OW
※モブ×ミズキからのウーヤン×ミズキ
かなりミズキがぼっこぼこです
多少のリョナ表現注意
「おい河野、朝だぞ」
男に髪の毛を掴まれて、目を覚ます。鈍い痛みに苛まれて浅い眠りではあったが、1日で唯一人でいられる時間が終わってしまった。そのまま固い床に放り投げられて、受け身も取れずに転がる。服を着ることすら許されず、剥き出しの肌が床に擦れてじりじりと痛んだ。
何故こうなったのか。そんなの、決まってる。キリコ達が逃げる時間を稼ぐ為に自ら身を差し出したのだ。外も見えないハシモト組の奥深く。そこに捕らえられて、どのくらい経っただろうか。具体的な時間はわからない。
義手はこの牢に入った時に取られたし、残った右手も初めは指の関節から潰され、今では根元から切られてしまった。雑に巻かれた包帯には血が滲んでいるが、それなりに処置をしていると言うことは長く生かす気なのだろう。
「聞いてんのか?」
瞬間、鳩尾に靴先がめり込んで息が出来なくなる。刺すような痛みに喘ぎながら咳き込んで、なんとか息を吸おうと踠く様を見て、男は笑った。
また髪の毛を雑に掴まれる。ぶちぶちと音を立てて千切れていく髪。そのまま力任せに床に叩きつけられて、痛みに思わず身体を丸める。
「あぐっ、……」
「今日はちゃんと朝飯があるぞ。ありがたく思えよ」
そうして運び込まれた皿には、良く焼き目の付いた肉が二切れ乗っていた。食欲をそそる肉の焼けた匂いが鼻腔を擽る。半ば飛び付くように、その肉塊に齧り付いた。1日に二回栄養を点滴をされているが、それでは抑えきれない飢えがそこにはあった。何かを腹の中に入れたくて、夢中で咀嚼する。
「それな、なんの肉だと思う?」
「はぁっ、う゛、んんっ」
「こないだ取ったお前の腕」
瞬間、それがなんなのか理解した頭が拒否反応を見せる。おぞましい肉塊を吐き出そうと胃が痙攣して、胃液と共に皿の上に細かくなった肉を吐き出した。
「おえっ!げぇっ……はぁっ!」
「おいおい、勿体ねぇだろ?」
瞬間、こめかみを蹴られて目の前に星が散る。落ちかけた意識をなんとか戻して、吐いてしまったそれに舌を這わせた。平らげなければ、きっと酷いことになる。そうわかっていても、それが何なのか知ってしまった以上脳が拒絶する。
嗚咽を飲み込んで無理やり咀嚼する。なんとか二つの肉塊を胃にしまいこむと、油で汚れた皿を舌で舐めて綺麗にした。
「お、食えたじゃねえか。そんじゃ、もう一回な」
男はそう言って、俺の横腹を蹴り上げた。抵抗する暇もなく、そのままひっくり返る。そうして床に転がっていると、腹を思い切り踏まれた。瞬間、胃の中の物が口の中に溢れてくる。
「ごふっ!」
咀嚼した肉が食道を通って口から出ていく。口から水分を取っていないからか、水気のない肉片は食道を逆撫でるようだった。鳥肌が止まらない。冷や汗を滴しながら咳き込むと、床に落ちた吐瀉物を指差して男は笑った。
「おら、ちゃあんと綺麗にしな」
この世の地獄がそこにはあった。あちこち痛む身体に、どんどんすり減っていく精神。それでも己が正気を保っているのは……そうだな、彼女らを信じているから、だろうか。別に助けが来るとは思っていない。こんな奥深くまで来るなんて、とてもじゃないが現実的ではない。そんなことはわかっている。もし、正気を失って何かしらを話してしまったら、彼女らに申し訳が立たないじゃないか。
「河野、聞いてんのか?」
「そんな言わんでも……聞こえとうよ」
汚れた床に舌を這わせ、己が吐いたそれを飲み下していく。味わう気が無くても、味蕾が勝手に味を拾ってしまうのを根性で耐えて綺麗に平らげれば、男はつまらなそうに皿を下げた。
「っ、はぁ……」
「はっ……まあいいさ。この辺にしといてやるよ。んじゃ、いつものお薬打ちましょうねぇ」
無防備な項にアンプルを刺され、小さく呻く。それがなんなのかなんて聞かなくてもわかる。媚薬効果のあるドラッグだ。多くを打つと廃人になってしまうそれを、毎日真綿で首を絞めるように少しずつ量を増やして投与されている。
瞬間、ドクンと心臓が跳ねて身体がかっと熱を帯びる。くらりと視界が歪んで、勝手に腰がくねる。
そのまま背中をなぞられて、思わずため息を溢す。男に触られた場所が疼いてしょうがない。
「っ、」
「河野、俺はお前のこと結構評価してたんだぜ?それなのに、組裏切るたぁ、どういう了見だ?」
こうなるとダメだ。まともな思考なんてどっかへ行ってしまう。ぞわぞわと込み上げる物を見ないようにして、早くこの時間が過ぎ去ることを祈る。どろりとした欲が鎌首をもたげている。嫌で嫌で仕方がないのに、身動ぎすら出来ずに横たわっていると男が顔を覗き込んできた。
「おーい、飛んでんじゃねぇぞ」
「はへっ、へっ……」
息を吸い込んでも吸い込んでも酸素が足りない。腹に力を入れて後孔を締め付けるだけで気持ちが良くて、でも足りなくて、切なくて苦しい。望んでいないのに、身体は与えられる快感を欲していた。
「簡単にぶっ壊れんなよ?上から長く持たせろって言われてんだ」
なんと言われているのか、理解が出来ない。早く熱を解放したくて、足を擦り合わせながら息を荒げた。
「はぁっ、ぐっ」
「出せねぇように縛っちまおうな」
すでに勃ち上がった陰茎の根元を紐でキツく結ばれて、行き場を失った熱が身体の中を焼き尽くす。かくんかくんと勝手に揺れる腰を押さえつけて、男が笑う。手には馬のそれを模したディルドが握られていた。
「河野はツラは良いからな。早く抱かせてくれって色んな奴が言ってるぜ?」
いくら連日犯されているとはいえ、いきなりそんな物が挿入るわけない。怯えから床を蹴るが、薬を使われた身体が言うことを聞くわけもなく、ただ空しく足掻くだけだった。
「逃げようとしてんじゃねえよ」
顔面を容赦なく殴られる。くらりと目眩がして、その衝撃で口の中を切ったのか鉄の味が広がった。
「これくらい挿入んだろ?」
切っ先が後孔に押し当てられる。昨日も剛直を受け入れていたそこは、ゆっくりではあるが切れずにディルドを咥えこんでいく。ただ、昨日と違うのはその長さだろう。あんな長さの物、奥まで挿入されてしまったら狂ってしまう。
「あっ……あぁっ……」
「ほんと、こっちは優秀だなあお前」
めりめりと音を立てながら飲み込まれていくディルドに、ただ喘ぎ声を上げることしか出来ない。苦しいからだけではない。明らかにそこには快楽があった。
こんなの、薬のせいだ。唯一の逃げ道に慌てて逃げ込んで、すり減った精神をなんとか保つ。
「ぐっ、ぅ……!」
ごりごりと前立腺を抉られて、目の前がチカチカ明滅した。気持ちいい、もっと、もっと欲しい。だらしなく開いた口からは唾液がこぼれ落ちて、床に滴り落ちていく。
「あ゛、あっ!もっ、むりっ!」
「何が無理だ。こんなもんじゃ足りねぇだろ」
また頬を殴られる。痛みで目の前が滲んで、感情に関係なく涙がこぼれ落ちていく。半分を飲み込んだくらいだろうか。下腹はすでにぽっこり膨らんでいた。
ごつごつと奥に先端が押し当てられて、結腸口が少しずつ開いていくのがわかる。不快感から冷や汗が吹き出して、肌を滑る。それにすら感じる始末で、身体を小刻みに震わせていた。
やがて、侵入を拒絶していた最後の砦も破られてしまう。ごちゅっと身体の中で鳴ってはいけない音がして、瞬間爆発でもしてしまったかのような快感に襲われた。
「ーーーーーっ!!」
声にならない悲鳴を上げながら背をしならせる。衝撃で、先程食べた肉片が上がってきて、そのままびしゃびしゃと吐き出した。
「ははは、気持ち良くてよかったなぁ」
「ぎっ、ぃ!あ゛ぁ゛!しぬっ、」
「簡単には死なねえよ。人ってな、案外丈夫なんだぜ?ま、散々見てきたんだ。知ってるよな」
それでもディルドはまだ残っている。息をなんとか吐いて、次にくるであろう衝撃に備える。ぐぽぐぽと結腸口を苛めていたディルドが、そのままそこを越えて最奥に侵入してきた。反射でまた口の中に胃液が上がってきて、思わず吐き出す。ほんのりと血の色を帯びたそれはそのまま床にこぼれ落ちた。
「げぇっ、ごぼっ!ひっ、ぁーーーーーっ!」
物が入ってはいけないところを犯されている。痺れるような快感に意識が飛びかけて、白目を剥いて身体を反らした。でも、意識を失うのなんか許されるわけもなく、視界が白じむ度に膨らんだ腹を殴られて起こされる。
その刺激にさえ感じる始末で。
「ぐあっ、お゛ぉっ!ぐっ、う゛!ぅ、~~~~っ!」
「ひっでぇ声」
情けなく鼻水を滴しながらのたうち回る。出鱈目に、辛うじて残った腕――いやほぼ肩か。それをとにかく動かして快感から逃れようとするが、なんにもならなかった。
もう、イっているのかなんなのか。訳もわからず半狂乱になりながら、その暴力的な快感をやり過ごす。
「ぎゃ、あ゛っ!ーーーーーっ!」
徐に奥を犯していたディルドを勢い良く引き抜かれ、ただ頭が真っ白になった。長い長い絶頂から降りてこられず、だからと言って精を出すことも叶わず、ただ狂ったように全身を痙攣させる。
ばちばちと脳の回路に焼け付くような快感。引き抜かれた後孔はぽっかりと口を開けていた。また何かで蓋をして欲しいと言わんばかりに。
「ぁーーーーっ!」
もう何もわからない。自分が何者であるのかさえ、何処か遠くに飛んでいってしまった。
ただあるのは地獄のような快楽だけ。
「うっせぇよ」
「ぎゃっ」
また、腹を殴られる。蛙が潰れたような声が喉から漏れて、痛みに身体を折り曲げる。頭が痛い。殴られたところも、いたるところが痛い。
そうしてまた、ディルドが肉を掻き分けて身体の中に挿入ってくる。嫌がらせみたいに引き抜かれかと思えば、一気に突き上げられて口からはひっきりなしに喘ぎ声が上がった。
「あ゛ぁ、あっ!んっ、お゛ぉ、ぐっ!」
苦しくて苦しくてどうしようもない。口の端から泡を吹き、男が興味を失うことをただただ祈る。ぎくんと身体が変な風に強張って、ぶつっといやな音がして鼻から血が垂れ落ちていく。何かの拍子に血管が切れたのだろう。それが殴られる度床に飛び散って、濃い染みを作っていた。
ふと、視界の端にキラリと光るものが見えた気がした。なんだと目を向けると、それは太い針だった。
「気張れよ」
瞬間、胸に鋭い痛みが走る。あろうことか、男は針を胸の突起に突き刺したのだ。
「ぎぃっ……!」
「ここにな、ピアスを付けろだってよ」
じんじんとそこが熱い。いやいやと首を横にふると、針が刺さったままのそこを押し潰された。あまりの痛みに、じたばたと足をバタつかせる。
穴が閉じないように金具をつけられて、ドクドクとそこが脈打っていた。
「もういいか。おい、起きろ」
「ぁ、……うっ……」
「たく、しょうがねぇ奴だな」
男はディルドを引き抜くと、そのまま床に投げ捨てた。嗚呼、これでやっと終わる。そう思った瞬間、ごつんと結腸を剛直に貫かれる。一瞬の暗転の後、すぐ衝撃で起こされた。蓋を無くした後孔に男の陰茎が差し込まれたのだと察した。瞬間込み上げる吐き気。ついこの前までただの同僚だった男に犯されている。屈辱的なそれに、涙がはらりと落ちていく。
「ガバマンがよぉ。もっと締めろ」
剥き出しの首に男の手がかかる。そうして体重をかけられて、首が締まる。息が吸えない。血流が止まって、苦しくて逃れたくてのたうち回る。
「がはっ、ぐぅ……!」
反射的に中が締まるのか、男は満足げににたりと笑って腰を打ち付けてきた。バカになってしまったそこは、もうイっているのかさえ良くわからない。
「そーそ、そうしねぇと終わんねぇぞ」
だんだんと頭がふわふわしてきて、目の前がぼんやり霞みだした。このままじゃ、本当に死んでしまう。覚悟は出来ていたはずなのに、突き付けられた瞬間揺らいでしまった。
「う゛ぅ……っ!」
そのまま気絶出来たら良かったのに。或いは死んでしまえたら、楽だったかもしれない。意識が落ちかけた瞬間、首を絞めていた手が緩む。息苦しさから解放されて、咳き込みながら必死になって肺一杯に空気を吸い込んだ。
「がはっ!ごほっ、ごほっ」
「はは、可哀想に」
そんな俺なんてお構い無しに腹の奥まで犯されて、精を吐き出された。汚されてしまった絶望感に脱力して、なにも出来ないでいる俺を見て、男は満足げに笑ったのだった。
「河野の調子はどうだ?」
男は煙草をふかしながら問いかける。
「ああ、今は部下共にまわさせてるところだ。来週辺り、歯ぁ全部抜いて口も使えるようにする予定さ」
男は心底楽しそうに答えると、灰皿に煙草を放り投げ、新たな煙草に火をつけた。
「なんなら、チンコも取っちまうかなんて話してっけど流石に死ぬかな」
「おいおい、いくらなんでもやりすぎじゃないか」
「甘いくらいだろ。なんせ組を裏切ったんだぜ?」
「……それもそうか」
煙がダクトに吸われていく。からからと乾いた音を立てながら、古い換気扇が回っている。
「なんせ、長く生かせって言われてるからよ。とにかく苦しませろって。ヤクのせいか頭バカになっちまったみたいで最近はノリノリだけどな。お前も一回どうよ?」
「病気伝染されそうだからやめとくわ」
「はは、それがいい」
男たちがそんな談笑をしている最中、遠くで聞こえるはずの無い爆発音がした。立て続けに緊急を告げるブザーが辺りに響き渡る。
「なんだ?」
「わかんねぇ」
彼らは知るはずもない。オーバーウォッチの加勢により、ここ、ハシモト組の支部が攻撃を受けていると言うことを。
助け出された彼を見た時、怒りに震えた。酷い暴行の跡も、なくなってしまった腕も、全てが夢だったら良かったのにとさえ思ってしまった。こんなに誰かを憎むことなんて初めてで、仲間に止められていなかったら単身で敵陣に突っ込んでいたことだろう。
俺の大切な友達は、その身を賭して仲間を守ろうとした。その結果がこれだと言うのか。
病院で目を覚ました彼は、全てを忘れていた。己のことどころか言葉さえ喋れなくなってしまったのだ。打たれた薬の量と、暴行の数々のストレスで脳が萎縮しているのが原因と思われるそれは、一時的な物なのか医者にさえわからないらしい。
そんなミズキを、俺は半ば無理矢理に近い形で引き取った。医療の心得は多少あるし、良い刺激になるかもしれないからと、反対意見を丸め込んで、なんなら新しい家も借りて一室に住まわせている。
本当は家族と過ごせたらよかったのだろうが、彼は天涯孤独の身だ。ただの友達だった俺でもないよりか幾分かマシだろう。
「ミズキ」
「あーう」
返事をすると言うことは、こちらの言葉は理解していると言うことになる。事実、口にタッチペンを咥えることによりタブレットの簡単な操作などは出来るようになったし、両腕につける新しい義手の手配も済んでいる。着実に前には進んでいるはずなんだ。
「包帯、替えるから」
「う」
ベッドで微睡んでいる彼に声を掛けて、隣に座るとその身体を抱き寄せる。
「だいぶ綺麗になったな」
包帯をほどいて傷の様子を見れば、かなり良さそうだ。この調子なら、来月くらいには包帯が取れるだろう。身体の傷は少しずつ癒えてはいるが、問題は精神面だった。
頻度は減ってきているが、身体を強張らせてパニックを起こす時があるのだ。それは寝ている時だったり、外に出た時だったり状況はまちまちで、曰く、どれもフラッシュバックのようなものらしい。
記憶がないのに、彼は過去に苦しめられている。
「ミズキ、今日は何が食べたい?」
彼のために、最近はちゃんとした料理を作るようになった。作るようになって思ったのは、彼はどうも肉類がダメらしい。口に入った瞬間戻してしまうので、代わりに大豆を使ってみたり、ギリギリ食べられる卵で栄養を補ってみたりと工夫をしている。
憶測でしかないが、もしかしたら数々の暴行の合間に何か酷いことをされたのかもしれない。
「うーあん」
「冷蔵庫に鮭があるから焼いて……、味噌汁の具はどうしようか」
新しい包帯に替えて、巻き終わると彼は甘えるようにすり寄ってきた。それと抱き止めて、優しく頭を撫で回す。
気持ち良さそうに細められる瞳。こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのに。そう思いながら、ふっと微笑み掛けた。
呻き声が聞こえる。
時計を見れば午前2時。起き上がって隣を見れば、ミズキが苦しそうに足をバタつかせていた。
例の発作が出たのだ。
「ミズキ、大丈夫か!?」
身体を揺すり起こそうとするが、中々目を覚まさない。はくはくと開かれる口。上手く息を吸えないのだろう。苦しそうに歪む表情が、辛さを物語っている。
すぐにサイドテーブルに手を伸ばし、引き出しの中に入っている薬の束を取り出す。いざって時のための精神安定剤だ。アンプルの方は……出来れば使いたくない。とにかくそれを二錠、掌に出して口に含む。サイドテーブルに置いてあった水のボトルを開けて、少量を口に含むと血色の悪い唇に口付けた。開かれた隙間から薬を水と一緒に送り込めば、彼は拒絶することなくそれを飲み込む。後は効くまで待つだけだ。少しでも落ち着くように身体を抱き締めて、優しく頭を撫で続ける。少しして彼の呼吸音が落ち着いてきた。良かった。薬が効いてきたようだ。
「ミズキ」
名前を呼ぶ。聞こえているのかいないのか、彼は涙に濡れた目を開くと、短く呻いた。まあ、すぐに瞳は閉じられてしまったけれど、でも、それでいい。彼が安らかに眠れるのなら、それでいい。
彼の隣にそのまま崩れ落ちるように横になり、目を閉じる。彼のそばにいることを望んだのは己だ。このくらいでへこたれるわけにはいかない。
「俺、頑張るからさ」
発した言葉は、夜の闇に溶けるように消えていった。
オーダーしていた義手が届いた。軽くて、多少のことじゃ壊れない奴。そこそこ良い金額が吹っ飛んだが、これで彼が喜んでくれるなら安いくらいだ。
「良かったなミズキ」
「うあん」
嬉しそうに義手を眺める彼を見て、自然と顔が綻ぶ。気に入ってくれたみたいで良かった。これで彼の出来ることが増える。
「俺、ちょっと外出てくるけど待っていられるか?」
「あー」
今日はどうしてもはずせない用事がある。出来ればそばにいてやりたいけど、最近は一人で留守番することにも慣れてきたみたいだからきっと大丈夫だろう。
「じゃあ、行ってくるな」
「うー」
立ち上がり、鞄を持つと彼に手を振る。いつもならそのまま玄関まで着いてくるのに、彼はなにやらタブレットに夢中だった。義手で操作出来るのが嬉しいのかもしれない。鍵を閉めて、目的の場所へと急ぐ。
ふとマンションを見上げ、自分が住んでいる部屋に目を向けると、窓越しに彼が立っているのが見えた。手を振ってくれている。義手、使いこなせてるな。そう思いながら手を振り返すと、彼は微笑んだ。
駅にたどり着いて、タブレットを操作する。彼が何か困ってないか気になったからだ。
大丈夫そうか?と文字を打って送信すれば、既読はすぐに付いた。でも、一向に返事が返ってこない。寝てしまったのだろうか?でも、なにやら嫌な予感がする。確証はないけれど、一度確認しに戻った方が良いかもしれない。
ほら、それで何もなかったらそれはそれで安心だしさ。己に言い聞かせて、来た道を戻っていく。相手には一言詫びを入れた。申し訳ないけれど、駅からはなんやかんや10分くらいかかるので急ぎ足で。
そうして住んでいるマンションに戻ると、エントランスを抜けてエレベーターで上に上がっていく。部屋の前に立ち、鍵を開ける。
「ただいま、忘れ物したから戻ってきたんだけど……ミズキー?」
迎えはない。それにも違和感を覚えながら部屋をノックして扉を開けると、何故かクローゼットが開いていた。
地面に彼の足が投げ出されている。
「そんなところで寝てたら風邪引くぞ?」
近付いてクローゼットを覗き込めば、そこで彼は首を吊っていた。
ふわふわと、宙に浮いているような感覚。苦しさも、辛さももうここにはない。魘されることもきっとないのだろう。一面の花畑の中、俺は立ち尽くしていた。
俺は死ねたんだろうか。苦しさから逃れたい一心で、衝動的に首を吊って。
空は青く澄んでいて、手を伸ばせば届いてしまいそうだった。晴れやかな気分、それでも気になることが一つ。
でも、ここにはあいつらはいない。
自分で選んでおきながら、後悔をしている。酷い話だ。最後に彼を思い切り傷付けて、逃げようとしているのだから。
遠くで声がする。あいつの声だ。何を言っているのか、声がする方に歩きだす。
「ミズキ、聞いて」
声の発信源は泉の中だった。水面に、彼が写り込んでいる。
「俺さ、ミズキのことが好きなんだ。もう誰にもわたしたくないくらい、君のことが好き」
知ってる。
「だからさ、俺と一緒に生きて欲しいんだ。一緒に生きて、それで、一緒に死のう?」
今にも泣きそうな表情で、彼は言う。
それは無理な話だ。だって、死ぬ時は皆一人なのだから。
「どんな方法でも良いから、約束するから。こんな世界で生きて欲しいなんて酷なのはわかってる。エゴなのも……でも、生きていて欲しい」
「……」
まだ、生きていたいなんて思うのは虫がいい話かもしれない。泣かないで欲しいなんて思うのも、俺のエゴだ。
それでももし許されるのならば、俺も彼と、ウーヤンと生きていたい。目の前の光り輝く泉に身を投げる。それで戻れるのかはわからないけれど、何かしないといられなかった。
水が絡み付いてくる。息が出来なくて、苦しくて、苦しくて仕方ない。
それでも、俺は戻らなければならない。
「ミズキ」
彼が俺の名前を呼ぶ。それを頼りにがむしゃらに泳いで、ようやく門にたどり着いた。
戻れば、きっと俺はいろんなことに苦しむことになる。それでも、それでも俺は彼と生きていたかった。
「……そんな言わんでも聞こえとるばい」
喋り方を忘れたはずの口が、言葉を紡ぐ。慣れた言葉で、自然に。
「ミズキ?」
彼が驚いたように、ベッドに横たわっている俺を見た。
「ウーヤン、本当に俺なんかでよかと?」
「……ミズキがいい!俺は君と生きていたい!」
「物好き……俺も、お前がいい」
ぎゅっと彼が抱きついてくる。締めすぎて身体が軋む。ちゃんと痛い。
俺はまだ、生きている。
かなりミズキがぼっこぼこです
多少のリョナ表現注意
「おい河野、朝だぞ」
男に髪の毛を掴まれて、目を覚ます。鈍い痛みに苛まれて浅い眠りではあったが、1日で唯一人でいられる時間が終わってしまった。そのまま固い床に放り投げられて、受け身も取れずに転がる。服を着ることすら許されず、剥き出しの肌が床に擦れてじりじりと痛んだ。
何故こうなったのか。そんなの、決まってる。キリコ達が逃げる時間を稼ぐ為に自ら身を差し出したのだ。外も見えないハシモト組の奥深く。そこに捕らえられて、どのくらい経っただろうか。具体的な時間はわからない。
義手はこの牢に入った時に取られたし、残った右手も初めは指の関節から潰され、今では根元から切られてしまった。雑に巻かれた包帯には血が滲んでいるが、それなりに処置をしていると言うことは長く生かす気なのだろう。
「聞いてんのか?」
瞬間、鳩尾に靴先がめり込んで息が出来なくなる。刺すような痛みに喘ぎながら咳き込んで、なんとか息を吸おうと踠く様を見て、男は笑った。
また髪の毛を雑に掴まれる。ぶちぶちと音を立てて千切れていく髪。そのまま力任せに床に叩きつけられて、痛みに思わず身体を丸める。
「あぐっ、……」
「今日はちゃんと朝飯があるぞ。ありがたく思えよ」
そうして運び込まれた皿には、良く焼き目の付いた肉が二切れ乗っていた。食欲をそそる肉の焼けた匂いが鼻腔を擽る。半ば飛び付くように、その肉塊に齧り付いた。1日に二回栄養を点滴をされているが、それでは抑えきれない飢えがそこにはあった。何かを腹の中に入れたくて、夢中で咀嚼する。
「それな、なんの肉だと思う?」
「はぁっ、う゛、んんっ」
「こないだ取ったお前の腕」
瞬間、それがなんなのか理解した頭が拒否反応を見せる。おぞましい肉塊を吐き出そうと胃が痙攣して、胃液と共に皿の上に細かくなった肉を吐き出した。
「おえっ!げぇっ……はぁっ!」
「おいおい、勿体ねぇだろ?」
瞬間、こめかみを蹴られて目の前に星が散る。落ちかけた意識をなんとか戻して、吐いてしまったそれに舌を這わせた。平らげなければ、きっと酷いことになる。そうわかっていても、それが何なのか知ってしまった以上脳が拒絶する。
嗚咽を飲み込んで無理やり咀嚼する。なんとか二つの肉塊を胃にしまいこむと、油で汚れた皿を舌で舐めて綺麗にした。
「お、食えたじゃねえか。そんじゃ、もう一回な」
男はそう言って、俺の横腹を蹴り上げた。抵抗する暇もなく、そのままひっくり返る。そうして床に転がっていると、腹を思い切り踏まれた。瞬間、胃の中の物が口の中に溢れてくる。
「ごふっ!」
咀嚼した肉が食道を通って口から出ていく。口から水分を取っていないからか、水気のない肉片は食道を逆撫でるようだった。鳥肌が止まらない。冷や汗を滴しながら咳き込むと、床に落ちた吐瀉物を指差して男は笑った。
「おら、ちゃあんと綺麗にしな」
この世の地獄がそこにはあった。あちこち痛む身体に、どんどんすり減っていく精神。それでも己が正気を保っているのは……そうだな、彼女らを信じているから、だろうか。別に助けが来るとは思っていない。こんな奥深くまで来るなんて、とてもじゃないが現実的ではない。そんなことはわかっている。もし、正気を失って何かしらを話してしまったら、彼女らに申し訳が立たないじゃないか。
「河野、聞いてんのか?」
「そんな言わんでも……聞こえとうよ」
汚れた床に舌を這わせ、己が吐いたそれを飲み下していく。味わう気が無くても、味蕾が勝手に味を拾ってしまうのを根性で耐えて綺麗に平らげれば、男はつまらなそうに皿を下げた。
「っ、はぁ……」
「はっ……まあいいさ。この辺にしといてやるよ。んじゃ、いつものお薬打ちましょうねぇ」
無防備な項にアンプルを刺され、小さく呻く。それがなんなのかなんて聞かなくてもわかる。媚薬効果のあるドラッグだ。多くを打つと廃人になってしまうそれを、毎日真綿で首を絞めるように少しずつ量を増やして投与されている。
瞬間、ドクンと心臓が跳ねて身体がかっと熱を帯びる。くらりと視界が歪んで、勝手に腰がくねる。
そのまま背中をなぞられて、思わずため息を溢す。男に触られた場所が疼いてしょうがない。
「っ、」
「河野、俺はお前のこと結構評価してたんだぜ?それなのに、組裏切るたぁ、どういう了見だ?」
こうなるとダメだ。まともな思考なんてどっかへ行ってしまう。ぞわぞわと込み上げる物を見ないようにして、早くこの時間が過ぎ去ることを祈る。どろりとした欲が鎌首をもたげている。嫌で嫌で仕方がないのに、身動ぎすら出来ずに横たわっていると男が顔を覗き込んできた。
「おーい、飛んでんじゃねぇぞ」
「はへっ、へっ……」
息を吸い込んでも吸い込んでも酸素が足りない。腹に力を入れて後孔を締め付けるだけで気持ちが良くて、でも足りなくて、切なくて苦しい。望んでいないのに、身体は与えられる快感を欲していた。
「簡単にぶっ壊れんなよ?上から長く持たせろって言われてんだ」
なんと言われているのか、理解が出来ない。早く熱を解放したくて、足を擦り合わせながら息を荒げた。
「はぁっ、ぐっ」
「出せねぇように縛っちまおうな」
すでに勃ち上がった陰茎の根元を紐でキツく結ばれて、行き場を失った熱が身体の中を焼き尽くす。かくんかくんと勝手に揺れる腰を押さえつけて、男が笑う。手には馬のそれを模したディルドが握られていた。
「河野はツラは良いからな。早く抱かせてくれって色んな奴が言ってるぜ?」
いくら連日犯されているとはいえ、いきなりそんな物が挿入るわけない。怯えから床を蹴るが、薬を使われた身体が言うことを聞くわけもなく、ただ空しく足掻くだけだった。
「逃げようとしてんじゃねえよ」
顔面を容赦なく殴られる。くらりと目眩がして、その衝撃で口の中を切ったのか鉄の味が広がった。
「これくらい挿入んだろ?」
切っ先が後孔に押し当てられる。昨日も剛直を受け入れていたそこは、ゆっくりではあるが切れずにディルドを咥えこんでいく。ただ、昨日と違うのはその長さだろう。あんな長さの物、奥まで挿入されてしまったら狂ってしまう。
「あっ……あぁっ……」
「ほんと、こっちは優秀だなあお前」
めりめりと音を立てながら飲み込まれていくディルドに、ただ喘ぎ声を上げることしか出来ない。苦しいからだけではない。明らかにそこには快楽があった。
こんなの、薬のせいだ。唯一の逃げ道に慌てて逃げ込んで、すり減った精神をなんとか保つ。
「ぐっ、ぅ……!」
ごりごりと前立腺を抉られて、目の前がチカチカ明滅した。気持ちいい、もっと、もっと欲しい。だらしなく開いた口からは唾液がこぼれ落ちて、床に滴り落ちていく。
「あ゛、あっ!もっ、むりっ!」
「何が無理だ。こんなもんじゃ足りねぇだろ」
また頬を殴られる。痛みで目の前が滲んで、感情に関係なく涙がこぼれ落ちていく。半分を飲み込んだくらいだろうか。下腹はすでにぽっこり膨らんでいた。
ごつごつと奥に先端が押し当てられて、結腸口が少しずつ開いていくのがわかる。不快感から冷や汗が吹き出して、肌を滑る。それにすら感じる始末で、身体を小刻みに震わせていた。
やがて、侵入を拒絶していた最後の砦も破られてしまう。ごちゅっと身体の中で鳴ってはいけない音がして、瞬間爆発でもしてしまったかのような快感に襲われた。
「ーーーーーっ!!」
声にならない悲鳴を上げながら背をしならせる。衝撃で、先程食べた肉片が上がってきて、そのままびしゃびしゃと吐き出した。
「ははは、気持ち良くてよかったなぁ」
「ぎっ、ぃ!あ゛ぁ゛!しぬっ、」
「簡単には死なねえよ。人ってな、案外丈夫なんだぜ?ま、散々見てきたんだ。知ってるよな」
それでもディルドはまだ残っている。息をなんとか吐いて、次にくるであろう衝撃に備える。ぐぽぐぽと結腸口を苛めていたディルドが、そのままそこを越えて最奥に侵入してきた。反射でまた口の中に胃液が上がってきて、思わず吐き出す。ほんのりと血の色を帯びたそれはそのまま床にこぼれ落ちた。
「げぇっ、ごぼっ!ひっ、ぁーーーーーっ!」
物が入ってはいけないところを犯されている。痺れるような快感に意識が飛びかけて、白目を剥いて身体を反らした。でも、意識を失うのなんか許されるわけもなく、視界が白じむ度に膨らんだ腹を殴られて起こされる。
その刺激にさえ感じる始末で。
「ぐあっ、お゛ぉっ!ぐっ、う゛!ぅ、~~~~っ!」
「ひっでぇ声」
情けなく鼻水を滴しながらのたうち回る。出鱈目に、辛うじて残った腕――いやほぼ肩か。それをとにかく動かして快感から逃れようとするが、なんにもならなかった。
もう、イっているのかなんなのか。訳もわからず半狂乱になりながら、その暴力的な快感をやり過ごす。
「ぎゃ、あ゛っ!ーーーーーっ!」
徐に奥を犯していたディルドを勢い良く引き抜かれ、ただ頭が真っ白になった。長い長い絶頂から降りてこられず、だからと言って精を出すことも叶わず、ただ狂ったように全身を痙攣させる。
ばちばちと脳の回路に焼け付くような快感。引き抜かれた後孔はぽっかりと口を開けていた。また何かで蓋をして欲しいと言わんばかりに。
「ぁーーーーっ!」
もう何もわからない。自分が何者であるのかさえ、何処か遠くに飛んでいってしまった。
ただあるのは地獄のような快楽だけ。
「うっせぇよ」
「ぎゃっ」
また、腹を殴られる。蛙が潰れたような声が喉から漏れて、痛みに身体を折り曲げる。頭が痛い。殴られたところも、いたるところが痛い。
そうしてまた、ディルドが肉を掻き分けて身体の中に挿入ってくる。嫌がらせみたいに引き抜かれかと思えば、一気に突き上げられて口からはひっきりなしに喘ぎ声が上がった。
「あ゛ぁ、あっ!んっ、お゛ぉ、ぐっ!」
苦しくて苦しくてどうしようもない。口の端から泡を吹き、男が興味を失うことをただただ祈る。ぎくんと身体が変な風に強張って、ぶつっといやな音がして鼻から血が垂れ落ちていく。何かの拍子に血管が切れたのだろう。それが殴られる度床に飛び散って、濃い染みを作っていた。
ふと、視界の端にキラリと光るものが見えた気がした。なんだと目を向けると、それは太い針だった。
「気張れよ」
瞬間、胸に鋭い痛みが走る。あろうことか、男は針を胸の突起に突き刺したのだ。
「ぎぃっ……!」
「ここにな、ピアスを付けろだってよ」
じんじんとそこが熱い。いやいやと首を横にふると、針が刺さったままのそこを押し潰された。あまりの痛みに、じたばたと足をバタつかせる。
穴が閉じないように金具をつけられて、ドクドクとそこが脈打っていた。
「もういいか。おい、起きろ」
「ぁ、……うっ……」
「たく、しょうがねぇ奴だな」
男はディルドを引き抜くと、そのまま床に投げ捨てた。嗚呼、これでやっと終わる。そう思った瞬間、ごつんと結腸を剛直に貫かれる。一瞬の暗転の後、すぐ衝撃で起こされた。蓋を無くした後孔に男の陰茎が差し込まれたのだと察した。瞬間込み上げる吐き気。ついこの前までただの同僚だった男に犯されている。屈辱的なそれに、涙がはらりと落ちていく。
「ガバマンがよぉ。もっと締めろ」
剥き出しの首に男の手がかかる。そうして体重をかけられて、首が締まる。息が吸えない。血流が止まって、苦しくて逃れたくてのたうち回る。
「がはっ、ぐぅ……!」
反射的に中が締まるのか、男は満足げににたりと笑って腰を打ち付けてきた。バカになってしまったそこは、もうイっているのかさえ良くわからない。
「そーそ、そうしねぇと終わんねぇぞ」
だんだんと頭がふわふわしてきて、目の前がぼんやり霞みだした。このままじゃ、本当に死んでしまう。覚悟は出来ていたはずなのに、突き付けられた瞬間揺らいでしまった。
「う゛ぅ……っ!」
そのまま気絶出来たら良かったのに。或いは死んでしまえたら、楽だったかもしれない。意識が落ちかけた瞬間、首を絞めていた手が緩む。息苦しさから解放されて、咳き込みながら必死になって肺一杯に空気を吸い込んだ。
「がはっ!ごほっ、ごほっ」
「はは、可哀想に」
そんな俺なんてお構い無しに腹の奥まで犯されて、精を吐き出された。汚されてしまった絶望感に脱力して、なにも出来ないでいる俺を見て、男は満足げに笑ったのだった。
「河野の調子はどうだ?」
男は煙草をふかしながら問いかける。
「ああ、今は部下共にまわさせてるところだ。来週辺り、歯ぁ全部抜いて口も使えるようにする予定さ」
男は心底楽しそうに答えると、灰皿に煙草を放り投げ、新たな煙草に火をつけた。
「なんなら、チンコも取っちまうかなんて話してっけど流石に死ぬかな」
「おいおい、いくらなんでもやりすぎじゃないか」
「甘いくらいだろ。なんせ組を裏切ったんだぜ?」
「……それもそうか」
煙がダクトに吸われていく。からからと乾いた音を立てながら、古い換気扇が回っている。
「なんせ、長く生かせって言われてるからよ。とにかく苦しませろって。ヤクのせいか頭バカになっちまったみたいで最近はノリノリだけどな。お前も一回どうよ?」
「病気伝染されそうだからやめとくわ」
「はは、それがいい」
男たちがそんな談笑をしている最中、遠くで聞こえるはずの無い爆発音がした。立て続けに緊急を告げるブザーが辺りに響き渡る。
「なんだ?」
「わかんねぇ」
彼らは知るはずもない。オーバーウォッチの加勢により、ここ、ハシモト組の支部が攻撃を受けていると言うことを。
助け出された彼を見た時、怒りに震えた。酷い暴行の跡も、なくなってしまった腕も、全てが夢だったら良かったのにとさえ思ってしまった。こんなに誰かを憎むことなんて初めてで、仲間に止められていなかったら単身で敵陣に突っ込んでいたことだろう。
俺の大切な友達は、その身を賭して仲間を守ろうとした。その結果がこれだと言うのか。
病院で目を覚ました彼は、全てを忘れていた。己のことどころか言葉さえ喋れなくなってしまったのだ。打たれた薬の量と、暴行の数々のストレスで脳が萎縮しているのが原因と思われるそれは、一時的な物なのか医者にさえわからないらしい。
そんなミズキを、俺は半ば無理矢理に近い形で引き取った。医療の心得は多少あるし、良い刺激になるかもしれないからと、反対意見を丸め込んで、なんなら新しい家も借りて一室に住まわせている。
本当は家族と過ごせたらよかったのだろうが、彼は天涯孤独の身だ。ただの友達だった俺でもないよりか幾分かマシだろう。
「ミズキ」
「あーう」
返事をすると言うことは、こちらの言葉は理解していると言うことになる。事実、口にタッチペンを咥えることによりタブレットの簡単な操作などは出来るようになったし、両腕につける新しい義手の手配も済んでいる。着実に前には進んでいるはずなんだ。
「包帯、替えるから」
「う」
ベッドで微睡んでいる彼に声を掛けて、隣に座るとその身体を抱き寄せる。
「だいぶ綺麗になったな」
包帯をほどいて傷の様子を見れば、かなり良さそうだ。この調子なら、来月くらいには包帯が取れるだろう。身体の傷は少しずつ癒えてはいるが、問題は精神面だった。
頻度は減ってきているが、身体を強張らせてパニックを起こす時があるのだ。それは寝ている時だったり、外に出た時だったり状況はまちまちで、曰く、どれもフラッシュバックのようなものらしい。
記憶がないのに、彼は過去に苦しめられている。
「ミズキ、今日は何が食べたい?」
彼のために、最近はちゃんとした料理を作るようになった。作るようになって思ったのは、彼はどうも肉類がダメらしい。口に入った瞬間戻してしまうので、代わりに大豆を使ってみたり、ギリギリ食べられる卵で栄養を補ってみたりと工夫をしている。
憶測でしかないが、もしかしたら数々の暴行の合間に何か酷いことをされたのかもしれない。
「うーあん」
「冷蔵庫に鮭があるから焼いて……、味噌汁の具はどうしようか」
新しい包帯に替えて、巻き終わると彼は甘えるようにすり寄ってきた。それと抱き止めて、優しく頭を撫で回す。
気持ち良さそうに細められる瞳。こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのに。そう思いながら、ふっと微笑み掛けた。
呻き声が聞こえる。
時計を見れば午前2時。起き上がって隣を見れば、ミズキが苦しそうに足をバタつかせていた。
例の発作が出たのだ。
「ミズキ、大丈夫か!?」
身体を揺すり起こそうとするが、中々目を覚まさない。はくはくと開かれる口。上手く息を吸えないのだろう。苦しそうに歪む表情が、辛さを物語っている。
すぐにサイドテーブルに手を伸ばし、引き出しの中に入っている薬の束を取り出す。いざって時のための精神安定剤だ。アンプルの方は……出来れば使いたくない。とにかくそれを二錠、掌に出して口に含む。サイドテーブルに置いてあった水のボトルを開けて、少量を口に含むと血色の悪い唇に口付けた。開かれた隙間から薬を水と一緒に送り込めば、彼は拒絶することなくそれを飲み込む。後は効くまで待つだけだ。少しでも落ち着くように身体を抱き締めて、優しく頭を撫で続ける。少しして彼の呼吸音が落ち着いてきた。良かった。薬が効いてきたようだ。
「ミズキ」
名前を呼ぶ。聞こえているのかいないのか、彼は涙に濡れた目を開くと、短く呻いた。まあ、すぐに瞳は閉じられてしまったけれど、でも、それでいい。彼が安らかに眠れるのなら、それでいい。
彼の隣にそのまま崩れ落ちるように横になり、目を閉じる。彼のそばにいることを望んだのは己だ。このくらいでへこたれるわけにはいかない。
「俺、頑張るからさ」
発した言葉は、夜の闇に溶けるように消えていった。
オーダーしていた義手が届いた。軽くて、多少のことじゃ壊れない奴。そこそこ良い金額が吹っ飛んだが、これで彼が喜んでくれるなら安いくらいだ。
「良かったなミズキ」
「うあん」
嬉しそうに義手を眺める彼を見て、自然と顔が綻ぶ。気に入ってくれたみたいで良かった。これで彼の出来ることが増える。
「俺、ちょっと外出てくるけど待っていられるか?」
「あー」
今日はどうしてもはずせない用事がある。出来ればそばにいてやりたいけど、最近は一人で留守番することにも慣れてきたみたいだからきっと大丈夫だろう。
「じゃあ、行ってくるな」
「うー」
立ち上がり、鞄を持つと彼に手を振る。いつもならそのまま玄関まで着いてくるのに、彼はなにやらタブレットに夢中だった。義手で操作出来るのが嬉しいのかもしれない。鍵を閉めて、目的の場所へと急ぐ。
ふとマンションを見上げ、自分が住んでいる部屋に目を向けると、窓越しに彼が立っているのが見えた。手を振ってくれている。義手、使いこなせてるな。そう思いながら手を振り返すと、彼は微笑んだ。
駅にたどり着いて、タブレットを操作する。彼が何か困ってないか気になったからだ。
大丈夫そうか?と文字を打って送信すれば、既読はすぐに付いた。でも、一向に返事が返ってこない。寝てしまったのだろうか?でも、なにやら嫌な予感がする。確証はないけれど、一度確認しに戻った方が良いかもしれない。
ほら、それで何もなかったらそれはそれで安心だしさ。己に言い聞かせて、来た道を戻っていく。相手には一言詫びを入れた。申し訳ないけれど、駅からはなんやかんや10分くらいかかるので急ぎ足で。
そうして住んでいるマンションに戻ると、エントランスを抜けてエレベーターで上に上がっていく。部屋の前に立ち、鍵を開ける。
「ただいま、忘れ物したから戻ってきたんだけど……ミズキー?」
迎えはない。それにも違和感を覚えながら部屋をノックして扉を開けると、何故かクローゼットが開いていた。
地面に彼の足が投げ出されている。
「そんなところで寝てたら風邪引くぞ?」
近付いてクローゼットを覗き込めば、そこで彼は首を吊っていた。
ふわふわと、宙に浮いているような感覚。苦しさも、辛さももうここにはない。魘されることもきっとないのだろう。一面の花畑の中、俺は立ち尽くしていた。
俺は死ねたんだろうか。苦しさから逃れたい一心で、衝動的に首を吊って。
空は青く澄んでいて、手を伸ばせば届いてしまいそうだった。晴れやかな気分、それでも気になることが一つ。
でも、ここにはあいつらはいない。
自分で選んでおきながら、後悔をしている。酷い話だ。最後に彼を思い切り傷付けて、逃げようとしているのだから。
遠くで声がする。あいつの声だ。何を言っているのか、声がする方に歩きだす。
「ミズキ、聞いて」
声の発信源は泉の中だった。水面に、彼が写り込んでいる。
「俺さ、ミズキのことが好きなんだ。もう誰にもわたしたくないくらい、君のことが好き」
知ってる。
「だからさ、俺と一緒に生きて欲しいんだ。一緒に生きて、それで、一緒に死のう?」
今にも泣きそうな表情で、彼は言う。
それは無理な話だ。だって、死ぬ時は皆一人なのだから。
「どんな方法でも良いから、約束するから。こんな世界で生きて欲しいなんて酷なのはわかってる。エゴなのも……でも、生きていて欲しい」
「……」
まだ、生きていたいなんて思うのは虫がいい話かもしれない。泣かないで欲しいなんて思うのも、俺のエゴだ。
それでももし許されるのならば、俺も彼と、ウーヤンと生きていたい。目の前の光り輝く泉に身を投げる。それで戻れるのかはわからないけれど、何かしないといられなかった。
水が絡み付いてくる。息が出来なくて、苦しくて、苦しくて仕方ない。
それでも、俺は戻らなければならない。
「ミズキ」
彼が俺の名前を呼ぶ。それを頼りにがむしゃらに泳いで、ようやく門にたどり着いた。
戻れば、きっと俺はいろんなことに苦しむことになる。それでも、それでも俺は彼と生きていたかった。
「……そんな言わんでも聞こえとるばい」
喋り方を忘れたはずの口が、言葉を紡ぐ。慣れた言葉で、自然に。
「ミズキ?」
彼が驚いたように、ベッドに横たわっている俺を見た。
「ウーヤン、本当に俺なんかでよかと?」
「……ミズキがいい!俺は君と生きていたい!」
「物好き……俺も、お前がいい」
ぎゅっと彼が抱きついてくる。締めすぎて身体が軋む。ちゃんと痛い。
俺はまだ、生きている。