序章 ムッシュ・ド・パリの子ども
貴方のお名前は?
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私の住む家は専ら、最初に目覚めた狩猟小屋だ。
どうやらあの場所は既に使われなくなった廃墟で、狩猟時期に覗いても人の気配が無いことがわかった。なので数十年のうちに補強しつつ、ありがたく雨風を凌がせてもらっている。
人里に降りて仕事をもらい、手頃な店で食料を揃える。足りない分は山の中で木の実などを調達し、時には川で魚を釣る。これがあと百何年も後であれば、フランス人作家、エクトール・アンリ・マロの小説のワンシーンのようだと誰かが囁くだろう。
小屋の中で林檎を囓りながら、彼と出会った時のことを思い出す。運命の子どもを見つけ、思わず跪いた私に彼は慌てた。当たり前だ。そして薄氷の瞳を大きく見開き、白い細腕で私を立たせようと懸命に引っ張っていた。可愛らしい子どもの姿に笑っていれば、顔を真っ赤にして離された。
その日に行ったのは結局、簡易的な自己紹介だけ。私が巷で噂の魔女だと知った時は驚いていたが、意外にも彼は逃げなかった。それどころか、自分の持っていたマカロンを差し出したのだ。
彼は石を投げられる痛みを知っていた。その理由も、処刑人の子どもという肩書きを聞いて、すんなりと納得してしまった自分に嫌気がさした。
「君は、僕を穢れているとは言わないんですね」
「たとえシャルロが処刑人を継いでも、そうは言わない」
彼は私を親しげに名前で呼び、私も彼を愛称で呼んだ。彼はふわふわと手を彷徨わせて、迷った末に私の袖を軽くつまんだ。
結局彼らは役人であり、上の命令に従っているだけだ。王様の子が王様であるように、処刑人の子は処刑人になる。そこに世の中の不条理はあっても、決して彼らが悪なのではない。
顔色ひとつ変えずに処刑する様は、人を殺したことのない人間には不気味だろう。惨たらしい拷問を行う様は、余程の苛虐性を持たない人間には恐怖の対象だろう。けれどもそれを見世物としているのは国で、許容しているのは国民だ。
幼い彼は私の言葉の半分もわからないようだったが、悪意がないことはわかったらしい。わしゃわしゃと頭を撫でてやると顔を綻ばせて笑う彼は、その辺りの子どもとなんら変わりなかった。
「また会えますか?」
「うん、会いに行くよ。今度は私が何かご馳走しよう。何が好き?」
私の問いに彼はしばし口を開け、恥ずかしそうに俯く。
「こんな僕と話してくださるのでしたら、何もいらないです」
その言葉に一瞬だけ表情が固まった。彼の自己評価は限りなく低い。私はもう一度彼の頭を撫でて「甘いものを一緒に食べよう」と笑いかけた。
どうやらあの場所は既に使われなくなった廃墟で、狩猟時期に覗いても人の気配が無いことがわかった。なので数十年のうちに補強しつつ、ありがたく雨風を凌がせてもらっている。
人里に降りて仕事をもらい、手頃な店で食料を揃える。足りない分は山の中で木の実などを調達し、時には川で魚を釣る。これがあと百何年も後であれば、フランス人作家、エクトール・アンリ・マロの小説のワンシーンのようだと誰かが囁くだろう。
小屋の中で林檎を囓りながら、彼と出会った時のことを思い出す。運命の子どもを見つけ、思わず跪いた私に彼は慌てた。当たり前だ。そして薄氷の瞳を大きく見開き、白い細腕で私を立たせようと懸命に引っ張っていた。可愛らしい子どもの姿に笑っていれば、顔を真っ赤にして離された。
その日に行ったのは結局、簡易的な自己紹介だけ。私が巷で噂の魔女だと知った時は驚いていたが、意外にも彼は逃げなかった。それどころか、自分の持っていたマカロンを差し出したのだ。
彼は石を投げられる痛みを知っていた。その理由も、処刑人の子どもという肩書きを聞いて、すんなりと納得してしまった自分に嫌気がさした。
「君は、僕を穢れているとは言わないんですね」
「たとえシャルロが処刑人を継いでも、そうは言わない」
彼は私を親しげに名前で呼び、私も彼を愛称で呼んだ。彼はふわふわと手を彷徨わせて、迷った末に私の袖を軽くつまんだ。
結局彼らは役人であり、上の命令に従っているだけだ。王様の子が王様であるように、処刑人の子は処刑人になる。そこに世の中の不条理はあっても、決して彼らが悪なのではない。
顔色ひとつ変えずに処刑する様は、人を殺したことのない人間には不気味だろう。惨たらしい拷問を行う様は、余程の苛虐性を持たない人間には恐怖の対象だろう。けれどもそれを見世物としているのは国で、許容しているのは国民だ。
幼い彼は私の言葉の半分もわからないようだったが、悪意がないことはわかったらしい。わしゃわしゃと頭を撫でてやると顔を綻ばせて笑う彼は、その辺りの子どもとなんら変わりなかった。
「また会えますか?」
「うん、会いに行くよ。今度は私が何かご馳走しよう。何が好き?」
私の問いに彼はしばし口を開け、恥ずかしそうに俯く。
「こんな僕と話してくださるのでしたら、何もいらないです」
その言葉に一瞬だけ表情が固まった。彼の自己評価は限りなく低い。私はもう一度彼の頭を撫でて「甘いものを一緒に食べよう」と笑いかけた。