第四章 記憶
貴方のお名前は?
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暫く泳いでいたせいか冷え切った身体を起こし、軽くベッドの上で伸びをする。
カルデアが騒がしい。また特異点が見つかったのだろう。そこでは緑衣のアーチャーと、処刑人がレイシフトするという話が出ていた。
廊下を歩いていると、ロビンとマシュとシャルルというなんとも奇妙な組み合わせがそこにあった。
ロビンの顔色は真っ青で、いかにも二日酔いなのがわかる。マシュは何やら心配そうに覗き込んで、シャルルはカップを手渡している。暖かな湯気とともに運んでくる香りからして、なんらかのスープであることがわかる。
三人はいくつか言葉を交わした後、ロビンを置いて二人が去った。ロビンはシャルルにて手渡されたカップに口をつけて、息をゆったりと吐いている。
「それなあに?」
「ん? ああ、オニオンスープですって。お節介なお坊ちゃんが俺にくれたんですわ」
「二日酔い?」
「そーそ、お嬢さんは酒飲めるクチなんです?」
「私は……実年齢的には飲めるけど、別段飲もうとは思わないな」
そもそも実年齢より幼く見えるアジア人の、更に童顔の部類の私は絵面でアウトだ。いやまあ子供のような見た目のサーヴァントも飲んではいるので、ここでは大丈夫かもしれないが。そもそも酒を嗜好品として考えたことのない私にとっては、ピンとこない話である。
「それは勿体無いな。酒はいいぜえ?」
「貴方、実はまだアルコール残ってるでしょう。それ飲み干したら一回寝たほうがいい」
「英霊は眠らねーよ」
「英霊が二日酔いなんかになってるのがおかしいんだよ。次、最後の特異点でしょ?」
それを言うと、彼は苦々しく顔を歪めた。それに気がつかないフリをして、部屋に帰るよう促す。
それを見送ると、廊下の向こう側からパタパタと足音を立てて藤丸立香が走ってきた。額に汗を滲ませていることから、そこそこの距離だったのが伺える。
「あ、いたいた!」
「ん?」
「あのね、次の特異点のことなんだけど……君にについてきてほしいって意見が上がってて」
「はい?」
その提案に、私は目を丸くするしかできなかった。今までそういった意見が出なかったわけではないが、私自身眠っていたり、レイシフト後の昏倒があったりで流されていたのだ。それが何故今になって。
怪訝そうな顔をする私と緑衣の彼に、藤丸くんは困ったように笑いながら次の特異点——セイレムについての説明をしてくれた。
曰く、セイレムではサーヴァントの状態が不安定になること。人理修復後にサポートに回っていたマシュが共に行くこと。そして何より、一緒にレイシフト予定の二人の仲介役として選ばれたらしい。
何故仲介役が必要かといえば、彼らはあまり仲がよろしくないのだ。普段波風立てない二人としては珍しい。
正直に言えば道の世界に入るのは恐ろしい。けれ魔術師としてでなく、ちょっとしたお付きの人間として考えればそれなりに恐怖心は和らいだ。震える手を見ないふりして、私はゆっくりと承諾の返事をした。
しかしこの決断は早まったものだと、私はすぐに後悔することになる。
セイレムにレイシフトして、私は驚愕した。スタッフの言葉はおろか、サーヴァントの発する言葉すらわからなくなってしまったからだ。
厳密に言えば喋っていることはわかる。けれど意味が理解できないというのが正しいだろう。彼らは基本的に日常的に英語を使う。それでも私に合わせて日本語であったりフランス語で喋ってくれるスタッフや、言語の壁を気にしないサーヴァントのお陰で私は生活できていたのだ。
それがセイレムという隔離された空間のせいでサーヴァントは軒並み霊体に異常を喫し、そればかりか聖杯からの知識もまばらになってしまったようだ。それでもマスターである藤丸立香とは、カルデアを通じてパスが通っているので問題はない。
しかしシステム的に無関係である私は、日本語の使える藤丸くん、フランス語で会話可能なシャルル、それと生前にフランスで活動していたマタ・ハリ以外の人間の喋っている言葉がわからない。あえなく私はお荷物になることが決定した。これでは仲介どころの話ではない。
カルデアからの指示は二つ。絶対に単独行動はしないこと、会話は三人に通訳をしてもらうことだ。なんて情けない、と溜息を一つ吐く。
「大丈夫だ。僕らから離れなければ、何も起こらないから」
「でも、彼らと話ができないということは、村についたとしても私は一向に足手まといなだけでしょ? そんなの、まだカルデアで留守番をしていた方がマシだった」
「そう言わないでくれ。こちらも不具合のせいでマスターや君を守れるか、不安なのだから」
ああ、こんな言葉一つで気分が浮上する私は、なんて単純なのだろう。赤くなった顔を隠すように俯けば、彼はそれ以上何も言わなかった。
「ふふ、喋ったことなかったからどんな子かと思っていたけれど、随分可愛らしいのね」
「あまり揶揄わないでやってくれ、マルガレータ」
「あら、ごめんなさい。でもそうね……よければお姉さんがもっと良い魅せ方を教えてあげられるけど」
「謹んでお断りします……!」
話せる人間が限定されているせいか、これ幸いとばかりにマタ・ハリが話しかけてくる。それは別に構わないのだが、話の内容がほぼ私の色恋についてなのがどうにもむず痒い。これでロビンフッドが加わった日には、生娘のようだと散々揶揄われるに違いない。
現に話している内容はわかっていないにも関わらず、私の顔色と会話の中にいる面子のせいで察してはいるのだろう。ニヤニヤ顔が憎たらしい。
それらを振り払って進んでいると、焚き火が見えてきた。近寄って見てみれば、その正体は少女たちだった。彼女たちは怪しげな儀式を無邪気に行い、クルクルと踊っている。
「あんまり、良い感じには見えないな。私もコックリさんとかやったことあるけど、あとでしこたま怒られた」
「君って、割と怖いもの知らずだよね……」
呆れた様子の藤丸くんを尻目に儀式を覗いていると、一人のアルビノの少女が物陰から出てきた。生憎私は言葉が通じないので遠目で見ているしかできないが、彼女はシャルルが何やら話しかけると怯えて逃げて行ってしまった。
どうやら、フランス人であることに怯えられたらしい。
「yipe!」
突如、少女たちの悲鳴が上がる。火に誘われた獣が彼女たちを囲い、ひいては私たちも囲まれていた。
「マスターの側から離れないで!」
そう私に向かって叫んだシャルルは瞬間、獣を一刀両断していた。少女に襲いかかる獣をロビンの矢が貫き、藤丸くんたちが避難を促す。当然私もそちらについて行くべきなのだろうが、足がすくんで動けなかった。
「逃げろ!」
シャルルの声が森の中で反響するが、最早逃げるという選択肢は頭から消え去っていた。懐に忍ばせていた短剣を片手に、近くにあった枝の太い木に飛び移る。
獣の歯や爪が届かない場所まで移動すると、次に枝を蹴って全体重をかけながら獣の喉笛を切りつけた。身体に血がこびりつくが気にしている場合ではない。無尽蔵に湧き出る獣を同じ方法で対処していく。
粗方それらが居なくなる頃には、私の腕や胸部は真っ赤に染まっていた。
近づいてきたシャルルたちは全く返り血を浴びていないので、これも戦闘経験の差なのだろうと少しばかり肩を落とす。
「……なんて無茶を」
「そんなことより、大丈夫なの? あまり全力って感じじゃなかったけど」
「ああ、どうやら霊体の歪みは戦闘能力まで浸透していたらしい。とにかく、あまり無闇に行動しないでくれ」
「戦闘能力が半減しているというなら、私を使って。生死については平等、動きだって見てわかったはず」
彼が息を呑む。当然だ、今まで傍観・非戦闘員として徹してきた私がいきなり戦闘をすると言い出したのだから。けれど反論は受け付けない。なぜなら私の戦闘能力は今しがた見せたばかりであり、それは多少の稚拙さはあれど迂闊に命を落とすような動きではなかったはずだからだ。
彼は数秒黙って、一つ大きく溜息を吐くと「危なくなったらすぐに逃げること」を条件に了承してくれた。
因みに合流した藤丸くんや少女たちには、更に悲鳴をあげられた。
カルデアが騒がしい。また特異点が見つかったのだろう。そこでは緑衣のアーチャーと、処刑人がレイシフトするという話が出ていた。
廊下を歩いていると、ロビンとマシュとシャルルというなんとも奇妙な組み合わせがそこにあった。
ロビンの顔色は真っ青で、いかにも二日酔いなのがわかる。マシュは何やら心配そうに覗き込んで、シャルルはカップを手渡している。暖かな湯気とともに運んでくる香りからして、なんらかのスープであることがわかる。
三人はいくつか言葉を交わした後、ロビンを置いて二人が去った。ロビンはシャルルにて手渡されたカップに口をつけて、息をゆったりと吐いている。
「それなあに?」
「ん? ああ、オニオンスープですって。お節介なお坊ちゃんが俺にくれたんですわ」
「二日酔い?」
「そーそ、お嬢さんは酒飲めるクチなんです?」
「私は……実年齢的には飲めるけど、別段飲もうとは思わないな」
そもそも実年齢より幼く見えるアジア人の、更に童顔の部類の私は絵面でアウトだ。いやまあ子供のような見た目のサーヴァントも飲んではいるので、ここでは大丈夫かもしれないが。そもそも酒を嗜好品として考えたことのない私にとっては、ピンとこない話である。
「それは勿体無いな。酒はいいぜえ?」
「貴方、実はまだアルコール残ってるでしょう。それ飲み干したら一回寝たほうがいい」
「英霊は眠らねーよ」
「英霊が二日酔いなんかになってるのがおかしいんだよ。次、最後の特異点でしょ?」
それを言うと、彼は苦々しく顔を歪めた。それに気がつかないフリをして、部屋に帰るよう促す。
それを見送ると、廊下の向こう側からパタパタと足音を立てて藤丸立香が走ってきた。額に汗を滲ませていることから、そこそこの距離だったのが伺える。
「あ、いたいた!」
「ん?」
「あのね、次の特異点のことなんだけど……君にについてきてほしいって意見が上がってて」
「はい?」
その提案に、私は目を丸くするしかできなかった。今までそういった意見が出なかったわけではないが、私自身眠っていたり、レイシフト後の昏倒があったりで流されていたのだ。それが何故今になって。
怪訝そうな顔をする私と緑衣の彼に、藤丸くんは困ったように笑いながら次の特異点——セイレムについての説明をしてくれた。
曰く、セイレムではサーヴァントの状態が不安定になること。人理修復後にサポートに回っていたマシュが共に行くこと。そして何より、一緒にレイシフト予定の二人の仲介役として選ばれたらしい。
何故仲介役が必要かといえば、彼らはあまり仲がよろしくないのだ。普段波風立てない二人としては珍しい。
正直に言えば道の世界に入るのは恐ろしい。けれ魔術師としてでなく、ちょっとしたお付きの人間として考えればそれなりに恐怖心は和らいだ。震える手を見ないふりして、私はゆっくりと承諾の返事をした。
しかしこの決断は早まったものだと、私はすぐに後悔することになる。
セイレムにレイシフトして、私は驚愕した。スタッフの言葉はおろか、サーヴァントの発する言葉すらわからなくなってしまったからだ。
厳密に言えば喋っていることはわかる。けれど意味が理解できないというのが正しいだろう。彼らは基本的に日常的に英語を使う。それでも私に合わせて日本語であったりフランス語で喋ってくれるスタッフや、言語の壁を気にしないサーヴァントのお陰で私は生活できていたのだ。
それがセイレムという隔離された空間のせいでサーヴァントは軒並み霊体に異常を喫し、そればかりか聖杯からの知識もまばらになってしまったようだ。それでもマスターである藤丸立香とは、カルデアを通じてパスが通っているので問題はない。
しかしシステム的に無関係である私は、日本語の使える藤丸くん、フランス語で会話可能なシャルル、それと生前にフランスで活動していたマタ・ハリ以外の人間の喋っている言葉がわからない。あえなく私はお荷物になることが決定した。これでは仲介どころの話ではない。
カルデアからの指示は二つ。絶対に単独行動はしないこと、会話は三人に通訳をしてもらうことだ。なんて情けない、と溜息を一つ吐く。
「大丈夫だ。僕らから離れなければ、何も起こらないから」
「でも、彼らと話ができないということは、村についたとしても私は一向に足手まといなだけでしょ? そんなの、まだカルデアで留守番をしていた方がマシだった」
「そう言わないでくれ。こちらも不具合のせいでマスターや君を守れるか、不安なのだから」
ああ、こんな言葉一つで気分が浮上する私は、なんて単純なのだろう。赤くなった顔を隠すように俯けば、彼はそれ以上何も言わなかった。
「ふふ、喋ったことなかったからどんな子かと思っていたけれど、随分可愛らしいのね」
「あまり揶揄わないでやってくれ、マルガレータ」
「あら、ごめんなさい。でもそうね……よければお姉さんがもっと良い魅せ方を教えてあげられるけど」
「謹んでお断りします……!」
話せる人間が限定されているせいか、これ幸いとばかりにマタ・ハリが話しかけてくる。それは別に構わないのだが、話の内容がほぼ私の色恋についてなのがどうにもむず痒い。これでロビンフッドが加わった日には、生娘のようだと散々揶揄われるに違いない。
現に話している内容はわかっていないにも関わらず、私の顔色と会話の中にいる面子のせいで察してはいるのだろう。ニヤニヤ顔が憎たらしい。
それらを振り払って進んでいると、焚き火が見えてきた。近寄って見てみれば、その正体は少女たちだった。彼女たちは怪しげな儀式を無邪気に行い、クルクルと踊っている。
「あんまり、良い感じには見えないな。私もコックリさんとかやったことあるけど、あとでしこたま怒られた」
「君って、割と怖いもの知らずだよね……」
呆れた様子の藤丸くんを尻目に儀式を覗いていると、一人のアルビノの少女が物陰から出てきた。生憎私は言葉が通じないので遠目で見ているしかできないが、彼女はシャルルが何やら話しかけると怯えて逃げて行ってしまった。
どうやら、フランス人であることに怯えられたらしい。
「yipe!」
突如、少女たちの悲鳴が上がる。火に誘われた獣が彼女たちを囲い、ひいては私たちも囲まれていた。
「マスターの側から離れないで!」
そう私に向かって叫んだシャルルは瞬間、獣を一刀両断していた。少女に襲いかかる獣をロビンの矢が貫き、藤丸くんたちが避難を促す。当然私もそちらについて行くべきなのだろうが、足がすくんで動けなかった。
「逃げろ!」
シャルルの声が森の中で反響するが、最早逃げるという選択肢は頭から消え去っていた。懐に忍ばせていた短剣を片手に、近くにあった枝の太い木に飛び移る。
獣の歯や爪が届かない場所まで移動すると、次に枝を蹴って全体重をかけながら獣の喉笛を切りつけた。身体に血がこびりつくが気にしている場合ではない。無尽蔵に湧き出る獣を同じ方法で対処していく。
粗方それらが居なくなる頃には、私の腕や胸部は真っ赤に染まっていた。
近づいてきたシャルルたちは全く返り血を浴びていないので、これも戦闘経験の差なのだろうと少しばかり肩を落とす。
「……なんて無茶を」
「そんなことより、大丈夫なの? あまり全力って感じじゃなかったけど」
「ああ、どうやら霊体の歪みは戦闘能力まで浸透していたらしい。とにかく、あまり無闇に行動しないでくれ」
「戦闘能力が半減しているというなら、私を使って。生死については平等、動きだって見てわかったはず」
彼が息を呑む。当然だ、今まで傍観・非戦闘員として徹してきた私がいきなり戦闘をすると言い出したのだから。けれど反論は受け付けない。なぜなら私の戦闘能力は今しがた見せたばかりであり、それは多少の稚拙さはあれど迂闊に命を落とすような動きではなかったはずだからだ。
彼は数秒黙って、一つ大きく溜息を吐くと「危なくなったらすぐに逃げること」を条件に了承してくれた。
因みに合流した藤丸くんや少女たちには、更に悲鳴をあげられた。