パロディ・ストーリー
僕は、兄さんと違って、何でもできる子供だった。
兄さんは、ドン臭くって、何をやってもよく失敗ばかりの、ダメダメな兄だった。
両親は、僕ばかりを愛した。
両親は、兄さんを好きではなかった。
でも、僕は兄さんのことが大好きだった。
兄さんも、僕のことが大好きだった。
あいつらは、兄さんを怒ることがあった。
その度に、僕が怒って止めていた。
兄さんと僕を一緒に見ないあいつらなんか、こっちから願い下げだった。
僕は、兄さんをずっと守ると誓っていた。
それは、15の時の話。
気が付くと、僕は不思議な場所にいた。
霧に囲まれた空中都市。
雲の上にあるらしく、外を見下ろすと蒼い海と地上が見えた。
なんで僕はこんなところに、気が付く前に何があったのか思い出せない。
頬をつねってみたけど、これは夢じゃなかった。
レイン「現実…なら、はやく帰らないと……」
帰らないと、兄さんが危ない!
この場所は、王都から遠いのか、兄さんの声も聞こえない。
向こうで何が起きてるかわからない。
不安が、焦りが、恐怖が僕を襲う。
誰が僕を攫って、ここまで連れてきたかは知らないけど、このままじゃ、兄さんがあいつらにいじめられてしまう。
「帰りたいのですか?」
凛とした少女の声に、僕は振り返る。
僕より少し背の低い少女が、じっと僕を見ていた。
新緑の目をした白い髪の少女だった。
レイン「あんたが、僕をここに連れてきたの?
僕は、今すぐ帰らなきゃいけないんだ!」
「どうしてですか?」
レイン「どうしてって、兄さんが一人だからだよ!
僕と兄さんは一緒にいなきゃいけないんだ。
じゃないと、あいつらに…」
「……そうですか」
少女は、てくてくと歩き出す。
レイン「そうですかって、あんた……」
「来てください。
あなたに必要な力を、授けて下さるそうです」
レイン「……僕に、必要な力?」
彼女の言われた通りについて行くと、そこは水の流れる祠だった。
レイン「こんな空中都市に、水?」
「そう、あなたには、水が見えるんですね」
レイン「…どういうこと?」
「私には、ただの広い部屋にしか見えません。
ですが、あなたには水が見える。
あなたは選ばれたのです、水を授かる剣、ブルーレーゲンに」
ばしゃーん!!
水が高く柱を作り、そこに青い剣、ブルーレーゲンが現れる。
レイン「なに、あれ……」
「あれが、あなたを選んだ剣。
あなたはいつか、とても大きな災厄に飲まれるでしょう。
ですが、あの剣があれば打ち勝てる。
いつかの日まで、あれはあなたに差し上げます。
それまでは、何をされても自由です」
レイン「災厄って、なにそれ…」
「予言です、近い未来の。
信じなくてもいいのです。
いつかは来るのだから…」
そう言うと、少女は下がる。
剣を取れ、そういうことなのだろう。
レイン「なにをしても、自由……か」
僕は、ブルーレーゲンを手に取る。
ドクン……大きく、心臓が脈を打つ。
これは、巨大な水の力を秘めた剣。
僕が扱うに、等しい剣。
あぁ、これがあれば、僕は……。
レイン「……ねえ、君」
「なんでしょうか?」
レイン「本当に、僕はこの剣を自由に使ってもいいんだよね?」
「?……はい」
レイン「なら、これで、あいつらを殺してもいいよね?」
「……はい」
レイン「あは、そっか、殺してもいいんだ、あはは。
これで、これで!」
これで、僕と兄さんは自由になれる!
なんで思いつかなかったんだろう!
あぁ、そうだ、あいつらを殺してやればいいじゃないか。
あんなやつら、僕らをたんなる駒としか見てないあいつらなんか……。
死んでしまえばいいんだ。
レイン「……ねぇ、どうすれば地上に、王都に帰れるのかなぁ?」
「船があります、地上に向かう船が。
そこへご案内します」
──
弟が、レインが行方不明になった。
最初は、ちょっと遊びに行っただけだと思っていたけど、違った。
何度呼びかけても、聞こえない。
こんなの、初めてで、怖くて、寂しくて。
両親は泣き叫んだ。でも、それは最初だけだった。
それは怒りに、憎悪に、狂気に変わった。
それはすべて、僕に向かった。
なぜお前がここにいる。なぜ何も出来ないお前が。
なぜお前じゃなくてレインが、お前が、お前が、お前が!
痛い、叫んだ、怖い、どうして、僕は、なんで…
アスル「レイン……レイン…」
お願い、どこにいるの、レイン、寂しいよ、痛いよ、怖いよ、苦しいよ、僕は、死んでも…。
(……さ……)
声が聞こえた。
ノイズの向こうから、声が。
レイン(………に………さ…)
アスル(…レイン?レイン……なのか?)
レイン(……にい……さん…)
アスル(レイン、どこにいるの、聞こえる?レイン!)
レイン(兄さん、まってて。
にいさんをいじめるやつら、みんなころしてあげるから)
アスル(え、レイン…?)
レインから伝わったものは、親への憎悪。
でも、なぜか、僕は怖く思わなかった。
──
「か、帰ってきた!レインが帰ってきたわ!」
「本当か!今までどこに行っていたんだ!!」
冷たい雨が降っていた。
冷えきった身体をみて、母と父は安堵しながらも心配をしていた。
「雨に濡れちゃって、風邪をひいちゃうわ」
「そ、そうだな!いますぐタオルを」
レイン「……ねえ、とおさん、かあさん」
「あら、何かしら?レイン」
レイン「にいさんは、どこにいるのかな?」
うつむいたまま、弟は母に尋ねた。
母は少し狼狽える、父は動揺気味に答える。
「………あ、アスルならいま、寝ているが」
レイン「ほんとに?」
「あ、あぁ!」
父は強く頷いた。
レイン「ぼくがいないあいだ、なにもなかった?」
「も、もちろんよ!」
母は、ぎこちない笑みを浮かべた。
レイン「いじめたりしなかった?」
「な、なにをいって」
弟は、その手を切り落とした。
「っあ、ああああああああああああ!!!」
断末魔、金切り声。
「なっ、レイン!なんだそれは!」
レイン「うそつき………うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき!」
弟は、母だったものを青い水の剣で切り裂く。
「!?」
がたん、父は腰を抜かし、廊下に倒れる。
弟は、ぎろりと父に歩み寄る。
レイン「にいさんがいたがってる、こわがってる、ないてる。
ここにかえってきたとき、にいさんのこえが、さけびが、ぜんぶぜんぶきこえてきた。
また、にいさんをいじめたんでしょ?」
「な、なんでそんな事が…」
レイン「ぼくとにいさんはいっしんどうたいだよ?
にいさんがかなしかったら、ぼくもかなしいし、にいさんがつらかったら、ぼくもつらいんだよ?
だから、ぼくはにいさんをまもるんだ。
あんたたちなんか、もういらない。
だからここで」
地獄に落ちろ。
──
王都に帰ってくるなり、悲痛が聞こえた。
兄さん、やっぱりいじめられちゃったんだね。
本当は、兄さんが無事なら少しは親の好で助けてあげようと思ったけど、そうはいかなくなったね。
地獄を見せなきゃ。
この上ない地獄を、痛みを、怒りを、苦しみを…。
兄さんに付けた傷を、何倍にも何十倍にも何百倍にも返してあげないと。
レイン「きが、すまないよねぇ?」
──
ユディ「まーた、派手にやってくれたもんやなぁ」
ユディは頭をかきながら、惨状を見ていた。
切り裂かれ、グチャグチャになって濡れた死体が二つ。
ユディ「まあ、いつかはこうなる運命、やったんやろうか…」
「ユディさん、中に人、いましたよ」
クロードが、家から出てくる。
ユディ「お?例の兄弟か?」
クロード「たぶん、寄り添うように寝てましたから」
ユディ「のんきやなぁ…
まぁ、半分被害者みたいなもんやしな。
そいつら、はよ病院に連れてってやり。
部屋はちゃんと二人用のを、とっといたれよ?」
クロード「分かってます。
そういう双子ですからね」
──
目を覚ますと、そこは病院だった。
独特な雰囲気の匂いに、アスルは目を覚ます。
アスル「……んえ?ここ、病院?
なんで……」
レイン「ふわ………に、兄さん!」
隣のベットで寝ていたらしいレインが、布団から飛び出してこちらのベットに飛びつき、アスルを抱きしめた。
レイン「ごめんごめんね!怖い思いさせちゃって!」
アスル「いや、それはいいんだけど…
なんで僕ら、病院に?」
戸惑うアスルに、声が掛かる。
「へー、まさか、二人同時に起きるとは思わなかったよ、さすが双子だね」
視線を向けると、黒髪に、マフラーをつけた男が本を閉じて、こちらを見て微笑んでいた。
アスル「…誰だ?」
クロード「はじめまして、アスルくん、レインくん。
僕はクロード。
君たちのお守りを任された、騎士団員さ」
アスル「騎士団員?」
レイン「………」
レインの顔が、少し険しくなる。
そんなレインを見て、クロードと名乗った男は肩をすくめる。
クロード「そんなに警戒しなくてもいいよ、レインくん。
僕らは君の味方。
というか、僕らは君を、罪で咎めることが出来ない」
アスル「つ、罪?」
レインが、なにかしたのか…そう思う前に、彼の口から答えが発される。
レイン「……親殺しの罪、ですか?」
アスル「え!?」
クロード「うん、まぁ、そうなんだけど……
アスルくん、大丈夫?」
突然なことが重なりすぎて、動揺するアスルに、クロードは心配そうに見る。
アスル「え、そ、そうなのか、レイン、あの人たち、殺しちゃったのか……」
レイン「うん、あんな奴ら、いらないって思って。
………軽蔑する?」
少し悲しそうに、アスルを見る。
アスル「しない!しない…けど、ちょっと整理が必要……」
レイン「そうだよね、戸惑うよね。
勝手なことしてごめん」
アスル「……でも、僕のことを思ってやったことなんだろ?」
レイン「うん、兄さんを、これ以上苦しめたくなかった。
それに、その力を得てきたから…」
アスル「力……?」
ふと、彼のベット横を見ると、細身の剣が立てかけてあった。
アスル「え!?その剣どこで!?」
クロード「あ、それは僕も聞きたいかな?
レインくん、その剣、どこで手に入れたんだい?」
レイン「………」
レインはクロードを少し睨み、アスルに向きなおろうとするが、
クロード「テレパシーですまそうとしないでね?」
ニコッと笑ったクロードに釘を刺され、レインはしぶしぶ口に出す。
レイン「……霧の濃い、空中都市で…
名前は知らない」
クロード「あぁ、やっぱりあそこか」
やはりと、納得した表情をするクロード。
アスル「知ってるんですか?クロードさん」
クロード「うん、だって僕の兄さんも行ったことあるもの」
それに、レインが反応する。
レイン「え、あの場所に?」
クロード「うん。
あの場所はね、普通では入ることの出来ない、幻の都市でね。
条件はいろいろあるけど、その一つに、武器に選ばれて入ることが出来るんだ」
レイン「武器に、選ばれて」
レインは、ブルーレーベルを見る。
クロード「予言があって、君は保護対象だからね。
それに、君たちの両親は前々から騎士団内で処理を考えていた所なんだ」
アスル「え、あの人達、なにかしてたんですか?」
クロード「ちょーっとやっちゃいけないことをね」
レイン「へぇ、気にしてなかったや」
兄さんを守るのに必死で、ポツリとレインは頭の隅で呟く。
アスル「僕も…よく、人は出入りしてたけど、何をしていたのかは…」
クロード「そっか、ならそっちはあまり聞かないことにするね。
それにしても、アスルくんが無事でよかった。
まさかレインくんが、霧の民に呼ばれてから、あそこまで荒れるとは思わなかったよ」
クロードの言葉に、レインは首をかしげる。
レイン「……あの、僕は何日間、ここを?」
その問いに、アスルが答える。
アスル「えっと、二週間くらい?」
レイン「はぁ!?あんなとこ半日もいなかったのに!?」
驚くレインに、苦笑しながら、クロードは言う。
クロード「大体の人はそういうね。
たぶんあの街は、時間の流れが違うんだろう。
どこかで聞いた……うら、なんとかたろうの伝説みたいな?」
レイン「海鮮も踊りもなかったけど…
そっか、そんなに離れてたんだ、ごめん」
アスル「レインが悪いわけじゃないんだろ?謝んなくてもいいよ」
レイン「でも、随分傷つけられてたじゃないか!
もう絶対離れないから!ずっとそばにいるから!!」
アスル「もー、わかったってばー!!」
その様子を、クロードは微笑ましそうに見ていた。
クロード「さて、君たちはこれからどうするつもりかな?」
レイン「う、それは……」
アスル「…ん、レイン?」
レインの様子に、アスルは小首をかしげてのぞきこむ。
レイン「あいつら殺すことに必死で……」
クロード「なーんにも、考えてなかったと?」
アスル「あー、レインも、たまにはうっかりやらかすんだな…」
レイン「あの時はいろいろ限界で…
仕事とか、探さないといけないなぁ」
クロード「じゃあ、うちで働かない?」
クロードが、少し食い気味に言う。
アスル「え、騎士団に?」
クロード「うん、すごい安定職だから、おすすめだと思うけどな」
アスル「レインすごいな!騎士団って受ける人いっぱいいる所だろ?」
レイン「……でも、アスルを置いては」
騎士団は、遠地に駆り出されることも少なくないだろう。
あまり街から、アスルから離れるような仕事はしたくない。
クロード「大丈夫、そこは、僕がなんとかしてアサシンの所に入れてもらえるようにするよ」
レイン「アサシン?」
クロード「うん、アサシン。
僕の所属なんだけど、大体暇な所だから。
遠征なんて滅多にないし」
アスル「暇なんだ…」
レイン「それ僕に言っていいんですか…」
呆れ気味にレインは言う。
クロード「平和な王都だからいいんだよ。
僕らが動くことなんて、大事な時だから。
それに、武器の扱い方、習うにはいい環境だと思うよ?」
レイン「……そう、ですね。
おねがいしても、いいですか?」
クロード「うん、任せて」
──
なんとか、クロードさんのコネで、僕は騎士団に入ることが出来た。
最初こそ、いろいろ大変だったけど、クロードさんや他のアサシン部団の人たちのおかげで、うまく馴染めている。
兄さんと一緒に住む場所も決めた。
前の家よりは狭いけど、ふたりなら丁度いいと思う。
アスル「城にも近いなんて、すごいなぁ!」
レイン「ここは、騎士団員専用の借家らしいよ。
だから、訓練場にも、城にも近いみたい」
アスル「へー……いいのか?僕もここにいて」
レイン「兄さんは僕の家族だからいいの」
予言の日、それがいつになるのかは誰にもわからない。
それでも、僕は兄さんとずっと一緒にいたい。
それだけが、僕の願い。
レイン「兄さん」
アスル「ん?なんだ、レイン?」
レイン「………ずっと、僕のそばにいてね。
僕も、ここにいるから」
アスル「……あぁ、どこにも行かないさ。
僕は、レインと一緒だから」
──To be continued…
兄さんは、ドン臭くって、何をやってもよく失敗ばかりの、ダメダメな兄だった。
両親は、僕ばかりを愛した。
両親は、兄さんを好きではなかった。
でも、僕は兄さんのことが大好きだった。
兄さんも、僕のことが大好きだった。
あいつらは、兄さんを怒ることがあった。
その度に、僕が怒って止めていた。
兄さんと僕を一緒に見ないあいつらなんか、こっちから願い下げだった。
僕は、兄さんをずっと守ると誓っていた。
それは、15の時の話。
気が付くと、僕は不思議な場所にいた。
霧に囲まれた空中都市。
雲の上にあるらしく、外を見下ろすと蒼い海と地上が見えた。
なんで僕はこんなところに、気が付く前に何があったのか思い出せない。
頬をつねってみたけど、これは夢じゃなかった。
レイン「現実…なら、はやく帰らないと……」
帰らないと、兄さんが危ない!
この場所は、王都から遠いのか、兄さんの声も聞こえない。
向こうで何が起きてるかわからない。
不安が、焦りが、恐怖が僕を襲う。
誰が僕を攫って、ここまで連れてきたかは知らないけど、このままじゃ、兄さんがあいつらにいじめられてしまう。
「帰りたいのですか?」
凛とした少女の声に、僕は振り返る。
僕より少し背の低い少女が、じっと僕を見ていた。
新緑の目をした白い髪の少女だった。
レイン「あんたが、僕をここに連れてきたの?
僕は、今すぐ帰らなきゃいけないんだ!」
「どうしてですか?」
レイン「どうしてって、兄さんが一人だからだよ!
僕と兄さんは一緒にいなきゃいけないんだ。
じゃないと、あいつらに…」
「……そうですか」
少女は、てくてくと歩き出す。
レイン「そうですかって、あんた……」
「来てください。
あなたに必要な力を、授けて下さるそうです」
レイン「……僕に、必要な力?」
彼女の言われた通りについて行くと、そこは水の流れる祠だった。
レイン「こんな空中都市に、水?」
「そう、あなたには、水が見えるんですね」
レイン「…どういうこと?」
「私には、ただの広い部屋にしか見えません。
ですが、あなたには水が見える。
あなたは選ばれたのです、水を授かる剣、ブルーレーゲンに」
ばしゃーん!!
水が高く柱を作り、そこに青い剣、ブルーレーゲンが現れる。
レイン「なに、あれ……」
「あれが、あなたを選んだ剣。
あなたはいつか、とても大きな災厄に飲まれるでしょう。
ですが、あの剣があれば打ち勝てる。
いつかの日まで、あれはあなたに差し上げます。
それまでは、何をされても自由です」
レイン「災厄って、なにそれ…」
「予言です、近い未来の。
信じなくてもいいのです。
いつかは来るのだから…」
そう言うと、少女は下がる。
剣を取れ、そういうことなのだろう。
レイン「なにをしても、自由……か」
僕は、ブルーレーゲンを手に取る。
ドクン……大きく、心臓が脈を打つ。
これは、巨大な水の力を秘めた剣。
僕が扱うに、等しい剣。
あぁ、これがあれば、僕は……。
レイン「……ねえ、君」
「なんでしょうか?」
レイン「本当に、僕はこの剣を自由に使ってもいいんだよね?」
「?……はい」
レイン「なら、これで、あいつらを殺してもいいよね?」
「……はい」
レイン「あは、そっか、殺してもいいんだ、あはは。
これで、これで!」
これで、僕と兄さんは自由になれる!
なんで思いつかなかったんだろう!
あぁ、そうだ、あいつらを殺してやればいいじゃないか。
あんなやつら、僕らをたんなる駒としか見てないあいつらなんか……。
死んでしまえばいいんだ。
レイン「……ねぇ、どうすれば地上に、王都に帰れるのかなぁ?」
「船があります、地上に向かう船が。
そこへご案内します」
──
弟が、レインが行方不明になった。
最初は、ちょっと遊びに行っただけだと思っていたけど、違った。
何度呼びかけても、聞こえない。
こんなの、初めてで、怖くて、寂しくて。
両親は泣き叫んだ。でも、それは最初だけだった。
それは怒りに、憎悪に、狂気に変わった。
それはすべて、僕に向かった。
なぜお前がここにいる。なぜ何も出来ないお前が。
なぜお前じゃなくてレインが、お前が、お前が、お前が!
痛い、叫んだ、怖い、どうして、僕は、なんで…
アスル「レイン……レイン…」
お願い、どこにいるの、レイン、寂しいよ、痛いよ、怖いよ、苦しいよ、僕は、死んでも…。
(……さ……)
声が聞こえた。
ノイズの向こうから、声が。
レイン(………に………さ…)
アスル(…レイン?レイン……なのか?)
レイン(……にい……さん…)
アスル(レイン、どこにいるの、聞こえる?レイン!)
レイン(兄さん、まってて。
にいさんをいじめるやつら、みんなころしてあげるから)
アスル(え、レイン…?)
レインから伝わったものは、親への憎悪。
でも、なぜか、僕は怖く思わなかった。
──
「か、帰ってきた!レインが帰ってきたわ!」
「本当か!今までどこに行っていたんだ!!」
冷たい雨が降っていた。
冷えきった身体をみて、母と父は安堵しながらも心配をしていた。
「雨に濡れちゃって、風邪をひいちゃうわ」
「そ、そうだな!いますぐタオルを」
レイン「……ねえ、とおさん、かあさん」
「あら、何かしら?レイン」
レイン「にいさんは、どこにいるのかな?」
うつむいたまま、弟は母に尋ねた。
母は少し狼狽える、父は動揺気味に答える。
「………あ、アスルならいま、寝ているが」
レイン「ほんとに?」
「あ、あぁ!」
父は強く頷いた。
レイン「ぼくがいないあいだ、なにもなかった?」
「も、もちろんよ!」
母は、ぎこちない笑みを浮かべた。
レイン「いじめたりしなかった?」
「な、なにをいって」
弟は、その手を切り落とした。
「っあ、ああああああああああああ!!!」
断末魔、金切り声。
「なっ、レイン!なんだそれは!」
レイン「うそつき………うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき!」
弟は、母だったものを青い水の剣で切り裂く。
「!?」
がたん、父は腰を抜かし、廊下に倒れる。
弟は、ぎろりと父に歩み寄る。
レイン「にいさんがいたがってる、こわがってる、ないてる。
ここにかえってきたとき、にいさんのこえが、さけびが、ぜんぶぜんぶきこえてきた。
また、にいさんをいじめたんでしょ?」
「な、なんでそんな事が…」
レイン「ぼくとにいさんはいっしんどうたいだよ?
にいさんがかなしかったら、ぼくもかなしいし、にいさんがつらかったら、ぼくもつらいんだよ?
だから、ぼくはにいさんをまもるんだ。
あんたたちなんか、もういらない。
だからここで」
地獄に落ちろ。
──
王都に帰ってくるなり、悲痛が聞こえた。
兄さん、やっぱりいじめられちゃったんだね。
本当は、兄さんが無事なら少しは親の好で助けてあげようと思ったけど、そうはいかなくなったね。
地獄を見せなきゃ。
この上ない地獄を、痛みを、怒りを、苦しみを…。
兄さんに付けた傷を、何倍にも何十倍にも何百倍にも返してあげないと。
レイン「きが、すまないよねぇ?」
──
ユディ「まーた、派手にやってくれたもんやなぁ」
ユディは頭をかきながら、惨状を見ていた。
切り裂かれ、グチャグチャになって濡れた死体が二つ。
ユディ「まあ、いつかはこうなる運命、やったんやろうか…」
「ユディさん、中に人、いましたよ」
クロードが、家から出てくる。
ユディ「お?例の兄弟か?」
クロード「たぶん、寄り添うように寝てましたから」
ユディ「のんきやなぁ…
まぁ、半分被害者みたいなもんやしな。
そいつら、はよ病院に連れてってやり。
部屋はちゃんと二人用のを、とっといたれよ?」
クロード「分かってます。
そういう双子ですからね」
──
目を覚ますと、そこは病院だった。
独特な雰囲気の匂いに、アスルは目を覚ます。
アスル「……んえ?ここ、病院?
なんで……」
レイン「ふわ………に、兄さん!」
隣のベットで寝ていたらしいレインが、布団から飛び出してこちらのベットに飛びつき、アスルを抱きしめた。
レイン「ごめんごめんね!怖い思いさせちゃって!」
アスル「いや、それはいいんだけど…
なんで僕ら、病院に?」
戸惑うアスルに、声が掛かる。
「へー、まさか、二人同時に起きるとは思わなかったよ、さすが双子だね」
視線を向けると、黒髪に、マフラーをつけた男が本を閉じて、こちらを見て微笑んでいた。
アスル「…誰だ?」
クロード「はじめまして、アスルくん、レインくん。
僕はクロード。
君たちのお守りを任された、騎士団員さ」
アスル「騎士団員?」
レイン「………」
レインの顔が、少し険しくなる。
そんなレインを見て、クロードと名乗った男は肩をすくめる。
クロード「そんなに警戒しなくてもいいよ、レインくん。
僕らは君の味方。
というか、僕らは君を、罪で咎めることが出来ない」
アスル「つ、罪?」
レインが、なにかしたのか…そう思う前に、彼の口から答えが発される。
レイン「……親殺しの罪、ですか?」
アスル「え!?」
クロード「うん、まぁ、そうなんだけど……
アスルくん、大丈夫?」
突然なことが重なりすぎて、動揺するアスルに、クロードは心配そうに見る。
アスル「え、そ、そうなのか、レイン、あの人たち、殺しちゃったのか……」
レイン「うん、あんな奴ら、いらないって思って。
………軽蔑する?」
少し悲しそうに、アスルを見る。
アスル「しない!しない…けど、ちょっと整理が必要……」
レイン「そうだよね、戸惑うよね。
勝手なことしてごめん」
アスル「……でも、僕のことを思ってやったことなんだろ?」
レイン「うん、兄さんを、これ以上苦しめたくなかった。
それに、その力を得てきたから…」
アスル「力……?」
ふと、彼のベット横を見ると、細身の剣が立てかけてあった。
アスル「え!?その剣どこで!?」
クロード「あ、それは僕も聞きたいかな?
レインくん、その剣、どこで手に入れたんだい?」
レイン「………」
レインはクロードを少し睨み、アスルに向きなおろうとするが、
クロード「テレパシーですまそうとしないでね?」
ニコッと笑ったクロードに釘を刺され、レインはしぶしぶ口に出す。
レイン「……霧の濃い、空中都市で…
名前は知らない」
クロード「あぁ、やっぱりあそこか」
やはりと、納得した表情をするクロード。
アスル「知ってるんですか?クロードさん」
クロード「うん、だって僕の兄さんも行ったことあるもの」
それに、レインが反応する。
レイン「え、あの場所に?」
クロード「うん。
あの場所はね、普通では入ることの出来ない、幻の都市でね。
条件はいろいろあるけど、その一つに、武器に選ばれて入ることが出来るんだ」
レイン「武器に、選ばれて」
レインは、ブルーレーベルを見る。
クロード「予言があって、君は保護対象だからね。
それに、君たちの両親は前々から騎士団内で処理を考えていた所なんだ」
アスル「え、あの人達、なにかしてたんですか?」
クロード「ちょーっとやっちゃいけないことをね」
レイン「へぇ、気にしてなかったや」
兄さんを守るのに必死で、ポツリとレインは頭の隅で呟く。
アスル「僕も…よく、人は出入りしてたけど、何をしていたのかは…」
クロード「そっか、ならそっちはあまり聞かないことにするね。
それにしても、アスルくんが無事でよかった。
まさかレインくんが、霧の民に呼ばれてから、あそこまで荒れるとは思わなかったよ」
クロードの言葉に、レインは首をかしげる。
レイン「……あの、僕は何日間、ここを?」
その問いに、アスルが答える。
アスル「えっと、二週間くらい?」
レイン「はぁ!?あんなとこ半日もいなかったのに!?」
驚くレインに、苦笑しながら、クロードは言う。
クロード「大体の人はそういうね。
たぶんあの街は、時間の流れが違うんだろう。
どこかで聞いた……うら、なんとかたろうの伝説みたいな?」
レイン「海鮮も踊りもなかったけど…
そっか、そんなに離れてたんだ、ごめん」
アスル「レインが悪いわけじゃないんだろ?謝んなくてもいいよ」
レイン「でも、随分傷つけられてたじゃないか!
もう絶対離れないから!ずっとそばにいるから!!」
アスル「もー、わかったってばー!!」
その様子を、クロードは微笑ましそうに見ていた。
クロード「さて、君たちはこれからどうするつもりかな?」
レイン「う、それは……」
アスル「…ん、レイン?」
レインの様子に、アスルは小首をかしげてのぞきこむ。
レイン「あいつら殺すことに必死で……」
クロード「なーんにも、考えてなかったと?」
アスル「あー、レインも、たまにはうっかりやらかすんだな…」
レイン「あの時はいろいろ限界で…
仕事とか、探さないといけないなぁ」
クロード「じゃあ、うちで働かない?」
クロードが、少し食い気味に言う。
アスル「え、騎士団に?」
クロード「うん、すごい安定職だから、おすすめだと思うけどな」
アスル「レインすごいな!騎士団って受ける人いっぱいいる所だろ?」
レイン「……でも、アスルを置いては」
騎士団は、遠地に駆り出されることも少なくないだろう。
あまり街から、アスルから離れるような仕事はしたくない。
クロード「大丈夫、そこは、僕がなんとかしてアサシンの所に入れてもらえるようにするよ」
レイン「アサシン?」
クロード「うん、アサシン。
僕の所属なんだけど、大体暇な所だから。
遠征なんて滅多にないし」
アスル「暇なんだ…」
レイン「それ僕に言っていいんですか…」
呆れ気味にレインは言う。
クロード「平和な王都だからいいんだよ。
僕らが動くことなんて、大事な時だから。
それに、武器の扱い方、習うにはいい環境だと思うよ?」
レイン「……そう、ですね。
おねがいしても、いいですか?」
クロード「うん、任せて」
──
なんとか、クロードさんのコネで、僕は騎士団に入ることが出来た。
最初こそ、いろいろ大変だったけど、クロードさんや他のアサシン部団の人たちのおかげで、うまく馴染めている。
兄さんと一緒に住む場所も決めた。
前の家よりは狭いけど、ふたりなら丁度いいと思う。
アスル「城にも近いなんて、すごいなぁ!」
レイン「ここは、騎士団員専用の借家らしいよ。
だから、訓練場にも、城にも近いみたい」
アスル「へー……いいのか?僕もここにいて」
レイン「兄さんは僕の家族だからいいの」
予言の日、それがいつになるのかは誰にもわからない。
それでも、僕は兄さんとずっと一緒にいたい。
それだけが、僕の願い。
レイン「兄さん」
アスル「ん?なんだ、レイン?」
レイン「………ずっと、僕のそばにいてね。
僕も、ここにいるから」
アスル「……あぁ、どこにも行かないさ。
僕は、レインと一緒だから」
──To be continued…