第三章 オルレアン
貴方のお名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
痛む首を抑えて意識を浮上させると、黒い靄のようなものが目の前にあった。それは獣のような呻き声を上げて、段々と姿が形成されていく。
「アサシン……」
黒い靄は、アサシンだった。正確には竜の魔女によって狂化させられた彼なのだが。
キョロキョロと辺りを見渡せば、ここは古城のようだ。埃まみれのこの部屋は、もう暫く手入れがされていないのだろう。
「お目覚めですかな?」
「誰?」
気配もなく、後ろに黒いローブの男が現れた。彼は私を見るとニタニタと笑い、近づいてくる。
「この子に何をしたの」
「失礼ですね。私は彼を助けようとしているのですよ? ……やはり貴女といた方が、回復が早いようで」
「巫山戯るな。この子の思想を湾曲に解釈して、植えつけたのはお前らだな……」
ふつふつと、おさまっていたはずの怒りが湧いてくる。一発かまさなければ気が済まない、と力を入れて握っていた拳を男に向けた。
サーヴァント相手に勝ち目がなくとも、一矢報いてやりたかった。
「une glace qui ne——うっ」
詠唱の途中で腰に何かが巻きつく。形があやふやなままのアサシンだ。彼は唸り声を上げて、私の首に手をかけてくる。
身を捩っても、力では叶わない。ギリギリと首にかかる手の力は強まり、呼吸が出来なくなっていく。
「こら、シャ、ロ……」
「ぅう……ぁ……」
「そろそろ良さそうですね。行きますよサンソン、彼らを迎撃するのです」
ローブの男が声をかけると、彼は首から手を離して私を抱き上げた。酸欠で咳き込む私に構うことなく、竜に乗って大空へと羽ばたいていく。
たどり着いた先は、カルデアの面々が居る場所だった。
「やあ処刑人。その分だとマリアに絶縁状を叩きつけられたな? ……おや、君はそっちについたのかい」
「そんなわけないでしょう! 暴走したこの子に引き摺り回されてるんです!」
余計なことを言う音楽家に叫び返せば、ゲラゲラと笑いながらまた余計なことをまくし立てていく。どの言葉が琴線に触れたかはわからない。けれどアサシンはゆっくりと、正気に戻っていった。
私の身体を支えていた彼の腕の力が抜けて、勢いよく地面に膝をつく。地味に痛い。
そんな私に構うことはなく、彼は音楽家との口論を続けていく。時折支離滅裂な言葉を挟みつつも、最後はこんな言葉で締めくくった。
「そもそも僕はね、アマデウス。ずっと前から、死を音楽という娯楽に落とす、君の鎮魂歌《Requiem》が嫌いで嫌いで仕方がなかった!」
彼は確かに狂わされていた。私を見てくれないままだった。
——けれどその言葉は、間違いなく死を尊ぶあの人の姿だった。
けれど彼は勝てない。狂化によって信念とは違う行動をとった英霊の末路というのは、あまりにも無残で儚いものだ。
「ハ——そうか。君にさえ敗れるのか、僕は」
膝をついた彼は笑っていた。狂化が解けたことで、心安らかになったのだろう。ポツリ、ポツリと王妃の最期を紡ぐ。
「……君に、どうか祝福がありますようにと」
それは王妃が本当に言った言葉なのか、シャルル=アンリ・サンソンという男に聞こえた幻聴なのかはわからない。けれど、彼はとても幸せそうだった。
消えゆく身体を惚けて見つめていれば、彼自身もまたこちらを見た。少し眉を下げて、悲しそうな表情で。生前と同じように、私の頬を優しく撫でる。
「すまない。貴女には、とても酷いことをした」
「……ううん、違うのアサシン。酷かったのは私、愚かなことを願った私」
聖杯戦争のことを、この人は覚えているだろうか。頬にある彼の手に、自分の手をそっと重ねる。みるみる視界がぼやけて、彼の表情はわからなくなってしまった。
「……貴女の泣き顔を、初めて見た。だから言ったじゃないか。聖杯が、君を幸せにするとは限らないと」
「違う、そうじゃない。それでも私は、今だって後悔はしていない……!」
嗚咽に混じった声で、言葉を紡ぐ。どれだけ拙くてもいい、せめて真意を伝えたい。伝わってほしいと手に力を込める。
「貴方をどれだけ傷つけても、私は決して貴方から離れられない。私は、貴方と一緒に居られるだけで幸せだから。私は、自分勝手だから。だから、その手で裁かれたかった!」
「……そうか、貴女はずっと、その思いを抱え続けたんだね」
親指の腹で涙が拭われる。もう片方の彼の手には、正義の剣。それをそっと首にあてがうと、プツリ、と首元で糸の切れる音がした。
そっと離れた彼の手には、十字架型の赤い石。私のトランクの鍵であり、私の罪の証。それをギュッと胸元で握って、優しく、慈愛に満ちた顔で微笑んだ。
「かつての聖杯戦争に参加したマスターの血を、結晶にした石。これこそが貴女の罪の証なら、僕がこれを受け止めよう」
「貴方がそうやって甘やかすから、私は貴方を離せなくなるんですよ。私の首を斬り落とせば、貴方の勝ちなのに」
彼のコートの胸ぐらに手を伸ばす。縋るように握りしめても、彼は穏やかな表情を浮かべるだけだ。
——そっと、唇にキスが落とされる。
それは一瞬触れるだけの、子どもがするようなキス。
「さようなら。僕自身を見続けてくれた貴女。次があるのなら、きっと——」
息を呑んだ私を嗤うかのように、彼はフランスの空気に溶けて消えた。
涙というものは、案外すぐに止まるものだ。彼が消えた後に大きく息を吸い込んだだけで、粗方気持ちも落ち着いた。
顔についた体液やら何やらを拭い取ってアマデウスを見れば、彼は呆れ顔でこちらを見ていた。
何故そんな顔をされているのかが分からず、首を傾げて見せれば今度は深い溜息。
「ほんと、君らって大概だよね」
「意味がわからない……」
突拍子も無い罵倒に眉をひそめる。彼は開いた手を上げて、ゆっくり目を閉じた。まるで指揮者が、コンサートで指揮棒を振り始めるかのように。
「つまり似た者同士なんだよ君ら。全く素直じゃない」
「素直じゃない?」
私はこの上なく素直なつもりだが、この男にはそうは見えなかったのだろうか。
自分の唇をそっと撫でる。今まで頬や額にキスされたことはあれど、唇だけはなかった。あれは餞別のつもりか、それとも気持ちが乗った上での行動なのか。
そんな思いが表情に出ていたらしく、彼は「君のことじゃないよ」と首を振った。
「本質的にはお互いが大切で仕方がない。君はそれを愛情に変換して行動に移したけど、あいつはその感情が育つ前に殺し続けたってこと。全く馬鹿馬鹿しい! だから嫌いなんだよ、あいつ」
やれやれ、といった風に手を振った彼からは、言葉の棘の割に嫌悪を感じられない。嫌いなのは本音だろう。理解できないのも本当だろう。
人に愛情を向けられない、向けないのは彼も同じこと。彼自身はそれでいいと思ってるし、それが自分にとっての最上だと理解している。
「さあ、君はもう行くんだ。精々カルデアの人間たちに着いて行って、その偏執的で倒錯的な愛をあいつに囁くといい」
「ああ、ありがとう……モーツァルト」
背中を押され、彼らに駆け寄る。振り向くこともせず、ただ足を動かしていると、小さくピアノの音が聴こえた気がした。
「あ、ほんとに無事だった!」
カルデアのマスターに近づいた瞬間、向けられた表情は安堵のそれ。少し先に戻っていたらしい盾の少女も同じように、笑顔を浮かべていた。
「ごめん、迷惑かけた。こっちの目的は達成したから、着いていっていい?」
「勿論! あっ、ロビン!」
「はいはい、なんですか……と、戻ってきたのかお嬢さん。引導は渡してもらったかい?」
「……残念ながら」
「そうかい」
アーチャーにくしゃりと髪を掴まれて、また離される。彼は咥え煙草のままニイっと笑った。
——さあ、竜の魔女を倒しに行こう。
「アサシン……」
黒い靄は、アサシンだった。正確には竜の魔女によって狂化させられた彼なのだが。
キョロキョロと辺りを見渡せば、ここは古城のようだ。埃まみれのこの部屋は、もう暫く手入れがされていないのだろう。
「お目覚めですかな?」
「誰?」
気配もなく、後ろに黒いローブの男が現れた。彼は私を見るとニタニタと笑い、近づいてくる。
「この子に何をしたの」
「失礼ですね。私は彼を助けようとしているのですよ? ……やはり貴女といた方が、回復が早いようで」
「巫山戯るな。この子の思想を湾曲に解釈して、植えつけたのはお前らだな……」
ふつふつと、おさまっていたはずの怒りが湧いてくる。一発かまさなければ気が済まない、と力を入れて握っていた拳を男に向けた。
サーヴァント相手に勝ち目がなくとも、一矢報いてやりたかった。
「une glace qui ne——うっ」
詠唱の途中で腰に何かが巻きつく。形があやふやなままのアサシンだ。彼は唸り声を上げて、私の首に手をかけてくる。
身を捩っても、力では叶わない。ギリギリと首にかかる手の力は強まり、呼吸が出来なくなっていく。
「こら、シャ、ロ……」
「ぅう……ぁ……」
「そろそろ良さそうですね。行きますよサンソン、彼らを迎撃するのです」
ローブの男が声をかけると、彼は首から手を離して私を抱き上げた。酸欠で咳き込む私に構うことなく、竜に乗って大空へと羽ばたいていく。
たどり着いた先は、カルデアの面々が居る場所だった。
「やあ処刑人。その分だとマリアに絶縁状を叩きつけられたな? ……おや、君はそっちについたのかい」
「そんなわけないでしょう! 暴走したこの子に引き摺り回されてるんです!」
余計なことを言う音楽家に叫び返せば、ゲラゲラと笑いながらまた余計なことをまくし立てていく。どの言葉が琴線に触れたかはわからない。けれどアサシンはゆっくりと、正気に戻っていった。
私の身体を支えていた彼の腕の力が抜けて、勢いよく地面に膝をつく。地味に痛い。
そんな私に構うことはなく、彼は音楽家との口論を続けていく。時折支離滅裂な言葉を挟みつつも、最後はこんな言葉で締めくくった。
「そもそも僕はね、アマデウス。ずっと前から、死を音楽という娯楽に落とす、君の鎮魂歌《Requiem》が嫌いで嫌いで仕方がなかった!」
彼は確かに狂わされていた。私を見てくれないままだった。
——けれどその言葉は、間違いなく死を尊ぶあの人の姿だった。
けれど彼は勝てない。狂化によって信念とは違う行動をとった英霊の末路というのは、あまりにも無残で儚いものだ。
「ハ——そうか。君にさえ敗れるのか、僕は」
膝をついた彼は笑っていた。狂化が解けたことで、心安らかになったのだろう。ポツリ、ポツリと王妃の最期を紡ぐ。
「……君に、どうか祝福がありますようにと」
それは王妃が本当に言った言葉なのか、シャルル=アンリ・サンソンという男に聞こえた幻聴なのかはわからない。けれど、彼はとても幸せそうだった。
消えゆく身体を惚けて見つめていれば、彼自身もまたこちらを見た。少し眉を下げて、悲しそうな表情で。生前と同じように、私の頬を優しく撫でる。
「すまない。貴女には、とても酷いことをした」
「……ううん、違うのアサシン。酷かったのは私、愚かなことを願った私」
聖杯戦争のことを、この人は覚えているだろうか。頬にある彼の手に、自分の手をそっと重ねる。みるみる視界がぼやけて、彼の表情はわからなくなってしまった。
「……貴女の泣き顔を、初めて見た。だから言ったじゃないか。聖杯が、君を幸せにするとは限らないと」
「違う、そうじゃない。それでも私は、今だって後悔はしていない……!」
嗚咽に混じった声で、言葉を紡ぐ。どれだけ拙くてもいい、せめて真意を伝えたい。伝わってほしいと手に力を込める。
「貴方をどれだけ傷つけても、私は決して貴方から離れられない。私は、貴方と一緒に居られるだけで幸せだから。私は、自分勝手だから。だから、その手で裁かれたかった!」
「……そうか、貴女はずっと、その思いを抱え続けたんだね」
親指の腹で涙が拭われる。もう片方の彼の手には、正義の剣。それをそっと首にあてがうと、プツリ、と首元で糸の切れる音がした。
そっと離れた彼の手には、十字架型の赤い石。私のトランクの鍵であり、私の罪の証。それをギュッと胸元で握って、優しく、慈愛に満ちた顔で微笑んだ。
「かつての聖杯戦争に参加したマスターの血を、結晶にした石。これこそが貴女の罪の証なら、僕がこれを受け止めよう」
「貴方がそうやって甘やかすから、私は貴方を離せなくなるんですよ。私の首を斬り落とせば、貴方の勝ちなのに」
彼のコートの胸ぐらに手を伸ばす。縋るように握りしめても、彼は穏やかな表情を浮かべるだけだ。
——そっと、唇にキスが落とされる。
それは一瞬触れるだけの、子どもがするようなキス。
「さようなら。僕自身を見続けてくれた貴女。次があるのなら、きっと——」
息を呑んだ私を嗤うかのように、彼はフランスの空気に溶けて消えた。
涙というものは、案外すぐに止まるものだ。彼が消えた後に大きく息を吸い込んだだけで、粗方気持ちも落ち着いた。
顔についた体液やら何やらを拭い取ってアマデウスを見れば、彼は呆れ顔でこちらを見ていた。
何故そんな顔をされているのかが分からず、首を傾げて見せれば今度は深い溜息。
「ほんと、君らって大概だよね」
「意味がわからない……」
突拍子も無い罵倒に眉をひそめる。彼は開いた手を上げて、ゆっくり目を閉じた。まるで指揮者が、コンサートで指揮棒を振り始めるかのように。
「つまり似た者同士なんだよ君ら。全く素直じゃない」
「素直じゃない?」
私はこの上なく素直なつもりだが、この男にはそうは見えなかったのだろうか。
自分の唇をそっと撫でる。今まで頬や額にキスされたことはあれど、唇だけはなかった。あれは餞別のつもりか、それとも気持ちが乗った上での行動なのか。
そんな思いが表情に出ていたらしく、彼は「君のことじゃないよ」と首を振った。
「本質的にはお互いが大切で仕方がない。君はそれを愛情に変換して行動に移したけど、あいつはその感情が育つ前に殺し続けたってこと。全く馬鹿馬鹿しい! だから嫌いなんだよ、あいつ」
やれやれ、といった風に手を振った彼からは、言葉の棘の割に嫌悪を感じられない。嫌いなのは本音だろう。理解できないのも本当だろう。
人に愛情を向けられない、向けないのは彼も同じこと。彼自身はそれでいいと思ってるし、それが自分にとっての最上だと理解している。
「さあ、君はもう行くんだ。精々カルデアの人間たちに着いて行って、その偏執的で倒錯的な愛をあいつに囁くといい」
「ああ、ありがとう……モーツァルト」
背中を押され、彼らに駆け寄る。振り向くこともせず、ただ足を動かしていると、小さくピアノの音が聴こえた気がした。
「あ、ほんとに無事だった!」
カルデアのマスターに近づいた瞬間、向けられた表情は安堵のそれ。少し先に戻っていたらしい盾の少女も同じように、笑顔を浮かべていた。
「ごめん、迷惑かけた。こっちの目的は達成したから、着いていっていい?」
「勿論! あっ、ロビン!」
「はいはい、なんですか……と、戻ってきたのかお嬢さん。引導は渡してもらったかい?」
「……残念ながら」
「そうかい」
アーチャーにくしゃりと髪を掴まれて、また離される。彼は咥え煙草のままニイっと笑った。
——さあ、竜の魔女を倒しに行こう。
