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短編集

「恋には寿命があるって知ってる?」

きみは突然そんなことを言い出した。
何を言うんだ、という僕の思いが伝わったのだろう。
彼女は言葉を続ける。

「恋は3年で終わってしまうんだって」

右手の人差し指で宙に「3」と描きながら彼女は大して興味がなさそうに言った。

「自分で話を振っておきながらどうでもよさそうだね」
「んー……まあね……」

公園のベンチに体を預けてぐだっとしながら歯切れが悪く彼女は言葉を返す。
彼女は「恋の寿命」を知ってどう思ったのだろう。
確かに僕たちは付き合って2年と数か月たっている。
彼女の言う寿命が正しいならば、僕たちの恋はもうすぐ終わる。
それを、心配しているのだろうか。
繊細さなどなさそうな彼女がそう考えているのかと思うと、少し面白い。
口元が緩んでいたのだろうか、僕の顔を見た彼女が口を尖らせる。

「なに笑ってるの」
「いや、別に笑うつもりで笑っていたわけじゃないよ」
「言っとくけどねえ、別にきみとの恋が終わることを心配なんてしていないんだから」

つん、と僕の鼻をつつきながら彼女は笑った。
それはどういう意味なんだろう。
僕となら恋が終わらないよ、という意味?
それとも、僕との恋が終わっても別に構わないよ、という意味?
聞きたいけれど、その問いかけが口から出ることはなかった。
代わりに、笑顔の彼女につられて僕も曖昧に笑う。
……僕は。
この恋を終わらせたくなんてないな。

―――

「今日は私たちが付き合って3年目の記念日です」
「そうだね」
「そして、恋の寿命は3年です」
「……そうだったね」

ここは僕の家。
記念日ということで、一緒にケーキを選んで買って、ついでにお互いの好きな料理を作った。
盛大なお祝いだ。
……というのに、彼女はなんてことを言い出すんだ。
今に始まったことではないけれど。

「つまり、私たちの恋は今日で終わりです」
「……はあっ!?」

いや、確かに彼女が突拍子もないことを言い出すのは昔から変わらなかった。
だからと言って、記念日にそんなことを言うか?
僕は振られてしまうのか?
せっかくこの日のためにいろんな準備をしたというのに。
まさか、そんな。
信じられない面持ちで彼女を見やる。
彼女はいつものように笑顔だ。
それは、悲しみや罪悪感などない、太陽のように明るい笑顔で。
この表情が大好きだった。
もう、見れなくなるのだろうか。
一瞬で悲しみが僕の中で渦巻く中、彼女は口を開く。

「そんな絶望的な顔をするんじゃないよ。
 恋が終わるとは言った。
 けど、私たちの関係が終わるとは言っていないでしょ」

確かにそうだ。
そうだ、けれど。
それは、友達に戻るという意味?
今にも涙が出てきそうだ。
僕は、彼女の顔が見られなくなって俯いた。

「……まったく、もう!
 これじゃ私が悪いみたいじゃない!」

彼女が少し声の大きさを上げる。
いつものような、明るい声のまま。
そう言われても、僕はどんな顔をすればいいんだ。
僕との恋が終わりと言われた。
それはもう、僕のことが好きではないという意味ではないのか。

「ほら、顔上げて」

彼女が僕に近づいて顔を上げるように促す。
彼女の顔を見たら泣きそうだったが、それでも頑張って顔を上げた。
……そして、ぼくの涙は引っ込むことになる。

「今日は私たちの”愛”の始まりにしようよ」

彼女は、僕に向かって指輪を差し出していた。
シンプルなデザインの、僕の指にぴったり合いそうな、綺麗な指輪。
これは、所謂、

「……ぷろぽーず…………?」

頭の理解が追い付かない。
自分の発している言葉が、どこか遠い国の意味の分からないもののように感じた。

「そう、プロポーズ!
 もう、そんなアホな顔しないで!」

彼女は笑いながら僕を茶化す。
ああ、もう、本当に、この人は……。
どこまで僕を振り回すんだ。

「はあ……」

大きなため息をつくと、彼女はびくりと肩を震わせた。
僕が怒ったとでも思ったのだろう。
そして、彼女をそのままに僕は近くの引き出しからあるものを取り出す。
それを彼女に向かって差し出した。
彼女の眼が、驚きで見開かれる。

「僕も、きみと同じ気持ち。
 ったくもー、僕から言いたかったのに」

この日のために、何度予行練習をしただろうか。
どれだけ長い期間、きみに伝える言葉を考えただろうか。
それが、全部吹っ飛んでしまった。
……でも、それも悪くない。
なんて思ってしまうあたり、僕の今後の人生が彼女に振り回されることが確定したのだろう。
喜びのあまり僕に突進するように抱き着いてきた彼女を抱き留めながら、僕は密かに微笑んだ。
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