第四章 記憶
貴方のお名前は?
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ロビンの顔のない王を使って拘置所にやってきた私は、彼に一言お礼を言って別れた。
屋敷で会話したことを思い返しながら、シャルルのいる牢へと近づく。そこはかなり不衛生で、こんな場所に数ヶ月も放置されれば図らずとも死者が出そうなほどだ。
冷たい牢の奥で、彼は目を閉じている。眠っているのではなく、祈りを捧げているようだった。
「シャルル……?」
「……来るとは思っていたよ。手助けしたのはロビンかい?」
「うん、一緒にいて良い?」
「…………仕方ないか、おいで」
彼の瞳は澄んでいた。何一つ変わらない薄氷の瞳を携えて、彼は微笑む。差し出された冷たい手を握れば、ギリギリまで近づいたせいで鉄格子がギシリと鳴る。
今すぐこんなもの壊してしまいたい。そして彼を逃して、私が代わりに罰を受けたい。
「君が考えていることは、なんとなくわかるよ」
「……どうして?」
「だってそれは、僕が捧げた祈りと似ているから」
彼の表情は至極穏やかだ。彼も願ったのだろうか、祈ったのだろうか。ラヴィニアを逃して、自分が代わりに罰を受けるのだと。
——いいや、違う。それではただの自己犠牲だ。
絡み合った指先が、とくとくと血の流れを伝えてくれる。恋人同士のような時間が過ぎて、シャルルの顔がゆっくり近づいてきた。
「ここで、僕と心中するつもりかい?」
「言ったでしょ、貴方が死ねと命じれば私は死ぬの。たとえ貴方があの人でなくてもね」
既に自分なりの回答は得ている。このセイレムを私だけが生き残ったとしたら、私はきっと自分から命を絶つ。それが叶わない身体だとしても、彼は、彼だけはそれを知っている。
「僕は、君を救いたかった。僕の生涯の三分の一も生きていないような子どもが、責め苦に会うのが耐えられなかった。それはきっと、君を娘のように思っているからなのだろうけど」
「娘……か。やっぱり私は、年下のmademoiselle?」
「そうだね、そうだ。生前君に出逢ったシャルル=アンリ・サンソンならともかく、ここにいる僕は魔女になる前の君しか知らない……いや、魔女の君は全て処刑してしまった」
「それでも、私は年上だよ」
「聖杯の力はもう枯渇しているだろう。数日かけて行われる睡眠はそれが原因だ。それにもう、目蓋が重いんじゃないのかい?」
確かに眠りにつくと数日目が覚めないことも多かった。それは思考の海に沈んでいるだけではなく、魔力の枯渇だったらしい。
彼に導かれるまま、目蓋は完全に閉じられた。
——夢を見ているみたいだった。
自分の中の時系列が曖昧で、脳がグラグラと揺さぶられる。そんな意識朦朧とした中で武装した人間に引きずられ、目の前には縄をかけられたシャルルが凛とした表情で立っている。
「シャルル……?」
ここは、絞首台の上だろうか。見物人の中には藤丸くんやロビンたちの姿もあって、ロビン以外は酷く狼狽しているように見える。
「Help her!」
自分にはわからない異国語の中で、数回放たれた自分の名前だけを拾う。処刑人がこちらに言葉をかけてきたが、何て言っているのかはわからない。首を傾げていると、シャルルが対応してくれた。
もう舞台はしっちゃかめっちゃかだ。寝起きのせいか脳みそも上手く機能してくれず、ただただ目の前で行われる舞台を見ているだけ。
「これは僕に与えられた、得がたき贖罪の機会だ……」
彼の長い独白の後、ポツリと呟かれた言葉だけは、私にも聞き取れた。ぼんやりとしたまま私とシャルルの首に縄がかけられ、マシュの悲痛な声だけが耳に入ってきた。
藤丸くんは変わらず、懸命にこちらに手を伸ばしている。他のカルデアの面々も殺気立つ中で、シャルルは何かを決意したように正面を向き、ロビンは藤丸くんを止めていた。
「何か祈ることはあるかい?」
穏やかな声で、彼が問う。
一瞬考えて、すぐに思い直した。自然と口角が上がり、自分が今一番いい笑顔をしていることが嫌でもわかる。なんてこの場に不釣り合いなことか。
「ないなあ……!」
瞬間、足元の床が外れた。二人仲良く首を締め上げられ、息がつまる。
目の荒い縄が首に擦れ、小さな傷を作っていった。言葉を発するどころか呼吸さえできなくて、脳に酸素が通らなくなる。苦しい、苦しい。
けれど、苦しいだけだ。
一向に意識が落ちる気配はなく、死の気配もよってこない。隣のシャルルは既に息を引き取っているだろうに、何故私だけはこんなに長く苦しんでいるのだろう。
私の身体は不死ではない。怪我をすれば出血だってありえるし、心臓を貫かれれば死ぬ。病気にかかっても呆気なくその心臓は止まってしまうほど、脆弱な身体をしているはずなのに、何故。
しばらくして、アビゲイルの暴走が始まった。姿が変わり、カルデアの面々が戦闘態勢に入る。その爆風のせいか縄は切れ、床に叩きるけられたがやはり痛いだけ。
よろよろと身体を起こしてシャルルの身体を見てみると、やはり彼だけは事切れていた。
「シャルル……?」
首に引っかかった縄をそのままに、シャルルの身体を揺さぶっていると、藤丸くんに名前を呼ばれる。
振り向くと真っ青な顔の彼らがこちらを見ていて、近くにいた羽のついた少女と見比べていた。少女は首を振り、近くにいた警官たちがまるで化け物を見ているような面持ちでこちらを見ている。
「何……?」
そう、一瞬気が緩んだ瞬間だった。少女と藤丸くんが纏めて連行され、逃げるようにして警官が消える。私は取り残されてしまった。すぐさまロビンが彼らを追いかけたということは、地下牢の見張りでもするつもりなのだろう。
おそらく私は食屍鬼と間違われたのだ。パチパチと目を瞬かせていると、メディアさんに引き起こされた。
「大丈夫……?」
「うん?」
メディアさんが、パチンとウインクをした。その様子はまるで——。
「マタ・ハリさん?」
名前を呟いた瞬間、綺麗な長い指で唇を抑えられる。そのまま顔も近づけられると、内緒話でもするみたいに彼女は問いかけてきた。
「ねえ貴女……キルケーの薬を飲んだわけではないのよね?」
「キルケーって、あの女の子? ううん、見たことない子」
「そう……なら、縄抜けが達者だったのかしら?」
「ううん、苦しかったよ。でも苦しいだけだった」
その言葉にマタ・ハリはハッと息を呑み、同時に哀しげな顔をする。シャルルの亡骸の側から離れようとしない私の腕をとって、柔らかい体温で包んでくれた。
暖かくて涙が出そうで、ふと、マリーさんを思い出した。
「大丈夫。もう、苦しくないよ。でもね……眠い」
「酸欠ね。寝てていいわ。彼から貴女のことは少し聞いているから。起きるころには、全てが終わってる」
「ああ……じゃあ、また。私は何もできずに、何の役にも立たずに、ただ流されるんだ」
目蓋が重くなる感覚が、本当に短くなっているのを感じる。目を閉じた私の頬を撫でて、暖かい声が降ってきた。
「それでいいの。貴女はただの人間なんだから、何かをしようとしなくていい」
私をただの人間だという人は、少ないだろう。普通より少し長生きで、歳をとらなくて、首を締めても死なない人間なんていやしない。
それでも彼らサーヴァントは、私をただの人間だと言うのだ。力のない、幼い子供だと。それは私にとって、呼吸が楽になる一つの道。
「死なないでいてくれればそれで……」
意識が完全に落ちるその瞬間に聞こえた言葉は、本当は誰が発したものなのだろう。
屋敷で会話したことを思い返しながら、シャルルのいる牢へと近づく。そこはかなり不衛生で、こんな場所に数ヶ月も放置されれば図らずとも死者が出そうなほどだ。
冷たい牢の奥で、彼は目を閉じている。眠っているのではなく、祈りを捧げているようだった。
「シャルル……?」
「……来るとは思っていたよ。手助けしたのはロビンかい?」
「うん、一緒にいて良い?」
「…………仕方ないか、おいで」
彼の瞳は澄んでいた。何一つ変わらない薄氷の瞳を携えて、彼は微笑む。差し出された冷たい手を握れば、ギリギリまで近づいたせいで鉄格子がギシリと鳴る。
今すぐこんなもの壊してしまいたい。そして彼を逃して、私が代わりに罰を受けたい。
「君が考えていることは、なんとなくわかるよ」
「……どうして?」
「だってそれは、僕が捧げた祈りと似ているから」
彼の表情は至極穏やかだ。彼も願ったのだろうか、祈ったのだろうか。ラヴィニアを逃して、自分が代わりに罰を受けるのだと。
——いいや、違う。それではただの自己犠牲だ。
絡み合った指先が、とくとくと血の流れを伝えてくれる。恋人同士のような時間が過ぎて、シャルルの顔がゆっくり近づいてきた。
「ここで、僕と心中するつもりかい?」
「言ったでしょ、貴方が死ねと命じれば私は死ぬの。たとえ貴方があの人でなくてもね」
既に自分なりの回答は得ている。このセイレムを私だけが生き残ったとしたら、私はきっと自分から命を絶つ。それが叶わない身体だとしても、彼は、彼だけはそれを知っている。
「僕は、君を救いたかった。僕の生涯の三分の一も生きていないような子どもが、責め苦に会うのが耐えられなかった。それはきっと、君を娘のように思っているからなのだろうけど」
「娘……か。やっぱり私は、年下のmademoiselle?」
「そうだね、そうだ。生前君に出逢ったシャルル=アンリ・サンソンならともかく、ここにいる僕は魔女になる前の君しか知らない……いや、魔女の君は全て処刑してしまった」
「それでも、私は年上だよ」
「聖杯の力はもう枯渇しているだろう。数日かけて行われる睡眠はそれが原因だ。それにもう、目蓋が重いんじゃないのかい?」
確かに眠りにつくと数日目が覚めないことも多かった。それは思考の海に沈んでいるだけではなく、魔力の枯渇だったらしい。
彼に導かれるまま、目蓋は完全に閉じられた。
——夢を見ているみたいだった。
自分の中の時系列が曖昧で、脳がグラグラと揺さぶられる。そんな意識朦朧とした中で武装した人間に引きずられ、目の前には縄をかけられたシャルルが凛とした表情で立っている。
「シャルル……?」
ここは、絞首台の上だろうか。見物人の中には藤丸くんやロビンたちの姿もあって、ロビン以外は酷く狼狽しているように見える。
「Help her!」
自分にはわからない異国語の中で、数回放たれた自分の名前だけを拾う。処刑人がこちらに言葉をかけてきたが、何て言っているのかはわからない。首を傾げていると、シャルルが対応してくれた。
もう舞台はしっちゃかめっちゃかだ。寝起きのせいか脳みそも上手く機能してくれず、ただただ目の前で行われる舞台を見ているだけ。
「これは僕に与えられた、得がたき贖罪の機会だ……」
彼の長い独白の後、ポツリと呟かれた言葉だけは、私にも聞き取れた。ぼんやりとしたまま私とシャルルの首に縄がかけられ、マシュの悲痛な声だけが耳に入ってきた。
藤丸くんは変わらず、懸命にこちらに手を伸ばしている。他のカルデアの面々も殺気立つ中で、シャルルは何かを決意したように正面を向き、ロビンは藤丸くんを止めていた。
「何か祈ることはあるかい?」
穏やかな声で、彼が問う。
一瞬考えて、すぐに思い直した。自然と口角が上がり、自分が今一番いい笑顔をしていることが嫌でもわかる。なんてこの場に不釣り合いなことか。
「ないなあ……!」
瞬間、足元の床が外れた。二人仲良く首を締め上げられ、息がつまる。
目の荒い縄が首に擦れ、小さな傷を作っていった。言葉を発するどころか呼吸さえできなくて、脳に酸素が通らなくなる。苦しい、苦しい。
けれど、苦しいだけだ。
一向に意識が落ちる気配はなく、死の気配もよってこない。隣のシャルルは既に息を引き取っているだろうに、何故私だけはこんなに長く苦しんでいるのだろう。
私の身体は不死ではない。怪我をすれば出血だってありえるし、心臓を貫かれれば死ぬ。病気にかかっても呆気なくその心臓は止まってしまうほど、脆弱な身体をしているはずなのに、何故。
しばらくして、アビゲイルの暴走が始まった。姿が変わり、カルデアの面々が戦闘態勢に入る。その爆風のせいか縄は切れ、床に叩きるけられたがやはり痛いだけ。
よろよろと身体を起こしてシャルルの身体を見てみると、やはり彼だけは事切れていた。
「シャルル……?」
首に引っかかった縄をそのままに、シャルルの身体を揺さぶっていると、藤丸くんに名前を呼ばれる。
振り向くと真っ青な顔の彼らがこちらを見ていて、近くにいた羽のついた少女と見比べていた。少女は首を振り、近くにいた警官たちがまるで化け物を見ているような面持ちでこちらを見ている。
「何……?」
そう、一瞬気が緩んだ瞬間だった。少女と藤丸くんが纏めて連行され、逃げるようにして警官が消える。私は取り残されてしまった。すぐさまロビンが彼らを追いかけたということは、地下牢の見張りでもするつもりなのだろう。
おそらく私は食屍鬼と間違われたのだ。パチパチと目を瞬かせていると、メディアさんに引き起こされた。
「大丈夫……?」
「うん?」
メディアさんが、パチンとウインクをした。その様子はまるで——。
「マタ・ハリさん?」
名前を呟いた瞬間、綺麗な長い指で唇を抑えられる。そのまま顔も近づけられると、内緒話でもするみたいに彼女は問いかけてきた。
「ねえ貴女……キルケーの薬を飲んだわけではないのよね?」
「キルケーって、あの女の子? ううん、見たことない子」
「そう……なら、縄抜けが達者だったのかしら?」
「ううん、苦しかったよ。でも苦しいだけだった」
その言葉にマタ・ハリはハッと息を呑み、同時に哀しげな顔をする。シャルルの亡骸の側から離れようとしない私の腕をとって、柔らかい体温で包んでくれた。
暖かくて涙が出そうで、ふと、マリーさんを思い出した。
「大丈夫。もう、苦しくないよ。でもね……眠い」
「酸欠ね。寝てていいわ。彼から貴女のことは少し聞いているから。起きるころには、全てが終わってる」
「ああ……じゃあ、また。私は何もできずに、何の役にも立たずに、ただ流されるんだ」
目蓋が重くなる感覚が、本当に短くなっているのを感じる。目を閉じた私の頬を撫でて、暖かい声が降ってきた。
「それでいいの。貴女はただの人間なんだから、何かをしようとしなくていい」
私をただの人間だという人は、少ないだろう。普通より少し長生きで、歳をとらなくて、首を締めても死なない人間なんていやしない。
それでも彼らサーヴァントは、私をただの人間だと言うのだ。力のない、幼い子供だと。それは私にとって、呼吸が楽になる一つの道。
「死なないでいてくれればそれで……」
意識が完全に落ちるその瞬間に聞こえた言葉は、本当は誰が発したものなのだろう。