キョカラ
初めて会った時、素直にこれは運命だと思った。
あの人は上手く隠したつもりだろうけど、俺は誤魔化されない。
この世の中には、バース性というものがある。αだのβだの、Ωだのと言うアレだ。意味のわからないことに、世界はそんなカテゴリー分けに依存しきっていた。
俺はどうやらαになるらしい。学校に通っていた頃受けた検診で自分がαだと知った時は、正直面倒臭いと言うのが本音だった。
昔はもっと差別的だったと聞くけれど、今では多少緩和されたように思う。それでもきっと、αの俺にはΩの苦労はわからない。
あの人がΩかどうか、本人に聞くなんてマナー違反の何物でもないので聞かないが、俺は確信していた。間違いない。あの人は俺の運命の番だ。俺の中に流れるαの血が、それを告げている。
絶対に落とす。そう心に決めて、アプローチをかけたのがつい1ヶ月前。そう、αの全力のアプローチを、1ヶ月もの間あの人は躱し続けたのだ。
もしかして、脈なし?でもその割に、俺を気に入ったと言ったあの人は、理由をつけてはあれやこれやと世話を焼いてくれている。それじゃあ、気のせい?運命の番なんて、本当は存在しないのではないか。なら、なんで俺ばかりがこんな焦がれているんだろう。
「カラスバさん、好きです」
「またかいな。何度言ったらわかるん?オレ、もう番持ちやで?」
嘘つき。じゃあなんで、ヒートじゃなくても強い抑制剤を飲んでいるんだ。タートルネックで項を隠していてもわかるのに、この人はいつも嘘をつく。
離せないくせに、俺を突き放すのだ。
「カラスバさん」
「せやから、オレなんかやめとき?ろくなことにならんで?」
泣きそうな目で言う癖に、決してすり寄らせてはくれない。なら、どうしたら良いのか。
「オマエやったら好い人なんていくらでもおるやろ?だから……」
そんなこと聞きたくないのに。
「カラスバさん」
「……、そろそろ帰りよし」
「……すみません。また来ますね」
逃げるようにその場を後にしたのだった。
ある日も俺はサビ組の事務所へ通い詰める。だって、最初にいつでも来て良いって言ったのはカラスバさんの方だし。
いつものように扉を潜って中に入れば、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
これってもしかして……と中を覗けば、明らかに具合の悪そうなカラスバさんがそこにいた。
「カラスバさん!」
「……っ、キョウヤ?」
「大丈夫ですか!?」
慌てて近付けば、より甘い香りが濃くなって、ぐらりと視界が揺れる。頭を殴られたような衝撃と、抗えない本能。すんでのとこでなんとか耐えて、カラスバさんの背中を擦る。
「んんっ、……!」
艶っぽい声が漏れて、今すぐにでも押し倒してしまいたい欲をぐっと堪える。これは、あまり長くは持たない。なんとかそれまでに、せめてでも横になってもらいたい。
「カラスバさん、動けますか?」
「キョウヤ……あかん、今来たら。オレは大丈夫やからっ」
「わかってます、それでも心配なんです!」
今襲ったら、襲ってしまえたら俺達の関係は変わるだろうか。いや、そんなのダメだ。嫌われたくない。頬をつねって、カラスバさんの肩に手を回す。ふらふらしながらも、ゆっくり立ち上がったカラスバさんを支えながら、ソファを目指す。あんなに近いのに、こんなにも遠い。
「キョウヤ」
「大丈夫……俺、貴方か嫌なこと、絶対しないから」
玉のような汗が額を伝って落ちていく。耐え難い渇きに襲われながらも、それでも辛うじて正気を保てているのはほとんど奇跡に近かった。なんとかソファまでカラスバさんを運び終えると、そのまま横にならせる。そうして距離を取ろうとすると、腕を掴まれた。
「カラスバさ……」
「きょーや」
抱いてくれへんの?確かに彼はそう言った。
そこから先の、記憶がない。
半ば強引だったかもしれない。予定外のヒートに、たまたま居合わせたキョウヤ。チャンスだと思った。思ってしまった。
あんなに遠ざけるようなことを言ったのに、離したくなくって。ズルい大人やで、まったく。
「あ゛、あぁっ!♡♡……きょうやぁ、♡♡」
「フーッ、フーッ」
わざとらしく名前を呼ぶ。繋がった場所がぐちゅりといやらしい音を立てる。可哀想に、ヒートにあてられて、こんな獣剥き出しのセックスに巻き込まれて。
「んあっ♡キョウヤぁ、それっ……おかしなる♡♡」
キョウヤからの返事はない。当たり前だ。フェロモンに飲まれて、我を忘れているのだから。
乱暴に腰を打ち付けられて、ぞくりと鳥肌が立つ。気持ちいいのが溢れて、受け止めきれずに涙としてぽろぽろとこぼれ落ちていく。
別に、乱暴にされるのは慣れているし。それが好きな人ならば、尚更、何をされてもかまわなかった。だから何故自分が泣いているのか、わからなかった。
惨めたらしくて、しょうがない。
「はぁ、あ゛、♡♡んっ♡♡きもちいっ♡♡もっと、ほしっ♡♡」
腰を自分から揺らしながら、希う。奥に吐きかけるように精を出されて、多幸感と虚しさでどうにかなってしまいそうだった。
苦しい、こんなにも満たされていると言うのに。
「~~~~っ!♡♡♡」
「うぐっ……!はぁっ」
同じく苦しそうなキョウヤの頬を撫でる。キスが欲しい。愛されたくて、愛されたくて。でも、この行為に愛はなくて。それが苦しさの理由なんだろう。そんなことはわかっている。
「っ、ふぅ♡♡う゛ぅ……キョウヤぁ♡♡」
このまま、貰うものだけ貰って逃げてしまおう。キョウヤの手の届かないところまで。
だって、愛されることには慣れていないから。
「はぁ、から……すばさんっ」
キョウヤが途切れ途切れにオレの名前を呼ぶ。離さないと言わんばかりに抱き締められて、びくりと身体が跳ねた。
好きだ。好きなんだ。でもだからこそ、自分みたいな日陰者と同じ道を歩ませてはいけない。諦めなくてはならない。それがたまらなく辛くて苦しくて、踠くようにしがみつく。
「きょうやぁ♡♡」
ちゅ、と唇にキスをして、そのまま意識を手放した。