第二章 聖杯戦争
貴方のお名前は?
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——『Salu Enchantée』
携帯から鳴ったアラームを素早く止め、働かない頭でぼんやりと前を見る。視線の先には台所があるのだが、そこには見慣れない黒い物体があった。夏場に出るアレではない。黒いコートを着込んだ人間だ。
夏場だというのに暑苦しい格好をした人間は、ゆっくりと近づいてきた。
「起きましたか、マスター」
「……」
「先ほど聞こえたのはフランス語ですか……?」
「……ん」
「マスター?」
黒い人間は何か喋っている。喋っている内容も聞こえる。聞こえるだけで、理解が追いつかない。目蓋ははっきりと開いているのに、脳まで伝達されない。心なしか喉も痛い。
のそりと身体を起こすと、何やら美味しそうな匂いがした。クルルとお腹が鳴る。再び身体を布団に沈める。
「すいません、勝手に朝ごはんを作ったのですが……食べますか?」
「……んー」
「マスター?」
「……」
もはや返事をするのも億劫で、頬をシーツに擦り付けたまま四肢の力を抜く。目を閉じればまた眠りにつけるだろう。
黒い人間は台所に一度戻り、マグカップを差し出してくる。頭を再び上げて受け取ると、ジワリと手に熱が移った。湯気が出ている液体は……白湯?
そのまま一気に呷ると、あまりの熱さに盛大に咽せた。
「何をやっているんですか」
「あー、少し目覚めた気がする……いや多分三十分もすれば八割忘れるけど……めっちゃ熱い」
自分で吹き出した白湯は、パジャマと布団を濡らしていく。火傷するほどの熱さではないが、一気飲み出来る温度でもなかった。
しかしお陰で黒い人間が、ちゃんと個人として認識できた。
「とりあえず、室内ではコート脱ごう……? 八月だよ」
そう口にした瞬間コートが粒子となって消えた。しかし中に着ていたのも、長袖の白シャツに臙脂色のネクタイ。黒い長ズボン。正直いって暑苦しいが、これ以上脱いだ先が下着だった場合私はとんでもない痴女になってしまう。それもあって必死に口をつぐんだ。
私が云々とくだらないことで頭を悩ませている中、彼は朝食だろう皿を持っていた。当然のように一人分である。予測はできたことなので後から無理にでも食べさせようと決意し、こちらを見たまま一向に動く気配のない彼を上目で見つめた。
「なに」
「いえ……寝起きがあまりよろしくないようで」
「うっさいな……」
「口調が砕けると、そんな感じなんですね」
その言葉に、元々緩慢だった動きを止める。
「あ……ごめんなさい」
「構いませんよ。寧ろ貴方は僕のマスターなんですから、それくらいで丁度いいかと」
「いや、寝起きが特にガラ悪くなるだけで……うん……ごめん黙る」
どうにも起きてすぐは上手く思考が回らない。せめて脳に栄養を入れるため、ちゃぶ台に置かれたトーストに手を伸ばした。
そのままペロリとたいらげてしまうほど、彼の作った料理の数々は大変美味しかった。トーストにはバターとブルーベリージャムが乗っていて、お供には適温の紅茶。
朝がすこぶる弱い私は朝ごはんを滅多に食べないため、胃袋に空きが無いと言って半分食べさせることができたのも嬉しい誤算だ。
「それでは、昨日の続きといきましょうか」
「今後の方針について、ですか」
「はい。まず一つ、謝らなければいけないのが、おそらく私の力は魔術師としては下の下です」
「……僕に対しての魔力供給は、滞りないですが。寧ろ多いというか」
「あれ、そうなんです?」
キョトンと目を丸くした私に、彼は驚いた顔をした。しかし今のでわかっただろう。私は書物による偏った知識は豊富だが、実践経験がまるでない。師と呼べる人もいない。だから、下手に魔術を使えないし、自分の魔力量もわかっていない。
そう言えば、彼はしばらく無言で何か考えた後、こちらを見据えて口を開く。
「……僕は魔術師ではないので、知識では貴女に劣ります。しかし実感として言えば、貴女の魔力量は人一倍多い。おそらく令呪を使わなくても、連続で宝具を打てるくらいには」
「宝具……宝具か。でも、真名を知られてしまう危険性があるんですよね」
「宝具の名称はともかく、形状がわかりやすいので」
アサシンの短所はまず、日本での知名度が低いために知名度補正が無いこと。近代の英霊のため、神代の英霊ほどの力は持ち得ないこと。アサシンクラスは隠密行動を主とするため、一対一になると勝機が薄いこと。
逆に長所は、日本人マスターに真名を悟られにくいこと。神代の英霊のような、わかりやすい弱点を持たないこと。隠密行動を徹底すれば、戦わずして勝てるかもしれないこと。
「うん……基本は引きこもって、敵の情報を集めつつ影から叩くのがいいか」
「はい、それと……一つ言っておかないといけないことが」
「どうぞ?」
「残念なことに、僕は人間を殺せない」
死刑執行人なのに? という言葉はすんでのところで飲み込んだ。人間を殺せないという真意は何か——魂食いは、魔力量の多いらしい私には関係がない。その意味を、数秒考えて、一つだけ思い当たった。
「つまり、敵のマスターを叩けない?」
「はい、それでもよければお使いください」
そう言った彼の瞳は、この上なく澄んでいた。使い魔の類とはいえ彼も人間で、彼自身の意思がある証拠だ。
「もちろん、無理強いなんてしませんとも」
彼は、安心したように溜息を吐いた。
——そう、いざとなれば、私がマスターを殺せばいいだけの話だ。
携帯から鳴ったアラームを素早く止め、働かない頭でぼんやりと前を見る。視線の先には台所があるのだが、そこには見慣れない黒い物体があった。夏場に出るアレではない。黒いコートを着込んだ人間だ。
夏場だというのに暑苦しい格好をした人間は、ゆっくりと近づいてきた。
「起きましたか、マスター」
「……」
「先ほど聞こえたのはフランス語ですか……?」
「……ん」
「マスター?」
黒い人間は何か喋っている。喋っている内容も聞こえる。聞こえるだけで、理解が追いつかない。目蓋ははっきりと開いているのに、脳まで伝達されない。心なしか喉も痛い。
のそりと身体を起こすと、何やら美味しそうな匂いがした。クルルとお腹が鳴る。再び身体を布団に沈める。
「すいません、勝手に朝ごはんを作ったのですが……食べますか?」
「……んー」
「マスター?」
「……」
もはや返事をするのも億劫で、頬をシーツに擦り付けたまま四肢の力を抜く。目を閉じればまた眠りにつけるだろう。
黒い人間は台所に一度戻り、マグカップを差し出してくる。頭を再び上げて受け取ると、ジワリと手に熱が移った。湯気が出ている液体は……白湯?
そのまま一気に呷ると、あまりの熱さに盛大に咽せた。
「何をやっているんですか」
「あー、少し目覚めた気がする……いや多分三十分もすれば八割忘れるけど……めっちゃ熱い」
自分で吹き出した白湯は、パジャマと布団を濡らしていく。火傷するほどの熱さではないが、一気飲み出来る温度でもなかった。
しかしお陰で黒い人間が、ちゃんと個人として認識できた。
「とりあえず、室内ではコート脱ごう……? 八月だよ」
そう口にした瞬間コートが粒子となって消えた。しかし中に着ていたのも、長袖の白シャツに臙脂色のネクタイ。黒い長ズボン。正直いって暑苦しいが、これ以上脱いだ先が下着だった場合私はとんでもない痴女になってしまう。それもあって必死に口をつぐんだ。
私が云々とくだらないことで頭を悩ませている中、彼は朝食だろう皿を持っていた。当然のように一人分である。予測はできたことなので後から無理にでも食べさせようと決意し、こちらを見たまま一向に動く気配のない彼を上目で見つめた。
「なに」
「いえ……寝起きがあまりよろしくないようで」
「うっさいな……」
「口調が砕けると、そんな感じなんですね」
その言葉に、元々緩慢だった動きを止める。
「あ……ごめんなさい」
「構いませんよ。寧ろ貴方は僕のマスターなんですから、それくらいで丁度いいかと」
「いや、寝起きが特にガラ悪くなるだけで……うん……ごめん黙る」
どうにも起きてすぐは上手く思考が回らない。せめて脳に栄養を入れるため、ちゃぶ台に置かれたトーストに手を伸ばした。
そのままペロリとたいらげてしまうほど、彼の作った料理の数々は大変美味しかった。トーストにはバターとブルーベリージャムが乗っていて、お供には適温の紅茶。
朝がすこぶる弱い私は朝ごはんを滅多に食べないため、胃袋に空きが無いと言って半分食べさせることができたのも嬉しい誤算だ。
「それでは、昨日の続きといきましょうか」
「今後の方針について、ですか」
「はい。まず一つ、謝らなければいけないのが、おそらく私の力は魔術師としては下の下です」
「……僕に対しての魔力供給は、滞りないですが。寧ろ多いというか」
「あれ、そうなんです?」
キョトンと目を丸くした私に、彼は驚いた顔をした。しかし今のでわかっただろう。私は書物による偏った知識は豊富だが、実践経験がまるでない。師と呼べる人もいない。だから、下手に魔術を使えないし、自分の魔力量もわかっていない。
そう言えば、彼はしばらく無言で何か考えた後、こちらを見据えて口を開く。
「……僕は魔術師ではないので、知識では貴女に劣ります。しかし実感として言えば、貴女の魔力量は人一倍多い。おそらく令呪を使わなくても、連続で宝具を打てるくらいには」
「宝具……宝具か。でも、真名を知られてしまう危険性があるんですよね」
「宝具の名称はともかく、形状がわかりやすいので」
アサシンの短所はまず、日本での知名度が低いために知名度補正が無いこと。近代の英霊のため、神代の英霊ほどの力は持ち得ないこと。アサシンクラスは隠密行動を主とするため、一対一になると勝機が薄いこと。
逆に長所は、日本人マスターに真名を悟られにくいこと。神代の英霊のような、わかりやすい弱点を持たないこと。隠密行動を徹底すれば、戦わずして勝てるかもしれないこと。
「うん……基本は引きこもって、敵の情報を集めつつ影から叩くのがいいか」
「はい、それと……一つ言っておかないといけないことが」
「どうぞ?」
「残念なことに、僕は人間を殺せない」
死刑執行人なのに? という言葉はすんでのところで飲み込んだ。人間を殺せないという真意は何か——魂食いは、魔力量の多いらしい私には関係がない。その意味を、数秒考えて、一つだけ思い当たった。
「つまり、敵のマスターを叩けない?」
「はい、それでもよければお使いください」
そう言った彼の瞳は、この上なく澄んでいた。使い魔の類とはいえ彼も人間で、彼自身の意思がある証拠だ。
「もちろん、無理強いなんてしませんとも」
彼は、安心したように溜息を吐いた。
——そう、いざとなれば、私がマスターを殺せばいいだけの話だ。
