◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆:再び、北米大陸にて
夢小説設定
なまえをいれてね名字は『フェローズ』で固定。
未亡人。自由すぎて嫁ぎ先を追い出されてカルデアに来た。
混沌・善属性。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(……味がしないわ)
昼食の時間だ。普段は自室でひとり優雅に食べるのだけど、このカルデアの長たるアニムスフィア家当主の娘オルガマリー・アニムスフィア、たまには次期所長として職員との交流を深めるのもいいかと思い、安っぽいプラスチックの皿に乗った飯を食んでいる。
しかし誰も私に近寄ろうとはせず、人がごった返しているのに私のまわりだけ見事に誰もいない。遠巻きにじろじろ見られて噂話をされているのを無視しながらひたすら口にスプーンを運ぶ作業をしていた。
「席、いいかしら?」
そんな中話しかけてきたのは、この間赴任したばかりの少女だった。眉間に皺を寄せる私の様子を意にも介さず、さっさと隣の席に着く。手にした盆の上にはラズベリーパイとラズベリーパイ、そしてラズベリーパイが満載だ。
「新メニューだっていうから、いっぱいもらってきちゃった。あなたもどう?」
「……いただくわ」
甘酸っぱい味が口内炎に染みる。いつも食べている特製スイーツには劣るが、まあまあと言えなくもない。
「わたし今日が初めての仕事の日だったんだけど、みんな忙しそうでお仕事教えてもらえないの。手を出そうとすると、お前が手伝うようなことはないとか言われて。しょうがないからずっとトイレ掃除ばっかりしてた」
お昼ごはん一緒に食べる人がいて嬉しいわ。そう言って笑う彼女のことは、私も知っていた。遠巻きにされる私を構わずガンガンくるその理由も。
キャサリン=フェローズ。出身は創造科の大御所ブルーウェル家。
約十五年前、ブルーウェルの先代当主、彼女の父親はまだ赤ん坊だった彼女を連れて突如出奔するという暴挙に出た。その理由は今でもわかっていないが、当時は魔術師界隈で非常に大きな噂になり、「まだブルーウェルの当主は捕まってないのか?」が一時期は挨拶代わりにもなった。
結局、十年近くに渡る逃走の果てに彼女は連れ戻され、父親は亡骸となって戻ってきた。
生まれ持った魔術回路の才能だけはあるためアニムスフィアの分家に嫁入りして子を産んだが、魔術師として正規の経歴で育てられたとはとうてい言えず、やたら自由な問題行動が目立った。
実家に戻すこともできず、生きていてもらっても困るが、跡継ぎが亡くなった際にはまた産ませないといけないので死んでもらっても困る――魔術師社会において、跡継ぎでもない女の仕事はとにかく子を産むことに他ならない。外の世界を知った以上、父親と同じように子供を連れて家出する可能性はきわめて高かった。
精神だけ壊して置いておくこともできそうなものだが、世間体のことを考えてかカルデアに預ければあるいは役立てられるかもしれない、とこちらに扱いを一任してきた。『物理的に逃げ出すことができない、家の目の届く場所』ならたしかにここが最適な場所だ。
つまり、彼女に最初からやるべき仕事などない。そんなこともわからない程度のアホに誰が機器や重要書類を触らせようとするか。
「ふーん。まあ最初はそんなもんよ、トイレ掃除、がんばりなさい」
内心で馬鹿にされていることにも気づかず幸せそうにラズベリーパイを頬張る彼女に、形だけの励ましの言葉を贈った。
……魔術師の家に生まれた以上は自由など最初からない。誰もが知っている常識だ。
だが魔術師の家に生まれながら、自由を知ってしまった人間はどうすればよいのか。
私だってほんのたまには、アニムスフィア家に生まれていなければ、と考えることもあるが、トイレ掃除をしたり、料理をしたり、そういう庶民の暮らしをすることなど想像もできない。
彼女のことを可哀想だと憐れむ一方で、私の知らない自由の味を楽しんだ彼女のことが、とてつもなくうらやましく思えた。
「――で? なんでその話を今」
「あのとき食べたラズベリーパイ、おいしかったなあと思い出したので」
「ああ、生きていた頃の所長と?」
「なんでそう意地悪な言い方するのかしら、あなたオルガマリーちゃんに会ったことないでしょ」
「ないよ。でもきみのことを嫌いだった人なんだろ」
「わたしは好きだったわ」
「そりゃ結構」
僕たちは追われていた。お嬢さんがどこかの家の裏庭に生えていたラズベリーの実を勝手に摘んでいたら、荒くれ男どもが「おうおうここの土地は俺のもんだぜ、オジョウサン、身体で払ってくれるんだろうなぁ?」と文句をつけてきたので、回収して馬に乗せて一緒に逃げている。
ロビンに以前「そうそう軽率に人を殺すなよ」と怒られたし今回はお嬢さんがアホなことしたのが悪いのでその場では思いとどまったが、そろそろ面倒くさい。
「眉間にガツンとやっちゃっていい、ラズベリーちゃん?」
「カウボーイさん、いいけどやるなら後ろの大きいやつにして」
「うわ、本当だ。気持ち悪っ」
荒くれ男どもの乗った馬のさらに後方から、ヒョウのような体躯にもんじゃ焼きみたいな触手の生えた頭から人間に似た歯がのぞく不気味な猛獣がぐんぐん迫っている。異様な気配を感じて後ろを振り返った男どもは情けない声を出してちりぢりに逃げていった。
『ソウルイーター』、魂を食う獣。多くのエネミーの中でも特に俊敏で、大きな爪で引っかかれたら馬なんて簡単に真っ二つだ。
――でも、僕より遅い。
馬上から放たれた銃弾が口の中に正確に命中する。火薬の味がよっぽどお気に召したのかひっくり返って事切れる。
馬を下り、ソウルイーターの遺骸の腹を割き、どす黒い肝を回収する。魔術に使えるらしいが気持ち悪い黒い塊にしか見えない。
「……本当はね、わかってたわ。嫁ぎ先の家の人がみんなわたしに困ってたことも、オルガマリーちゃんがわたしを好きになれないことも。わたしが自由に生きるとみんなが困るんだってことも」
ぽつりと、お嬢さんが言う。自由に、自分の思うまま生きようとしただけで何人もの人間を殺すしかなかった僕の人生を思うと、なんだか少し重なるものがある。
「今こうしてあなたといるのはとても楽しいけど、でもやっぱり、いつかは終わりが来るのがとても淋しいの」
「生きていた頃の所長みたいに?」
「いいえ、生きていた頃のお父さんと、いっしょに世界を旅してたときみたいに。何も考えずにいられて、あのころとても楽しかった」
サーヴァントは人間じゃなくて使い魔にすぎないし、契約が終われば破棄される使い捨ての駒だ。主君の留守に奥方に寄り添い慰める騎士よりも数段劣る、ひとときの影のようなもの。彼女の大切だった父親と比べられるほどたいそうな存在でもない。
マスターとサーヴァント、ただそれだけの関係。今だけだ。
だけど、僕が消えても忘れてほしくないな、と、少しだけ。少しだけ思ったらその瞬間、口から滑り出ていた。
「好きだよ、お嬢さん」
あ、言っちゃったな、と後悔してももう遅い。
「どのぐらい?」
「たぶん、きみが所長を好きなのと同じぐらいには」
黒いドレスは夫じゃなくて、本当は所長の喪に服すために着ているということぐらいは僕にもわかる。
「わたしも好きよ、ビリー。でもたぶん、あなたが思ってるよりもいっぱいね」
そう言って、お嬢さんはすこし背伸びをして、僕にキスをした。魔力供給ではないただのキスだ。ああ、くそ。恥ずかしいことするなあ。
赤い顔が見られないように、帽子で顔を隠した。このやりとりをオペレーターに見られてるかと思うと、なんだか恥ずかしいな。
「――さ、帰ろう。そのラズベリーで、パイを作ってもらおうじゃないか」