プロローグ

・天使の触媒とは
部屋に戻ろうとするが、自分の部屋はどこだろうか?
辺りを見回していると、ひょこっと、脇からショウタが顔を出す。


ショウタ「キョロキョロしてどうしたのユウキちゃん」

ユウキ「あの、私の部屋って…?」

ショウタ「そっか、それも忘れてるのか…
 こっちだよ、案内してあげる!」


ショウタに連れられ、部屋に案内してもらう。
長い廊下を歩き、ある部屋へたどり着く。


ショウタ「ここがユウキちゃんの部屋!
 あっちがオレの部屋!」

ユウキ「そっか、ありがとうショウタ…んー」

ショウタ「うん?まだ何かあるかい?」

ユウキ「…ねぇ…ショウタくんのこと、ショウくんって呼んでもいいかな?」

ショウタ「え、それって!…オレにあだ名つけてくれるの!?
 嬉しい!それでいいよ!」

ユウキ「ほんとに?ありがとう!」

ショウタ「へーあだ名かぁ…
 へへ、まさか触媒同士でつけることになるとはなぁ…」

ユウキ「あ、もう一つ相談してもいい?」

ショウタ「なになに?天使の触媒の先輩として、なーんでも聞いてくれ!」

ユウキ「あ~その話も聞きたいところだけど先に…
 実は、アキラさんにもあだ名をつけようかなーって思ってるんだけど、どうかな?」

ショウタ「アキラに?んー…
 多分やめといたほうがいいよ?」

ユウキ「あれ?アキラさん、あだ名嫌いだったかな?」

ショウタ「いや、普通に君の恋人が嫌がるんじゃないかなって…
 君のパートナーってアキラなわけだし…ホントは気が気じゃないと思うんだ、ツカサくん」

ユウキ「あぁ…言われてみればそうかも…」

ショウタ「それにアキラ自身もそこまであだ名好きじゃないんじゃないかなーとも思うし、名前呼びでいいんじゃない?」

ユウキ「わかった、普通に呼ぶことにするよ。
 相談聞いてくれてありがとう、ショウくん!」

ショウタ「どいたま〜!
 あ、ちなみにオレの部屋ここだけど、いつもはアキラの部屋にいるから隣ノックしても大体誰もいないからね!」

ユウキ「え?いつもはアキラさんの部屋にいるんですか?」

ショウタ「そ!」

ユウキ「なんで?」

ショウタ「オレいつもアキラの部屋で…寝てる?から!」

ユウキ「どうしてそこで疑問形?」

ショウタ「触媒は寝る必要がないんだよ。
 でも、オレはアキラにくっついて寝てるふりしてる」

ユウキ「随分と、アキラさんと仲が良いんですね」

ショウタ「そーだろ?アキラとオレは兄弟だからなー!」

ユウキ「…え、そうなんですか!?」

ショウタ「あ、気づいてなかった?
 ちなみに、オレがお兄ちゃんでアキラが弟な!」

ユウキ「えぇ!?」

ショウタ「まぁオレがこんな背格好してるから間違えられそうだなぁとは思ってたけど…
 オレは10年以上触媒してるだけで、そこから一切成長してないせいでこうなってるだけだから!
 誰がなんと言おうとオレは…えーっと…
 とにかく20歳をとっくに越えた、いいおっさんなの!」

ユウキ「言動が完全に身体に引きずられてません?」

ショウタ「それは一理あるぅ…」

ユウキ「…天使の触媒って一体何なんですか?
 私はどうして…」

ショウタ「…まぁ、その疑問は最もだよ。
 自分のルーツが恋人の事以外すっぽりなくなってるんだ、気になるのも仕方ない。
 こういうものだと言ってしまえば簡単だけど、納得するのは難しいだろう。
 ならば、もう一つの触媒の話を聞いてみる気にはならないかい?」

ユウキ「もう一つ…ショウくんのこと、ですか?」

ショウタ「そう、オレのこと。
 ま、パートナーも恋人くんも、しばらく定期検診で捕まってるだろうし、色々話してあげようか。
 どうしてオレがここで触媒をしてるのか、天使の触媒とはなにか…」


─────────────────────
そうだね、おおよそユウキちゃんと同じ、気付けばオレは触媒となっていたのさ。


それがいつそうなったのか、なんでそうなったのかなんて、今となっては瑣末なことだ。
どうせこの組織のトップやらがオレを見出して連れてきたんだろうし、それに関して恨み言はないよ、だって忘れてるし。
…あったとしても、今のオレには関係ないことだ。


ちなみに、天使の触媒となった身体は眠ることも食事を取ることもない。
戦って、本を読んで、戦って、時間を潰して…。
そして、ある周期になると初期化が発生する。
それは頻繁に起きたり、数年単位で起きなかったりすることもあったけど…オレは日記をつけているから、なんとか覚えてるって感じ。
知識的な記憶は覚えてられるんだけど、エピソードとか感情とかは忘れるというか、削ぎ落とされてしまうというか…。


実はね、ユウキちゃんの前にもう一つ天使の触媒がいたんだけどね。
その子、気がつけば、感情がだんだん無くなっていたんだ。
誰かは、触媒とはそういうものだって言ってたけど…オレはなんとなくそれが捨てられなくてさ。
でも、まともに覚えていられないから感情の記憶をなんとか繋ぎ止めておくために日記を書くことにしたの。
楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、怒ったこと…。
感情の記憶を読んではそれを模倣していた。
日記を書いて、感情を読んで、やってみて、忘れそうになったらまた日記を書いて…。
きっともう今は、模倣の模倣になっちゃってるだろうね。


そうそう、さっき天使の触媒は眠らないし、食事もしないといったね。
もちろん食べることは可能だけど、みんながみんなツカサくんみたいに良いパートナーじゃないこともあるから、パートナーによっては食べさせてもらえないこともあるんだよね。
でもオレってトマトが好きだから、食堂でトマトのあるメニューがあった時は絶対にワガママを言うの。
怒るパートナーも居たし、分けてくれるパートナーも居たよ。
でもね、みんな戦いに負けて死んじゃった。
魔物との戦いは命懸け、オレたち触媒は回収されるけど、戦いに負けたパートナーは弔うだけ。
生き返ることはない、当然だけどね。
……。


ショウタ「…ユウキちゃん、悲しそうだね」

ユウキ「だって、悲しいじゃないですか、人が死ぬのって…」

ショウタ「うーん…まぁ、そうかもね。
 そういえば、悲しいって感情、ちょっと忘れかけてたかも…
 いい新人が来て助かったよ」

ユウキ「…あの、私の前のその、天使の触媒はどうなったのですか?」

ショウタ「…君の前の天使の触媒かい?
 ……死んだよ」

ユウキ「え…」

ショウタ「いや、シャットダウン?起動すらしなくなった?
 まぁとりあえず、目を覚まさなくなったんだ。
 …そう、天使の触媒って、死ぬんだよ。動かなくなるんだよ。
 天使の触媒が死ぬことってあるんだーってオレもその時は驚いたよね。
 …まぁ、それが原因で色々ありはしたんだけども…
 あー、その話はとりあえず置いとこうか!縁起でもないしね!」


ニコニコ笑う彼だが、これ以上は踏み込むなとも言われているような気もする。
他に聞きたいこと…と悩んでいると、声がかかる。


「ユウちゃん!ここにいたんだね!」


振り返るとツカサくんがいた。
どうやら、健康診断とやらから戻ってきたらしい。


ショウタ「おう!ツカサくん、戻ったか!
 ってことは、アキラも解放されてるな?」

ツカサ「あいつの行方は知らないよ。
 部屋にでもいるんじゃない?」

ショウタ「天使の触媒がたとえパートナーじゃないとしても兄弟の、アキラの位置がわからないわけがないじゃないか!
 じゃ、ユウキちゃん、オレとのおしゃべりは一旦終わり。
 また聞きたいことがあったら、通信にでも入れといて!てきとーなときに返しておいてあげるよ!」


じゃね!と、ショウタは足早に去っていった。


ユウキ「あ…行っちゃった」

ツカサ「何か聞いてたの?」

ユウキ「うん、天使の触媒って何かなって。
 私が今何者なのかが、全くわからないからさ」

ツカサ「君は僕の恋人。それ以上もそれ以下もないよ」

ユウキ「でも、私は…」

ツカサ「ユウちゃんは人間だもの。ずっとずっと…これからだって君は…」


その目は必死に何かにすがりつくかのようで、思わず私は彼の頬を撫でる。


ユウキ「…なんだかわからないけど、私は大丈夫だと思うよ」

ツカサ「ん…ユウちゃんが良ければ、この後一緒にいてくれない?」

ユウキ「え?…うん、いいよ」

ツカサ「ありがとう、ユウちゃん」


ふにゃりと笑うツカサくん。
君が幸せそうなら、それでいいやと思った。
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