2話
呆然と、目の前の彼を見つめる。
真っ青な瞳と、黒い眼球の中に存在する赤い瞳。
黒い肌に、造り物には見えない頭の角。
2メートルは優に超える巨体。
ファンタジーな世界で目が覚めたと思ったら、さらに、私の生きていた世界からは程遠い存在が目の前にいる現実に、私は言葉を失っていた。
「……だいじょうぶ、か?」
意識が遠のきそうになる私を見かねたのか、彼は――ハチさんは声をかけてくださる。
「だ……大丈夫、です。すみません。私の生活していた環境と、いろんなことが違いすぎて、混乱していただけです」
引きつっているであろう笑顔を浮かべてやっとかっと返事をすると、ハチさんは少しだけ安堵としたような表情を浮かべていた。
……見た目は少し怖いかもしれないけれど、優しいのかもしれない。
そんなことを考えていると、神様が口を開く。
「彼は、人工兵器だ……と言いましたよね。
人工兵器は、感情も、心も持ちません。
ただ、生き物を殺す。
それだけのために生まれてきました」
淡々と、言葉を続ける。
表情は変わらないものの、その瞳には悲しさが滲み出ているようだった。
「しかし、彼には感情が生まれてしまいました。
心を持ってしまったのです。
彼は優しい性格を持ち、他者を傷つけたくないと願うようになりました。
そんな彼を、創った本人……とある魔法使いは、良しとしませんでした。
魔法使いにとって、殺せない兵器は邪魔でしかなかったのです。
……その結果、ハチさんは魔法使いの手によって殺されてしまいました」
神様は、そこまで語って俯いてしまう。
最後に見た神様の瞳には、悲しみと怒りがこもっているように見えた。
私も、その話を聞いて悲しさがこみあげてくる。
ハチさんは、何も悪くないのに――と。
「……オレは、兵器として、不完全だった。
仕方のないこと、だった。
……オレは、気にしていない。
だから、大丈夫、だ」
ハチさんの方を見ると、悲しそうな私たちのことを心配しているのか、困惑したような表情を浮かべていた。
「……優しいんですね、ハチさんは」
思ったことが、口から出てしまう。
本心だった。
自分がつらい経験をしたというのに、周りを気遣うことができる。
こんな優しいヒトが兵器だったなんて、信じられない。
「優しい……の、だろうか、オレは」
私の言葉に、ハチさんはきょとんとして首を傾げる。
その仕草が、動物のようで可愛らしい、なんて思ってしまった。
「優しいですよ。
私たちを気遣える心があるんですから。
十分、すごいことです」
にっこりと笑って言葉を返す。
いつの間にか、緊張した気持ちはなくなっていた。
「ふふ、なんだか、お二人は仲良くなれそうですね」
私たちの様子を見た神様が、嬉しそうに笑いながら声をかける。
「ハチさんも、光穂さんと同じくらいの死期だったんです。
なので、もし、相性が良さそうだったら、光穂さんからハチさんへ、いろんなことを教えていただきたかったのですよ。
仲が悪かったら、とか、いろいろ心配事はありましたが――杞憂だったみたいですね」
にこにこ、と神様は嬉しそうだ。
そうは言っても、私に教えられることがあるんだろうか。
神様にお願いされた以上、頑張るつもりではあるが……。
「そうですね。
まずは、光穂さんのことを教えてあげましょう」
考え込んでいる私に、神様が声をかける。
その言葉を聞いて、ハッとした。
そうだ、私は自己紹介もしていない。
慌てて、ハチさんの方へ向き直る。
「あ、改めまして!
私は、津山光穂(つやま みつほ)と言います!
え、ええと……年齢は21歳で……。
な、仲良くなりたい、です!ハチさんと!
よろしくお願いします!」
まとまらないまま、バッと頭を下げてしまった。
頭上から、ハチさんの不思議そうな声が聞こえる。
「つやま……みつほ……。
それが、オマエの、なまえ、ってやつか?」
私が顔をあげると、声を同じく不思議そうな顔をしたハチさんがいた。
「は、はい。
津山光穂、それが私の名前です。
よ、呼びやすいように呼んでいただければ……と……」
自己紹介というのは、私にとっては慣れないもので。
ドキドキしながら相手の反応を伺ってしまう。
ハチさんは、何度も「つやまみつほ……」とブツブツ呟いていた。
彼にとっては、言いづらい名前なのだろうか。
「ハチさんは、名前というものにあまり馴染みがないのです」
神様が、私の隣に立ってこそっと教えてくださる。
私が顔に疑問を浮かべていたのだろう、神様は言葉を続けた。
「ハチさんたち兵器は番号で呼ばれていましたし、魔法使いも、名前を名乗ったことはありませんでした。なので、名前を呼ぶ機会はほとんどなかったのですよ」
そこまで聞いて、なるほど、と納得する。
名前にさえ触れてこなかったなんて、とても悲しいことなのではないだろうか。
私は、相変わらず私の名前を繰り返すハチさんに声をかける。
「ハチさんさえよろしければ、みつほ、と呼んでください。
そして、何度でもお互いの名前を呼び合いましょう」
少しばかり恥ずかしい。
下の名前で呼ばれることなんて、家族以外になかったから。
けれど。
彼と仲良くなってみたい、と。
そんな心が、私の中に芽生えていた。
「……みつほ?」
ハチさんが私の方を見ながら、私の名前を呼ぶ。
やはり、少しくすぐったい。
それでも、どこか幸福感もあった。
(名前を呼ばれるって、嬉しいことなんだな)
そんなことを考える。
私は、名前を呼ばれる経験がなかったわけではないが、あまり良い思い出はない。
でも、不思議とそれらの思い出が思い出せない。
思い出したくもないので、あまり気にはならなかったけれど。
「はい、ハチさん。
私は、光穂ですよ」
にっこりと微笑みかける。
ハチさんもまた、優しい表情で小さく小さく微笑んだ。
「みつほ。
みつほ……うん、覚えた。
オマエは、みつほ、だな。
みつほ、みつほ。
うん、良いな……良い、名前だ」
ハチさんは、嬉しそうに何度も私の名前を口にする。
照れくさかったが、悪い気はしなかった。
それに、何よりも。
私の名前を口にするハチさんの顔が、優しくて。
その表情を見ると、私も嬉しくなったのだ。
これから、お互いの名前を呼ぶ機会がたくさんあるのだろう。
それが、少し……いや、かなり、楽しみかもしれない。
(……なんて)
つい、そんなことを考えてしまった。
真っ青な瞳と、黒い眼球の中に存在する赤い瞳。
黒い肌に、造り物には見えない頭の角。
2メートルは優に超える巨体。
ファンタジーな世界で目が覚めたと思ったら、さらに、私の生きていた世界からは程遠い存在が目の前にいる現実に、私は言葉を失っていた。
「……だいじょうぶ、か?」
意識が遠のきそうになる私を見かねたのか、彼は――ハチさんは声をかけてくださる。
「だ……大丈夫、です。すみません。私の生活していた環境と、いろんなことが違いすぎて、混乱していただけです」
引きつっているであろう笑顔を浮かべてやっとかっと返事をすると、ハチさんは少しだけ安堵としたような表情を浮かべていた。
……見た目は少し怖いかもしれないけれど、優しいのかもしれない。
そんなことを考えていると、神様が口を開く。
「彼は、人工兵器だ……と言いましたよね。
人工兵器は、感情も、心も持ちません。
ただ、生き物を殺す。
それだけのために生まれてきました」
淡々と、言葉を続ける。
表情は変わらないものの、その瞳には悲しさが滲み出ているようだった。
「しかし、彼には感情が生まれてしまいました。
心を持ってしまったのです。
彼は優しい性格を持ち、他者を傷つけたくないと願うようになりました。
そんな彼を、創った本人……とある魔法使いは、良しとしませんでした。
魔法使いにとって、殺せない兵器は邪魔でしかなかったのです。
……その結果、ハチさんは魔法使いの手によって殺されてしまいました」
神様は、そこまで語って俯いてしまう。
最後に見た神様の瞳には、悲しみと怒りがこもっているように見えた。
私も、その話を聞いて悲しさがこみあげてくる。
ハチさんは、何も悪くないのに――と。
「……オレは、兵器として、不完全だった。
仕方のないこと、だった。
……オレは、気にしていない。
だから、大丈夫、だ」
ハチさんの方を見ると、悲しそうな私たちのことを心配しているのか、困惑したような表情を浮かべていた。
「……優しいんですね、ハチさんは」
思ったことが、口から出てしまう。
本心だった。
自分がつらい経験をしたというのに、周りを気遣うことができる。
こんな優しいヒトが兵器だったなんて、信じられない。
「優しい……の、だろうか、オレは」
私の言葉に、ハチさんはきょとんとして首を傾げる。
その仕草が、動物のようで可愛らしい、なんて思ってしまった。
「優しいですよ。
私たちを気遣える心があるんですから。
十分、すごいことです」
にっこりと笑って言葉を返す。
いつの間にか、緊張した気持ちはなくなっていた。
「ふふ、なんだか、お二人は仲良くなれそうですね」
私たちの様子を見た神様が、嬉しそうに笑いながら声をかける。
「ハチさんも、光穂さんと同じくらいの死期だったんです。
なので、もし、相性が良さそうだったら、光穂さんからハチさんへ、いろんなことを教えていただきたかったのですよ。
仲が悪かったら、とか、いろいろ心配事はありましたが――杞憂だったみたいですね」
にこにこ、と神様は嬉しそうだ。
そうは言っても、私に教えられることがあるんだろうか。
神様にお願いされた以上、頑張るつもりではあるが……。
「そうですね。
まずは、光穂さんのことを教えてあげましょう」
考え込んでいる私に、神様が声をかける。
その言葉を聞いて、ハッとした。
そうだ、私は自己紹介もしていない。
慌てて、ハチさんの方へ向き直る。
「あ、改めまして!
私は、津山光穂(つやま みつほ)と言います!
え、ええと……年齢は21歳で……。
な、仲良くなりたい、です!ハチさんと!
よろしくお願いします!」
まとまらないまま、バッと頭を下げてしまった。
頭上から、ハチさんの不思議そうな声が聞こえる。
「つやま……みつほ……。
それが、オマエの、なまえ、ってやつか?」
私が顔をあげると、声を同じく不思議そうな顔をしたハチさんがいた。
「は、はい。
津山光穂、それが私の名前です。
よ、呼びやすいように呼んでいただければ……と……」
自己紹介というのは、私にとっては慣れないもので。
ドキドキしながら相手の反応を伺ってしまう。
ハチさんは、何度も「つやまみつほ……」とブツブツ呟いていた。
彼にとっては、言いづらい名前なのだろうか。
「ハチさんは、名前というものにあまり馴染みがないのです」
神様が、私の隣に立ってこそっと教えてくださる。
私が顔に疑問を浮かべていたのだろう、神様は言葉を続けた。
「ハチさんたち兵器は番号で呼ばれていましたし、魔法使いも、名前を名乗ったことはありませんでした。なので、名前を呼ぶ機会はほとんどなかったのですよ」
そこまで聞いて、なるほど、と納得する。
名前にさえ触れてこなかったなんて、とても悲しいことなのではないだろうか。
私は、相変わらず私の名前を繰り返すハチさんに声をかける。
「ハチさんさえよろしければ、みつほ、と呼んでください。
そして、何度でもお互いの名前を呼び合いましょう」
少しばかり恥ずかしい。
下の名前で呼ばれることなんて、家族以外になかったから。
けれど。
彼と仲良くなってみたい、と。
そんな心が、私の中に芽生えていた。
「……みつほ?」
ハチさんが私の方を見ながら、私の名前を呼ぶ。
やはり、少しくすぐったい。
それでも、どこか幸福感もあった。
(名前を呼ばれるって、嬉しいことなんだな)
そんなことを考える。
私は、名前を呼ばれる経験がなかったわけではないが、あまり良い思い出はない。
でも、不思議とそれらの思い出が思い出せない。
思い出したくもないので、あまり気にはならなかったけれど。
「はい、ハチさん。
私は、光穂ですよ」
にっこりと微笑みかける。
ハチさんもまた、優しい表情で小さく小さく微笑んだ。
「みつほ。
みつほ……うん、覚えた。
オマエは、みつほ、だな。
みつほ、みつほ。
うん、良いな……良い、名前だ」
ハチさんは、嬉しそうに何度も私の名前を口にする。
照れくさかったが、悪い気はしなかった。
それに、何よりも。
私の名前を口にするハチさんの顔が、優しくて。
その表情を見ると、私も嬉しくなったのだ。
これから、お互いの名前を呼ぶ機会がたくさんあるのだろう。
それが、少し……いや、かなり、楽しみかもしれない。
(……なんて)
つい、そんなことを考えてしまった。
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