スタレ

※特殊設定現パロ



 久方ぶりにクソ実家から連絡があった。正確に言うなら両親はすでに他界しているため、本家からなのだが。それはまぁ置いておくとして。
 着信拒否をしている番号でなく、わざわざ違う番号から電話を掛けてきやがったもんだから、つい出ちまった。正直に言うと関わりたくなくて、本当なら即切ってやろうとしたが、世話になっていた祖母の手前、用件だけでも聞いてやろうと問いかけると、なんでも祖父が危篤らしい。
 ザマァ見ろ。そう言いかけて口を噤みつつ状況を聞けば、明日にでもどうにかなってしまうかもしれないらしい。
 祖母が涙ながらになんとしても帰ってこいだなんて言うもんだから、嫌々ながら実家に顔を出す羽目になったのがつい昨日の話。
 丁度いいことに、勤め先の会社では夏の連休の話が出ているところだ。ちと急だが、調整出来ないことはない。
 家にはあの娘がいるが、もう成人している。心配だがあの腐れた環境に連れていくよりか置いていった方がいいだろう。
 危篤ってんなら仕方がない。オレも別に鬼じゃねぇし、最期くらい顔を合わせてやるか。そう思って、田舎も田舎、ド田舎にある実家に帰ることになったのだった。
 ……何故わざわざクソ実家と言ったのか。それには深い訳がある。まず、実家が呪い屋と言われたらどうだろうか。まぁ、世の中広いしそう言うこともあるかもしれない。なら、新興宗教紛いのことをしていると来たら?正直関わりたくないのが普通のことではないだろうか。オレは関わりたくない。だから半ば一方的に関係を切った。それでも詰めが甘かった訳なのだが。
「つくづく運のねぇこった」
 懐かしい風景が見えてくる電車の中、ひとり呟く。周りには誰もいない。
 それもそうか、平日昼間なのだから。
 あれから電話はない。ってことはまだ祖父は生きているのだろう。会いたいとは思わないが、最期に文句の一つくらい言う権利はあると思う。
 スマホに視線を戻し、なんとなくニュースを眺める。興味のない話題の羅列に疲れて目を閉じ、しばらくそうしていると、ぼんやりと何かが見えてきた。
 大きな赤い毛の塊だ。獣のそれのような何かがもぞもぞ動いて見えて、慌てて目を開ける。
 それがなんだったのかはわからない。白昼夢と言われたらそれまでで。暑さで幻覚でも見たのかもしれなかった。
 そう、こうやって見えるものに意味はない。
『次は藪内、藪内』
 降りる駅の名前がアナウンスされて、ハッとする。慌てて鞄を持ち、嫌々ながら立ち上がった。
 今から面倒臭いものに関わるのだ。憂鬱でないわけなかった。



 蝉の鳴き声の響く林道を抜け、バカでかい門をくぐると、記憶とそう変わらず、実家はそこにあった。
「相変わらずでけぇな。はぁ、行くか……」
 ここまで来たら後は自棄だ。無用心にも鍵の開いた玄関扉を開け、声を掛ける。
「おーい、ばあちゃんいるかー?」
 すると声に気付いたのか奥から人影か見えて、磨りガラスの扉を開く。その姿に、思わず固まった。
「やぁ、本当に帰ってくるとはね」
「……はぁ?」
 そこに立っていたのは、ぴんぴんした様子の祖父だった。
 そうして一瞬にして悟る。騙されたのだ。
「アンタ……危篤なんじゃ……」
「ごめんなさいねぇ。こうでもしなければ戻ってこないと思って」
 祖父の後ろから、申し訳なさそうな表情で祖母が現れる。今すぐにでも逃げりゃあ良かったのに。身体が言うことを聞かない。冷や汗が背中を伝い落ちていく。クソ、やっぱりクソ実家だ。
「お前に用事があってね。どうしても戻ってきて欲しかったから私から頼んだのさ」
 悪びれもせずに祖父が言う。本当にそう言うところが嫌で嫌でしょうがなかったのを思い出して腹を立たせるが、だからと言って何か出来るわけもなく。蛇に睨まれた蛙の如く、精々睨み返すくらいしか出来なかった。
「まぁ、こんなところではなんだから、上がりなさい」
「……、今に見てろよこのクソジジイ」
「何か言ったかな?」
「いや、何も?」
 靴を脱いで玄関に上がると、案内されるがまま屋敷の奥へと導かれていく。祖母は「二人ではなしておいで」と途中で何処かへ行ってしまった。世話にはなったがやっぱりこの人もこの人だ。とぼんやり思う。
 そうしてそのまま奥の和室に案内されると、中に入るよう言われ大人しく従った。机と座布団が置かれた記憶通りのその部屋は、祖父の作業部屋であり、訳のわからない物が棚に飾られているような居心地の悪い部屋だ。
 ……ここに呼び出される時は、大体がろくなことがなかった。促されるままに嫌々座布団に座ると、祖父を睨む。
「で、なんでわざわざオレを呼び出したんだよ。実家を継げとか言わねぇよな?」
「お前に言うわけないだろう。勝手に出ていった上連絡も寄越さないお前なんかにこの家が任せられるか」
 相変わらず口の減らない野郎だ。でも、ここでキレたら相手の思う壺。そも、言われていることは本当の事なのだから仕方ない。
「だったらなんなんだよ」
「この家、いやこの辺り一帯が龍神信仰なのは覚えているだろう?その贄の話さ」
「覚えてらぁ。だから出ていったんだろ」
「その贄なんだが、龍神様がお前をご所望でね。出ていった人間なんかより、もっと良い贄を用意出来ると言っても聞かないんだ」
「……はぁ?」
「だからお前を贄に捧げたい。いや、来たからには捧げさせて貰う。拒否権など無いのは分かっているね?」
 あまりの事に頭が着いてこず思考停止していると、祖父が重ねて言う。
「分かっているね?」
「……いや、アンタ今何年かわかってるか?令和だぞ?はぁ?生け贄ってことは死ねってことだよな」
「お前を寄越すなら、今後一切贄は要求しないとまで言ってくださったんだ。受けない手はないだろう?お前一人の犠牲でこの先が保証されるんだ。ただ歳を取って死ぬよりよっぽど価値があると思うがね」
 顔色ひとつ変えずに言ってのけた祖父に、開いた口が塞がらない。何言ってんだこの野郎。贄だ?なるわけねぇだろ。いかれてんのか。腹が立つし、これ以上話すのは時間の無駄だ。立ち上がり、鞄を持って口を開く。
「……ふざけんな。バカらしい、こんな話を聞きに戻ってきたんじゃねぇっての。帰らせて貰うぜ」
「やはり、聞くわけがないか。なら、可哀想だが別の贄を用意するしかないようだ」
 お前が気にかけていた姪がいるね。そう続けられ、思わず動きを止める。
「あの娘を贄に出そう」
「……はぁ?」
 この腐れた環境からほとんど無理やりに引き取ったあの娘を贄に?
 そんなの、許すわけがないだろ。
「仕方がないだろう?お前が嫌だと言うのだから。それに元よりその予定だったのを勝手に連れ出したのは誰だい?」
「……オレが贄になったとして、一人残されたあの娘はどうするんだ」
 祖父は少し考えた後、こう言った。
「勿論こちらからは手出しはしない。頼まれたら支援だってしよう。約束する」
「本当だな?」
「誓うとも。そのくらい、今のお前には価値がある」
「……なら、なる。なってやるよ生け贄に」
 あの娘が絡むのなら、オレに拒否権なんてなかった。



 白い着物に袖を通しながら、溜め息を吐く。
 こんなの、アイツらは会社になんて話すんだろうか。まさか、そのまま言うなんてことはないだろう。誰が信じるんだそんな話。バカげている。
 それにあの娘には?まさかアンタのかわりに生け贄になりました。なんて言わないよな?
 今更ながら、もっと良い方法があったのではないかと頭を抱える。だからと言って、何か思い付く程出来の良い頭はしていないのだが。
「本当なら生まれたその時から贄として育てるのが決まりなんだ。何て言ったって、あちら側から贄の指定なんて前代未聞だからね」
 いつの間にか後ろに立っていた祖父が言う。そりゃあそうだろう。あの娘がそうだったのだから、知らないわけがない。
「お前があの娘を連れ去って、それはそれは困ったとも。でもね、すぐに龍神様の使いが来て、今回の条件を話してきたんだ。そうでなければ野放しにするわけないだろう?」
「はっ、最初っから予定通りって訳か」
「そう。もう十何年も前から決まっていたんだよ。龍神様が‘’姪が成人するまで待て‘’と言ったんだ。よっぽどお前を食べたいのだろうね」
「怖がらせようったって、そうはいかねぇぞ。どうでもいいっての」
 溜め息混じりにそう言えば、祖父は残念そうに「そうかい」とだけ言って、何やら準備を始めた。それをぼんやり眺めながら思う。
 なんでったってオレなんだろうな。だって、言いたくないがただのおっさんだぞ。普通、若い女性とかじゃねぇのかよ。まぁそれは本人に会ってから問いただす。そのくらいの権利はあるだろう。
「ほら、じゃあ行こうか。裏山の社は覚えているかい?」
「……忘れられる訳がねぇ。アンタが修行だなんだとか言い出した場所だしな」
「あそこが龍神様のおわす場所さ」
 あまり良い思い出のない幼少期を思い出しながら、言われるがまま立ち上がり、後を着いていく。逃げようと思えば逃げられるはずなのに、不思議とそんな気にならなかった。
 連れられるがまま、泣きじゃくる祖母に手を振り屋敷を出ると、無駄にでかい門をくぐる。
 先程通ったときはあんなに五月蝿かった蝉が一鳴きもしない。不気味だと思いながら、一丁前に舗装のされている参道を登っていく。
 まだ昼だと言うのに人気がない。それどころかなんの気配もない道をただ無言で祖父の後を着いていく。
 無駄に立派な鳥居をくぐる頃、祖父がふと口を開いた。
「本当なら、大々的に祭り上げて送り出すんだけどね。お前は勝手に贄を連れ出した男だ。良く思っていない村人も多くてね」
「はっ、上等だ。いらねぇよ、そんなもん」
 そりゃあそうだろう。嫌われるのなんざ、覚悟の上だ。
「ほら、着いたよ。社の中に入ったら、もうあちらの領域だ。そのまま使いが来るのを待ちなさい」
 立派な本殿の中に通されると、畳の上に一つだけ座布団が置かれていた。そこに座れと言うことなのだろう。最期まで祖父の言われた通りになるのが嫌で座布団の隣にそのままドカッと座れば、溜め息が聞こえた。
「本当に何でお前なんだろうねぇ」
「知るか」
「今生の別れだってのに」
「アンタに遺す言葉なんざねぇよ」
「……まぁいいさ。じゃあ、上手くやるんだよ」
 そう言って祖父は社を出ていった。
 それからしばらくして、静かに誰かが社の中に入ってきた。はっとしてそちらを向くと、和服姿の燃えるように赤い髪をした男が不思議そうにこちらを見ていた。
 一目でわかる、普通の人間じゃねぇ。
「……誰だアンタ」
「使いの者です。何故、座布団の隣に?」
「別に。こっちにだって色々あんだよ」
「……そうですか。ええっと、お待ちしておりました。案内しますので、こちらへどうぞ」
「こちらへって、そこただの壁だぞ?」
 立ち上がって使いの者とか言うヤツに近付けば、また不思議そうにされてしまった。そんな目で見んな。オレがおかしいみたいだろう。
「安心してください。お手をお借りしても?」
「あ、嗚呼……」
 言われるがまま差し出された手を取ると、ゆっくりと手を引かれた。いやだからそこ壁だって。思わず目を瞑り、来るであろう衝撃に備える。
 が、そんなものは来なかった。
「?」
 ゆっくりと目を開く。
 そこには見たこともない屋敷が広がっていた。
「……はぁ?」
「ここが僕らの家です。貴方のために作りました」
「……僕らの?」
「騙してすみません。僕がその龍神と呼ばれる存在なのです」
「……」
 本当にいやがったのか、龍神。
 いや、それより、今貴方のために作ったとか言わなかったか?
「どうかしましたか?」
「いや、龍神サマよ。贄ってんだからてっきりすぐ食われるのかと思って」
「ふふ、僕は人間は食べませんよ?」
 そう言ってふわりと笑う龍神に思わず目を奪われる。
 ん?じゃあ今まではなんだったんだよ。そんな疑問が頭に浮かんで問いかけようとすると、彼は不思議そうに呟いた。
「気付かれないように逃がしていました」
「……人の思考を読むなんざ、いただけねぇな」
「すみません。つい」
 誤魔化すように手を引かれ、そのまま屋敷の中に入る。
 中は小綺麗で、誰かが生活しているような後はない。
 違和感を感じながらも、疑問をぶつける。
「で、じゃあなんでわざわざオレを?」
 龍神はこちらへ向き直ると、両手を取り言った。
「貴方に一目惚れをしました」




 一目惚れ。今一目惚れって言ったか?
 照れるように顔を赤くする龍神に、思わず頭痛がする。なんでまたオレなんか。男が男に一目惚れ?いやそもそも男なのか?
「ふふ、貴方が好きなのです。勿論、貴方も僕を好きになれ、なんて強制はしません。ただ貴方を傍に置きたい。それだけです」
「十分強制はしてると思うが!?アンタ、忘れてるのかもしれないがオレを贄に捧げろって言ったんだぞ」
「それは……その、すみません。こうするしかないかと思いまして」
 しょんぼり落ち込み出した龍神に、思わず慌てる。そんなんで、じゃあ食べますなんて言われた日にゃ困る。
 子供をあやすみたいに頭を撫でながら「まぁ、なっちまったもんはしょうがねぇし」と言えば、ぱあっと顔が明るくなった。
 神なのにコロコロ表情変えやがって、人間よかよっぽどわかりやすいじゃねぇか。
「こちらでお待ちください。お茶を淹れて来ます」
「あ、おう……」
 通された和室は、机と座布団だけが置かれていた。生活感はまるでなくて、それだけで自分のために作り上げられた空間だと言うのを実感させられる。
 そわそわと落ち着きなく龍神を待つが、中々帰ってこない。あれ、もしかして茶摘むところからやってんじゃねぇの、なんて思って立ち上がると、感で台所を目指した。
 いくつかの襖を開けては締めを繰り返し、ようやく台所を見つけたが、龍神は屋敷の作りに合わないIHコンロの前で固まっている。
「おい、そこで何してんだ」
「いえ……その……使い方がわからなくて……」
「じゃあなんで淹れてくるなんて言ったんだアンタ」
「客人をもてなすのは家主の務めで……」
「客人待たせてたら元も子もないだろ」
 もしかしなくても、生活力がないのではないか。いやでも仮にも神だし、そう言うもんか?なんて思いながらヤカンを引ったくり水道をひねる。
 ……この水どっから出てるんだ。
「山の湧き水からです」
「だから思考を読むなって言ってんだろ」
 IHコンロを付けて湯が沸くのを待つ間、龍神に向き直る。
「で、これで沸くまで待つぞ」
「なるほど……これはそう使う物なのですね」
「分かってて作ったんじゃねぇのかよ」
「家と言うものを作る時に貴方のご実家を参考にしたのですが……僕自身は触ったことのない物ばかりでして……」
「アンタさては結構考えなしだな。で、電気も通ってるみたいだけど」
「そこは僕の力の一部を流用しています」
「……便利だな。で、茶葉は?」
「でしたらこちらです」
「……、これ増えるワカメ」
「?」
 はて、みたいな顔しやがって。神ってのは皆こんなのなのか?
「他には?なんかあるだろ」
「他に供えられた物でしたらこちらに貯めてあります」
 そう言うと、龍神は隣の襖を開けた。
 中はごちゃごちゃと色々な物が溢れていて、何がどこにあるのかまるでわからない有り様だった。
「……」
「お見苦しい物を見せてしまってすみません」
 先程のようにしょんぼり落ち込みだした龍神に
半ば呆れながらそこに足を踏み入れる。
「あの……」
「片付けんぞ。こんなんじゃ、茶葉一つ探すのに日が暮れちまう。手伝え」
「はい!手伝います」
 そうして部屋の片付けが始まった。



「これって全部アンタへの供え物か?」
「そうなりますね。ここは時間が流れませんから、基本的に物は腐らないので色々な年代の物があると思います」
「へー、時間が流れないねぇ……」
 ん、今然り気無くとんでもないこと言わなかったか?思わず片付ける手を止め、龍神の方を向く。
「時間が流れないのか?」
「ええ、必要ないかと思いまして」
「必要大有りだわ。いいか、生き物ってのは朝起きて、昼行動して夜は寝るもんなんだよ。時間が流れないなんて、そんなの発狂しちまうだろ」
「……それは困ります」
「はー、どうするのか知らねぇけど、ここが片付いたら時間を作れ」
 こんな日本語言うことあるのか。そんなことを頭の片隅で思いながら、片付けを再開する。だって、ここ生物もそれ以外も適当に放り込んであるんだ。もうちょっと片付けるとかないのかとも思うが、わざわざ作ったと言っていたし必要なかったのかもしれない。
「冷蔵庫は……あるな。とりあえず生物はここに……ってあれか。どれが何なのかわからないか」
「すみません」
「んじゃ、冷蔵庫にしまって欲しい物をアンタに渡すからしまってくれ」
「わかりました!」
 龍ってより犬みたいなヤツだな。なんて思いつつ、野菜だのやら米だのを仕分けしていく。供え物だけあって酒も多そうだ。でもどうなんだ。供え物の酒ってうまいんだろうか。それも後で試してみよう。
「ほら、これは下に野菜室があるからそこにいれてくれ。こっちは冷蔵庫。出来るな?」
「お任せください!」
 龍神は役に立っているのが嬉しいのかご機嫌だった。何と言うか、あの娘と買い物に行った記憶を思い出して、微笑ましくなる。
 相手は神なのに、何と言うか子供みたいだと言うか……とにかく放っておけないヤツだなんて思う。
「なんだこれ、古すぎてわかんねぇ……。これは申し訳ねぇけど処分だな。あ、処分はどうしたらいい?」
「貴方がいらないと言った物を消したらいいのですね?」
「……ま、深く考えるのは止めるわ。それでいい」
 神相手に深く考えたってしょうがない。それはこの数時間で痛いほど理解した。
 とりあえず謎の袋やらは処分。食えそうなものだとかはひとまず冷蔵庫に、そうやって少しずつ分別していけば、探していた茶葉が出てきたのでヤカンをみるが、中身は水のままだった。時間が流れないとこんなとこにまで支障がでるのか。などと思いつつ、片付けを続ける。
 そうして、どれくらいたっただろうか。部屋の中身が半分くらいいらないものとわかった頃、部屋と冷蔵庫を往復させていた龍神を呼ぶ。
「おい、後はなんだかわかんねぇのだから処分していいぜ」
「すごいです……これを処分すれば大分綺麗になりますね!」
「オレもまさかこんなことする羽目になるたぁ思わなかったよ。じゃ、処分お願いしてもいいか?」
「任せてください」
 そう言うと、龍神は一瞬にしてすべての物を消して見せた。
 その思いきりのよさと、あまりの一瞬さに背筋が寒くなる。
「すげぇ……全部なくなっちまった」
「得意分野です」
「そ、そうかよ……そしたら、時間の流れ作って貰ってもいいか?」
「ちゃんと出来るかわかりませんが、少し待っていてください」
 そう言うと、龍神は部屋から出ていってしまった。手持ち無沙汰のまま、龍神が帰ってくるのを待つ。
「大丈夫か……?なんか不安になってきたな」
 アイツ、ちょっと抜けてるけど流石に大丈夫だよな。待つことしか出来ないのを歯痒く思いながらも、だからと言って何かが出来るわけもなくしばらく待っていると、龍神が帰ってきた。
「時間、作れました!」
「お、本当に出来たのか。よしよし」
 なんでもありだな。なんてぼんやり思いながら、ヤカンを火にかける。そう言われれば、ここに来てずっと感じていた違和感が消えたように思えた。
「ちゃんと現世と同じように作りました。褒めてください」
 そう言って、撫でられるのを待つように頭を下げる龍神に思わず吹き出す。やっぱり子供のようだな。と思いながら撫でてやれば、ぱあっと龍神は嬉しそうに微笑んだ。
「凄い凄い」
「それと四季とやらも一緒に作りました。夏、暑いんですよね。僕知っています」
 そう言われれば、確かに少し暑くなってきた気がする。
「そうしたら冷房入れねぇとだな。スイッチは……これか」
 ピッと音がして付き出した冷房から、涼しい風が出る。丁度湯も沸いたので、台所の椅子に腰掛けると、急須に茶葉を入れて湯を流し込んだ。
 夏なら麦茶が欲しくなるな、なんて思いながら湯呑みに茶を注ぐと、龍神に差し出す。
「ほら、出来たぜ」
「ありがとうございます」
「まさかここに来て一番最初にやることが掃除だとは思わなかったぜ」
「面目ない。こんな予定ではなかったのですが……」
「まぁ仕方ねぇだろ。何より思ったよりアンタが親しみやすいのが分かって良かったよ」
 ふっと微笑めば、龍神もつられて微笑んだ。少し冷めるのを待って茶を啜れば、疲れた身体に染み渡る。
 緑茶、うめぇな……。
「今何時くらいだ?」
「現世にあわせたので夕方でしょうか」
「じゃあ夕飯作るか。アンタ、食えないものは?」
「ありません!貴方の手料理でしたらなんでもいただきます!」
「ぎゃはは、そうかよ。じゃあ野菜炒めにするか」
 調味料は一通り見付けたし、掃除で疲れているから手軽な方が良いだろう。立ち上がり、冷蔵庫の前に立つといくつか野菜を取り出す。
「あ、そうだ。服って用意できるか?いつまでも死装束じゃあ過ごしにくいだろ」
「そうですよね。嗚呼、洋服の方がよろしいですか?僕もそれに合わせますので」
「良いのか?アンタはそっちの方が馴染みあるんじゃねぇの?」
「すべて貴方に合わせます」
「そ、そうか……んじゃあ任せるわ」
 すぐ用意しますので。そう言って台所を出ていった龍神を見送る。何と言うか、面白いヤツだな。米を洗いながらそんなことを思った。





「こんなもんかな」
 テーブルの上に有り合わせで作った野菜炒めと味噌汁を並べ、米をよそる。近くにスーパーがあれば良かったんだが、流石に無理かなんて思いながら龍神を待つと、しばらくして龍神が帰ってきた。
「どうだった?」
「貴方の祖父に頼んでいくつか用意していただきました」
「……あー、その手があったか。あのクソ野郎、なんか言ってたか?」
「そっちで生活でもする気かい?とおっしゃられていました」
「そりゃ驚くわな。贄で送り出したんだから」
 正直オレだってわけわかんねぇよ、なんて思いつつも龍神に手招きをする。
「ほら、メシ出来てるぜ?アンタが食えるかわかんねぇけど……」
「貴方の作ったものでしたらなんでもいただきます」
 そう即答する龍神に半ば引きながらも席につくと手を合わせてから野菜炒めをつつく。味はまぁまぁ、有り合わせにしては悪くない。
「どうだ、食えるか?」
「……」
 一口食べて固まっている龍神に恐る恐る問う。何か不味かったか?なんて思ってハラハラしていると、やがて龍神が口を開いた。
「僕、こんな美味しい物初めて食べました」
「ただの野菜炒めだぞ?しかも有り合わせの」
 キラキラした顔で龍神はそう言うと、ぶわっと辺りに花びらが舞う。生憎植物に詳しくないので自信はないが、その赤い花びらはバラだろうか。
「なっ、どうなってんだそれ」
「すみません……その、嬉しいと舞ってしまう様でして……」
 顔を赤くして恥ずかしそうに訳の分からないこと言う龍神に、思わず吹き出す。なんだよそれ、意味わかんねぇ。
「でも今はやめろよ?メシに入ったら困るだろ?」
「はい……気を付けます」
「だからそんな落ち込むなって。ほら、とっとと食っちまおうぜ?」
「はい!」
 元気の良い返事に、また笑う。なんだコイツ。本当に犬みてぇ。
 そのまま龍神はあっという間にメシを平らげた。食器を洗おうとして危うく皿を割りかけたので後片付けは全部オレがやることとなった。器用なのか不器用なのか分からないヤツだ。



 で、風呂やらなんやら済ませてあっという間に夜になったわけだが。
「なんで布団が一つしかねぇんだよ」
 龍神に寝室だと通された和室には、布団が一つしかなかった。
 敷いていないだけだよな、と押し入れを開けるが、中には何もない。それは文字通りの意味だった。覗き込んだ中はただ暗い空間だけが広がっていて、危うく落ちそうになる。龍神曰く「そこは作るのが間に合わなくて」とのことで、落ちたら最後どうなるかわからないそうだ。そんな物放置すんな。
 まぁ、目的の物はなかったので一旦そこのことは忘れて、本題に戻る。
「で、アンタ寝ない訳ではないんだろ?」
「力を使いすぎてしまったので少し眠りたいです。でも、その、申し上げにくいのですが……夜は苦手でして……」
「一人じゃ寝れねぇってか?」
「……はい」
「……たく、しょうがねぇな」
 迷子の子供みたいな顔でそう言うもんだから、一人で寝ろとも言えず、渋々横になると布団を捲りあげて龍神を誘う。
「ほら、来いよ。アンタが寝るまで見ててやるから」
「良いのですか?」
「良いも悪いもあるか。ないもんはしょうがねぇだろ」
 恐る恐る近付いてきた龍神は少し躊躇った後、もぞもぞと捲りあげた布団の中に入ってきた。
 大の男が二人して一つの布団にだなんて。呆れを通り越して笑えてくる。
「すみません」
「あー、いいから。早く寝ちまえよ」
「その、おやすみなさい」
「はいよ。おやすみ」
 目が閉じられたのを良いことに、改めて龍神を眺める。うすらぼんやり見える顔は人とは思えないくらい整っており、彫刻のように美しい。男のオレでも思わず見とれるくらいなんだ。もっと他に喜んで贄になる者はいるだろうに。
「なんでオレなんだよ」
 小さく小さく呟く。答えはない。聞こえてくる寝息に、なんだか子供をあやしているようで、ふと昔のことを思い出す。
 あの娘は大丈夫だろうか。成人しているとはいえ、いきなりオレが消えたら驚くだろう。だからと言って何か出来るわけでもないが、祈ることくらいはしてやりたい。
 どうか、あの娘が望む普通の暮らしが出来ます様に。
 そう心の中で唱え、目を閉じる。
 しばらくそうしていると、ぼんやりと何かが見えてきた。夢と現の狭間はいつもそんな感じで、まるで何か意味があるかのようなそれをオレはいつも持て余す。
 それは小さい小さい毛玉達だった。いろんな色の毛玉が薄暗い冷え冷えとした場所で震えている。寄り添うように懸命に生きようとする命がそこにはあった。
「■■」
 頭上から声がして、見上げればそこが箱のようなものの中なのだと気付く。
 オレ達は閉じ込められているのだ。
 なんで?疑問を抱くが答えはない。そこにあるのは、うすらぼんやりとした死の気配だけだった。
「争え」
 良く聞こえなかった言葉が、もう一度呟かれたことにより意味をなす。
 それは間違いなく、誰かの悪意だった。



 そこではっと目が覚める。つい先程までそこにあった物は消え失せ、目の前には龍神の顔があった。まだ薄暗いが、もうそろそろ朝なのだろう。龍神を起こさないように起き上がると、殆ど無意識に身体が台所へ向かう。
 朝メシを作ってやらねぇと。別に頼まれた訳でもないのに、気だるい身体を引き摺る様に動かして台所へ辿り着くと、昨晩の残りの味噌汁を火にかける。米は昨日のうちに冷凍しておいたのを使おう。
 本当は卵がありゃいいんだが。まぁないのだから仕方ない。適当に魚の干物を焼いて後はおひたしでも作ってやるかなんて思いながら冷蔵庫を漁っていると、龍神が欠伸をしながら台所へ入ってきた。
「ふぁ……おはようございます」
「おう、おはよ。良く眠れたか?」
「はい。お陰でぐっすりでした。貴方は?」
「あー、まぁまぁだな。それよりもちょっと待ってろ。今メシ作るから」
 そう言ってレンジで野菜を温め始める。その様を物珍しげに眺める龍神が面白くてつい吹き出す。
「電子レンジも初めてか?」
「今まで人間の様な生活をしていませんでしたから。今ならなんでも初めてです」
「じゃあどんな生活をしてたんだよ」
 魚の様子を見ながら問えば、龍神は少し考えた後、ゆっくり口を開いた。
「基本的には神域を作るためにずっと眠っていました」
「神域って、ここのことか?」
「そうなりますね」
 なんでわざわざ、そう言いかけてやめた。どうせ一目惚れですとしか返ってこないだろうし、時間の無駄だ。
 レンジにかけていた野菜が温まったので調味料に浸し、適当に盛り付ける。良い感じに焼けた魚を皿によそって、米を温めて味噌汁を用意すれば完成だ。机の上に二人分用意すると、その様を見ていた龍神が言う。
「手際が良いですね」
「長いこと家事全般をしていたからな。こういうのは慣れだ慣れ」
「ああ、何か手伝えれば良かったのですが」
「いいさ。気持ちだけ受け取っとく。ほら、早く食っちまおうぜ?」
「はい!」
 満面の笑みで返事をした龍神に箸を手渡し、椅子に腰かけた。
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