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1話

――光が差し込んでいることが分かる。
瞼は落としたままだが、光に包まれている自覚はあった。

(地獄はこんなにも明るいのか……?)

覚醒しきらない頭で考える。
考えたところで、何も分かりはしないけれど。

「おはようございまーす!起きてくださーい!」

突然、明るい声が響き渡る。
それは私のものではなく、誰か別のもの。
高すぎず、かといって低いわけでもない、音程で言えばアルトくらいの女声。
明朗な、聞き取りやすいよく通る声だった。

「……」

恐る恐る、瞼を上げる。
光が目に飛び込んできて、少しだけ怯んでしまった。
何度か瞬きをして、前方を見やる。
ここはどうやらどこかの部屋のようだ。
私のちょうど目の前に先ほどの声の主と思われる人が立っており、部屋の中には私と声の主だけがいるようだった。

「おはようございます。
 目覚めはどうですか?気分は悪くないですか?」

元気の良い声色から一変、落ち着いた優しい声で話しかけられる。
目の前の人物は、黒髪のショートヘアーに白いローブのようなものを身にまとった女性だった。
何故だか、ただならぬ雰囲気を感じる。
神々しいとでも言えばいいだろうか。
特別な見た目はしていないのに、どうしようもなく委縮してしまうような、かといって圧があるわけではない、不思議な雰囲気をまとっていた。

「あ……、えっと……、……はい、どこも悪くない、です」

声を強張らせながら、途切れ途切れに返事をする。
私の返答を聞いた彼女は、にっこりと微笑んだ。
私も彼女と同じ黒髪のショートヘアーなのだが、何故ここまでにも雰囲気が違うのだろう。
彼女は、髪の毛の一本一本さえも尊いように思えた。

「それならよかったです。
 では、改めまして――ようこそ、セカンドワールドへ!」

私がぼんやりと彼女のことを考えていると、訳の分らないワードが聞こえてくる。
……セカンドワールド?

「セカンドワールドとは、死後を幸せに生きるための世界ですよ」

私の表情から、疑問の色が見て取れたのだろう。
彼女はそう教えてくれた。
ああ、ということは、私はちゃんと死ねたんだ……なんて、どうでも良いような安堵をする。

「この世界では、誰でも幸せになれます。
 幸せに必要なものは何でも揃っています。
 望めば、何でも手に入ります。
 神様である私が、この世界の人々の幸せを保証します」

微笑みながら私に説明をする彼女の話をぼんやりと聞いていたが、最後の言葉でハッと我に返った。

「か……神様……?!」

思わず口に出すと、彼女――神様は楽しそうに微笑む。

「ええ。そうです。
 私がこのセカンドワールドを創り出した神様です」

そう言いながらも、彼女は「緊張しないでいいですからね?」と付け加えた。
緊張しないわけがない。
神様なんて、生まれて初めて見たし、そもそも人間に見ることが可能なものだとは思っていなかった。
相手が神様だと分かった途端、緊張がさらに大きくなる。
神様は、やはり私の緊張を分かっているようだった。

「この世界に来た人には、私が直々に世界の説明をしているんですよ。
 ですので、もっと気楽にしてくださって大丈夫です」

ぽんぽんと頭を撫でられる。
不思議と、肩の力が解けていった。
神様の力か何かなのだろうか。

「肩の力が少しは取れたようですね。
 それでは、世界の説明をしましょう」

そう言って、彼女は世界の説明を始めた。
といっても、説明は簡単なもので、この世界は幸せになるために創られたものであること、本人が幸せであるならば何でもできるということを教えてもらう。
もちろん、何でもできるが、人を故意に傷つけることだけはできないらしい。
ちなみに、金銭という概念もないらしく、欲しいものは願えば出てくるんだとか。
また、入浴という文化はあるが、念じれば服も体も綺麗になるなど、なんとも便利な世界になっている。
……なんてファンタジーな世界だ。
私は日本で生まれ育ったため、異世界すぎて頭がくらくらする。

「……でも、」

神様が説明を終わらせた後、私は口を開いた。
どうしても、これだけは言わずにいられない。

「私は、幸せになってはいけないと思うんです」

ぽつり、と。
しかし、はっきり聞こえるような声で。
神様は何も返さない。
きっと、私の言葉を待っているのだろう。

「私は、自殺をしました。
 たくさんの迷惑を掛けました。
 死ぬ時だけでなく、死ぬ前から。
 ……そんな私が幸せになるなんて、駄目だと思うんです」

俯きながら、呟くようにして語った。
神様は、どんな顔をしているだろう。
顔を上げることもできない私には、知る由もない。

「……なるほど、貴方の気持ちは分かりました」

私が語り終わって少しの沈黙が流れた後、神様は声を発する。
その声には、怒りや呆れの色などはなく、ただ優しく平坦なものだった。

「それでは、貴方にお願い事をします」
「……え?」

私は、ぽかんとして顔を上げる。
神様からのお願いなんて、どういうことだろう?

「貴方は幸せになってはいけないと思っている。
 でも、私は貴方にも幸せになってほしい。
 でも、貴方は手放しで幸せになれない。
 では、こうしましょう。
 私の使命を果たすために、この世界で生きてください」

「……」

なんと返事をすればいいか分からず、思わず唖然としたまま黙ってしまった。
しかし、すぐに意識を取り戻し、慌てて返事をする。

「は、はい。
 神様のご命令とあれば、何でもします!」

その返事に、神様は困ったように微笑んだ。

「そんなにかしこまらなくていいんですよ。
 命令というほどのものではありませんし、楽しんでいただければと思います」

その言葉を言うが否や、神様は片方の腕をすっと肩のあたりまで伸ばす。
すると、彼女の手を伸ばしているちょうど隣の空間がまばゆく光り出した。
あまりの眩しさに目を閉じる。
少しして眩しさが落ち着いたことが分かると、私は目を開けた。
その開いた目を見開くとも知らず。

「こちらの08さん……通称ハチさんですね。
 この方と一緒に生活をして、愛を教えてあげてほしいのです」

彼女が紹介したのは……人間とは言いがたい、何と表現すればよいか分からない生物だった。
体の右半身は人間なのだが、左半身は真っ黒な腕に足、さらには絵本に出てくる怪物のような形をしている。
身長は神様よりもはるかに高い――2メートル以上はありそうだ。
顔も右半分は普通の人間のそれなのだが、左耳は尖っていて真っ黒、左目は白目の部分が黒くなっており、瞳は赤色になっていた。
頭には、片方だけ悪魔のような角が生えている。
私が生きていたら絶対に出会えないであろう生き物に、思わず言葉を失った。

「この方は人工兵器として生きてきました。
 今では、私は知性と理性を与えたので、人を攻撃することがありませんが、まだまだ知らないことがたくさんあります。
 そんな彼に、たくさんのコトを教えてあげてほしいのです」

神様は、微笑みながらそう告げる。

――これが、彼と私の最初の出会いだった。
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