なまえをいれてね
氷の島と柘榴の実
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「わたしに嘘をついてみて」
ざくろはまたおかしなことを言い出した。意味がよくわからなくて、「エイプリルフールは今日じゃないけど?」なんて、とんちんかんな返事しかできない。だいたいエイプリルフールだって、嘘をつけと言われてつく日じゃないだろう。
彼女のお願いはどんなことでも叶えてあげなくはない……と思ってるけど、それにしても嘘をついてほしい、とは。もっと愛してるって言って、とか、キスしてほしい、とかいうお願いのほうがまだ楽じゃないか。
「だってアイスくん、ノルさんやデンさんにはいっぱい嘘つくじゃない」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、わたしにも嘘ついて」
いや、どういう理屈なんだそれは。……口を尖らせてすねた顔まで可愛いなんて、ずるい。
全く、彼女はずるい。
僕が逆らえないのを知っていてそういう無理を言うのが『ずるい』ことならば、その感覚には覚えがある。
今みたいに愛しさすら感じる『ずるい』ではないけれど、この理不尽な感じ。僕は兄たちにずっとずるい、と思ってきたから。
ノーレやダンにつくような嘘を、思い返してみる。今までに吐いた嘘の数なんて覚えてはいないけれど、黒い悪意の澱んだ泥を嘔吐する気分は忘れようもない。ざくろに会って多少は浄化されたとはいえ、暗い冷たい記憶は、消えたわけじゃない。
僕はため息をつく。胃の底から這い上がってくる黒いものが、 舌を動かす。
「……もう会いに来てくれなくていい」
また来るから、と去っていこうとするノーレにそう吐き捨てた。
「欲しいものなんてない。何もいらない」
欲しいもんあっか? と聞いてくるダンにはその言葉ばかり返した。
「さっさと帰ればいいじゃん。僕に何期待してんの」
――これはどちらに言った言葉だっただろうか。思い出せない……
吐き捨てた、僕の声は震えていた。
言ってしまってからはっとして、目の前に彼女がいたことを思い出す。
ひどく悲しそうな笑顔で、目の淵に溜まった涙を零さないよう堪えていた。
「ご、ごめん……」
そういえばこんなふうに面と向かって拒絶する言葉を言ったことはなかった。こんなナイフのような言葉を投げつけられた相手が、どんな顔になるのかも僕は見たことがない。
心のほしいままに叫んで、相手の返事も聞かず逃げ出してばかりいたから、取り残された相手のことなど考えたことがなかったし、考えてあげる必要もないと思っていた。
彼女の目に溜まった涙を指で拭っていると、自分の涙を乱暴に拭った日のことが思い返される。相手も自分も傷つけると知っていながら、嘘を言わずにはいられなかった。
「ごめんね。傷つけた?」 彼女の涙をすっかり拭ってしまうと、僕の心に溜まった黒い澱は、いくらか綺麗になっていた。
「――だけど嘘なんでしょう?」
「うん……うそだよ」
「じゃあ、いいの。嘘をつく悪い唇は、わたしが塞いであげるから」
言われた瞬間、顎をやさしく引き寄せられて、唇と唇が重なる。
「本当はね、ノルさんとデンさんにやきもち妬いただけなの」
「……もう一回キスする?」
「ふふ、うん」
兄とは違って、ざくろは僕だけを見てずっと一緒にいてくれるんだから、そんな彼女に本心を隠して嘘なんて言う必要はない。
何度でも会いに来てほしいし、彼女の全部が欲しいし、いっぱい期待してる。彼女の耳元でそう囁いたら、くすぐったそうに笑って僕の腰に手を回す。
ぎゅっと抱きしめあうと、幸せな気分だけに満たされて、心の内側まであたたかくなっていくのを感じていた。
ざくろはまたおかしなことを言い出した。意味がよくわからなくて、「エイプリルフールは今日じゃないけど?」なんて、とんちんかんな返事しかできない。だいたいエイプリルフールだって、嘘をつけと言われてつく日じゃないだろう。
彼女のお願いはどんなことでも叶えてあげなくはない……と思ってるけど、それにしても嘘をついてほしい、とは。もっと愛してるって言って、とか、キスしてほしい、とかいうお願いのほうがまだ楽じゃないか。
「だってアイスくん、ノルさんやデンさんにはいっぱい嘘つくじゃない」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、わたしにも嘘ついて」
いや、どういう理屈なんだそれは。……口を尖らせてすねた顔まで可愛いなんて、ずるい。
全く、彼女はずるい。
僕が逆らえないのを知っていてそういう無理を言うのが『ずるい』ことならば、その感覚には覚えがある。
今みたいに愛しさすら感じる『ずるい』ではないけれど、この理不尽な感じ。僕は兄たちにずっとずるい、と思ってきたから。
ノーレやダンにつくような嘘を、思い返してみる。今までに吐いた嘘の数なんて覚えてはいないけれど、黒い悪意の澱んだ泥を嘔吐する気分は忘れようもない。ざくろに会って多少は浄化されたとはいえ、暗い冷たい記憶は、消えたわけじゃない。
僕はため息をつく。胃の底から這い上がってくる黒いものが、 舌を動かす。
「……もう会いに来てくれなくていい」
また来るから、と去っていこうとするノーレにそう吐き捨てた。
「欲しいものなんてない。何もいらない」
欲しいもんあっか? と聞いてくるダンにはその言葉ばかり返した。
「さっさと帰ればいいじゃん。僕に何期待してんの」
――これはどちらに言った言葉だっただろうか。思い出せない……
吐き捨てた、僕の声は震えていた。
言ってしまってからはっとして、目の前に彼女がいたことを思い出す。
ひどく悲しそうな笑顔で、目の淵に溜まった涙を零さないよう堪えていた。
「ご、ごめん……」
そういえばこんなふうに面と向かって拒絶する言葉を言ったことはなかった。こんなナイフのような言葉を投げつけられた相手が、どんな顔になるのかも僕は見たことがない。
心のほしいままに叫んで、相手の返事も聞かず逃げ出してばかりいたから、取り残された相手のことなど考えたことがなかったし、考えてあげる必要もないと思っていた。
彼女の目に溜まった涙を指で拭っていると、自分の涙を乱暴に拭った日のことが思い返される。相手も自分も傷つけると知っていながら、嘘を言わずにはいられなかった。
「ごめんね。傷つけた?」 彼女の涙をすっかり拭ってしまうと、僕の心に溜まった黒い澱は、いくらか綺麗になっていた。
「――だけど嘘なんでしょう?」
「うん……うそだよ」
「じゃあ、いいの。嘘をつく悪い唇は、わたしが塞いであげるから」
言われた瞬間、顎をやさしく引き寄せられて、唇と唇が重なる。
「本当はね、ノルさんとデンさんにやきもち妬いただけなの」
「……もう一回キスする?」
「ふふ、うん」
兄とは違って、ざくろは僕だけを見てずっと一緒にいてくれるんだから、そんな彼女に本心を隠して嘘なんて言う必要はない。
何度でも会いに来てほしいし、彼女の全部が欲しいし、いっぱい期待してる。彼女の耳元でそう囁いたら、くすぐったそうに笑って僕の腰に手を回す。
ぎゅっと抱きしめあうと、幸せな気分だけに満たされて、心の内側まであたたかくなっていくのを感じていた。