だ。礼儀正しく、慎ましやかに接しなければ。そういう思いも込めて頭を下げる。
「ふむ……うなじに令呪、か。また因果なものですね」
「えあ、えっと、貴方の真名を教えてはいただけないでしょうか……」
「ああ、申し遅れました。僕はシャルル=アンリ・サンソン。フランスで死刑執行人をしていました」
「シャル……死刑?」
名前も聞きなれない上に、何か物騒な発言が耳に入った気がする。顔を上げて彼を見れば、無表情のまま見つめ返された。顔が良い……というより、随分と綺麗な瞳だ。
「もう少し、強いサーヴァントをお求めでしたか? それならば申し訳ない。僕は近代の英霊ですので、突飛な力は求めない方がよろしいかと」
「あ、いいえ! 別に強いサーヴァントが欲しかったわけじゃなくて……むしろ言葉通じる人でよかったです」
神代の英霊なんかは強いと聞くが、絶対に現代人と価値観は合わないだろう。ならば近代の人が来てくれただけで万々歳だ。
「とりあえず、家に帰りましょうか。そこでゆっくりお話をして、今後の方針を決めましょう」
「そうですね。別に敬語でなくても良いんですよ?」
「いえ、いえ! 恐縮しきりなので、暫くこのままでいさせてください……」
帰るまでは霊体化してもらい、着いた先はアパートのワンルーム。二人で住むには狭いが、なんとかなるだろう。
ポットの湯を沸かしつつ、カップにティーバッグを入れておく。人がいるのに話しかけないのも違和感があるので、姿の見えない彼に声をかける。
「紅茶、ダージリンで良いですか?」
「僕はサーヴァントなので、食事は取りませんよ?」
「ええ……でも、生前と同じ生活した方が精神的に楽じゃありません?」
「精神的に……?」
出てきてくれた彼は、そっと隣に立った。先ほどは慌てていて気がつかなかったが、背が高く感じる。やはり西洋人と日本人では違うのだろう。
「そうですよ、戦いに行くのにストレス抱えちゃ駄目です」
だから飲んでほしい、と差し出した紅茶は、白い彼の手に収まった。
紅茶を飲み終わり、彼と向き合う。床で足を崩している私に対して、彼はきっちり正座している。ブーツはちゃんと脱いでいるあたり、律儀なサーヴァントのようだ。
「それで、えっと……シャルル、シャルル=アン……?」
「シャルル=アンリ・サンソンです。ですが真名は隠すのが常識なのでしょうし、どうかアサシンと」
「ごめんなさい……元々人の名前覚えるのって苦手で。じゃあ、アサシン」
「なんでしょう」
「近代のフランス人って言ってたけど、具体的にはどの時代の人……?」
高校の授業で世界史を取っていた人間ではあるが、あまり聞いたことのない名前だった。フランスの偉人は好きなだけに、少し悔しい。
私の質問に少し考えた後「フランス革命期、です」と教えてくれた。
「フランス革命で、死刑執行人か……マリー・アントワネットとか?」
ビシリ、と彼が石のようになった。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「そう、ですね。彼女の首を斬ったのも僕です」
「……言いたくなかったら、黙秘権とかあるので」
無表情ではあるが、若干顔色が悪い。慌てて謝罪を口にする。
「聞きたい、言いたいこととかあったら遠慮なく言ってくださいね」
「では、貴女は聖杯に何を望むのでしょうか」
「聖杯に?」
これといって決めていなかった。きっかけは、戦争に参加すれば友人ができるかもと考えたから。けれど魔術師として未熟な私は、おそらく門前払いだろう。であれば友人でなくとも、知り合いくらいは欲しい。
そのまま思ったことを素直に口に出せば、呆れたように溜息を吐かれてしまった。とっても解せないが、否定的な言葉が返ってこなかっただけ良いとしよう。
気を取り直してこれからの方針を決めようとし、一瞬頭がぐらつく。どうやら召喚時に魔力を根こそぎ持っていかれたらしい。
一度睡眠を取った方が良いという彼の言葉に甘え、よろよろと床に敷いた布団に潜り込み、隣を叩くと彼は首を傾げた。
「寝てもいいんですよね? 明日もう一組布団買ってくるので、今日はここで我慢してください」
「サーヴァントに睡眠は必要ありません」
「じゃあマスター命令ってことで。人肌恋しいんで一緒に寝てください」
そう言えば彼はしばし目を瞬かせた後、傍に正座して私の背中を優しく叩いてきた。何をするのかと口を開けば、人差し指で強制的に閉じられる。心臓の音と連動するように叩かれ、目蓋が段々重くなってきてしまう。
「おやすみなさい。マスター、いい夢を」
明日起きたら無理にでも寝かせてやる。そう心に決めながら、私の意識はゆっくりと落ちた。