スタレ



「セックスしないと出れない部屋だぁ?」
 固く閉ざされた扉を横目に、思わず口を開く。
「……ええ、そう書かれていますね」
 横にいるアルジェンティは、気まずそうに言った。そりゃ、そんな反応にもなるだろ。なんだよその捻りも何もない部屋は。
 試しに蹴りを繰り出すが、扉はびくともしない。それならと銃をホルスターから抜いて何発か撃つが、傷一つ付かなかった。
「ホーリーベイビー、マジかよ」
 思わず口から言葉が漏れる。専門外だから断言は出来ないが、恐らく何かしらのプロテクターがかかっているのだろう。
 アルジェンティが槍を振るうが、これも同じ結果に終わった。いよいよどうすれば良いのか分からず頭を抱えていると、真剣な面持ちのアイツが口を開く。
「ここはやはり、書かれている言葉の通りにするしかないかと」
「なんで乗り気なんだよ。物分かり良すぎるだろ」
 オレぁ、サイボーグだぜ?残っている部位なんざ脳くらいの、正真正銘金属の塊だ。そんなの抱いてもつまらねぇだろ。
 いや、なんでオレが抱かれる側なんだよ。渋滞するツッコミに頭がいっぱいになっている中、アイツは続ける。
「誰かの助けが来るのを待つにしても、どれぐらいの時間がかかることかわかりません。先程確認しましたが、電波が阻害されているのかメッセージすら送れませんでした」
「あ?」
 慌ててスマホを取り出し、こう言う状況で助けになりそうなヤツにメッセージを送ろうとするが、送信失敗の文字が表示されるだけだった。
「マジかよ」
「僕はどちらでも構いません。貴方が僕を抱きたいと、そう思ってくださるのでしたら喜んでこの身体を差し出しましょう」
「だからなんでそんな乗り気なんだよ。そもそも、オレにそんな機能はねぇんだって」
 実際問題、オレにはイチモツもなけりゃ穴もない。そう言う目的で作られた身体じゃねぇから、生殖器に値する物は削ぎ落とされている。性感があるのかすら怪しい。
「それとも、僕とそう言う関係になるのは嫌ですか?」
 なにが問題って、そこなんだよ。……嫌じゃねぇんだ。
 これが一緒に入ったのがその辺の人間だったら「運が悪かったな」で眉間をぶち抜きゃ終わる話なんだ。相手がいなけりゃセックスは出来ねぇからな。
 でも、オレはこの純美の騎士に同じことは出来ねぇ。そうするにゃ、相手を知りすぎた。
「……別に嫌じゃ、ねぇけど」
「けど?」
「アンタは良いのかよ。そもそもオレなんかに勃たねぇだろ?」
 頼むから、逃げ道をくれ。この気楽な関係を終わらせたくはない。それでも無言のままのアイツは、じりじりと距離を詰めてきている。
「なんか言えよっ」
「僕は貴方が相手なのでしたら何をされても構いません。いや、こう言うべきなのでしょう。僕は貴方のことが好きです」
 つらつらと、恥じることなく述べるアイツに、こっちの方が恥ずかしくなって思わず目線を反らす。
「本当はこのようなタイミングでお話するつもりはありませんでしたが……これもイドリラ様のお導きなのかもしれません。勿論強制をするつもりはない。貴方が選んでください」
 そっと抱き締められ、身体が硬直する。ふわりとバラの匂いが香って、それで。
 ああ、きっと生身だったらもっと心臓の鼓動が煩かったろうな。
「別にアンタのことは嫌いじゃねぇよ……そもそも嫌だったらとっくにド頭ぶち抜いてんだろ」
 辛うじて言葉に出来たのがこれだった。どうしても、好意を口に出したくはない。多分だけど、失うのが怖いんだ。
「ああ、貴方は本当に可愛らしい人だ」
 それでも満足そうに笑うアイツに、ああ、もう逃げられやしないんだと察する。壊れ物でも触るように頬に手を添えられ、その温かさに目眩がした。
「っ、アルジェンティ」
「さぁ、これで僕たちの心は通じ合いました。これはすなわち、セックスをしたと言っても過言ではない。違いますか?」
 アイツは扉に向かって高らかに宣言をした。アンタは何を言ってるんだ。そう心の中で思わずツッコミを入れる。扉は考えでもしているかのようにしばらく沈黙した後、気の抜けた「ピンポン」と言う音と共にがちゃりと鍵が開いた音がした。
「は?えっ、嘘だろ」
「ああ、良かった。これで外に出られますね」
 判断基準、甘過ぎだろ。何がセックスしないと出れない部屋だ。ホーリーベイビー、とんだ茶番じゃねぇか。
「えっ、オレ、今から抱かれるんじゃねぇの?」
「おや、乗り気でしたか。こんな誰が見ているかもわからないような空間で貴方を暴きたくはなかったのです。お許しください」
 ああ、勿論逃す気はありませんよ。耳元でそう囁かれ、思わずびくんと身体が跳ねる。
「この後の予定ですが、貴方は空いていますか?」
「……空いてねぇって言ったら?」
「今すぐにでも抱えて僕の船に運びます」
「ハッ、なんだよそれ。断れねぇじゃん」
「断る気もないでしょう?」
 自信ありすぎだろ。キューティーが。そう呟きながら、腕を背中に回しぎゅっと抱き締め返した。



 それがつい半刻前の話。誘いを断れなかったオレはそのまま抱えられ、宣言通りアイツの船の中にいた。
 綺麗に整えられたシーツの上に、優しく落とされると、きしりとベッドのスプリングが軋んだ音がする。
「なぁ、本当にこのまま抱く気かよ?」
「ええ、そうですが?嫌ですか?」
 彼が捨てられた子犬のようにこちらを覗き込んでくる。ああ、オレはそう言う顔に弱いんだよ、やめろ。
「嫌じゃ、ねぇけど……オレはサイボーグだぜ?」
「知っています。そんな貴方を好ましく思います」
「ぐっ、それに、穴だってねぇ」
「構いません。挿入するだけがセックスではありませんから」
 鋼の意思かよ。全然揺らがねぇじゃん。一周回って面白くなってきた。
「そうかよ」
 ふっ、と微笑めば、それを肯定と受け取ったのかアイツがゆっくり覆い被さってくる。
「それならまず、その鎧を脱ぎな。もう逃げねぇから」
「ああ、そうでした。すっかり忘れていました」
 もう覚悟を決めた。良い、抱かれてやるよ。そう熱っぽく囁く。するとアイツは、ベッドの上から退き、部屋の片隅で鎧を脱ぎ出した。それをぼんやり眺める。
 いや、知ってたけどすげぇ筋肉バキバキじゃん。そりゃあんな重たそうな鎧を着込んでいればそうもなるか。でもそれだけじゃない。純美の騎士を構成するそれは、明らかに研鑽を重ねたからこその成果だった。
 それを格好いいと思うのだからもう今更なのかもしれない。
「ふふ、そんな目で見ないでください。もう少しですから」
 視線に気付いたアイツが言う。そんな、まるでオレが待ちかねているかのような言い方をしやがって。そんなことねぇっての。
「ほら、お待たせしました」
 鎧を脱ぎ終えた、黒いインナー姿のアイツがこちらに近付いてくる。
 蛇に睨まれたカエルのように動けないでいると、アイツはまた上に覆い被さってきた。
「本当にヤるんだな?」
「怖くなりましたか?」
「んなわけねぇだろ、ダーリン」
 そのまま、近付いてきたアイツの額にキスをする。返事なんて、それだけで十分だった。
 今更だが、オレに生殖機能はない。それに付随して、性感そのものがない可能性すらある。試したことがないのだ。いや、試す必要もなかったと言った方が正しいか。
 だから触られたって、どうってことない……筈だった。
「っ、う……、んんっ」
 それなのに、おかしい。ただ身体を撫でられているだけなのに、どうしてだか気持ちが良い。その懐かしいとすら思う感覚から逃れようと身を捩れば、それは許さないとばかりに体重をかけられ身動きが取れなくなる。
「ふふ、ちゃんと感覚があるようでよかったです」
「あっ、だって、おかしいっ」
 装甲の継ぎ目をなぞるように優しく撫でられ、身体が跳ねる。なんでだよ、こんなの聞いてねぇぞ?
「おかしくなんてありませんよ。気持ち良くなって良いんです。ほら、ゆっくり息を吐いて、もっと集中してください」
「っ、あっ……んんっ」
 穏やかな声で言い聞かせるように囁かれ、それにさえ反応してしまう。どちらあからともなく唇を重ね、貪りあう。歯で舌に傷をつけないように気を付けながら絡めれば、飲みきれなかった唾液が口の端からこぼれ落ちていく。
「ん、ふっ……はあっ、ぅ」
 上顎を擽るように刺激され、アイツの服をぎぢっと掴む。ああ、キス気持ち良い。
 誘うように自分から足を絡ませれば、布越しにぐりぐりと勃ち上がったそれを股に擦り付けられかぁっと顔が熱くなった。それと同時にちゃんとオレで興奮してくれてるんだ、と嬉しくなる。
「んっ、あるじぇんてぃ……」
「ふふ、蕩けていますね。可愛らしい……」
 でも、オレはアンタにもっと気持ち良くなって欲しい。でも、多分だけどこの硬い身体じゃ無理だ。だったらと、思い付いたことを述べる。
「アンタさえ嫌じゃねぇなら、その……口でしてやろうか?」
「っ、そんな……僕のことは気にしないでください」
「そうはいかねぇよ。やられてばかりじゃフェアじゃねぇだろ」
 何とか退かせようと力を入れるがびくともしねぇ。今更だがこいつ、本当に生身の人間か?
「それとも嫌か?」
「嫌だなんてとんでもない。……そうですね。貴方が良いと言うならば、是非」
 もぞもぞと上から退いたアイツは、少し考えた後、座り込んだ。なんとなく気だるい身体を起こし、股間に顔を近付ける。
 スラックスに手を掛け、勃ち上がったそれを取り出せば、予定より一回りは大きいものが現れた。え、でかくね?顔に似合わず凶器じゃねぇか。
「どうしました?」
「いや、なんでもねぇよ」
 先走りの滲む陰茎をそっと手で包み、先端にしゃぶりつく。苦いと言うかなんというか、独特の風味が口の中に広がり、こいつもちゃんと人間なんだと再確認する。
 舌先で擦るように刺激し、更に滲み出て来た先走りを少しずつ飲み下す。
「きもちいいか?」
 舌ったらずに喋り掛ければ、ふふっと笑みながら頭を撫でられた。その動作にこんなとこまで絵になるのかよ、と思わず見惚れる。
「ええ、気持ちいいです。上手ですよ」
 吐息混じりにそう言われ、調子に乗って飲めるとこまで飲み込んでみた。流石に他人のちんこなんか舐めたことはねぇけど、どうすりゃ気持ちいいのかぐらいは覚えている。
 唾液を多めに絡め、飲みきれないところは指で刺激すれば、アイツの呼吸が乱れ始めた。
「っ、はぁ……ブートヒルさん」
 何もありはしない下半身がずくっと重くなるような感覚に、懐かしさを覚える。たく、そんな声で呼ぶんじゃねぇよ。
 とにかく歯を当てないよう気を付けながら出し入れを繰り返すと、目の前の腹筋がピクピク動くのがわかって、ちょっと面白いと思ってしまった。
「んんっ、ふっ……ぅ、ん゛っ」
「ブートヒルさん、そろそろっ、離してください」
 そろそろ限界なのか、余裕のない声でそう言うアイツに一つ仕返しをしてやろう。そのまま陰茎にしゃぶりつき、じゅるじゅると精を吸い上げる。すると、その時はすぐに来た。
「あぁっ、」
 一際高い声で喘いだかと思うと、口の中にねばついた精がびゅくびゅくと吐き出される。青臭ぇ。アイツのじゃなけりゃ、飲もうなんて思わなかっただろうな。
「ごほっ、げほっ」
「大丈夫ですか!?」
 気管に入ってしまい咳き込むと、はっと正気を取り戻したアルジェンティが申し訳なさそうに背中を擦ってきた。口の中のものをなんとか飲み下し、口を開けて飲みきったことをアピールする。
「っ、!」
「ほら、綺麗に飲めたろ」
「貴方って人は全く……でも、とても気持ちよかったですよ」
「ハッ、そいつはどうも」
 これで終わりか、とベッドに寝転ぶ。なんとなく、感覚が生きているのはわかったけれども、これ以上はやりようがねぇ。
 いつもとは違う神経を使ったからか身体が気だるい。このまま寝てしまおう。そう思ってうつ伏せになった時、アイツの手が充電口の縁を撫でた。
「あ゛っ、」
 瞬間、びりびりと脳天を突き抜けるような刺激に身体が驚いてびくつく。なんだ、今、何された?
「ここが良いのですか?」
 良い場所を見つけたと言わんばかりに微笑むアイツに、サァっと血の気が引く。
「っ、そこはデリケートなところなんだよ!あんま触んなっ」
「そうでしょうね。……貴方に何かあったら困りますから、今日はここまでにしておきましょうか」
 それを聞いて、ほっと身体から力が抜ける。アルジェンティに限って、オレの義体を雑に扱うわけないとは思うが、流石に今日は疲れた。
 ふわふわと意識があやふやになりはじめた時、アイツがそっと囁く。
「ふふ、愛しています」
「……オレも」
 アイツの腕の中で、温もりを感じながら目を閉じた。
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