都内の高級ホテルの宴会場。今日、この場所で赤沢 れいのパーティーが盛大に開かれる。これまでの努力が実を結び、れいがついにヒーロービルボードチャートJPの5位にランクインしたのだ。
現役プロヒーローであり、れいの元恋人でもある常闇踏陰はその知らせを聞き、祝いの席に出席するかどうか躊躇していたが、元同級生の緑谷出久から強い押しを受け、参加することにした。

―彼女との昔の関係は、A組の誰にも言っていない。
―あくまでも、元クラスメイトとして、馳せ参じよう。

ドアを開けると、華やかな会場が目に飛び込んできた。様々なヒーローたちや関係者が集まり、笑顔で祝杯を挙げている。

会場の中央には、彼女――れいの姿があった。
彼女は輝くような笑顔で、ゲストたちと楽しそうに会話をしていた。その姿を見た瞬間、常闇の胸の奥に微かな痛みが走った。

二人の過去が鮮やかに蘇る。
れいと常闇が共に過ごした時間、共に戦った日々、そして、愛し合った記憶。
全ての記憶が流れの強い川のように、心の中で渦巻いていた。
しかし、あの輝かしい思い出の最後に、二人は別々の道を歩むことを選んだのだ。

―元クラスメイトとして、だ……。

常闇は静かにれいに近づき、その背中に目を留めた。彼女の周りには多くの人が集まり、賑やかに話している。れいの笑顔は眩しく、彼女が今の自分にとって、どれだけ遠い存在になったのかを実感させられた。
やがて、れいがふと常闇の存在に気づき、目が合った。驚いたような表情を見せたれいは、すぐにその表情を柔らかい微笑みに変えた。

「踏陰くん！来てくれたんだね。」
れいはそう言いながら、常闇の元に歩み寄った。
「勿論。れいの成功を祝いたかった。この度は本当におめでとう。」
常闇は静かな声で答えた。

二人の間には、しばしの沈黙が流れた。過去の思い出が、言葉にならない感情として二人の間でせめぎ合う。
「ありがとう、踏陰くん。来てくれて、本当に嬉しい。」
れいは常闇の顔を見つめた。
常闇もれいの瞳を見つめ返した。
常闇は心の中で複雑な感情が渦巻くのを感じる。れいのことを今でも大切に思っているが、もう昔のようには戻れない現実を知っている。

れいの左手の薬指に光るダイヤモンドのリングが、その現実を痛いほど思い知らせる。

「れいがこうして成功を収めたのは、他でもない、自身の努力の賜物だ。俺は、元クラスメイトとして……誇りに思っている。」

彼の言葉に、れいは少しだけ寂しそうな顔をして笑った。

「……そうだね。踏陰くんも、プロヒーローとしていつも活躍していて、私の……元クラスメイト、として、すごく誇りだよ。」

れいは微笑みながら目を潤ませた。
かつてと変わらない微笑み、しかしあの頃にはもう戻れない苦しさが瞳に現れていて、常闇に切ない苦しさを覚えさせる。

「祝いに来る人の数、凄いな。こんなに強くなって、ヒーローランクのトップ5までになるとは、相澤先生もだれも、予想していなかったのではないか。」
「ふふ、そうだね。私劣等生だったから。でも、踏陰くんが、今の私を作ってくれたの。私、踏陰くんと出会ったことで、本当に強くなれた。」

その言葉に、常闇が少し目を見開く。
少し息を吐いて、決心するかのように呟く。

「元、クラスメイト、としてだけじゃなく―」
「うん。」
「俺たちの過去は、その……切ないものだった。だが、お陰でかなり成長できた。人を愛するということは、時に息苦しいが、何物にも代えがたい経験だ。」

常闇の口から「愛」という言葉が聞こえ、当時の気持ちを思い出したれいは、しっかりと頷いた。

「あの頃、私たち、愛について飽きるほど語り合ったよね。私も、本当に色々と学んだよ。愛って、意外と辛くて、苦しいよね。でも、踏陰くんを知らずに生きていくくらいなら、知って泣いた方が良いと学べたのも、事実だよ。だからこうして踏陰くんがここに来てくれたことが、私にとって、とても特別なの。強くなる理由になってくれて、ありがとう。」
「こちらこそ、感謝しかない。これからもずっと応援しているぞ。」
「私も応援するね。」

過去の記憶は鮮やかで、忘れられないものだった。
どれほどの時が経っても、れいとの思い出は常闇の心に深く刻まれている。

桜の花びらが舞う道で、初めて手を繋ぎながら愛を語った春。
二人で浴衣を着て、花火を眺めながら愛の表現について考えた夏。
紅葉が赤く染まる公園で、落ち葉の香りに包まれながら愛を囁いた秋。
冷たい風が頬をかすめる中、寒さを忘れて喧嘩して、愛を示した冬。

全てが、今の二人を形作っている。
それは、決して無駄ではなかったのだ。

「……ねぇ、あの頃の愛とはまた違うけど、お互いを見守っていくのも、また別の形の愛になるんじゃないかな。」

れいがポツリと言う。

「そうだな。愛が芽生えたときと同じ形であり続けなければ愛とは言えないなんて、辞書にはないはずだ。」

そのとき常闇は、これまで考えあぐねていた「愛」とは何かの正体に、やっと触れた気がした。

二人はその後短い会話を交わして乾杯し、れいは先輩ヒーローに挨拶を、常闇はかつての旧友と思い出話に花を咲かせた。
れいを祝福するために集まった人々の中で、常闇は一人静かに彼女の姿を見つめる。
れいが一番遠くなった日に、れいの愛を一番身近に感じた。

二人はこれからも、プロヒーローとして活躍していく。




【ちはやぶる　神代も聞かず　竜田川　からくれなゐに　水くくるとは】
神々が活躍していた古代の時代にも、こんなことは聞いたことがありません。竜田川の水が、真紅の紅葉によってまるで赤く染められているように見えるなんて。
（解説）この和歌は、在原業平が過去に愛した二条の后との再会を通じて、彼女のために作られた屏風の美しさを称えて祝う歌です。二人の間に流れる愛は形を変えますが、色褪せることはないのかもしれません。