みじかいおはなし
「そうそう、顔がいいだけの男って嫌よねえ」
「わかる~」
「やっぱり自由にさせてくれて、それでいてこちらが尽くしたくなるぐらいいい男が理想よねえ~」
「めっちゃそれな~」
二人で布を裁ちながら雑談をするのは私の好きな時間だ。
このお嬢さん、もとい副マスターの彼女とはだいぶ話が合って、よくマイルームにお邪魔する仲である。『裏切りの魔女』とあだ名される私の過去のあれこれの話について話したとき、「ええ~、そんな男捨てて正解だよ!」だなんてまっすぐに励ましてくれたのが一つ、そしてお裁縫を趣味にしているのがもう一つの大きな理由だった。おかげで人形のジオラマ制作がはかどること。戦うために召喚された身だけれど、戦闘以外のときはこうして大いに楽しませてもらっている。
故郷のオケアノスの水底を思わせる鮮やかな青――部屋一面に広がるやわらかなドレープを描く布。すべて彼女の魔術で編んだものだ。ひゅっと糸をしぼるように手を動かせば、一瞬でその布の一枚が引き出され、糸を引きしぼるたびにフリルの形になっていく。この瞬間が好きだった。
「……できた! どう、メディアさん?」
「相変わらず手際がいいわね。綺麗よ」
魔力の糸で次々と縫いあげられていく布地は、彼女の薄い身体を覆ってひらひらと輝いている。たっぷり布を使ったスカートのスリットからさりげなく脚を見せ、大きく背中を開けたデザインはいつもの喪服みたいな地味なものよりもだいぶ人目を惹くことだろう。裾のほうには真珠を思わせる粒が縫い付けられ、きらきらと輝いていて美しい。
口うるさい緑の弓兵あたりには、またそんな無駄なエネルギーを使って、だなんて小言をこぼされるのかしら。
「あー、お嬢さん? そろそろ入っていいかな……?」
外からためらいがちに声がする。ドアを開けると、憂鬱と諦めを煮こごりにしたような重い表情の少女――いえ、正しくは少年がそこに立っていた。
金の麦穂のような髪が美しく、デザインはお嬢さんとお揃いの色違いで、夕陽を染めつけたみたいなオレンジ色のドレスをまとっている。
アーチャー、ビリー・ザ・キッド。美女や美少女が揃うカルデアではけっして目立たないけど、完全に大人にはなりきらない身体つきといい、よく見たら長い睫毛といい、素材は悪くないじゃない。
特異点での潜入調査に向かうため、レイシフトメンバーが全員女装することになったので仕方ない。ええ、仕方ないことなのよこれは!
「もうそろそろ出発できるかい?」
「だめよ、まだビリーくんのお化粧ができてないもの。こんな素敵なドレスなのにすっぴんじゃいけないわ」
「はいはい、もう好きにしてくれよ……」
化粧道具を引っ張り出し、にこにことして少年の唇に紅をさす少女は、微笑ましいけれどどこか倒錯的だ。
倒錯には多かれ少なかれ、必ず原因がある。
(……なんとなくだけど)
彼女は自分のことを多くは語らないから何があったかは分からないけれど、どうも私と同じで――男性が苦手なように見える。カルデアには美女だけでなく、顔が良くて背の高い、一般的に言われるところの美男もいっぱい揃っているけれど、あまり近づこうとはしないで女の子とばかり喋っているから。
ドレスを着せるのはたぶん、好きだからというのと同じぐらい、恐ろしいと思う気持ちを覆い隠すためかもしれない。
「――はい、終わったよ」
「靴はわたしが用意するわ、シンデレラのガラスの靴に負けないやつをね」
化粧を施されたビリーは性別を知っていても女の子にしか見えなくて、思わず見とれてしまいそう。俯いて物憂げな表情がとても儚くて、人形にしてしまいたくなってしまう。海の色のドレスと夕焼け色のドレスの双子の人形を、いっしょに飾ってあげようかしら。
「ビリー、女の子の格好、嫌じゃないの?」
今更だけど、気になったから質問してみる。ちょっとした好奇心だ。
その答えは――
「いや、もう諦めたけどさ。格好が男であれ女であれ、惚れさせる自信はあるからね」