第四章 記憶
貴方のお名前は?
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次に目を開けた時には、本当に全てが終わっていた。セイレムから帰ってきた直後のカルデアの医務室で、シャルルが再召喚されたことも聞いた。それに、セイレムの時の記憶がない……とも。
すっかり筋力が落ちてしまった足をフルに動かして、彼の元へ向かう。食堂には、シャルルと、ロビンと、メディアの姿。クロックムッシューに似たサンドイッチを食していた。
彼らに数歩近づくだけで、機敏にこちらの気配を悟られる。
「お、お嬢さん起きましたか」
「うん。おはよう」
「おはよう。朝食にするのかい?」
「寝起きだからお腹はあんまり……それなあに?」
「ムッシュ・ド・パリ、だそうよ。サンソンがアレンジしたレシピなんですって」
「んん……ご飯の名前的には不謹慎かも。だけど美味しそう。食べたい、作ってシャルル」
くいくい、と袖を引っ張って強請れば、彼は「仕方ないな」なんて笑ってキッチンへと引っ込む。その隙に彼が食べていた方を一口失敬してみると、暖かいサンドイッチが口いっぱいに広がった。
「お嬢さんはやっぱり、オレら寄りっすわ。下品とまではいかないが、お貴族様ほど上品でもない」
「元々庶民の生まれだからね」
「嫌だわ、人の食べていたものをつまみ食いだなんて」
ロビンは何故だかケラケラと笑い、メディアは溜息を吐いている。そんな様子を見て、自分も少しだけ顔が綻んだ。そして欠伸を一つ。
「あんだけ寝たのに、もう眠そうだな」
「そうだね……そろそろ私、寿命っぽいし」
なんてことないように発しても、やはり重みのある言葉だったらしい。二人の動きが一瞬止まる。しかしそこはサーヴァント。すぐにいつもの調子で色々聞いてきた。
「……マスターには何て言うのよ」
「寿命だから仕方ない?」
「そういや、中身はだいぶ歳食ってるんだったな」
「余命……というか、期限とかはわかってるの?」
「わかんないけど、今も眠いってことは、あともうちょっと」
正確には、寿命というより魔力の枯渇だ。一度死にかけ、無事だったことも魔力による人体再生の一環だと私は考えている。そして聖杯の魔力が通せなくなった今、私を生永らえさせるためのリソースが存在しない。眠るように息を引き取れるというのは、ある意味幸福だろう。
数分経って戻ってきたシャルルは首を傾げていたけれど、気を使って席を外してくれた二人には感謝しかない。
彼と並んで食べるムッシュ・ド・パリは、最後の晩餐には丁度いいご馳走だった。そう、予兆はあった。脳内に響く声が大きくなり、目蓋の裏には青く光る箱のようなものがチラついている。
最期に会うのはやはり彼が良くて、こっそりと部屋を訪ねて行った。人理修復が終わったカルデアは、サーヴァントたちが次々と座に還っており、少しだけ寒々しい。
彼の部屋の前でノックを二回、予想されていたのか呆気なく扉が開いて招かれる。
「そろそろ来ると思っていたよ」
「間に合って良かった」
「僕が座に還る前に……ってことかな?」
その言葉に一つ頷いて、隣に腰掛ける。思えば彼は自分よりも頭一つ以上大きくて、意外と肩幅もがっしりしているのだと、コートを脱いでいる様子で見て取れる。
「一個聞いていい?」
「なんだい?」
「私が絞首台で死ななかったわけ……シャルルは知ってる?」
言い逃れは許さないと、彼の薄氷の瞳を覗き込む。至近距離にある白銀の髪からは、甘いシャンプーの香りが漂っていた。
彼は眉を下げて笑い、小さな口をゆっくりと開いた。
「魔女の君を処刑してきた……と言ったよね」
「うん」
「聖杯が動いている限り、君が死ぬ方法はたった一つしかなかった。それは、君の心が折れること」
「私の心が折れる?」
「長い寿命に嫌気がさしたり、周りの環境に絶望したり。理由はなんだって良かった。けれど今ここにいる君は、そうはならなかった」
絞首台の床が抜け落ちる前、セイレムの彼が「祈りの言葉はあるか」と聞いてきたのを思い出した。あの時私は「何もない」と答えたはずだ。それはつまり、後悔も絶望も憂いもないということ。
「だから、私はあの時死ななかった?」
「そう。ただ結果的には聖杯の魔力を使い果たして、今のような状態になってしまっているんだけど」
「そうかあ……。うん、ならいいや」
くふくふと笑っていれば、腕を掴まれてベッドに引き倒される。幸い強い力ではなかったのでポスン、と間抜けな音しか立てなかったが、見下ろされた時の冷たい瞳に少しだけ身震いした。しかしすぐに目をそらされ、掴んでいた手の力が抜ける。
「いや、すまない……冷静さを欠いた」
「自己完結されてもこっちにはわからんのですが、怒ってない?」
「……少し」
「嫌だなあ、笑ってよ。私、貴方の笑ってる顔……好き、なんだから」
頬を、冷たい雫が流れ落ちる。彼の薄氷が溶けて、水になったみたいだった。
声が、遠い。契約を求める声がする。
重い目蓋がもう二度と開かないのを悟って、最期にシャルルの唇を奪った。
すっかり筋力が落ちてしまった足をフルに動かして、彼の元へ向かう。食堂には、シャルルと、ロビンと、メディアの姿。クロックムッシューに似たサンドイッチを食していた。
彼らに数歩近づくだけで、機敏にこちらの気配を悟られる。
「お、お嬢さん起きましたか」
「うん。おはよう」
「おはよう。朝食にするのかい?」
「寝起きだからお腹はあんまり……それなあに?」
「ムッシュ・ド・パリ、だそうよ。サンソンがアレンジしたレシピなんですって」
「んん……ご飯の名前的には不謹慎かも。だけど美味しそう。食べたい、作ってシャルル」
くいくい、と袖を引っ張って強請れば、彼は「仕方ないな」なんて笑ってキッチンへと引っ込む。その隙に彼が食べていた方を一口失敬してみると、暖かいサンドイッチが口いっぱいに広がった。
「お嬢さんはやっぱり、オレら寄りっすわ。下品とまではいかないが、お貴族様ほど上品でもない」
「元々庶民の生まれだからね」
「嫌だわ、人の食べていたものをつまみ食いだなんて」
ロビンは何故だかケラケラと笑い、メディアは溜息を吐いている。そんな様子を見て、自分も少しだけ顔が綻んだ。そして欠伸を一つ。
「あんだけ寝たのに、もう眠そうだな」
「そうだね……そろそろ私、寿命っぽいし」
なんてことないように発しても、やはり重みのある言葉だったらしい。二人の動きが一瞬止まる。しかしそこはサーヴァント。すぐにいつもの調子で色々聞いてきた。
「……マスターには何て言うのよ」
「寿命だから仕方ない?」
「そういや、中身はだいぶ歳食ってるんだったな」
「余命……というか、期限とかはわかってるの?」
「わかんないけど、今も眠いってことは、あともうちょっと」
正確には、寿命というより魔力の枯渇だ。一度死にかけ、無事だったことも魔力による人体再生の一環だと私は考えている。そして聖杯の魔力が通せなくなった今、私を生永らえさせるためのリソースが存在しない。眠るように息を引き取れるというのは、ある意味幸福だろう。
数分経って戻ってきたシャルルは首を傾げていたけれど、気を使って席を外してくれた二人には感謝しかない。
彼と並んで食べるムッシュ・ド・パリは、最後の晩餐には丁度いいご馳走だった。そう、予兆はあった。脳内に響く声が大きくなり、目蓋の裏には青く光る箱のようなものがチラついている。
最期に会うのはやはり彼が良くて、こっそりと部屋を訪ねて行った。人理修復が終わったカルデアは、サーヴァントたちが次々と座に還っており、少しだけ寒々しい。
彼の部屋の前でノックを二回、予想されていたのか呆気なく扉が開いて招かれる。
「そろそろ来ると思っていたよ」
「間に合って良かった」
「僕が座に還る前に……ってことかな?」
その言葉に一つ頷いて、隣に腰掛ける。思えば彼は自分よりも頭一つ以上大きくて、意外と肩幅もがっしりしているのだと、コートを脱いでいる様子で見て取れる。
「一個聞いていい?」
「なんだい?」
「私が絞首台で死ななかったわけ……シャルルは知ってる?」
言い逃れは許さないと、彼の薄氷の瞳を覗き込む。至近距離にある白銀の髪からは、甘いシャンプーの香りが漂っていた。
彼は眉を下げて笑い、小さな口をゆっくりと開いた。
「魔女の君を処刑してきた……と言ったよね」
「うん」
「聖杯が動いている限り、君が死ぬ方法はたった一つしかなかった。それは、君の心が折れること」
「私の心が折れる?」
「長い寿命に嫌気がさしたり、周りの環境に絶望したり。理由はなんだって良かった。けれど今ここにいる君は、そうはならなかった」
絞首台の床が抜け落ちる前、セイレムの彼が「祈りの言葉はあるか」と聞いてきたのを思い出した。あの時私は「何もない」と答えたはずだ。それはつまり、後悔も絶望も憂いもないということ。
「だから、私はあの時死ななかった?」
「そう。ただ結果的には聖杯の魔力を使い果たして、今のような状態になってしまっているんだけど」
「そうかあ……。うん、ならいいや」
くふくふと笑っていれば、腕を掴まれてベッドに引き倒される。幸い強い力ではなかったのでポスン、と間抜けな音しか立てなかったが、見下ろされた時の冷たい瞳に少しだけ身震いした。しかしすぐに目をそらされ、掴んでいた手の力が抜ける。
「いや、すまない……冷静さを欠いた」
「自己完結されてもこっちにはわからんのですが、怒ってない?」
「……少し」
「嫌だなあ、笑ってよ。私、貴方の笑ってる顔……好き、なんだから」
頬を、冷たい雫が流れ落ちる。彼の薄氷が溶けて、水になったみたいだった。
声が、遠い。契約を求める声がする。
重い目蓋がもう二度と開かないのを悟って、最期にシャルルの唇を奪った。