アンドラス先生といっしょ
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「ごちそうさま、美味しかったよ」
朝食の魚のローストを平らげ、アンドラス先生は満足げに口元を拭う。テーブルを片付けようとしたが、先生は窓からそそぐ陽の光のような目でじっとお皿に残された魚の骨を見つめていた。これは勝手に下げようものなら機嫌を損ねられるパターンだな、とこの一年の付き合いで学習している。ご主人様が口を開くのを待つのが正解だ。
「ヴァイガルドの動物は、一匹二匹、って数えるだろ。鳥なら一羽二羽、だ」フォークで残された魚の骨をつつきながら言う。「確か学生時代に習ったんだ。これは死んだあとに残る部分で数えているらしい」
鳥なら羽、魚や獣なら尻尾を意味する言葉だね。まあ、国語の時間に聞いたことなんて他はさっぱり記憶にないんだけど、と感情のうまく読み取れない顔で付け加える。実に解剖医らしい見解だ。そろそろお皿を下げても大丈夫だろうか。
「ではヴィータはどう数える?」
「……一人二人、ですか?」
「いいや、一名二名、とも数えるだろう? つまり、ヴィータは死んだら残るのは名前だ。内臓とかじゃないんだなあ」
先生はそこでフォークを置いて、陽の目をわたしに向けた。――たとえば、アイネの死んだおじいさんのようにね。
心臓が跳ねて、お皿を落としそうになる。先生は常とはかわり、慈しむように目を細めていた。カーテンが揺れている。パンに塗ったような蜂蜜色の光のあたたかさに、昨日までの悲しい気持ちと淋しさが勝手に溶けていくみたいな感覚があった。
(……あ、そうか)
骨や内臓に絡めないとなにか言えないのか、と突っ込みたくはなるが、祖父を亡くしたと言ったわたしへの、先生なりの気遣いなのだろうとようやく思い至る。たしかに祖父は兵士としてわたしたちを守って死に、名を遺した。先生はそのことを言っているのだ。
……本当にわかりづらいひと、ではなく、わかりづらい悪魔だ。こんなに陽の光が似合う悪魔なんて見たことがないけれど。
「じゃあ、先生は……」
だけど同時に、ヴィータならぬ悪魔であるあなたの名前は誰が覚えているのだろうか、とふと思った。先生。……ドクター・アンドラス。論文にも、けさがた出した手紙にも、なにかの義理を果たすみたいに『じぶん』の名前ではなく、身体のもとの持ち主、ヴィータである『エミー』の名前を刻んでいる。それは先生自身の名前はどこにも残らないことを意味するのではないか?
そう反駁したかったけど、怖くて唇が動かない。わたしが死んだあとに、先生のことを覚えているのはいったい誰なのだろう。
「……せんせい」
「なんだい?」
「……いいえ、なんでも」
あなたが死んでしまったら、だなんて。
光の色の目を眇めたままあいまいに笑っている先生に、それ以上には訊けなかった。
朝食の魚のローストを平らげ、アンドラス先生は満足げに口元を拭う。テーブルを片付けようとしたが、先生は窓からそそぐ陽の光のような目でじっとお皿に残された魚の骨を見つめていた。これは勝手に下げようものなら機嫌を損ねられるパターンだな、とこの一年の付き合いで学習している。ご主人様が口を開くのを待つのが正解だ。
「ヴァイガルドの動物は、一匹二匹、って数えるだろ。鳥なら一羽二羽、だ」フォークで残された魚の骨をつつきながら言う。「確か学生時代に習ったんだ。これは死んだあとに残る部分で数えているらしい」
鳥なら羽、魚や獣なら尻尾を意味する言葉だね。まあ、国語の時間に聞いたことなんて他はさっぱり記憶にないんだけど、と感情のうまく読み取れない顔で付け加える。実に解剖医らしい見解だ。そろそろお皿を下げても大丈夫だろうか。
「ではヴィータはどう数える?」
「……一人二人、ですか?」
「いいや、一名二名、とも数えるだろう? つまり、ヴィータは死んだら残るのは名前だ。内臓とかじゃないんだなあ」
先生はそこでフォークを置いて、陽の目をわたしに向けた。――たとえば、アイネの死んだおじいさんのようにね。
心臓が跳ねて、お皿を落としそうになる。先生は常とはかわり、慈しむように目を細めていた。カーテンが揺れている。パンに塗ったような蜂蜜色の光のあたたかさに、昨日までの悲しい気持ちと淋しさが勝手に溶けていくみたいな感覚があった。
(……あ、そうか)
骨や内臓に絡めないとなにか言えないのか、と突っ込みたくはなるが、祖父を亡くしたと言ったわたしへの、先生なりの気遣いなのだろうとようやく思い至る。たしかに祖父は兵士としてわたしたちを守って死に、名を遺した。先生はそのことを言っているのだ。
……本当にわかりづらいひと、ではなく、わかりづらい悪魔だ。こんなに陽の光が似合う悪魔なんて見たことがないけれど。
「じゃあ、先生は……」
だけど同時に、ヴィータならぬ悪魔であるあなたの名前は誰が覚えているのだろうか、とふと思った。先生。……ドクター・アンドラス。論文にも、けさがた出した手紙にも、なにかの義理を果たすみたいに『じぶん』の名前ではなく、身体のもとの持ち主、ヴィータである『エミー』の名前を刻んでいる。それは先生自身の名前はどこにも残らないことを意味するのではないか?
そう反駁したかったけど、怖くて唇が動かない。わたしが死んだあとに、先生のことを覚えているのはいったい誰なのだろう。
「……せんせい」
「なんだい?」
「……いいえ、なんでも」
あなたが死んでしまったら、だなんて。
光の色の目を眇めたままあいまいに笑っている先生に、それ以上には訊けなかった。