栄元学園
この学園には、いろんな人がいる。
……いや、もしかしたら、明確に言うと「人」とは違うのかもしれないヒトもいるのだが。
年齢も、性別も、それこそ種族さえ、様々なヒトたちが通うこの学園の名前は、栄元学園。
私が通う学園だ。
(本当に、いろんなヒトがいるな……)
不思議なことに、この学園には性別が明確でないヒトも多い。
私が今まで生きてきた世界とは大きく違うため、戸惑うこともある。
今までの私の常識だけでは、生きていけない……というよりは、相手にとって失礼に当たることもあるだろう。
(気をつけて生活していかないとな……)
「こんにちは~!」
「わっ……」
考え事をしていたため、声をかけられて、少しだけ驚いてしまう。
目の前にいたのは、仮面をつけた、髪を頭の上で縛っている、綺麗なヒトだ。
制服もおしゃれに気崩しており、一見するだけだと可愛らしい印象を持ってしまう。
(いや、見た目だけで判断しちゃいけないよな……)
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あっ、いえ! 少し考え事をしていただけです。 こちらこそ、すみません」
こちらが申し訳なさそうにすると、目の前の仮面のヒトは「いえいえ~!」と明るい声を返してくださる。
その明るさに、新しい誰かと話す緊張が、少しほぐれた。
「あの、私、ほこっていいます」
「私は骨代です~! 骨代ちゃんって呼んでくださいね♪」
「え……」
『ちゃん』ということは、女性寄りなのだろうか?
と一瞬思ってしまったが、それだけで判断するのは、あまりにも性急すぎる。
それにしても、いきなり『ちゃん』で呼ぶのは、私には少し難しい……というよりも、申し訳なさが出てしまう。
「わ、わかりました。 骨代ちゃんさん……?」
「骨代ちゃん、でいいですよ~♪ 敬称が重なってるの、呼びづらくないですか? あっ、でも全然呼びやすい方でいいですからね♡」
「あ、えっと、その、」
確かに、『骨代ちゃんさん』だと、呼びづらい……の前に、違和感がある。
しかし、馴れ馴れしくないだろうか。
とはいえ、相手からの希望なわけで……。
「す、すみません。 お気遣いいただきありがとうございます。 ほ……骨代ちゃん……!」
「はい♪ よろしくお願いしますね、ほこさん♪」
「はっ、はいっ! こちらこそ! よろしくお願いいたします……!」
初対面で、『ちゃん』付けで呼ぶのは、かなり緊張するし、不安でもあるけど。
それ以上に、骨代ちゃんの優しさやお気遣いが嬉しくて。
それに、なんだか、最初から少しだけ仲良しなように感じて。
きっと、骨代ちゃんは、周りからも『骨代ちゃん』と呼ばれているから、私だけが仲良しなわけじゃないことは重々承知しているが。
それでも、やっぱり、少しだけ嬉しくって、心があたたかくなったのだった。
◆
「……」
人気のない場所。
ここは、どこだろう。
わからない、けど。
誰もいないなら、それでいい。
「……ッ、クソ……ッ」
うずくまり、体中に走る痛みに耐える。
精神状態が不安定になると、体調まで悪くなるから最悪だ。
「……」
こんなの、よくあることだ。
精神状態が悪化して、鬱になって、そして──
”オレ”が出てくる。
明確には違うのかもしれないが、オレは……ほこは、人格の障害がある。
鬱状態が悪化すると、”ほこ”とは全く人格が違う”オレ”が出てくるのだ。
(環境の変化……新しい生活……ああ、理由を考えるだけ無駄だな)
(オレが”ほこ”である以上、こうなることは避けられないんだから)
ほこは、表面上は取り繕うのが上手い。
……と、思いたいようだが、実際はそんなことない。
確かに、表面だけなら、取り繕えているように見えるかもしれないが、内心では本人でも気づかないほどの大きなストレスを感じている。
そして、ストレスがたまった末に出てくる実害が、このオレだ。
オレは、ほこの『負の感情』の具現化だ。
アイツが、正気を保てないほどの精神状態になった時、オレは出てくる。
だからって、オレは周りに危害を加えるつもりはない。
それは、ほこも同じようだから、オレが出てくる兆しに気づいたら、こうして誰もいない場所に逃げ込むわけだ。
「……ッ、ハァッ……」
膝を強く抱く。
体が、痛い。
胸が苦しい。
息が上手くできない。
喉が詰まるようで、呼吸さえままならない。
「クソが……ッ」
ボロッ、と目から涙が溢れる。
一度溢れたそれは、止まることを知らない。
オレは、いったん立ち上がると、メガネを外し、片手で目をゴシゴシこすった。
そんなことしたって止まらないのはわかっている。
それでも、この忌々しい涙を止めたかった。
「……ほこさん?」
「──ッ!?」
誰もいなかったはずの場所で、オレの名前を呼ぶ声がする。
驚いて振り返ると、そこには、アイツが『骨代ちゃん』と呼んでるヤツが立っていた。
逃げようにも、この状態でまた誰かに会うのはまずい。
かと言って、目の前のヤツと話すのも──
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「ッ、寄るな!」
一歩、オレに近づいてきた目の前のヤツを睨みつける。
目からは涙が溢れており、威嚇になんてならないだろうが。
「どっか行け……ッ、オレに、近づくな!」
目の前のヤツは、少し困惑している様子だった。
それもそうだろう。
ほこは、たまに髪の色が変わって、躁状態や鬱状態になることはあるが、ここまで酷い状態になることはない。
オレが現れたって、誰の目にもつくことはないのだから。
「こんなオレに構うな!早く……どこか、行け……ッ」
ボロボロと涙がこぼれる。
声も詰まり、勢いをなくす。
うつむきながら、歯を食いしばった。
こんなオレは、誰かの目に留まっていい存在じゃない。
一刻も早く、消えるべき存在で。
だから、早く”ほこ”に戻りたかった。
アイツなら、まだ上手くやれるから。
オレなんか、見ないでくれ。
ヤツが、もう一歩近づいてくる。
やめろ、やめろ、やめてくれ。
近づくな。
見るな。
期待を、させないでくれ。
「どっか行けよ! こんなオレのことなんか、どうでもいいだろ! 放っとけ!」
「どうでもよくなんてないです! 友達なんですから!」
真っ直ぐな言葉に、思わずオレは目線を上げてしまう。
すると、ヤツは、あろうことかオレのことを抱きしめてきた。
思わず目を見開く。
わけが、わからない。
友達だと言われたことも。
抱きしめられていることも。
なにもかも、わからなかった。
驚きのあまり、一時的に止まっていた涙が、また溢れ出す。
でも、この涙は、きっと──
「……。……オレなんかが友達だったら、面倒なだけだぞ」
ぽつり。
一言、そうこぼす。
こんな優しいヤツに、オレなんかは似合わない。
ほこも……同じことを考えるだろう。
オレがいるから。
きっと、もっと面倒な目に遭わせてしまう。
傷つけてしまうかもしれない。
「面倒なんかじゃないですよー? だってお互いにまだ何も知らないじゃないですか。 もしかしたら、私の方がもっとも〜っと面倒臭い人かもしれませんよ……?」
オレの背中をさすりながら、ヤツはそんなことを言う。
(……なんで、)
なんでそんなこと言えるんだよ。
こんなに、面倒を、迷惑をかけているのに。
「それに、好きなお友達を面倒だなんて思ったことないですよ!」
「……!!」
『好き』。
『お友達』。
そんな言葉をもらう資格なんて、オレにはない。
……ない、のに。
「……私のことを好きなんて、アンタ、物好きな奴だな」
嬉しくて、心があたたかくて、しょうがない。
素直な言葉は、言えなかったけれど。
「……あと、アンタは、たとえ面倒だとしても愛されるヤツだろ。 だから大丈夫だ」
「うふふ……それはどうでしょうねぇ……♪ 僕、愛されることより愛することの方が大事なので、別に愛されなくてもいいんですよねぇ♡ 好きな人をずっとずーっと愛してたいんです! それはほこさんにも言えること。物好きでいいんです、それが私だから!」
『好きな人をずっとずーっと愛してたい』。
なんて甘美な響きだろう、と思う。
その中に、自分が入っているなんて、何かの事件じゃないだろうか。
私なんて、愛される価値はない。
……愛されるはずが、ないのだ。
それでも、それを伝える気はない。
だって、そんなことを言ったって、気を遣わせるだけ……もしくは、嫌われるだけだ。
「……アンタは、かっこいいな」
「? 何か言いましたか?」
「いや、なんでも」
抱きしめられている感覚を、そっと心に刻み込む。
あたたたかい。
優しい。
ずっと、ずっと思い焦がれていた感覚。
(……忘れたくないな)
この感覚を覚えているだけで、生きていける。
そんな気さえした。
だんだんと、気持ちが落ち着いてくる。
今の私は、もう、あの人格ではない。
かといって、完全に”ほこ”に戻ったわけでもなかった。
「……もういいぞ」
「そうですか? もっと、ぎゅーっとしててもいいんですよ?」
「いや、大丈夫だ。あとは、少し休めば良くなる」
そうですか、と言って、骨代ちゃんは離れていく。
本当は少し名残惜しかったが、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。
「うふふ……あっちのほこさんとも、今のほこさんとも、私はもっと沢山おしゃべりしたいです! 君たちのことを知りたいです。 よろしくお願いしますね♡」
「……」
私は、またも目を丸くすることになる。
ああ、このヒトは本当に──
「……私の人格が出てくることは少ねぇし、あまり会うこともないだろうけど……。とりあえず、ほこのことを、よろしく頼むわ。……私としては、私の人格にはもう会わないことを祈ってるけどな」
「え……どうしてですか?」
「……この人格だと、アンタを傷つけかねないからだ」
目を伏せると、骨代ちゃんは、私の頭をぽんぽんと撫でる。
何事かと思って目線を上げると、骨代ちゃんが笑っていた。
「大丈夫ですよ! ほこさんは、誰かを傷つけるような人じゃないと思いますから!」
「……アンタ、そのうち痛い目に遭ってもしらねぇぞ」
口から出てくる言葉は、素直じゃないものばかりで。
でも、その言葉が嬉しいことは、私の顔を見れば明らかだろう。
思わず、笑みがこぼれていたのだから。
「じゃあな。 ……今日は、本当に、ありがとう」
それだけ言い残して、私は自分の寮室に戻るのだった。
◆
「本っ当に!申し訳ありませんでした!」
後日。
私は、頭を深々と下げながら、お菓子の詰め合わせを骨代ちゃんに差し出していた。
骨代ちゃんは、きょとんとしている。
「私の別人格がご迷惑をおかけしました……!許されるとは思っていませんが、せめてものお詫びに、お菓子を贈らせてください……!」
「ええ~? そんなの気にしなくていいんですよ?」
「いえ……私の気が済まないので……」
私が頭を上げないのを見ると、骨代ちゃんはお菓子を受け取った。
「ほこさん、お顔を上げてください」
おそるおそる、顔を上げる。
すると、笑顔の骨代ちゃんがそこに立っていた。
「ほこさんも一緒に食べましょう♪」
「……え」
「ほらほら、美味しそうなお菓子がたくさんですよ~?」
骨代ちゃんは、お菓子の箱を開けて、楽しそうに中のお菓子を見ている。
そんな様子を見て、思わず笑みがこぼれるのだった。
「……骨代ちゃん」
「はい? なんですか?」
「……私のことを、友達だと言ってくれたこと。嬉しかったです。ありがとうございます!」
にっこりと。
笑顔を浮かべて、お礼を言う。
素直になれない別人格のぶんも、たくさんお礼を伝えよう。
そう、心に決めるのだった。
……いや、もしかしたら、明確に言うと「人」とは違うのかもしれないヒトもいるのだが。
年齢も、性別も、それこそ種族さえ、様々なヒトたちが通うこの学園の名前は、栄元学園。
私が通う学園だ。
(本当に、いろんなヒトがいるな……)
不思議なことに、この学園には性別が明確でないヒトも多い。
私が今まで生きてきた世界とは大きく違うため、戸惑うこともある。
今までの私の常識だけでは、生きていけない……というよりは、相手にとって失礼に当たることもあるだろう。
(気をつけて生活していかないとな……)
「こんにちは~!」
「わっ……」
考え事をしていたため、声をかけられて、少しだけ驚いてしまう。
目の前にいたのは、仮面をつけた、髪を頭の上で縛っている、綺麗なヒトだ。
制服もおしゃれに気崩しており、一見するだけだと可愛らしい印象を持ってしまう。
(いや、見た目だけで判断しちゃいけないよな……)
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あっ、いえ! 少し考え事をしていただけです。 こちらこそ、すみません」
こちらが申し訳なさそうにすると、目の前の仮面のヒトは「いえいえ~!」と明るい声を返してくださる。
その明るさに、新しい誰かと話す緊張が、少しほぐれた。
「あの、私、ほこっていいます」
「私は骨代です~! 骨代ちゃんって呼んでくださいね♪」
「え……」
『ちゃん』ということは、女性寄りなのだろうか?
と一瞬思ってしまったが、それだけで判断するのは、あまりにも性急すぎる。
それにしても、いきなり『ちゃん』で呼ぶのは、私には少し難しい……というよりも、申し訳なさが出てしまう。
「わ、わかりました。 骨代ちゃんさん……?」
「骨代ちゃん、でいいですよ~♪ 敬称が重なってるの、呼びづらくないですか? あっ、でも全然呼びやすい方でいいですからね♡」
「あ、えっと、その、」
確かに、『骨代ちゃんさん』だと、呼びづらい……の前に、違和感がある。
しかし、馴れ馴れしくないだろうか。
とはいえ、相手からの希望なわけで……。
「す、すみません。 お気遣いいただきありがとうございます。 ほ……骨代ちゃん……!」
「はい♪ よろしくお願いしますね、ほこさん♪」
「はっ、はいっ! こちらこそ! よろしくお願いいたします……!」
初対面で、『ちゃん』付けで呼ぶのは、かなり緊張するし、不安でもあるけど。
それ以上に、骨代ちゃんの優しさやお気遣いが嬉しくて。
それに、なんだか、最初から少しだけ仲良しなように感じて。
きっと、骨代ちゃんは、周りからも『骨代ちゃん』と呼ばれているから、私だけが仲良しなわけじゃないことは重々承知しているが。
それでも、やっぱり、少しだけ嬉しくって、心があたたかくなったのだった。
◆
「……」
人気のない場所。
ここは、どこだろう。
わからない、けど。
誰もいないなら、それでいい。
「……ッ、クソ……ッ」
うずくまり、体中に走る痛みに耐える。
精神状態が不安定になると、体調まで悪くなるから最悪だ。
「……」
こんなの、よくあることだ。
精神状態が悪化して、鬱になって、そして──
”オレ”が出てくる。
明確には違うのかもしれないが、オレは……ほこは、人格の障害がある。
鬱状態が悪化すると、”ほこ”とは全く人格が違う”オレ”が出てくるのだ。
(環境の変化……新しい生活……ああ、理由を考えるだけ無駄だな)
(オレが”ほこ”である以上、こうなることは避けられないんだから)
ほこは、表面上は取り繕うのが上手い。
……と、思いたいようだが、実際はそんなことない。
確かに、表面だけなら、取り繕えているように見えるかもしれないが、内心では本人でも気づかないほどの大きなストレスを感じている。
そして、ストレスがたまった末に出てくる実害が、このオレだ。
オレは、ほこの『負の感情』の具現化だ。
アイツが、正気を保てないほどの精神状態になった時、オレは出てくる。
だからって、オレは周りに危害を加えるつもりはない。
それは、ほこも同じようだから、オレが出てくる兆しに気づいたら、こうして誰もいない場所に逃げ込むわけだ。
「……ッ、ハァッ……」
膝を強く抱く。
体が、痛い。
胸が苦しい。
息が上手くできない。
喉が詰まるようで、呼吸さえままならない。
「クソが……ッ」
ボロッ、と目から涙が溢れる。
一度溢れたそれは、止まることを知らない。
オレは、いったん立ち上がると、メガネを外し、片手で目をゴシゴシこすった。
そんなことしたって止まらないのはわかっている。
それでも、この忌々しい涙を止めたかった。
「……ほこさん?」
「──ッ!?」
誰もいなかったはずの場所で、オレの名前を呼ぶ声がする。
驚いて振り返ると、そこには、アイツが『骨代ちゃん』と呼んでるヤツが立っていた。
逃げようにも、この状態でまた誰かに会うのはまずい。
かと言って、目の前のヤツと話すのも──
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「ッ、寄るな!」
一歩、オレに近づいてきた目の前のヤツを睨みつける。
目からは涙が溢れており、威嚇になんてならないだろうが。
「どっか行け……ッ、オレに、近づくな!」
目の前のヤツは、少し困惑している様子だった。
それもそうだろう。
ほこは、たまに髪の色が変わって、躁状態や鬱状態になることはあるが、ここまで酷い状態になることはない。
オレが現れたって、誰の目にもつくことはないのだから。
「こんなオレに構うな!早く……どこか、行け……ッ」
ボロボロと涙がこぼれる。
声も詰まり、勢いをなくす。
うつむきながら、歯を食いしばった。
こんなオレは、誰かの目に留まっていい存在じゃない。
一刻も早く、消えるべき存在で。
だから、早く”ほこ”に戻りたかった。
アイツなら、まだ上手くやれるから。
オレなんか、見ないでくれ。
ヤツが、もう一歩近づいてくる。
やめろ、やめろ、やめてくれ。
近づくな。
見るな。
期待を、させないでくれ。
「どっか行けよ! こんなオレのことなんか、どうでもいいだろ! 放っとけ!」
「どうでもよくなんてないです! 友達なんですから!」
真っ直ぐな言葉に、思わずオレは目線を上げてしまう。
すると、ヤツは、あろうことかオレのことを抱きしめてきた。
思わず目を見開く。
わけが、わからない。
友達だと言われたことも。
抱きしめられていることも。
なにもかも、わからなかった。
驚きのあまり、一時的に止まっていた涙が、また溢れ出す。
でも、この涙は、きっと──
「……。……オレなんかが友達だったら、面倒なだけだぞ」
ぽつり。
一言、そうこぼす。
こんな優しいヤツに、オレなんかは似合わない。
ほこも……同じことを考えるだろう。
オレがいるから。
きっと、もっと面倒な目に遭わせてしまう。
傷つけてしまうかもしれない。
「面倒なんかじゃないですよー? だってお互いにまだ何も知らないじゃないですか。 もしかしたら、私の方がもっとも〜っと面倒臭い人かもしれませんよ……?」
オレの背中をさすりながら、ヤツはそんなことを言う。
(……なんで、)
なんでそんなこと言えるんだよ。
こんなに、面倒を、迷惑をかけているのに。
「それに、好きなお友達を面倒だなんて思ったことないですよ!」
「……!!」
『好き』。
『お友達』。
そんな言葉をもらう資格なんて、オレにはない。
……ない、のに。
「……私のことを好きなんて、アンタ、物好きな奴だな」
嬉しくて、心があたたかくて、しょうがない。
素直な言葉は、言えなかったけれど。
「……あと、アンタは、たとえ面倒だとしても愛されるヤツだろ。 だから大丈夫だ」
「うふふ……それはどうでしょうねぇ……♪ 僕、愛されることより愛することの方が大事なので、別に愛されなくてもいいんですよねぇ♡ 好きな人をずっとずーっと愛してたいんです! それはほこさんにも言えること。物好きでいいんです、それが私だから!」
『好きな人をずっとずーっと愛してたい』。
なんて甘美な響きだろう、と思う。
その中に、自分が入っているなんて、何かの事件じゃないだろうか。
私なんて、愛される価値はない。
……愛されるはずが、ないのだ。
それでも、それを伝える気はない。
だって、そんなことを言ったって、気を遣わせるだけ……もしくは、嫌われるだけだ。
「……アンタは、かっこいいな」
「? 何か言いましたか?」
「いや、なんでも」
抱きしめられている感覚を、そっと心に刻み込む。
あたたたかい。
優しい。
ずっと、ずっと思い焦がれていた感覚。
(……忘れたくないな)
この感覚を覚えているだけで、生きていける。
そんな気さえした。
だんだんと、気持ちが落ち着いてくる。
今の私は、もう、あの人格ではない。
かといって、完全に”ほこ”に戻ったわけでもなかった。
「……もういいぞ」
「そうですか? もっと、ぎゅーっとしててもいいんですよ?」
「いや、大丈夫だ。あとは、少し休めば良くなる」
そうですか、と言って、骨代ちゃんは離れていく。
本当は少し名残惜しかったが、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。
「うふふ……あっちのほこさんとも、今のほこさんとも、私はもっと沢山おしゃべりしたいです! 君たちのことを知りたいです。 よろしくお願いしますね♡」
「……」
私は、またも目を丸くすることになる。
ああ、このヒトは本当に──
「……私の人格が出てくることは少ねぇし、あまり会うこともないだろうけど……。とりあえず、ほこのことを、よろしく頼むわ。……私としては、私の人格にはもう会わないことを祈ってるけどな」
「え……どうしてですか?」
「……この人格だと、アンタを傷つけかねないからだ」
目を伏せると、骨代ちゃんは、私の頭をぽんぽんと撫でる。
何事かと思って目線を上げると、骨代ちゃんが笑っていた。
「大丈夫ですよ! ほこさんは、誰かを傷つけるような人じゃないと思いますから!」
「……アンタ、そのうち痛い目に遭ってもしらねぇぞ」
口から出てくる言葉は、素直じゃないものばかりで。
でも、その言葉が嬉しいことは、私の顔を見れば明らかだろう。
思わず、笑みがこぼれていたのだから。
「じゃあな。 ……今日は、本当に、ありがとう」
それだけ言い残して、私は自分の寮室に戻るのだった。
◆
「本っ当に!申し訳ありませんでした!」
後日。
私は、頭を深々と下げながら、お菓子の詰め合わせを骨代ちゃんに差し出していた。
骨代ちゃんは、きょとんとしている。
「私の別人格がご迷惑をおかけしました……!許されるとは思っていませんが、せめてものお詫びに、お菓子を贈らせてください……!」
「ええ~? そんなの気にしなくていいんですよ?」
「いえ……私の気が済まないので……」
私が頭を上げないのを見ると、骨代ちゃんはお菓子を受け取った。
「ほこさん、お顔を上げてください」
おそるおそる、顔を上げる。
すると、笑顔の骨代ちゃんがそこに立っていた。
「ほこさんも一緒に食べましょう♪」
「……え」
「ほらほら、美味しそうなお菓子がたくさんですよ~?」
骨代ちゃんは、お菓子の箱を開けて、楽しそうに中のお菓子を見ている。
そんな様子を見て、思わず笑みがこぼれるのだった。
「……骨代ちゃん」
「はい? なんですか?」
「……私のことを、友達だと言ってくれたこと。嬉しかったです。ありがとうございます!」
にっこりと。
笑顔を浮かべて、お礼を言う。
素直になれない別人格のぶんも、たくさんお礼を伝えよう。
そう、心に決めるのだった。
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