◆◆◆◆◆:北米大陸にて
夢小説設定
なまえをいれてね名字は『フェローズ』で固定。
未亡人。自由すぎて嫁ぎ先を追い出されてカルデアに来た。
混沌・善属性。
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さっきから、品もクソもあったもんじゃねえ喘ぎ声がボロい扉のすきまから漏れている。入るべきかもうちょっと待つべきか、俺は悩んでいた。さっきからずっとこれだ。来てる来てるとは言うが、天使サマの迎えは、まだ来ないらしい。
安い酒場の二階、扉の向こうではビリーが女を抱いている。情報収集の成果はどうかと進捗をうかがいに来ただけなのに、なんでこんな場面に遭遇しないといけないのか。いや、「僕は酒場にでも」と言い出したときに止めときゃよかったか。止めたところで、ビリー・ザ・キッドという男が素直に言うことを聞くとは思えないけれど。
嬌声と荒い息づかいを背に、若いっていいねえ、とため息を吐き出した。なんだって俺ばっかこんな役回りなんだか、と捨て鉢な気持ちになる。
やがて甲高い悲鳴を最後に声は止まった。これでやっと部屋に入れる。
ベッドの上には、完全に気を失って目を剥く巨乳のオネエサンと、どこからどう見てもガキにしか見えねえ、西部一の早撃ちガンマン――俺の同僚だ。同僚というか後輩にあたるが、雇い主の『お嬢さん』の覚えはこいつの方がめでたい。軽薄なアウトロー同士、よく組まされて仕事をしている。
「ロビンか。居たんならきみも参加すりゃよかったのに」
女からブツを抜いて、服を着るより先に煙草に火をつけて笑っている。上半身何も身につけない体躯はまさしく子供みたいだが、金髪の少年のにやりと笑う表情は、どこか寂しげな哀愁をまとっていた。
「いいから服を着ろ。ビリー、情報収集の成果はどうだ」仕事だっていうのに平気な顔して女を抱くとは、とあきれてしまう。しかもオペレーターにつねに監視されていることを知っててこれとは。
俺たちの仕事とはカッコつけて言えば世界を救う仕事だ。
仕組みはよく分からないがとにかく高性能なレンズを通して地球のあらゆる時代を観測、演算装置を使って、未来の可能性を計測する。本来あってはならない各時代の重要な歪み【特異点】を発見し、要因を排除し、世界を人類滅亡の道から救う――以上を目的とした【人理継続保証機関・カルデア】という組織に、俺やビリーをはじめ多数が雇われている。
今となっては、人類滅亡を未然に防ぐはずだったのに救えなかったという現実をどうにかして無かったことにしようと奔走している組織、と言った方が正しいのだが、ともあれ世界を救うために、カルデアの魔術師は人類史に名を残した過去の時代の英霊を召喚し、俺たちは【サーヴァント】として使役されてやっている。
正マスター……藤丸立香がいま赴いているのは紀元前のメソポタミア。俺たち留守番組は強引に修復された時代の取りこぼしを回収し、正しい姿に修正する、いわば二軍だ。
今日は北米大陸中西部。明日はロンドンの時計塔。あっちこっちのいろんな時代を渡り歩き、敵勢力を撃退したり、あるいは魔術的ななんらかに使う素材をかき集めたりして、戦力を強化するために工房に送る。チマチマとザコエネミーばかり狩っているとよく分からないが、マクロな視点で見れば少しずつあるべき姿に戻っている、らしい。
「しっかし、今回は……エネミーの影も形も見当たんないんだが、本当にこの町で間違いないんですかねぇ? あのオペレーター、アテになんないでしょ」
「その通り、アテになんないさ。だからこうして息抜きしてもバチは当たんないだろ」カルデアに戻って謹慎処分になっても知らねえぞ、クソヤロウ。
話はちょっと前にさかのぼる。
なんで今日はこうして敵と戦いもせず酒場で女とシケこんでるかといえば、少しばかり事情がいつもと違うからだ。ビリーだってさすがに毎回こうして任務を放り出して遊んではいない(はずだ)。
本来なら最初からこの町へ転送されるはずのところ、カルデア側のミスで、直線距離にして五十キロは離れたどこかの荒野に放り出された。マスターとサーヴァントが二軍なら、オペレーターも二軍というわけだ。
今回のメンバーは俺とビリー、ナイチンゲール女史にそれから副マスター、名前はキャサリン=フェローズ。単にマスターと言うと立香のほうをさすので、『お嬢さん』と呼んでいる。
「メンバーだけ見れば男二人女二人で合コンでも行くのか、って感じだね。荒野だけど」 赤土の舞い散る地平線の向こうを見ながら、ビリーが面白くもない冗談を言う。
「合コン! わたし行ったことないの。楽しそうね」けたけた笑っているのはお嬢さんだけだ。どこ行っても楽しそうだな、この娘は。
「ごめ~ん、町まで歩いて向かってくれないかな」
寝不足であくび混じりの声を隠そうともしないオペレーターからの通信が入った。五十キロと口にするのは簡単だが、けっこうな距離だ。うげえ、という顔になる。
「レイシフトやり直すわけにはいかないんで?」
「電力をすごい食うんだよ、レイシフトって。一回飛ぶごとに、俺ら職員の一日分の給料が飛ぶ。それでなくともサーヴァントは大飯食らいだってのに」
「あっまずい、君たちでがんばってくれたまえ!」というエールを残して通信も切れた。たぶん、正マスターのほうのオペレーションのほうが急に大変なことになったのだろう。二軍は二軍らしく、ということか。あんまり世界救ってる感じは無いが仕方ない。
「――傷病者が見当たりませんが、どこですか?」
ナイチンゲール女史の口にするのはいつもそれだ。『バーサーカー』のクラスのせいか、それとも元々の性格か、病と傷を癒やすことしか頭にない。
「そりゃ町まで行きゃあ、いるんじゃないですかね」
「助けを要する者のもとへ向かいましょう、今すぐに。傷病者が世界にひとりもいない、ということは決してありませんから」
「……はあ。まあ、しょうがないか。歩けるよね、お嬢さん?」
ビリーが彼女の顔をのぞきこみながらかける声は、どうも心配げだ。体力がなくなったり途中で駄々こねないかを心配してるという以上に、優しげな印象を覚えた。
「いいわ、行きましょう。こうやって荒野を歩くの、なんだかなつかしい」
ドレスのすそを翻して、ブーツの音も高らかに意気揚々と歩きはじめる。といっても威勢がよかったのは道程の半分ほどまでで、半日以上も歩けばさすがに疲れが出始めて無口になり、ようやく町に着く頃には完全に日が暮れていた。お嬢さんは女史の背に背負われて、うとうとしている。
「こりゃ、本格的な調査は明日からだな」特に町が騒がしい様子もなく、いったん宿をとって休んでから探索を開始した方がよいという判断になった。
「さ、お嬢さん――明日も早いぜ。その窮屈そうな服を脱いで、ゆっくり寝な」
「んん……まだねない……だって……」
もにゃもにゃ言う最後の方はもはや文章にはなっていない。ビリーはしかたなく幾重にも重なった黒いドレス(これは魔術礼装の一種らしい)を脱がしにかかるが、年頃の娘の着替えを俺が見てはいけない気がしてとりあえず部屋の外に出た。一枚、また一枚と脱がす衣擦れの気配が、ランプのじりじり燃えるかすかな音だけがきこえるだけの外に伝わってくる。
「さ、おやすみ」
「おやすみのキス……」
「しょうがないお嬢さんだなあ……もう」
そんなやりとりが聞こえる。眠いと年相応よりずっと幼い言動になってしまうのか、父親にでもねだるようなあまい声色になる。女というよりまだガキに近いような年齢の娘を戦場に出すこの状況も、少しばかり痛ましいモンがある――などと思考を明後日の方向に逸らしていたら、やがて帽子をいつもより目深にかぶったビリーが出てきて、「ちょっと出てくる。酒場にでも」と早足で行ってしまった。
町で傷病者を探して民家のドアを手当たり次第にふっとばしていたナイチンゲール女史を回収し、お嬢さんの不夜番を頼んで、俺も外に出ることにした。
「――ああ、そういえばロビン、用件はなんだっけ」
「だから、任務の進捗はどうだっつったろ」
「情報収集? 順調さ。たとえばそこのジェーン、彼女は借金のかたに十で売られて娼婦になった。おぼこいとこが好きって輩が多くてけっこうな人気者」
ジャケットに袖を通し、腕に籠手をはめる。女を抱くときすら銃をベルトから外さないのは、さすがビリー・ザ・キッドだな、と思う。じっさい、生きてる間もそうだったのかもしれない。生き急いでいた――としか形容できない、二十一で死んだ男は、俺と似ているようで似ていなかった。
「あと、隣の部屋で寝てるアンナは夫の暴力にたえかねて離婚。それからその前に相手してくれたレベッカは、旦那がつい最近殺されて、どちらも子供を養うためにこの酒場で働き始めた……という話だ」
みんな明るいし、いい子たちだったよ、とビリーは言う。「でも、『女は頭のネジを外しでもしなけりゃ、つらくてやってられない』んだってさ。ナイチンゲール女史みたいに、ってことかな?」
「何の情報を集めてんだアンタは。仕事はどーしたよ……それに」
――アンタ、お嬢さんのこと好きじゃねえんで?
マフラーを巻き直す手が一瞬止まる。動揺を隠そうとして繕った笑いが妙に空々しいことぐらいは、俺にだって分かった。
「……!」
しかし笑った唇がごまかしの言葉を吐き出すより先に、巨大な地響きがしてこの話はそれきりになる。窓を開け放つと巨大な石像が動いているのが目に入った。『スプリガン』と呼ばれる、魔術で動く殺戮人形だ。手にした棍棒のひと振りで、木でできたボロ屋などたやすく破壊する。
「行くよ、ロビン」
これだけ地響きがするのにいまだ目覚めない女の枕元に、ビリーはジャケットから引っ張り出したくしゃくしゃの紙幣を数枚放り投げ、窓から飛び降りる。俺も後を追った。