「常闇くん。なんか……目が合ったから、来ちゃった。」

気まずそうにはにかむれい。
それが常闇との会話の始まりだった。

常闇は話しかけてきたれいに少し驚いたものの、すぐに冷静な顔に戻った。
「……赤沢が話しかけてくるとは思わなかった。その……何か思い詰めているような顔をしていたから、つい目が向いてしまった。」

常闇の声はいつも通り低く落ち着いていたが、れいはその声に常闇の優しさを感じ取った。れいはほっとして、会話を続ける。

「うん、ちょっと悩みがあって……もしかして、気づいてたりする、かな？」
「なんとなく見当はつく。」
「やっぱり、バレてたか～。」

照れるように笑うれいを見て、常闇は目を伏せる。
れいに気づかれないくらい軽く、歯を食いしばりながら。

「悩んでいるなら、誰かに頼ることがあっても良いと思うぞ。その相手が俺でも……構わない。」

その言葉に、れいは純粋に喜び目を輝かせた。

「ありがとう……！今日、常闇くんがよければ、一緒に帰らない？」
「……御意。」



二人は校舎から出て、長い影を背に歩き出した。

「赤沢、随分と一人で考え込んでいるようだな。」
周りに人がいないことを確認して、常闇が静かな声で話しかけてきた。
れいは寂しそうに微笑んで答える。

「……うん、ちょっとね。最近、頭の中が整理できなくて。」
「恋慕の悩みか。」

れいはしばらく言葉を詰まらせたが、思い切って常闇に話すことを決心した。

「実は……爆豪くんのことなんだけど。」

れいから発せられるその名前に、常闇はわずかに目を細めた。れいが爆豪に対して抱いている感情を知っていたし、それが彼女の中でどれほど心を乱しているものかも感じ取っていたが、直接れいの口から聞きたくはない名前だった。

「爆豪くんのことが、その、好き、で、片思いしてるの。爆豪くんのことを考えると、胸が苦しくなるし、もっと近づきたいって思うんだけど、中々勇気が出なくて。」

れいは、今まで自分が抱えていた感情を少しずつ言葉にしていく。
れいの瞳には不安と切なさが浮かんでいて、その姿を見ている常闇は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
常闇は冷静さを保ちながら、れいの話を最後まで聞くことに集中する。

「爆豪くんは、すごく強くて、自分に自信があって……そこがすごく素敵だなって思うの。意外に仲間想いのところもあるし。個性の関係で訓練ではよく一緒になるけど、でも、いざ爆豪くんと雑談とか話そうとすると、私なんかじゃ到底届かない存在のような気がして……全然仲良くなれない。」

常闇はしばらく黙っていたが、れいの沈んでいる顔を見て、口を開いた。

「届かないと感じているのは……赤沢が自分自身を低く見ているからではないのか。」

れいは驚いて常闇を見つめた。
「私が……自分を低く見てる？」

常闇は頷いた。
「そうだ。赤沢は自分を卑下している。爆豪が強くて、自信に満ちているのは確かだ。だが、赤沢もここまで成長してきた自分に自信を持つべきだ。」

常闇の言葉に、れいはしばらく黙り込んだ。

「自信、かぁ……。」

それでも、れいにはまだ不安が残る。

「でも……自信を持ったとしても、爆豪くんが私に興味を持ってくれるかどうかは……分からないよ。」
「分からないかどうかは、爆豪に気持ちを伝えてみるまで、分からないことだ。人の気持ちは見た目だけでは計れない。」

れいの恋が成就したら、一番苦しいのは自分だと、常闇はそのことを十分すぎるほど理解していたが、同時に彼女が爆豪を想い、苦しんでいる姿を見るのは辛かった。
常闇は何かできることはないかと考えていた。

「例えば、その……恋愛についてどう思っているかを聞いてみるとか、だ。爆豪がどう答えるかは分からないが、少なくとも多少、赤沢のことを意識することになるだろう。」

常闇は努めて優しく話すように心がけた。自身のその想いをれいに悟られないようにしたかった。

―いくら色恋に興味のなさそうな爆豪であっても、クラスのマドンナ的存在の赤沢に恋愛の話を振られたら、男子として意識せざるを得ないだろう。その時俺は……。

「あの爆豪くんに、恋愛の話……。緊張する……。」
「赤沢が聞くなら、大丈夫じゃないか？ 赤沢はそれだけの魅力を持っている、と、俺は思うが。」

まずい、口を滑らした、と咄嗟に思った常闇だったが、れいは彼の言葉の真意に気づかない様子で微笑んだ。

「勇気づけてくれるんだ、優しいね。」

常闇は自分を応援してくれている、そう思えるだけでれいは気持ちが楽になった。
そんなれいを見て、常闇の心の中には切なさと焦りが広がる。
しかし、今の自分にできることといえば、クラスメイトとしてれいを応援することくらいしかなかった。

「俺は赤沢の味方だ。」
それがたとえ、自分の気持ちが報われないものであったとしても。