第四章 記憶
貴方のお名前は?
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本日は晴天なり。なんて言葉はカルデアではめっきり聞かない言葉だ。
洗濯物を抱えたまま立ち止まって外を見ても、吹雪ばかりで視界が悪い。一応雪国出身なだけあって雪自体は見慣れているが、どちらかといえば雪より道路が凍る心配をするような場所だ。吹雪自体にはあまり慣れていない。
外と中の気温差が激しいはずなのに、外を見るためのガラスは曇らない。そもそも薄いガラスなどでは寒さを凌げないので、もっと特殊な素材でできているのだろう。
「あら? お姉さん」
「どうしたんですか、こんなところで」
話しかけて来たのはアリスモチーフのゴスロリを身に纏った幼女と、ミニスカサンタに槍を持った幼女。この子たちは稀に、私に本を読んでほしいとせがんでくるサーヴァントだ。
「いや、雪を見ていて」
「雪、好きなの?」
「好きというか……ちょっと思い出す人がいるの」
雪景色は白銀の世界と表すことがある。こんな吹雪では風情もないが、やはり私の頭の中は単純にできていた。
子供たちは何かを察したように、洗濯籠に飴玉を放り込んでくる。姿が幼いとはいえサーヴァントだ。私が誰を想っているかなんて、普段の視線を手繰るだけでわかってしまうだろう。
「お姉さん、元気出して。あのお兄さんと上手くお話できないなら、今度お茶会に誘ってあげる」
「そうですよ。王妃様や他の人が一緒なら、話せるんじゃないですか?」
「ありがとう。その気遣いだけで充分だよ」
籠を抱え直し、小さくお辞儀をする。二人は不服そうな顔をしたけれど「いつでも待ってるから!」と激励してくれた。
話せないわけではない。最近だって定期検診で義務連絡ぐらいの言葉は交わせている。それ以上も以下もないわけで、そもそも一般人とサーヴァントなんてそんなもの。マスターとして活動が可能な分、少々話しかけられるが、私はマスターにはなれないのだ。その資格があったとしても、それを行使するだけの精神力が足りない。それは様々な人の命を脅かす。
延々とくだらない考えを頭から振り切ったところで、洗濯物を干す部屋に着いた。制服というのはどれもデザインが同じなため、少々離しておかないと間違って取ってしまう人も少なくない。一定の間隔を空けながら、次々と干していく。
こういった作業の時には、歌を口ずさむと早く終わる。先程貰った飴を舐め、足でリズムをとって、子守唄のようなそれを歌う。
「excusez-moi……」
「あの……」
最後の一着を干そうというところで、突然後ろから声をかけられた。振り向くとそこには彼がいて、無意識に緩んでいた頬を引き締める。彼は何故か、少しだけ哀しそうだった。
「……何の御用でしょうか」
「あ、いや……」
顔は引きつっていないだろうか。いつもの業務連絡であれば、深呼吸してから話すのでたいした弊害はない。しかし不意打ちで来られると、表情がみるみる崩れていきそうで困る。それでなくともこんな気の緩んだ姿、彼に見られたくはなかったのに。
彼は黙り込み一瞬目線を下げて、またこちらの目を見た。そしてポケットに入れていた手を抜き取り、何かを差し出してくる。
「これを……」
彼の手の中にあったのは、忘れもしないあの赤い石だ。私の罪の証で、オルレアンで出会った彼が持っていったもの。
「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだが、ロビンと話しているのを聞いてしまって。それで、君の大切なトランクの鍵がこれだと聞いて」
「誰にでしょう」
つらつらと言葉を並べる彼を遮るようにして、問いをかける。確かにアーチャーと話していた記憶がある。しかしアサシンの名前は出していない上に、鍵の形状も語っていなかったはずだ。
「君が出ていった後、ロビンに捕まって……」
思った通りの名前が出てきて、思わず手を額に当てる。つまりはお節介を焼かれたのだろう。そしてすぐに話しかけてこなかったのは、私があの時泣いていたから。
彼は真剣な瞳を携えたまま、赤い石は鈍く光っているように見えた。
「だから、そんなに大切なものなら返さないとと思ったんだ。君が僕と何か関わりがありそうなのもわかっている。君が僕に話しかけられると、いつも顔を歪めるのも知っている。だから……」
「言わないで」
少し強い口調で、言葉を遮る。それ以上は聞きたくなかった。
責任を感じやすく、自己評価の低い彼のことだ。記憶には無くとも、私が苦しむと知って自分から距離を置こうとしたのだろう。それには、繋がりである石が気がかり。だから返そうと思った。自然だ。
「関わりがあるのは、認めます。それに関して貴方の記憶がないのも、最初からわかっています。でも、それは持っていて。おねがいします……」
距離を置かれてもいい。口がきけなくなっても構わない。けれどもその罪の証を彼が手放せば、もう希望が無くなってしまう。想う権利すら取り上げられてしまう。
だからこそ彼の前に跪き、差し出された手を取って、こうべを垂れた。強張った手に縋り「お願いします」とだけ繰り返し懇願する。
「そ、そんなことをしなくても……わかった、持っているから。だから顔を上げて」
彼もまた膝をついて、私の髪を撫でる。武骨な手は、とても暖かい。
「ありがとう、ございます」
そう、一瞬気を抜いたのがいけなかった。彼に触れた喜びで、私は呆気なく破顔した。
洗濯物を抱えたまま立ち止まって外を見ても、吹雪ばかりで視界が悪い。一応雪国出身なだけあって雪自体は見慣れているが、どちらかといえば雪より道路が凍る心配をするような場所だ。吹雪自体にはあまり慣れていない。
外と中の気温差が激しいはずなのに、外を見るためのガラスは曇らない。そもそも薄いガラスなどでは寒さを凌げないので、もっと特殊な素材でできているのだろう。
「あら? お姉さん」
「どうしたんですか、こんなところで」
話しかけて来たのはアリスモチーフのゴスロリを身に纏った幼女と、ミニスカサンタに槍を持った幼女。この子たちは稀に、私に本を読んでほしいとせがんでくるサーヴァントだ。
「いや、雪を見ていて」
「雪、好きなの?」
「好きというか……ちょっと思い出す人がいるの」
雪景色は白銀の世界と表すことがある。こんな吹雪では風情もないが、やはり私の頭の中は単純にできていた。
子供たちは何かを察したように、洗濯籠に飴玉を放り込んでくる。姿が幼いとはいえサーヴァントだ。私が誰を想っているかなんて、普段の視線を手繰るだけでわかってしまうだろう。
「お姉さん、元気出して。あのお兄さんと上手くお話できないなら、今度お茶会に誘ってあげる」
「そうですよ。王妃様や他の人が一緒なら、話せるんじゃないですか?」
「ありがとう。その気遣いだけで充分だよ」
籠を抱え直し、小さくお辞儀をする。二人は不服そうな顔をしたけれど「いつでも待ってるから!」と激励してくれた。
話せないわけではない。最近だって定期検診で義務連絡ぐらいの言葉は交わせている。それ以上も以下もないわけで、そもそも一般人とサーヴァントなんてそんなもの。マスターとして活動が可能な分、少々話しかけられるが、私はマスターにはなれないのだ。その資格があったとしても、それを行使するだけの精神力が足りない。それは様々な人の命を脅かす。
延々とくだらない考えを頭から振り切ったところで、洗濯物を干す部屋に着いた。制服というのはどれもデザインが同じなため、少々離しておかないと間違って取ってしまう人も少なくない。一定の間隔を空けながら、次々と干していく。
こういった作業の時には、歌を口ずさむと早く終わる。先程貰った飴を舐め、足でリズムをとって、子守唄のようなそれを歌う。
「excusez-moi……」
「あの……」
最後の一着を干そうというところで、突然後ろから声をかけられた。振り向くとそこには彼がいて、無意識に緩んでいた頬を引き締める。彼は何故か、少しだけ哀しそうだった。
「……何の御用でしょうか」
「あ、いや……」
顔は引きつっていないだろうか。いつもの業務連絡であれば、深呼吸してから話すのでたいした弊害はない。しかし不意打ちで来られると、表情がみるみる崩れていきそうで困る。それでなくともこんな気の緩んだ姿、彼に見られたくはなかったのに。
彼は黙り込み一瞬目線を下げて、またこちらの目を見た。そしてポケットに入れていた手を抜き取り、何かを差し出してくる。
「これを……」
彼の手の中にあったのは、忘れもしないあの赤い石だ。私の罪の証で、オルレアンで出会った彼が持っていったもの。
「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだが、ロビンと話しているのを聞いてしまって。それで、君の大切なトランクの鍵がこれだと聞いて」
「誰にでしょう」
つらつらと言葉を並べる彼を遮るようにして、問いをかける。確かにアーチャーと話していた記憶がある。しかしアサシンの名前は出していない上に、鍵の形状も語っていなかったはずだ。
「君が出ていった後、ロビンに捕まって……」
思った通りの名前が出てきて、思わず手を額に当てる。つまりはお節介を焼かれたのだろう。そしてすぐに話しかけてこなかったのは、私があの時泣いていたから。
彼は真剣な瞳を携えたまま、赤い石は鈍く光っているように見えた。
「だから、そんなに大切なものなら返さないとと思ったんだ。君が僕と何か関わりがありそうなのもわかっている。君が僕に話しかけられると、いつも顔を歪めるのも知っている。だから……」
「言わないで」
少し強い口調で、言葉を遮る。それ以上は聞きたくなかった。
責任を感じやすく、自己評価の低い彼のことだ。記憶には無くとも、私が苦しむと知って自分から距離を置こうとしたのだろう。それには、繋がりである石が気がかり。だから返そうと思った。自然だ。
「関わりがあるのは、認めます。それに関して貴方の記憶がないのも、最初からわかっています。でも、それは持っていて。おねがいします……」
距離を置かれてもいい。口がきけなくなっても構わない。けれどもその罪の証を彼が手放せば、もう希望が無くなってしまう。想う権利すら取り上げられてしまう。
だからこそ彼の前に跪き、差し出された手を取って、こうべを垂れた。強張った手に縋り「お願いします」とだけ繰り返し懇願する。
「そ、そんなことをしなくても……わかった、持っているから。だから顔を上げて」
彼もまた膝をついて、私の髪を撫でる。武骨な手は、とても暖かい。
「ありがとう、ございます」
そう、一瞬気を抜いたのがいけなかった。彼に触れた喜びで、私は呆気なく破顔した。