夕暮れ時、れいは学校から寮へと続く静かな帰り道を歩いていた。空はほんのりオレンジ色に染まり、柔らかな風が心地よく吹いているはずなのに、れいの心はざわついて落ち着かなかった。

爆豪に送ってもらった次の日から、何故だか、常闇を意識するようになってしまった。
今日は常闇と帰るのが気まずくて、少し遠回りをして帰る。

れいはふと心の中で、今日の訓練での常闇を思い出した。
ダークシャドウと共に飛ぶように戦っていたところも、疲れたように肩を回していたところも、成果が上手く出ない仲間に優しくアドバイスをしていたところも、先生に褒められて嬉しそうにしていたところも……。

全てが、かっこよくて、新鮮だった。

世界がパッと明るく色づいて、煌めいて見える。

まるで、今まで吸っていた空気さえ変わってしまったみたい。

この気持ちは、爆豪くんにさえ抱いたことはない。

私は―


その時、背後から静かな足音が聞こえてきた。振り返ると、常闇踏陰がいた。
「赤沢、足は大丈夫なのか？」
常闇は、いつもと変わらない冷静な声で問いかけてきた。
その声を聞いた瞬間、れいの胸がドキッと跳ねる。
常闇と話すだけで、こうも心が乱れるようになったことに戸惑いを感じながらも、れいは少し微笑んで返事をした。
「う、うん、もうだいぶ良くなったよ。」
常闇は頷き、れいの隣に歩み寄った。
「そうか。安心した。なら、寮まで一緒に帰ろう。」

れいは驚き、思わず顔を赤らめた。常闇がこうして自然に声をかけてくれるのは以前からよくあったことだが、今のれいにとってはそれが特別な意味を持って感じられた。

「ありがとう……。」

並んで歩き始めると、胸はさらに高鳴り始めた。
隣で歩く常闇の静かな存在感、そして落ち着いた声が、いつも以上に心を揺さぶってくる。
今までは何ともなかったのに、距離、歩幅、声の高さ、息遣い、全てが不自然じゃないか、変に思われないかと意識して動揺してしまう。
爆豪に肩を預けていたときさえこんなことは考えなかったのに、今は自分の全てが常闇にとってどう見えているかを終始考えてしまい、頭がショートしそうだ。

「訓練は順調だったか？」
常闇がふと、訓練のことを尋ねてきた。れいはその問いかけに一瞬戸惑いながらも、無理に笑顔を作って返事をした。

「うん、なんとかうまくいったよ。でも、まだまだ課題は多いかな…」
常闇は彼女の答えに頷き、「お前はいつも頑張っているな。自分のペースでやればいい。」と、彼なりの励ましを言ってくれた。
その言葉に、れいの胸は再びドキリとした。

―常闇くんは、今日、すごくかっこよかった。

言葉にならないコトバを飲み込む。

ますます自分が常闇に惹かれていることに気づいてしまった。こうして話す時間が何よりも特別に感じられる。
どうしてこんなにも意識してしまうのか、自分でも分からなくなっていた。

「ありがとう、常闇君。そう言ってくれると、少し安心するかも……。」
れいは少し照れたように言ったが、その言葉にすぐに後悔した。
心が乱れているせいで、いつも通りの自分らしく話せなくなってしまう。
常闇は彼女の様子に気づいたのか、優しく微笑む。
「お前が頑張っていることは、誰もが分かっている。それに、俺もお前を見ているからな。」と静かに答えた。
その言葉を聞いた瞬間、れいの心は一気に跳ね上がった。

「俺もお前を見ているからな。」

常闇は何気なく言ったのかもしれないが、その一言が彼女にとっては心臓を締め付けられるくらい特別な輝きを持っていた。

常闇が、自分のことを見てくれている。

そう思うと、ますます気持ちが膨らんでいく。爆豪に対する憧れが薄れていく一方で、常闇への特別な感情が大きくなっていくことに、れいは気づかずにはいられなかった。

常闇の優しさ、そして静かに寄り添ってくれる存在感が、れいの心を支えてくれている。それを感じるたびに、常闇にもっと近づきたいと思う気持ちが強くなるが、同時に、その感情が伝わるのが怖くもあった。
れいは、心が乱れていることを隠すように静かに息をつき、夕暮れの空を見上げた。常闇と並んで歩いているだけで、自分の心がこれほどまでに揺さぶられることが、今はまだ信じられなかった。

―この気持ち、どうしたらいいんだろう……。

常闇への気持ちがますます強くなり、話すたびにその感情が膨らんでいくことを感じながら、れいは静かに寮へと続く道を常闇と歩いた。