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短編集

「死にたい」と、君はよく口にする。
それが、嘘偽りない真実だということは知っていた。
だからと言って、僕にできることは何もない。

助けようと思ったことはない。
誰かを助けられるほど、僕はできた人間じゃない。

支えようと思ったこともない。
誰かを支えられるほど、僕は強い人間でもなかった。

それでも、ただ、僕は君の話を聞く。
それが、せめてもの気晴らしになるなら、それで良かった。

ある時、君は言った。
「死は救済なんじゃないか」と。

それに対して、僕は何と言えば良いのか分からなかった。
そんな僕を見て、君はケラケラと笑う。
「酷い顔をするもんじゃない」と。
「私のことなんかで、そんな顔をするな」と。
それを聞いた僕は、一体、どんな顔をしていたのだろう。
ぎこちなく笑ったのか。
悲しい表情を浮かべていたのか。
自分でも、分からなかった。

僕は言う。
「死ぬことは、救済なんかじゃない」
「死んだら、何もなくなる。何もかもが無になる。そんなの、救済と呼べない」と。

君は笑う。
僕がよく見た、何もかもを諦めたような――全てを悲観したような顔で。
「今の苦しみをマイナスだとしたら、無はゼロだ」
「それなら、結果的に、死ぬことは私にとってプラスなのだよ」なんて。
にこやかな顔で言う。
それが真実と捉えて、疑わないような顔だった。

僕は、口をつぐんでしまう。
君の言うことは君にとっての正論で、僕が何か言える立場じゃない。
それでも。
君にかける言葉を探してしまっていた。

君は、少し困ったような顔をする。
「こんな話をしてごめんな」と。
そして、いつもの調子で他愛もない話を繰り出すのだった。

僕は、君の話を聞きながら考える。
君にとっての救済は、何なんだろうと。
本当に、死ぬことなのだろうか。

今日も、答えは出ないままだ。

「なあ」
「……うん」

君は明るい声で言う。
きっと君は、死にたがっていることさえ除けば、明朗で笑顔の素敵な存在なのだろう。

「死にたいって、聞き飽きただろ?」
「……いや、なんていうか、その」

僕が言いよどんでいるのを見て、君は笑った。
やっぱり、明るい笑顔だ。

「ははは!まあ、なんて答えればいいか分からんよな。
 いいんだ、気にしないでくれ」
「……」

僕は、困ったように笑うことしかできなかった。
そして、君は急にさみしそうな表情を浮かべる。
どうしたのか、と聞く前に、君が口を開いた。

「本当はさ、死にたくなんてないんだ」
「……!」

僕は、少しばかり目を見開き、君の顔を見る。
君は、悲しそうに笑って、話を続けた。

「私だって、生きて、幸せになりたい」
「大きくなくてもいい、ささやかな、小さな幸せでいいんだ」
「そんな幸せを感じながら、生きていたい」

僕は、心がじわじわと温かくなる。
そして気づいた。
僕は、君に、生きていてほしかったんだと。

「でも」

君は俯いて。

「駄目なんだ」

苦しそうに。
その言葉を喉から出すことが痛くてたまらないかのように。
君は言う。

「私は、幸せになれない」
「幸せになっちゃいけない」
「幸せになる権利がない」

ぼろぼろ、と。
まるで、何かが崩れたかのように、君は言葉を続けた。

「幸せになるくらいなら、死んだ方がいい」
「こんな私が生きて、幸せになることが、許せない」
「今まで死にたがっていたのに、本当は生きていたいなんて」
「そんなの、虫が良い話だと思うだろ」

顔を上げた君の顔は、今にも泣き出しそうで。
苦痛に耐えるような顔をしていた。

「……君は、この世に生まれてきた」

ぽつり。
僕は、呟くように言う。

「生まれてきた時点で、幸せになる権利はある。
 そもそも、幸せになることに、権利なんていらない。
 生きたいと願っていいんだよ。
 幸せになっていいんだよ。
 君は、今までたくさん苦しんできた。
 もう、いいんだ。
 そんなに自分を責めなくても。
 そんなに自分を嫌わなくても。
 だから――」

思っていたことが、全部口から出てしまう。
そんなこと、気にしていられなかった。
君の顔を真正面から見つめて、真剣に言葉を紡ぐ。
そして、僕がずっと伝えたかった言葉を口にした。

「君に、生きてほしい」

その言葉で、ついに君は泣き出してしまう。
でも、その涙は悲しみのものではない、はずだ。
きっと、これからの未来を切り開いてくれる、視界を晴れやかにしてくれる……。
そんな、涙だろう。

(なんて、格好つけすぎかな)

泣きながらも、「ありがとう」と言って笑う君を見ながら、僕も微笑んだ。





あれから、しばらく経った。
今も、君との交流は続いていて、

「あー!今日も死にたいなー!」

……君は相変わらず「死にたい」と口にする。
しかし、それが今では本心でないことは知っていた。
君は、僕に笑いかける。

「死にたいくらい、生きているって感覚があるって素晴らしいなー!」
「……そうだね」

僕も君に笑みを向けて、一緒に笑いあった。

きっと、これから先も、死にたくなることは多くあるだろう。
そのたびに、乗り越えることは大変だろうし、苦しいと思う。
でも。
自分の本心を知った君なら。
きっと、のらりくらり乗り越えて、幸せになってくれる。
そう、信じたいと思った。

――死にたがりの君へ。
僕は、今日も君に「生きてほしい」と願っています。
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