第四章 記憶
貴方のお名前は?
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「君まで僕の考えに付き合う必要はないんだ」
「ううん、貴方と一緒にいるよ。どうせ藤丸くんとしか言葉が通じないんだもの、息がつまりそう」
ホプキンスが寝泊まりしている屋敷で、こんな会話をした。彼は何かを考えた上でこちら側に付いたのだろうが、私にも一向に真意を喋ろうとはしない。
ただわかるのは、彼はカルデアを裏切ってはいないし、この人形劇について何か探ろうとしているということだけ。
彼は黒幕のことを悪魔だと言った。
ホプキンスが持つ魔道書には少しだけ心当たりがあった。
それでも私にはわからない。黒幕が何をしたいのかも、彼自身が何をしたいのかも。難しいことは全て思考を放棄して、逃げ続けた罰なのだろう。
「そんな顔をするくらいなら、やっぱりマスターの元にいた方が良かったんじゃないのか?」
「馬鹿言わないで。役人たちを食屍鬼から守りたいからここに残るって言ったのは、他でもないシャルルだ。私はその考えが間違っていたなんて思わないし……まあ、ロビンはなんか怒ってたけど、とにかくこの状態については後悔なんてしてない!」
「……君は本当に優しい」
凪いだ瞳で、優しい声で、彼は私と対話する。頭の良くない私にもわかるように、ゆっくり丁寧に話してくれる。
その様子はやはり、私の執着するシャルル=アンリ・サンソンとは異なっていた。
「丁度いい機会だから、貴方と先の話がしたい」
「先の話?」
「というか、過去の話なのかな。私のことは覚えてないんだよね」
「ああ、すまない」
「いやそれは別にいいんだけど……んー、記録としては知っている?」
「具体的に言えば、僕の持つ赤い石が君の情報の記録媒体として機能している。それを以前僕が夢という形で盗み見てしまった……というのは前に話したね?」
その言葉に、小さく頷く。私の左耳を切り落としたあの日、赤い石の正体を知った。
正規の聖杯がサーヴァントを倒し、魔力を満たすことで起動する魔術装置——または儀式。私はかつて、それを正しく機能させた。残り滓がトランクにある聖杯の器。赤い石は聖杯ではあるが聖杯ではないもの。という話。
「書類を見た僕という座としての記録は、そこにある。けれどそこに、君と生前過ごしたという記憶は無い」
「そこなんだよね……聖杯戦争の貴方は私を知ってたのに」
「その聖杯戦争自体が、僕の座から消え去っている可能性は」
その言葉を受けて、不意にレイシフト前のロビンが頭をよぎった。
「聖杯戦争自体の記録がないことと、生前の貴方とどういう関係が?」
「つまり、その聖杯戦争が無ければ、君はあのパリにいるはずがない」
彼の言葉を要約するとこうだ。
私の中の時間軸としては、聖杯戦争の次にパリ。彼に中の時間軸ではパリの次に聖杯戦争。しかしパラレルワールドが無数に存在する場合、聖杯戦争というものが一つの分岐であれば、根っこにあるパリの時間軸まで遡って“なかったこと”にできるらしい。
勿論全てを理解できるわけでもないし、時間という概念の無い英霊の座においてこの仮説は無意味極まりない。
ただ私という時間を飛び越える人間がパラレルワールドのベースとして組み込まれた場合、私が同じ時代に複数人いることになる。それはこの上なく世界にとって危険なのだ。英霊が生前の時代にいれば混乱するように、同じ個体でで経験の違う人間など癌でしかない。
だから、この私という人間は既にどの世界にもいない。殆どが自我を失い、聖杯によって命じられたシャルル=アンリ・サンソンの手によって葬られている。
「先の話がしたいと言ったね。君の選択肢は二つだ。一つはカルデアが藤丸立香をマスターとして機能しているうちに、僕の手によって裁かれること。もう一つは君が英霊としての座を獲得して世界に組み込まれることだ」
「無理だよ、無理に決まってる。私が英霊? 歴史に名を残したわけでもない、ただの聖杯戦争に勝ち残っただけの人間が英霊?」
「いるだろう、カルデアには。そういったサーヴァントが数名」
歴史に名を残したわけでもなく、英霊として存在しているサーヴァント。それは、つまり、アラヤと契約した彼らのことを言っているのだろうか。
「勿論君にそうして欲しいわけじゃない。首だって斬りたくはない。けれど……けれど、どうしたって、この旅が終われば迎えが来る。その前に決断しなくては」
彼の顔は、歪んでいた。それは純粋に私の身を案じていて。
「ずっと、ずっとなあなあで、決断もせずに生きてきた私に、そんな大層な考えできないよ」
悲しそうな顔をしないでほしい。そんな、子どもを見るみたいな。私の方がずっと年上なのに。
はた、と顔を上げる。
——年上なのだ。
ずっとずっと、シャルロが生まれる前から生きてきた。だから、私が彼に何かを教えてもらう立場は、ずっと昔に卒業していた。
思いのほかストンと胸に落ちてきた感情に、小さく息を吐いた。
「ううん、貴方と一緒にいるよ。どうせ藤丸くんとしか言葉が通じないんだもの、息がつまりそう」
ホプキンスが寝泊まりしている屋敷で、こんな会話をした。彼は何かを考えた上でこちら側に付いたのだろうが、私にも一向に真意を喋ろうとはしない。
ただわかるのは、彼はカルデアを裏切ってはいないし、この人形劇について何か探ろうとしているということだけ。
彼は黒幕のことを悪魔だと言った。
ホプキンスが持つ魔道書には少しだけ心当たりがあった。
それでも私にはわからない。黒幕が何をしたいのかも、彼自身が何をしたいのかも。難しいことは全て思考を放棄して、逃げ続けた罰なのだろう。
「そんな顔をするくらいなら、やっぱりマスターの元にいた方が良かったんじゃないのか?」
「馬鹿言わないで。役人たちを食屍鬼から守りたいからここに残るって言ったのは、他でもないシャルルだ。私はその考えが間違っていたなんて思わないし……まあ、ロビンはなんか怒ってたけど、とにかくこの状態については後悔なんてしてない!」
「……君は本当に優しい」
凪いだ瞳で、優しい声で、彼は私と対話する。頭の良くない私にもわかるように、ゆっくり丁寧に話してくれる。
その様子はやはり、私の執着するシャルル=アンリ・サンソンとは異なっていた。
「丁度いい機会だから、貴方と先の話がしたい」
「先の話?」
「というか、過去の話なのかな。私のことは覚えてないんだよね」
「ああ、すまない」
「いやそれは別にいいんだけど……んー、記録としては知っている?」
「具体的に言えば、僕の持つ赤い石が君の情報の記録媒体として機能している。それを以前僕が夢という形で盗み見てしまった……というのは前に話したね?」
その言葉に、小さく頷く。私の左耳を切り落としたあの日、赤い石の正体を知った。
正規の聖杯がサーヴァントを倒し、魔力を満たすことで起動する魔術装置——または儀式。私はかつて、それを正しく機能させた。残り滓がトランクにある聖杯の器。赤い石は聖杯ではあるが聖杯ではないもの。という話。
「書類を見た僕という座としての記録は、そこにある。けれどそこに、君と生前過ごしたという記憶は無い」
「そこなんだよね……聖杯戦争の貴方は私を知ってたのに」
「その聖杯戦争自体が、僕の座から消え去っている可能性は」
その言葉を受けて、不意にレイシフト前のロビンが頭をよぎった。
「聖杯戦争自体の記録がないことと、生前の貴方とどういう関係が?」
「つまり、その聖杯戦争が無ければ、君はあのパリにいるはずがない」
彼の言葉を要約するとこうだ。
私の中の時間軸としては、聖杯戦争の次にパリ。彼に中の時間軸ではパリの次に聖杯戦争。しかしパラレルワールドが無数に存在する場合、聖杯戦争というものが一つの分岐であれば、根っこにあるパリの時間軸まで遡って“なかったこと”にできるらしい。
勿論全てを理解できるわけでもないし、時間という概念の無い英霊の座においてこの仮説は無意味極まりない。
ただ私という時間を飛び越える人間がパラレルワールドのベースとして組み込まれた場合、私が同じ時代に複数人いることになる。それはこの上なく世界にとって危険なのだ。英霊が生前の時代にいれば混乱するように、同じ個体でで経験の違う人間など癌でしかない。
だから、この私という人間は既にどの世界にもいない。殆どが自我を失い、聖杯によって命じられたシャルル=アンリ・サンソンの手によって葬られている。
「先の話がしたいと言ったね。君の選択肢は二つだ。一つはカルデアが藤丸立香をマスターとして機能しているうちに、僕の手によって裁かれること。もう一つは君が英霊としての座を獲得して世界に組み込まれることだ」
「無理だよ、無理に決まってる。私が英霊? 歴史に名を残したわけでもない、ただの聖杯戦争に勝ち残っただけの人間が英霊?」
「いるだろう、カルデアには。そういったサーヴァントが数名」
歴史に名を残したわけでもなく、英霊として存在しているサーヴァント。それは、つまり、アラヤと契約した彼らのことを言っているのだろうか。
「勿論君にそうして欲しいわけじゃない。首だって斬りたくはない。けれど……けれど、どうしたって、この旅が終われば迎えが来る。その前に決断しなくては」
彼の顔は、歪んでいた。それは純粋に私の身を案じていて。
「ずっと、ずっとなあなあで、決断もせずに生きてきた私に、そんな大層な考えできないよ」
悲しそうな顔をしないでほしい。そんな、子どもを見るみたいな。私の方がずっと年上なのに。
はた、と顔を上げる。
——年上なのだ。
ずっとずっと、シャルロが生まれる前から生きてきた。だから、私が彼に何かを教えてもらう立場は、ずっと昔に卒業していた。
思いのほかストンと胸に落ちてきた感情に、小さく息を吐いた。