ピーター・パンの忘却
私の幼馴染である鈴城(スズシロ)理音(リオン)という男を一言で言い表すなら、『凡庸』という単語が最も相応しい。
元女優の母親に似た異常に整った顔立ち、柔らかな物腰、大学教授の父親から受け継いだ明晰な頭脳で成績は常に学年首位、どの運動部からも目の色を変えて勧誘されるほどの優れた運動神経の持ち主。先天的な才能と後天的な努力によって形成された絢爛豪華なパラメーターとまったく気取らないキャラクターゆえに、男女問わず友人が多い。
そんな、フィクションでよく設定される『学園の王子様』と聞いて、誰もが真っ先に思い浮かべる人物像の集大成――それが鈴城理音である。
ありきたりで、何の捻りもない、完璧に凡庸な、完璧で凡庸な王子様だ。
恥ずかしながら、一昔前の少女漫画に登場した王子属性のヒーローは、すべて理音をモデルにしていると割と本気で思っていた時期が私にはある。
その上、この学校では(この学校でも)、彼は『王子』という愛称で親しまれているのだった。
もっとも、そんな煌びやかな奴が平凡な高校に馴染めるはずがなく、彼の言動ひとつひとつが騒ぎ立てられ、一挙手一投足が話題の的になる。ここで特筆すべきは、パパラッチの如く四六時中不特定多数に張り付かれ、プライベートなど皆無の環境を、本人はさほど苦に思っていない点である。むしろ皆にちやほやされてラッキーと感じながら日々を過ごす楽観的で道楽的な性格なのだ――それも踏まえて、『王子』なのである。
当然、一部の男子や私はからかい半分で呼んでいるが、本人は馬鹿にされていると本気で気づいていないようだ。
ある意味、羨ましい性格ではある。
さて、そんな良くも悪くも目立つ奴と、教室でいかに気配を消すかを考えるのに生き甲斐を覚える根暗で地味な女子との間に、本来なら一生かかっても接点は生まれない。
私と理音の接点は、産まれる前から形成された。
才能も努力も介在し得ない、ただの偶然だ。
『家が近かった』、言ってしまえばただそれだけの関係だが、意外にもこれが強い効力を発揮するのだ。家が近いというだけで幼少期の遊び相手は理音だったし、学区が同じというだけで幼稚園から中学校まで同じだった。高校も、通学に便利という理由で同じ学校を選んだ。そして何より、人の良い理音は、腐れ縁の私を何かと気に掛け、今でも余計な世話を焼いてくるのだ。
私の性格が鬱屈したのは、物心つく前からそんな彼の身近にいた所為だと言っても過言ではない。
そのことを、昔本人に皮肉交じりに伝えたところ、面と向かってこう言われた。
「俺のせいじゃないよ。だって、出会った時から君は暗くて劣等感の強い女の子だったから」
彼の容姿が芸術品でなければ、顔面を殴り飛ばしていただろう。
幼馴染と言っても、蓋を開けてみればそんな暴言を吐かれるような間柄に過ぎないのだが、それを羨む人達もいる。妬み嫉む者もいる。
周知の事実だが、女子の情報網と団結力ほど恐ろしいものはない。
貴女理音君の幼馴染なんだよね、と理音のファン達に詰め寄られた経験が何度もある。誰にも言っていないが、過去にいじめに近い扱いを受けたこともある(だがこれによって私の性格がねじ曲がったのではない、断じて)。
しかし、それも今はなりを潜めている――一週間前、理音に彼女ができたからだ。
恋人の存在はすぐに学校中を駆け巡り、たちまち全校生徒の知るところとなった。
その様子はまさに阿鼻叫喚という言葉が相応しくなかなか見物だったが、何より面白いのは、この日を境に、私への嫌がらせがぴたりとやんだことだ。
幼馴染より、恋人の方が、はるかに優先順位が高い――世間の反応がそのことを如実に表していた。
だから、てっきり理音も出来たばかりの恋人を優先するかと思いきや、その後も奴は何も変わらず私にお節介を焼くのだった。
「君、今でも一緒に下校するような友達はいないの? だったら俺と帰ろう。幸い、方向は同じだし」
こう提案されたのが今日の休み時間のこと、いつも通り、断られる可能性をまるで考慮していないような堂々とした語調だった。
常に周りに人がいる境遇の所為か、どうも彼は一人でいる人間は孤独で可哀想だという偏見があるらしい。私が好きで単独行動をしているのだとなかなか理解してもらえない。
そして自分の言いたいことを言い終えると、いつも通り、返事を聞く前にさっさと人混みの中に消えていったのだった。
環境が変わっても鈴城理音は変わらず、周囲だけが振り回され、踊らされている様子を目の当たりにして、私は静かに悟った。
あるいはこの提案は、幼馴染という関係が、彼の中で恋人に気を遣う必要のないほど取るに足りないものであるという証左かもしれないと。
元女優の母親に似た異常に整った顔立ち、柔らかな物腰、大学教授の父親から受け継いだ明晰な頭脳で成績は常に学年首位、どの運動部からも目の色を変えて勧誘されるほどの優れた運動神経の持ち主。先天的な才能と後天的な努力によって形成された絢爛豪華なパラメーターとまったく気取らないキャラクターゆえに、男女問わず友人が多い。
そんな、フィクションでよく設定される『学園の王子様』と聞いて、誰もが真っ先に思い浮かべる人物像の集大成――それが鈴城理音である。
ありきたりで、何の捻りもない、完璧に凡庸な、完璧で凡庸な王子様だ。
恥ずかしながら、一昔前の少女漫画に登場した王子属性のヒーローは、すべて理音をモデルにしていると割と本気で思っていた時期が私にはある。
その上、この学校では(この学校でも)、彼は『王子』という愛称で親しまれているのだった。
もっとも、そんな煌びやかな奴が平凡な高校に馴染めるはずがなく、彼の言動ひとつひとつが騒ぎ立てられ、一挙手一投足が話題の的になる。ここで特筆すべきは、パパラッチの如く四六時中不特定多数に張り付かれ、プライベートなど皆無の環境を、本人はさほど苦に思っていない点である。むしろ皆にちやほやされてラッキーと感じながら日々を過ごす楽観的で道楽的な性格なのだ――それも踏まえて、『王子』なのである。
当然、一部の男子や私はからかい半分で呼んでいるが、本人は馬鹿にされていると本気で気づいていないようだ。
ある意味、羨ましい性格ではある。
さて、そんな良くも悪くも目立つ奴と、教室でいかに気配を消すかを考えるのに生き甲斐を覚える根暗で地味な女子との間に、本来なら一生かかっても接点は生まれない。
私と理音の接点は、産まれる前から形成された。
才能も努力も介在し得ない、ただの偶然だ。
『家が近かった』、言ってしまえばただそれだけの関係だが、意外にもこれが強い効力を発揮するのだ。家が近いというだけで幼少期の遊び相手は理音だったし、学区が同じというだけで幼稚園から中学校まで同じだった。高校も、通学に便利という理由で同じ学校を選んだ。そして何より、人の良い理音は、腐れ縁の私を何かと気に掛け、今でも余計な世話を焼いてくるのだ。
私の性格が鬱屈したのは、物心つく前からそんな彼の身近にいた所為だと言っても過言ではない。
そのことを、昔本人に皮肉交じりに伝えたところ、面と向かってこう言われた。
「俺のせいじゃないよ。だって、出会った時から君は暗くて劣等感の強い女の子だったから」
彼の容姿が芸術品でなければ、顔面を殴り飛ばしていただろう。
幼馴染と言っても、蓋を開けてみればそんな暴言を吐かれるような間柄に過ぎないのだが、それを羨む人達もいる。妬み嫉む者もいる。
周知の事実だが、女子の情報網と団結力ほど恐ろしいものはない。
貴女理音君の幼馴染なんだよね、と理音のファン達に詰め寄られた経験が何度もある。誰にも言っていないが、過去にいじめに近い扱いを受けたこともある(だがこれによって私の性格がねじ曲がったのではない、断じて)。
しかし、それも今はなりを潜めている――一週間前、理音に彼女ができたからだ。
恋人の存在はすぐに学校中を駆け巡り、たちまち全校生徒の知るところとなった。
その様子はまさに阿鼻叫喚という言葉が相応しくなかなか見物だったが、何より面白いのは、この日を境に、私への嫌がらせがぴたりとやんだことだ。
幼馴染より、恋人の方が、はるかに優先順位が高い――世間の反応がそのことを如実に表していた。
だから、てっきり理音も出来たばかりの恋人を優先するかと思いきや、その後も奴は何も変わらず私にお節介を焼くのだった。
「君、今でも一緒に下校するような友達はいないの? だったら俺と帰ろう。幸い、方向は同じだし」
こう提案されたのが今日の休み時間のこと、いつも通り、断られる可能性をまるで考慮していないような堂々とした語調だった。
常に周りに人がいる境遇の所為か、どうも彼は一人でいる人間は孤独で可哀想だという偏見があるらしい。私が好きで単独行動をしているのだとなかなか理解してもらえない。
そして自分の言いたいことを言い終えると、いつも通り、返事を聞く前にさっさと人混みの中に消えていったのだった。
環境が変わっても鈴城理音は変わらず、周囲だけが振り回され、踊らされている様子を目の当たりにして、私は静かに悟った。
あるいはこの提案は、幼馴染という関係が、彼の中で恋人に気を遣う必要のないほど取るに足りないものであるという証左かもしれないと。
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