第四章 記憶
貴方のお名前は?
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駒鳥の雛は、左耳を切り落とされた。
この噂は、瞬く間にカルデア中に広がることになるだろう。勿論雛というのは私のことで、切り落としたのは処刑人である。
医務室で丁寧な治療を受けていると、何処から聞きつけたのかマスターとドクターが飛び込んできた。二人とも肩で息をし、真っ白な顔をしている。
「大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。ご覧の通り彼に治療をしていただいてますので」
「あ、助かったよサンソン……でも、なんでまた耳が」
手を動かしていたアサシンの口が動くのを見て、視線で黙っているように促す。彼が口をつぐんだ様子を見て、ドクターは何か言いかけたが、マスターの手前沈黙を選んだようだ。
私も少しだけ口角を上げて、沈黙を選ぶ。その瞬間、マスターは目にいっぱいの涙を溜めて、私がしたのと同じように口角を上げた。
「……どうかしました?」
「やっと笑った……」
治療の邪魔をしてはいけないと思ってか、やんわりと両手を握られる。頭が動かせないので目線だけを上にあげれば、彼はこの上ないほど綺麗な笑顔を浮かべていた。
「ずっと気がかりだったんだよ……オルレアンでは結構ニコニコしてたイメージだったから、カルデアに来て環境変わったせいでストレスになってるんじゃないかって」
「ああ、それはご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですよ」
頭を固定したまま腕を上げ、彼の頬を撫でる。そのまま微笑んで見せた瞬間、シャキン、とハサミの入る音が聞こえた。アサシンが治療器具を片付けているのが見えるので、もう動いても大丈夫だろう。長時間背筋を伸ばしていたせいで固まった背中を伸ばす。
彼は戸棚から何やら袋を取り出して、私の手のひらに乗せてきた。
「麻酔が切れるとまた痛むと思うから、この痛み止めを飲んで。熱が出たらこっち、併用はしないこと。……症状が同時に出たら痛み止めを優先的に呑んで、早めに僕に連絡すること」
「はあい」
「二人とも、仲直りしたの?」
「元より仲違いはしていません。……まあ、少々彼女には無理をさせてしまったようなので、これから返していくつもりですが」
彼は緩く微笑む。血生臭い空間のはずなのに、何故こんなにもほのぼのとした空気にできるのか。このマスターも存外奇妙な事態に慣れきっている。おそらく私の身体がただの人間で、耳など生えてはこないことを失念している。
微妙な顔をするドクターを見ないようにして、私も笑った。
その日の夜、私は彼の言った通り激痛と高熱に襲われた。
耳というのは言わずもがな脳に近い。故に、激しい頭痛と脳幹を揺さぶられる吐き気に、薬を飲む間も無く倒れ込んだ。痛みからシーツを手繰ろうとも、身体の別の部位を刺激して意識を逸らそうとしても、全ては無駄に終わる。
とめどなく溢れる汗と涙で、このままでは脱水症状の可能性も出てくる。これは彼を呼んだ方がいい。頭ではわかっているのに、身体が動かない。
「せん、せ……」
震える声で紡ぐのは、やはり彼。自分の身体はごく一般的な人間の構造だ。致命傷を負ったり、熱で脳が侵されれば簡単に命を落とす。実際に命を落としたことが無いというのに、これだけは何故か絶対的な枷として自分の中にあった。
このまま死んでしまうのか。罪の証として彼から罰を受けたら、呆気なく私はその生を諦めるのか。左耳を切るというのは、フランスで行われた軽犯罪に対する罰である。
もう視界も滲みすぎて分からず、右耳を下にして倒れているので音も上手く拾えない。
「なにやってんだか」
床でのたうちまわっていると、不意に身体が抱き起こされた。
目の前に広がるのは彼を象徴する白黒ではなく、草木と煙草の香りがに包まれた緑色。暖かい指で、流れる涙を拭われる。
「な、で……」
「喋るな」
一刀両断だ。いつもより低い声で、体に負担をかけない程度に抱きかかえられた。
数分もしないうちに何処かに辿り着いたらしく床に降ろされ、彼がどこかのドアをノックする。誰の部屋かなんて確認する暇もなく、そのドアは開かれた。出てきた黒い影は私と彼を見てどう思ったのだろうか。
「——ロビン?」
鼓膜を揺らすのは、ずうっと頭に思い浮かべていた彼の声。床からベッドに降ろされ、錠剤と水を口の中に流し込まれる。
唇も上手く動かせない私は水を端から零していったが、彼は怒ることなくゆっくり飲み込ませてくれた。緑衣の影はいつのまにかいなくなっている。
相変わらず熱による吐き気はひどいが、そして零した水を全て拭き取るころには、私の呼吸と痛みも少しはマシになっていた。
「……落ち着いたかい?」
「う……はい」
「ゆっくりでいい。けれど症状は細かく話してくれ。適切な処置をしなければならないから」
そう言いながらも玉のような汗を拭い、洗面台を傍らに置いているあたり症状にあたりはつけているのだろう。それでも逐一報告しつつ、夜を明かさなければならない。
そう、夜はまだ始まったばかりなのである。彼のベッドで横になると、まずは痛み止めを飲ませてもらって、流れ出る汗を拭ってもらった。
途中で注射針が腕に刺さった感覚もあったけれど、圧迫感だけで痛みはない。刺しっぱなしということは、点滴だろうとあたりをつける。
時折出る生理的な涙で顔がぐちゃぐちゃになった私を、彼は根気よく顔の水分を拭き取り、水分を取らせ続けた。視界がぼやけるたびに腕を伸ばして彼を探せば、優しく手を握ってくれた。
「大丈夫、大丈夫だから」
それは、何十年経とうとも変わりない医者としての彼の声。それに返事はできなくて、それでも力の入っていない手で握り返した。彼がなんとなく、笑ってくれた気がする。
「あたまと、目のおく……いたい」
「うん、痛み止めはさっき飲んだから、もうちょっとだ」
「がまん」
「我慢はしなくていい。痛かったら泣いても声を出しても構わない。すぐに痛みは引くから、僕に任せて」
「うん」
彼の言ってることは半分も頭に入らないけれど、武骨な手が何度も何度も頭を撫でてくれる。それだけで何でも我慢できそうで、でも我慢しなくてもいいって言ってくれて、私は懸命に彼の手に縋りつく。
体感時間で数時間、実際は数分かもしれないし数十分かもしれない。彼の言った通り薬が効いてきたのか、徐々に脳髄を揺らす痛みは治まった。
その間彼はずっと私の身体中を労わるように撫でてくれた。頭から背中、手、腰、足まで、彼の低い体温が私を暖める。特に足は爪先まで冷え切ったことを懸念して、小さな湯たんぽまで当ててくれた。
呼吸も心音もだいぶ落ち着いたところで、私をここに連れて来た緑衣の彼が何処にいるかが気になった。
「あの」
「ん?」
「ロビン、どこ?」
「……彼なら君をここに預けて、さっさと退出したよ。居た方が良かったかい?」
私としてはお礼が言いたいくらいの軽い気持ちだったのだが、彼の声は何故か少し硬い。しかしうまく働かない頭では原因まではわからないため、首を振ってそれに答える。
「運んでくれたのに、ありがとうって言いそびれたから」
「元気になったら言うといい」
「そうします……にしても、なんで私が倒れた時に、部屋に居たんだろう……?」
思い返せば、ベッドから落ちてからそこまで時間を置かずに彼に抱き起こされた気がする。彼の部屋は私の部屋からは少し遠く、何処かに行くための通り道という訳でも無い。
首を傾げる私をよそに、先生は寂しそうな顔でヘッドボードを見つめていた。
それから数日寝込んで、私が全快する頃には特異点が後一つというところまで落ち着いていた。
その場所は古代メソポタミア。神代に近い土地に行くにあたって、やはり魔力濃度は段違いだろう。実際ダ・ヴィンチ女史が何か防具のようなものを作っていたし、私もその昔聖杯戦争のためにと道具を作った経験がある。
今回古代へ赴くにあたり、より念入りな準備が必要となるだろう。
鍵が開けっ放しになっているトランクをひっ摑んで、かつて私が作った道具を取り出した。それは緑衣のアーチャーと戦うために、私の魔力を込めまくった魔術礼装だ。形はただのブレスレットだが、自分の身体の近くで破壊すれば、魔力が体内に流れ込む。
果たして彼と私の魔力の相性がいいかはわからないが、まあ持っていて損はないだろう。
「藤丸くん」
「どうしたの?」
「これあげる。万が一カルデアの電力がうまく回らなかったとき、括り付けてある石を破壊して。その場しのぎでも役に立つと思うから」
「これは……?」
「魔力の塊。でも絶対、サーヴァントに直接与えちゃダメだよ」
試作品として作った際に私のサーヴァントだったアサシンに使ってみたところ、身体に馴染みすぎて発熱しかけたことを思い出す。決戦前夜に何をしているのか、と言われればぐうの音も出ない。
とにかく腕に銀のブレスレットを装着させ、石破壊用に内蔵されたアイスピックの説明もして終わりだ。ぽん、と肩を叩いて笑いかける。少しは重荷が軽くなればいいが。彼はブレスレットを握りしめて、赤い目をして言った。
「ありがとう、お守りとして大切にする」
「そうしてくれるとありがたい。こんなもの、使う機会が無いのが一番だから」
「うん……あのさ、聞きたいんだけど」
「はい?」
「この戦いが終わったら、どうするの?」
「ん? ん……あれだな。きっと彼は座に還るだろうし、連れてってくれないかなーなんて」
あくまで真剣な顔をする彼に、私はヘラヘラとした笑みを返す。英霊の座。彼らは時間の流れも無いそんな空間で、魔術師に召喚されるその時まで眠っている。正確にはどんなものかなんて、元人間である自分にわかりはしないのだけれど。
「座、って……」
「いやまあ、できるわけがないんだけどね。そもそもできたら聖杯に願ってる。……ほんと、どうしようかな」
考えなかったわけではない。戦いが無事終われば、サーヴァントである彼らは座に還る。いくら悠久の時を過ごそうとも会える保証はないし、会えたとしてもこんな特殊な環境でなければ会話すらままならないだろう。
「座に還る前に首斬ってもらえないかな」
小さく呟いた言葉は、今まで何度も願ったこと。
——結局叶えてくれないに決まってるけれど。
この噂は、瞬く間にカルデア中に広がることになるだろう。勿論雛というのは私のことで、切り落としたのは処刑人である。
医務室で丁寧な治療を受けていると、何処から聞きつけたのかマスターとドクターが飛び込んできた。二人とも肩で息をし、真っ白な顔をしている。
「大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。ご覧の通り彼に治療をしていただいてますので」
「あ、助かったよサンソン……でも、なんでまた耳が」
手を動かしていたアサシンの口が動くのを見て、視線で黙っているように促す。彼が口をつぐんだ様子を見て、ドクターは何か言いかけたが、マスターの手前沈黙を選んだようだ。
私も少しだけ口角を上げて、沈黙を選ぶ。その瞬間、マスターは目にいっぱいの涙を溜めて、私がしたのと同じように口角を上げた。
「……どうかしました?」
「やっと笑った……」
治療の邪魔をしてはいけないと思ってか、やんわりと両手を握られる。頭が動かせないので目線だけを上にあげれば、彼はこの上ないほど綺麗な笑顔を浮かべていた。
「ずっと気がかりだったんだよ……オルレアンでは結構ニコニコしてたイメージだったから、カルデアに来て環境変わったせいでストレスになってるんじゃないかって」
「ああ、それはご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですよ」
頭を固定したまま腕を上げ、彼の頬を撫でる。そのまま微笑んで見せた瞬間、シャキン、とハサミの入る音が聞こえた。アサシンが治療器具を片付けているのが見えるので、もう動いても大丈夫だろう。長時間背筋を伸ばしていたせいで固まった背中を伸ばす。
彼は戸棚から何やら袋を取り出して、私の手のひらに乗せてきた。
「麻酔が切れるとまた痛むと思うから、この痛み止めを飲んで。熱が出たらこっち、併用はしないこと。……症状が同時に出たら痛み止めを優先的に呑んで、早めに僕に連絡すること」
「はあい」
「二人とも、仲直りしたの?」
「元より仲違いはしていません。……まあ、少々彼女には無理をさせてしまったようなので、これから返していくつもりですが」
彼は緩く微笑む。血生臭い空間のはずなのに、何故こんなにもほのぼのとした空気にできるのか。このマスターも存外奇妙な事態に慣れきっている。おそらく私の身体がただの人間で、耳など生えてはこないことを失念している。
微妙な顔をするドクターを見ないようにして、私も笑った。
その日の夜、私は彼の言った通り激痛と高熱に襲われた。
耳というのは言わずもがな脳に近い。故に、激しい頭痛と脳幹を揺さぶられる吐き気に、薬を飲む間も無く倒れ込んだ。痛みからシーツを手繰ろうとも、身体の別の部位を刺激して意識を逸らそうとしても、全ては無駄に終わる。
とめどなく溢れる汗と涙で、このままでは脱水症状の可能性も出てくる。これは彼を呼んだ方がいい。頭ではわかっているのに、身体が動かない。
「せん、せ……」
震える声で紡ぐのは、やはり彼。自分の身体はごく一般的な人間の構造だ。致命傷を負ったり、熱で脳が侵されれば簡単に命を落とす。実際に命を落としたことが無いというのに、これだけは何故か絶対的な枷として自分の中にあった。
このまま死んでしまうのか。罪の証として彼から罰を受けたら、呆気なく私はその生を諦めるのか。左耳を切るというのは、フランスで行われた軽犯罪に対する罰である。
もう視界も滲みすぎて分からず、右耳を下にして倒れているので音も上手く拾えない。
「なにやってんだか」
床でのたうちまわっていると、不意に身体が抱き起こされた。
目の前に広がるのは彼を象徴する白黒ではなく、草木と煙草の香りがに包まれた緑色。暖かい指で、流れる涙を拭われる。
「な、で……」
「喋るな」
一刀両断だ。いつもより低い声で、体に負担をかけない程度に抱きかかえられた。
数分もしないうちに何処かに辿り着いたらしく床に降ろされ、彼がどこかのドアをノックする。誰の部屋かなんて確認する暇もなく、そのドアは開かれた。出てきた黒い影は私と彼を見てどう思ったのだろうか。
「——ロビン?」
鼓膜を揺らすのは、ずうっと頭に思い浮かべていた彼の声。床からベッドに降ろされ、錠剤と水を口の中に流し込まれる。
唇も上手く動かせない私は水を端から零していったが、彼は怒ることなくゆっくり飲み込ませてくれた。緑衣の影はいつのまにかいなくなっている。
相変わらず熱による吐き気はひどいが、そして零した水を全て拭き取るころには、私の呼吸と痛みも少しはマシになっていた。
「……落ち着いたかい?」
「う……はい」
「ゆっくりでいい。けれど症状は細かく話してくれ。適切な処置をしなければならないから」
そう言いながらも玉のような汗を拭い、洗面台を傍らに置いているあたり症状にあたりはつけているのだろう。それでも逐一報告しつつ、夜を明かさなければならない。
そう、夜はまだ始まったばかりなのである。彼のベッドで横になると、まずは痛み止めを飲ませてもらって、流れ出る汗を拭ってもらった。
途中で注射針が腕に刺さった感覚もあったけれど、圧迫感だけで痛みはない。刺しっぱなしということは、点滴だろうとあたりをつける。
時折出る生理的な涙で顔がぐちゃぐちゃになった私を、彼は根気よく顔の水分を拭き取り、水分を取らせ続けた。視界がぼやけるたびに腕を伸ばして彼を探せば、優しく手を握ってくれた。
「大丈夫、大丈夫だから」
それは、何十年経とうとも変わりない医者としての彼の声。それに返事はできなくて、それでも力の入っていない手で握り返した。彼がなんとなく、笑ってくれた気がする。
「あたまと、目のおく……いたい」
「うん、痛み止めはさっき飲んだから、もうちょっとだ」
「がまん」
「我慢はしなくていい。痛かったら泣いても声を出しても構わない。すぐに痛みは引くから、僕に任せて」
「うん」
彼の言ってることは半分も頭に入らないけれど、武骨な手が何度も何度も頭を撫でてくれる。それだけで何でも我慢できそうで、でも我慢しなくてもいいって言ってくれて、私は懸命に彼の手に縋りつく。
体感時間で数時間、実際は数分かもしれないし数十分かもしれない。彼の言った通り薬が効いてきたのか、徐々に脳髄を揺らす痛みは治まった。
その間彼はずっと私の身体中を労わるように撫でてくれた。頭から背中、手、腰、足まで、彼の低い体温が私を暖める。特に足は爪先まで冷え切ったことを懸念して、小さな湯たんぽまで当ててくれた。
呼吸も心音もだいぶ落ち着いたところで、私をここに連れて来た緑衣の彼が何処にいるかが気になった。
「あの」
「ん?」
「ロビン、どこ?」
「……彼なら君をここに預けて、さっさと退出したよ。居た方が良かったかい?」
私としてはお礼が言いたいくらいの軽い気持ちだったのだが、彼の声は何故か少し硬い。しかしうまく働かない頭では原因まではわからないため、首を振ってそれに答える。
「運んでくれたのに、ありがとうって言いそびれたから」
「元気になったら言うといい」
「そうします……にしても、なんで私が倒れた時に、部屋に居たんだろう……?」
思い返せば、ベッドから落ちてからそこまで時間を置かずに彼に抱き起こされた気がする。彼の部屋は私の部屋からは少し遠く、何処かに行くための通り道という訳でも無い。
首を傾げる私をよそに、先生は寂しそうな顔でヘッドボードを見つめていた。
それから数日寝込んで、私が全快する頃には特異点が後一つというところまで落ち着いていた。
その場所は古代メソポタミア。神代に近い土地に行くにあたって、やはり魔力濃度は段違いだろう。実際ダ・ヴィンチ女史が何か防具のようなものを作っていたし、私もその昔聖杯戦争のためにと道具を作った経験がある。
今回古代へ赴くにあたり、より念入りな準備が必要となるだろう。
鍵が開けっ放しになっているトランクをひっ摑んで、かつて私が作った道具を取り出した。それは緑衣のアーチャーと戦うために、私の魔力を込めまくった魔術礼装だ。形はただのブレスレットだが、自分の身体の近くで破壊すれば、魔力が体内に流れ込む。
果たして彼と私の魔力の相性がいいかはわからないが、まあ持っていて損はないだろう。
「藤丸くん」
「どうしたの?」
「これあげる。万が一カルデアの電力がうまく回らなかったとき、括り付けてある石を破壊して。その場しのぎでも役に立つと思うから」
「これは……?」
「魔力の塊。でも絶対、サーヴァントに直接与えちゃダメだよ」
試作品として作った際に私のサーヴァントだったアサシンに使ってみたところ、身体に馴染みすぎて発熱しかけたことを思い出す。決戦前夜に何をしているのか、と言われればぐうの音も出ない。
とにかく腕に銀のブレスレットを装着させ、石破壊用に内蔵されたアイスピックの説明もして終わりだ。ぽん、と肩を叩いて笑いかける。少しは重荷が軽くなればいいが。彼はブレスレットを握りしめて、赤い目をして言った。
「ありがとう、お守りとして大切にする」
「そうしてくれるとありがたい。こんなもの、使う機会が無いのが一番だから」
「うん……あのさ、聞きたいんだけど」
「はい?」
「この戦いが終わったら、どうするの?」
「ん? ん……あれだな。きっと彼は座に還るだろうし、連れてってくれないかなーなんて」
あくまで真剣な顔をする彼に、私はヘラヘラとした笑みを返す。英霊の座。彼らは時間の流れも無いそんな空間で、魔術師に召喚されるその時まで眠っている。正確にはどんなものかなんて、元人間である自分にわかりはしないのだけれど。
「座、って……」
「いやまあ、できるわけがないんだけどね。そもそもできたら聖杯に願ってる。……ほんと、どうしようかな」
考えなかったわけではない。戦いが無事終われば、サーヴァントである彼らは座に還る。いくら悠久の時を過ごそうとも会える保証はないし、会えたとしてもこんな特殊な環境でなければ会話すらままならないだろう。
「座に還る前に首斬ってもらえないかな」
小さく呟いた言葉は、今まで何度も願ったこと。
——結局叶えてくれないに決まってるけれど。