序章 ムッシュ・ド・パリの子ども
貴方のお名前は?
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シャルル=アンリ・サンソンが三十九歳になった年。父であるシャルル=ジャン・バチスト・サンソンが正式に死刑執行人を引退した。
久々に狩猟小屋に来た彼は、そんなことを私に報告してきた。子ども二人と妻を置いて夜更けにこんな場所に来るものではない、と咎める気にもなれなかった。
仕方なしに話を聞き、暖かい野菜スープを飲みながら語り合う。壁に凭れたまま、こちらを見つめる瞳には絶望も憂いもない。
「それで、何て言ってほしいんです?」
「特に何も。ただ、幼い僕の姿を見てきた君には、知らせないといけない気がして」
そう言った彼は、無言で私の頬に触れた。白いガーゼが触覚を遮断しているが、撫でられているようだ。
そこは先日、水汲みの桶を投げられた彼を庇ってできた傷。幸いすぐに彼が治療してくれたおかげで化膿することはなかった。しかし彼は自身を責めるように、執拗に、それでもなるべく刺激を与えないように撫でてくる。
「心配しなくても、もう、痛くないですよ」
「君の痛覚の鈍さはこちらが心配になるんだ。痛覚がないと、人は呆気なく死んでしまう」
この国で、この街で、私を人扱いするのはサンソン家の人々だけだ。身体の成長がない人型の何かなんて、気味悪がって当然だろうに。私の助力を乞う王族ですら、気味悪がるというのに。
彼も、彼の妻も、子どもたちも、私をそういうものだと受け入れる。人であるのに、人扱いされない彼らが。
そっと頬を撫でていた手に自分の右手を添える。武骨で皺の多い手だ。治療のための薬品のせいで肌は荒れ、拷問道具のせいで肉刺が多い。
「君の手は、小さいな。小さくて、柔くて。子どものようだ」
「紅葉の手ってよく言われました」
「モミジ?」
「えっと、ここで言うėrable……」
「ああ、たしかに」
重ねていた手がそっと頬から離され、やわやわと握り込まれる。東洋人にしては白い肌の私も、やはり白人の彼の前では黄色人らしい色だ。
彼にはよく血色が悪いと揶揄されるのだが、一人だとどうしても食事を疎かにしてしまう。
真剣に私の手に向くかんばせを見つめてみる。彫りの深い目元に増えた皺は、どこか貫禄があった。側から見れば私たちは親子に見えるだろう。
「夜が明ける前に帰ってくださいね」
「夜が明けるまでここに居ていいのかい?」
墓穴を掘ったことに気がついて下を向く。手を振りほどいて帰れというべきだったのだ。
どうせ言えないくせに、と心の中で自嘲した。
久々に狩猟小屋に来た彼は、そんなことを私に報告してきた。子ども二人と妻を置いて夜更けにこんな場所に来るものではない、と咎める気にもなれなかった。
仕方なしに話を聞き、暖かい野菜スープを飲みながら語り合う。壁に凭れたまま、こちらを見つめる瞳には絶望も憂いもない。
「それで、何て言ってほしいんです?」
「特に何も。ただ、幼い僕の姿を見てきた君には、知らせないといけない気がして」
そう言った彼は、無言で私の頬に触れた。白いガーゼが触覚を遮断しているが、撫でられているようだ。
そこは先日、水汲みの桶を投げられた彼を庇ってできた傷。幸いすぐに彼が治療してくれたおかげで化膿することはなかった。しかし彼は自身を責めるように、執拗に、それでもなるべく刺激を与えないように撫でてくる。
「心配しなくても、もう、痛くないですよ」
「君の痛覚の鈍さはこちらが心配になるんだ。痛覚がないと、人は呆気なく死んでしまう」
この国で、この街で、私を人扱いするのはサンソン家の人々だけだ。身体の成長がない人型の何かなんて、気味悪がって当然だろうに。私の助力を乞う王族ですら、気味悪がるというのに。
彼も、彼の妻も、子どもたちも、私をそういうものだと受け入れる。人であるのに、人扱いされない彼らが。
そっと頬を撫でていた手に自分の右手を添える。武骨で皺の多い手だ。治療のための薬品のせいで肌は荒れ、拷問道具のせいで肉刺が多い。
「君の手は、小さいな。小さくて、柔くて。子どものようだ」
「紅葉の手ってよく言われました」
「モミジ?」
「えっと、ここで言うėrable……」
「ああ、たしかに」
重ねていた手がそっと頬から離され、やわやわと握り込まれる。東洋人にしては白い肌の私も、やはり白人の彼の前では黄色人らしい色だ。
彼にはよく血色が悪いと揶揄されるのだが、一人だとどうしても食事を疎かにしてしまう。
真剣に私の手に向くかんばせを見つめてみる。彫りの深い目元に増えた皺は、どこか貫禄があった。側から見れば私たちは親子に見えるだろう。
「夜が明ける前に帰ってくださいね」
「夜が明けるまでここに居ていいのかい?」
墓穴を掘ったことに気がついて下を向く。手を振りほどいて帰れというべきだったのだ。
どうせ言えないくせに、と心の中で自嘲した。
