なまえをいれてね
氷の島と柘榴の実
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夜半から雨が窓を叩き続けている。時折、雷が鳴り、地響きがびりびりと伝わってくる。激しい稲光が部屋の壁に恐ろしい影を映しだしては消えていく。わたしはクッションを抱きしめながら、なかなか眠れない夜に怯えていた。
あまりにも暗くて恐ろしくて、ぎゅっと瞑ったまぶたの裏に大好きな彼が浮かぶ。こんな時に、彼がここにいて優しく頭を撫でてくれたらどんなにいいだろう。
だけど向こうは昼で、彼は仕事中だろうし、雷が怖いというだけで電話をかけるのもためらわれる。きっと迷惑をかけてしまうだろうと思うと、わたしに今できるのは、こうして震えているだけなのだった。
「……アイスくん」
彼の名を絞り出したわたしの喉は、すっかりからからに渇いていた。ともかく水分を摂らなければと思い、ベッドを抜け出し、冷蔵庫へと向かう。
冷たい水で喉を潤して、一息をつく。――その瞬間、ひときわ大きな閃光が窓を貫き、その数秒後に鼓膜が破れそうなほどの雷鳴が轟いた。
そして、つけていた家中の電気がぶっつりと途切れ、一瞬のうちに暗闇に包まれる。――ここからすぐの場所に雷が落ちて、どこかの電線が切れたらしい。わたしはペットボトルを持ったまま、真っ暗な中に立ちつくしていた。なおも雨は激しさを増して、屋根や壁を揺さぶり続ける。このちっぽけな家にいつ穴を開けて水浸しにしてしまうとも知れなかった。
部屋に戻ろうと手探りで少しずつ廊下を進んでいると、ふと指の先に何かが触れる。
こんな場所に何か置いてたっけ、と不審に思った刹那、暗闇よりも濃い影が急に動き出し、わたしの手をとらえる。
「……っ!? 誰!?」
その影はわたしを激しく抱きすくめたあと、ゆるゆると拘束を解いてわたしの頬を撫でてくる。その触れ方は、わたしが想う人の優しい手つきと同じだった。
「誰って、きみが呼んだんでしょ、ざくろ」
「アイスくん……!? 今アイスランドにいるはずじゃないの……?」
「きみが呼べば、いつだって来るよ」
彼は暗闇の中でも目が見えているのか、迷うことなくベッドへと導いてくれた。わたしを布団の上に横たえ、自分はベッドのわきの椅子に腰掛けて、手は繋いだまま、外の激しい雨を眺めている。
「こんな雷の日に、誰も来てはくれなかったんだ」
ぽつりと、そうつぶやく。雨音に紛れてしまいそうなほど小さな声だった。「アイスくん?」よく聞こえなくて、アイスの手を引いて続きを促した。
「名前を呼んだんだ、ノーレ、ダン、お願いだからここに来て、って。……だけど駄目だったよ。当たり前だけど僕の声なんて聞こえるはずがないんだからね」
「じゃあアイスくんはなんでわたしの声が聞こえたの?」
「なぜ? ……なぜって、僕と違ってきみは大切なひとだもの」
雷光が、彼の顔を闇の中に浮かび上がらせる。優しい顔で微笑む彼の目だけが赤く光っていた。すぐにまた真っ暗になったけれど、見間違いなんかじゃない。
「……そんなこと言わないで、アイスくん、悲しいよ」
「僕なんか誰にも必要とはされてないよ。そんな僕を呼んでくれるきみに、会いに行かないわけにいかないでしょ」
「そんな……ノルさんもデンさんもアイス君を大事に思ってるのに、どうして」
「あのときは、大事になんてされてなかった」
アイスくんは――赤い目をした彼は、わたしの手首を両手で痛いほどに強く握りしめる。その表情は見えないけど、かすかに震えているのがわかった。
「……大事に思ってたとしても、思ってるだけじゃ駄目でしょ」
「だから会いに来てくれたんだ? ……ありがと、大好きだよ」
「――……」
赤い目の彼はそれ以上は何も言わなかった。手を握られたまま、わたしは、いつのまにか眠りに落ちていた。
目が覚めると、彼はもう居なかった。空はすっきりと晴れ渡り、昨晩の雨が嘘だったかのような青空が見える。
昨日のことはやっぱり夢だったのかもしれない。アイスランドからここまで、来れるはずがないのだもの。
ただ、どうしてか、わたしの手首には確かに指の形のあざが残っていたけれど……
自分で無意識のうちに握りしめていたのかしら?
あまりにも暗くて恐ろしくて、ぎゅっと瞑ったまぶたの裏に大好きな彼が浮かぶ。こんな時に、彼がここにいて優しく頭を撫でてくれたらどんなにいいだろう。
だけど向こうは昼で、彼は仕事中だろうし、雷が怖いというだけで電話をかけるのもためらわれる。きっと迷惑をかけてしまうだろうと思うと、わたしに今できるのは、こうして震えているだけなのだった。
「……アイスくん」
彼の名を絞り出したわたしの喉は、すっかりからからに渇いていた。ともかく水分を摂らなければと思い、ベッドを抜け出し、冷蔵庫へと向かう。
冷たい水で喉を潤して、一息をつく。――その瞬間、ひときわ大きな閃光が窓を貫き、その数秒後に鼓膜が破れそうなほどの雷鳴が轟いた。
そして、つけていた家中の電気がぶっつりと途切れ、一瞬のうちに暗闇に包まれる。――ここからすぐの場所に雷が落ちて、どこかの電線が切れたらしい。わたしはペットボトルを持ったまま、真っ暗な中に立ちつくしていた。なおも雨は激しさを増して、屋根や壁を揺さぶり続ける。このちっぽけな家にいつ穴を開けて水浸しにしてしまうとも知れなかった。
部屋に戻ろうと手探りで少しずつ廊下を進んでいると、ふと指の先に何かが触れる。
こんな場所に何か置いてたっけ、と不審に思った刹那、暗闇よりも濃い影が急に動き出し、わたしの手をとらえる。
「……っ!? 誰!?」
その影はわたしを激しく抱きすくめたあと、ゆるゆると拘束を解いてわたしの頬を撫でてくる。その触れ方は、わたしが想う人の優しい手つきと同じだった。
「誰って、きみが呼んだんでしょ、ざくろ」
「アイスくん……!? 今アイスランドにいるはずじゃないの……?」
「きみが呼べば、いつだって来るよ」
彼は暗闇の中でも目が見えているのか、迷うことなくベッドへと導いてくれた。わたしを布団の上に横たえ、自分はベッドのわきの椅子に腰掛けて、手は繋いだまま、外の激しい雨を眺めている。
「こんな雷の日に、誰も来てはくれなかったんだ」
ぽつりと、そうつぶやく。雨音に紛れてしまいそうなほど小さな声だった。「アイスくん?」よく聞こえなくて、アイスの手を引いて続きを促した。
「名前を呼んだんだ、ノーレ、ダン、お願いだからここに来て、って。……だけど駄目だったよ。当たり前だけど僕の声なんて聞こえるはずがないんだからね」
「じゃあアイスくんはなんでわたしの声が聞こえたの?」
「なぜ? ……なぜって、僕と違ってきみは大切なひとだもの」
雷光が、彼の顔を闇の中に浮かび上がらせる。優しい顔で微笑む彼の目だけが赤く光っていた。すぐにまた真っ暗になったけれど、見間違いなんかじゃない。
「……そんなこと言わないで、アイスくん、悲しいよ」
「僕なんか誰にも必要とはされてないよ。そんな僕を呼んでくれるきみに、会いに行かないわけにいかないでしょ」
「そんな……ノルさんもデンさんもアイス君を大事に思ってるのに、どうして」
「あのときは、大事になんてされてなかった」
アイスくんは――赤い目をした彼は、わたしの手首を両手で痛いほどに強く握りしめる。その表情は見えないけど、かすかに震えているのがわかった。
「……大事に思ってたとしても、思ってるだけじゃ駄目でしょ」
「だから会いに来てくれたんだ? ……ありがと、大好きだよ」
「――……」
赤い目の彼はそれ以上は何も言わなかった。手を握られたまま、わたしは、いつのまにか眠りに落ちていた。
目が覚めると、彼はもう居なかった。空はすっきりと晴れ渡り、昨晩の雨が嘘だったかのような青空が見える。
昨日のことはやっぱり夢だったのかもしれない。アイスランドからここまで、来れるはずがないのだもの。
ただ、どうしてか、わたしの手首には確かに指の形のあざが残っていたけれど……
自分で無意識のうちに握りしめていたのかしら?