キョカラ
カラスバさんがいなくなった。
サビ組の人もどこにいるのか分からない。位置情報も、何もかもがある場所で途絶えていて、わからないのだ。
なんで、なんで。どこにいるの。
焦る日々。なんの情報もないまま、もう7日も経ってしまった。とにかく時間がない。カラスバさんのことだから簡単には折れないだろうと思っているが、それでもどうなっているのかわからない以上早い方がいいに決まっている。
恐らく他の組織が関係しているだろうと言うジプソさんの言葉で、サビ組全面協力の元、MZ団の皆とも協力して、場所を特定したのがついさっきの話だ。
倉庫の扉を前に、サビ組の皆さんが前に出る。そうして扉を蹴破って、中に入った。
「カラスバさん!」
そこに、確かにカラスバさんはいた。
誰かが何かを叫んで、デウロやタウニーにそれを見せないようにしていたのは覚えている。
俺は、その光景を生涯忘れないだろう。
何かで赤く濡れたベッドの上に、カラスバさんがいる。制止も無視して駆け寄れば、現実は俺に残酷な物を見せてきた。
手足が無いのだ。
「あ、あぁ……っ、」
血に濡れて、青白い顔。瞬間、憎悪で身体がかっと熱くなる。そうして我を失いかけた時、カラスバさんが小さく呻いた。
彼はまだ生きている。
「カラスバさん!!カラスバさん!!」
ベッドに張り付いて、目一杯叫ぶ。そうすると、カラスバさんはその眼をゆっくり開いた。
「きょ、や?」
「俺だよ!キョウヤだよ!」
がらがらに枯れた声で、カラスバさんが俺の名前を呼んだ。そこで、ジプソさんに引き剥がされる。そこから先の記憶がない。
はっと目が覚める。悲鳴と共に飛び起きれば、全身冷や汗でぐっしょり濡れていた。慌てて隣を確認する。
「ん、キョウヤ?なんやまた怖い夢でも見たん?」
カラスバさんは眠そうに目を瞬かせながらこちらを見ていた。良かった、夢だ。全部全部、悪い夢。
「ごめんなさい。起こしちゃいました?」
「いや、ええよ。大丈夫、オレが守ったるさかい」
後ろからカラスバさんを抱き締める。怖くて、身体が震えていた。頭を撫でてくれようとしたのか、伸ばされた腕、二の腕より下のない、腕。
夢じゃないんだよ。そんな都合の良いこと、あるわけないよね。知ってる。
「カラスバさん」
「ん?」
「居なくならないでね?」
少し考えるような素振りをして、カラスバさんは頷いた。
「俺が守るから」
助け出されたカラスバさんは、四肢の全てと、一部の臓器を潰されていた。簡単に死なないように、随分と周到に、それでいて徹底的に拷問を受けたようだと、せがみにせがみまくった末にジプソさんが教えてくれた。
それでも、あの状態で生きていたのは奇跡みたいな物で、結局一年以上もカラスバさんは病院から出てはこれなかった。当たり前だ。あの大怪我なのだから。
「オレ、しぶといねん。簡単には殺られへんよ」
ようやっと喋れるくらいに回復した日に、カラスバさんはそう言って笑った。
笑えない、と思った。
あの日から、俺はカラスバさんが世界の中心になったんだ。
「カラスバさん、ご飯出来ましたよ」
「おーきにな」
カラスバさんの隣に座って、スプーンを持つ。
「何から食べますか?」
「んー、スープ飲まして」
言われたとおり、ちゃんと裏漉ししたコーンスープを掬う。温度は人肌に冷ましてあるから、大丈夫。
退院してから、俺はカラスバさんに付きっきりになった。一時も離れていたくなくて、今では半ば転がり込む形でカラスバさんの家に住んでいる。だって、あんなこと二度とあってはいけないから。
「キョウヤ、料理上手なったよなぁ。最初野菜切るんにもぴーぴー言っとったんに」
「もー、何年前の話ですかそれ」
もうあれから五年になるか。そこまで一緒にいれば、なんとなく何を考えているかなんてわかるもので。最初でこそうまく行かないことも多かったが、今では穏やかな日々を過ごしている。
「ごちそーさん」
「お皿、片付けてきますね」
立ち上がって食器を持つと、キッチンへ移動する。食洗機に立て掛けて、後は扉を閉めるだけ。これならなるべく時間をかけたくない俺でも出来る。
「カラスバさん、トイレ出ます?」
「今は大丈夫や」
彼はオムツをすることだけは嫌がった。だから、トイレの度に俺が全部補助をしている。まぁ、その気持ちはわからないこともない。まだ意識のある状態でオムツは流石にプライドが邪魔するんだろう。
嫌じゃないのかって?そんなわけないじゃないか。だって、カラスバさんの世話が出来るなんて光栄なことだから。
「今日は予定もありませんから、ゆっくりしましょうか。何処かに出掛けますか?」
「いや、今日は家でゆっくりしよ」
「そうですね。最近忙しかったですもんね。ゆっくり休みましょうか」
カラスバさんを抱き抱えてソファへ移動する。深く沈むように腰掛けた彼を微笑みながらながめると、自分も横に座る。
「キョウヤ、キスして」
「ふふ、いいですよ」
強請られるがままに唇にキスを落とす。確かめるように何度もそうしていると、カラスバさんの方から舌を差し込まれた。冷たい舌が絡められて、じわりと暖かくなっていく。
これはお誘いかな。最近忙しくて出来てなかったもんね。頭に手を添えて舌を甘く食めば、カラスバさんの身体が震えた。
「っ、ふふ……ベッド行く?」
「ん」
小さく頷いた彼を抱き抱えて、寝室へと向かう。そのまま優しくベッドに横たわらせて、覆い被さった。
「キョウヤ、」
「ん、なぁに?」
「オレでええん?」
「当たり前じゃないですか。不安になっちゃった?」
伸ばされた腕の先にキスを落とす。慈しむように、それこそ壊れ物に触れるように。そのまま舌を這わせれば、カラスバさんの頬がかあっと色付いた。
可愛い人。愛しくてしょうがないのに、それをわかってくれないのだから。
「キョウヤ」
「絶対に逃がしませんからね」
トレーナーを脱がせて首筋にぢゅっと吸い付く。残した跡を指でなぞれば、びくりと身体が跳ねた。
「カラスバさんは酷い人だ。俺は好きで貴方の世話をしているのに。もう俺なしじゃ生きれないくせに突き放そうとするんだから」
身体中に走る傷痕をなぞる。それは昔からあるものもあれば、あの時付けられたであろう物もあって、それが腹立たしくて吸い跡を残していく。
「んんっ、」
「カラスバさん、好きって言って」
「っ、きょうや」
好きや。小さく吐き出された言葉に、口角が上がる。そうやって縋って欲しい。もっともっと、俺に依存して欲しい。
「愛しとるよ」
薄暗い部屋に、彼の言葉がそっと響いた。
追い詰める、追い詰める。確実に、確実に。
「ねぇ、何処まで逃げるんです?」
薄暗くてじめじめとした水道に、足音。響く声に感情はない。
どうでもいい。どうでもいいけど、特別だから。にこやかに笑いながら後を追う。そうして辿り着いた行き止まりで、その人はしゃがみこんで両手を上げていた。
「命だけは、命だけは助けてくれ」
「命乞いだ。あは、はじめて聞いたなぁ」
後ろをみんなが塞いでくれて、逃げないように取り囲んでくれたから、ふっと微笑んでゆっくり近付く。
「もう逃げられないね」
「ひっ!俺には妻も子供もいるんだ!」
ばん。銃声が一つ。
「ぎぃっ!」
「まずは1本」
ぬかるんだ地面に、どしゃっと腕が落ちる。この人は例の誘拐事件の実行犯のひとりだ。だからどうでもいいけど特別。
「ねぇ、ほんとは爪からはじめてもよかったんだけどさ、でも時間が勿体ないもんね」
ばん、また銃声。
今度は彼が動いたから、中途半端に皮だかなんだかがひっついてぶらぶらと揺れていた。
腐りかけの果物みたいだな、と思った。
「……助けてくれぇ!」
半ば呻きに近い声でそれがまわりに助けを求める。助かるわけないのにね。
地面を腹這いになっているそれの横腹を何度も蹴り上げて、上を向かせる。
「まだ2本だよ?」
カラスバさんは耐えたでしょ?にっこり笑えば、彼の顔がさあっと青くなる。
そうして、死神だなんだと呟き始めるから、間髪いれずに3発目を発射する。
ぎゃっと間抜けな声がして、でも足は繋がったままだ。そりゃあそう。だって、手首くらいなら飛ばせるけど、そこまでの威力はないから。
そうして、何度も弾を撃ち込んでいく。赤が地面にひろがっていって、鉄臭い臭いが鼻を突く。
「キョウヤ様」
「ん、なに?」
「その人、もう死んでます」
「え!?このくらいで!?」
カラスバさんは耐えたのに?雑魚過ぎない?ぴくぴくと痙攣を起こしているそれの頭を、こめかみを狙って蹴る。ぐしゃっと嫌な音がして、それが身体を変に曲げながら壁に跳ね返った。靴に赤が着いて、ああ、後で交換しようなんて思う。
「じゃあ、後任せるね」
「はい!」
銃を預けて上着を羽織る。もうそろそろカラスバさんが仕事を終える頃だ。早く事務所に戻らないと。
「お帰り、キョウヤ」
片腕だけ義手を着けたカラスバさんがこちらを見る。カラスバさんは四肢がなくなっても、サビ組の頂点に君臨したままだった。それはそれだけ頭脳があると言うことだ。
「今日は遅かったやん?またバトルでもしてたん?」
「ええ、そんな感じです」
俺がしていることを、カラスバさんは知らない。俺がいなくなる時はいつもバトルをしていると思っている。いやまあ、バトルは好きだけどさ。
「お仕事終わりました?」
「おう、ちょうど終わったとこやよ」
「じゃあ帰りましょうか」
荷物を準備して、カラスバさんの乗った車椅子のグリップを握る。
「なあキョウヤ」
「はい、なぁに?」
「……なぁ、何人目や」
カラスバさんが鋭い目でこちらを見る。それは彼が人を追い詰める時のそれだった。
「……」
「オマエから火薬の臭いがすんねん。それと嗅ぎなれた生臭い臭いがな」
「ふふ、バレちゃいました?」
まあ、もとより意図的に隠していたわけじゃないし。にっこりと微笑んで、手をパーにして顔の前に上げる。
「5人目です」
「……」
「後、処理したのが6人。立ち会ったのが8人かな」
ぴりっとした空気がとたんに柔らかくなって、カラスバさんがため息を吐く。そのまま車椅子にがっと寄りかかって、脱力した。
「本当は、こんな綺麗な手汚してまってって泣こ思っててん」
「はい」
「オマエが思ったより殺しとってビックリしたわ。はー、おもろ」
「爪剥ぐの、上手くなったんですよ?」
果物の皮みたいに、と言えば、眉間の皺が濃くなった。
「ほんに……、オマエなんなん?」
「普通の人間ですよ」
後ろからカラスバさんをぎゅうっと抱き締める。そうすると、彼は義手を持ち上げて、ぽんぽんと頭を叩いてきて、ふと昔を思い出した。
「あほ、普通の人間は人殺さへんねん」
「それはそう」
「キョウヤくん怖いわぁ。カラスバさん漏らしてまいそう」
「あっ、それは見たいですね」
あほ、カラスバさんがそう言って、いつもの調子で睨み付けてくる。ちゅっと無防備な頬にキスを落として、車椅子のグリップを握り直した。