なまえをいれてね
氷の島と柘榴の実
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「Góðan daginn! 『リースベルジス・イースラントのヤンデレクッキング』の時間だよ。さて今日はバレンタイン特集…… 待ちに待った思惑渦巻く恋人たちの日がやってくるね」
真っ暗な部屋に似合わない軽快な音楽を引き連れて、何やら物騒な番組が始まった。テレビの灯りだけが煌々として、イースラント……銀色の髪の少年、アイスくん、が貼り付けたような笑顔で画面の中にいる。寝ぼけた頭でただ漫然とそれを観ていた。
「まず材料は…… 製菓用チョコレートに、お砂糖をたっぷり、すみれの花びら7枚に薔薇のエッセンス。それから、トカゲのしっぽ、リコリスを細かく砕いたものに…… 思いを込めて切った小指の血、それから×××……」
「トカゲは殺したてのヤツにしろよな! この時期、野生のは冬眠してっから手に入りにくいかもな」
アシスタントのパフィンもなぜか死んだ魚のような目をしていて、ツッコミを入れてくれない。
番組名に違わず、材料からして放送コードは大丈夫なのか心配になるほど物騒きわまりなかった。紫色のロウソク7本を使って材料を溶かしていくところなど、もはや黒魔術にしか見えない。それでも誰かを想いながら材料を丹念に練り上げるアイスくんの手は、なぜだかとても綺麗に見えた。
「そして13時間固めたものがこちらだぜ! 見た目は普通だな」
「作ってるとこを人に見られちゃうと効果は半減しちゃうから、くれぐれも気をつけてね」
「あと、間違えて他人に渡さないようにな!」
「これで気になるあの子のハートをゲットして、恋が実るといいね。それじゃ、また来週」
結局最後までツッコミは入らないまま番組は終わってしまい、そのあとは、砂嵐の静かなノイズが流れているだけだった。
――その時、チャイムが鳴ってノックの音がした。
テレビをつけっぱなしにしたまま真っ暗闇を手探りで玄関へ行き、扉を開ける。虚ろな目をしたアイスがそこに立っていて、ピンクの包みを抱えていた。ぼんやりした頭でも、それがヤンデレクッキングで作られた、トカゲのしっぽやら何やら入りのチョコレートであるのはわかった。
「ざくろ、受け取ってくれるよね」
「……え、」
アイスは返事を待たず、包みを開いて、ぽかんと開いたこちらの口にチョコレートを放り込んでくる。
そして、唇を唇で塞いできた。
一瞬のことに声をあげる暇もなく、抵抗しようにも頭と腰を強く引き寄せられて、がっちりとホールドされたまま舌を躍らされる。
チョコレートは甘くも苦くもなく、冷たくも熱くもなく、ただひたすらねっとりと絡みついた。
もとから無いような理性が、毒入りチョコレートといっしょにどろどろに溶かされていくのを感じていた――
「……という夢をみたんだけど、リースベルジス・イースラント」
「急に正式名称で呼ばないで。あとその妙な夢は僕のせいじゃないから」
結局夢だったのはいいけれど、目が覚めてしばらく体が火照ったままだったことはアイスくんには言わない。
バレンタインのプレゼントを届けに来た郵便のチャイムが鳴ったときに、大げさなほど体が跳ねてしまったのは仕方ないと思う。中身はもちろんおぞましきヤンデレクッキングの成果などではなく、小さなピンクの薔薇のプリザーブドフラワーだった。
「プレゼント、ありがと。嬉しかった」
「別に。賞味期限が心配だし、チョコレート送れなくてごめんね」
「い、いやぁ……」
むしろ、この時ほどチョコレートでなくてよかったと思ったことはない。アイスくんのさりげない気遣いが身にしみた。あんな夢を見たあとじゃきっと不安と恥ずかしさで食べられなかっただろうから。アイスくんはこちらが贈ったテディベアも届いた、と知らせてくれた。
「で、ざくろはそんなヤンデレとかいうのが夢に見るほど好きなの?」
「う、うーん…… ヤンデレが好きなわけじゃなくって、それに怖かったし……」
「じゃあ、僕がそのヤンデレになっても愛してくれるの」
「意地悪なこと聞かないでよ……」
電話の向こうで、アイスくんはくすくすと押し殺したような笑いをたてていた。それはテレビの中で笑っていたアイスくんと似ていたけれどやっぱり違って、冗談交じりにからかっているだけのようだった。
羞恥心で顔に熱が集まっていくのを感じて、これがテレビ通話でなくてよかったと心底思った。どうしてこの極北の少年は、電話だといつもより饒舌になるのだろうか。
「きみのチョコレートなら、毒入りでも食べてあげるって言ったら?」
「……わたしが毒入りなんて渡すわけないって、知ってるくせに」
「冗談だよ。チョコレートに入れるのは血までにしてね」
「だから入れないって言ってるじゃない……!」
わたしが夢にヤンデレを見たからってわざわざ演じてくれなくてもいいのに、この子は変なところで妖艶さを発揮するから困る。
声変わりしたての色っぽく掠れた音で「待ってるから」なんて珍しく素直に言ってくるので、調子が狂う。こちらばかり恥ずかしくさせられて悔しいから、仕返しをしてやりたかった。
「……ね、え。アイスくん。テディベアのお返しはチョコレートがいいんだけど」
「え、送れないよ?」
「だから! 渡しに来てって言ってるの」
アイスくんの家からここまで来てもらう飛行機代だけで、いったい何倍返しを要求してるのか途方も無いことに気づいたけれど、後には引けない。
ぎゅっと携帯電話を握る手に力を込めて、返事を待った。
「……いいけど。夢の中みたいに、口移しされたいわけ」
「!」
その返答にわたしは今度こそ完全に真っ赤になってしまったけど、アイスくんの声も震えていた。
きっと電話の向こうで、わたしと同じ表情をしているに違いない。この勝負、引き分けということにしておいてあげよう。
薔薇の花とヤンデレの真似のお返しに、甘いキスをくれてやる!
真っ暗な部屋に似合わない軽快な音楽を引き連れて、何やら物騒な番組が始まった。テレビの灯りだけが煌々として、イースラント……銀色の髪の少年、アイスくん、が貼り付けたような笑顔で画面の中にいる。寝ぼけた頭でただ漫然とそれを観ていた。
「まず材料は…… 製菓用チョコレートに、お砂糖をたっぷり、すみれの花びら7枚に薔薇のエッセンス。それから、トカゲのしっぽ、リコリスを細かく砕いたものに…… 思いを込めて切った小指の血、それから×××……」
「トカゲは殺したてのヤツにしろよな! この時期、野生のは冬眠してっから手に入りにくいかもな」
アシスタントのパフィンもなぜか死んだ魚のような目をしていて、ツッコミを入れてくれない。
番組名に違わず、材料からして放送コードは大丈夫なのか心配になるほど物騒きわまりなかった。紫色のロウソク7本を使って材料を溶かしていくところなど、もはや黒魔術にしか見えない。それでも誰かを想いながら材料を丹念に練り上げるアイスくんの手は、なぜだかとても綺麗に見えた。
「そして13時間固めたものがこちらだぜ! 見た目は普通だな」
「作ってるとこを人に見られちゃうと効果は半減しちゃうから、くれぐれも気をつけてね」
「あと、間違えて他人に渡さないようにな!」
「これで気になるあの子のハートをゲットして、恋が実るといいね。それじゃ、また来週」
結局最後までツッコミは入らないまま番組は終わってしまい、そのあとは、砂嵐の静かなノイズが流れているだけだった。
――その時、チャイムが鳴ってノックの音がした。
テレビをつけっぱなしにしたまま真っ暗闇を手探りで玄関へ行き、扉を開ける。虚ろな目をしたアイスがそこに立っていて、ピンクの包みを抱えていた。ぼんやりした頭でも、それがヤンデレクッキングで作られた、トカゲのしっぽやら何やら入りのチョコレートであるのはわかった。
「ざくろ、受け取ってくれるよね」
「……え、」
アイスは返事を待たず、包みを開いて、ぽかんと開いたこちらの口にチョコレートを放り込んでくる。
そして、唇を唇で塞いできた。
一瞬のことに声をあげる暇もなく、抵抗しようにも頭と腰を強く引き寄せられて、がっちりとホールドされたまま舌を躍らされる。
チョコレートは甘くも苦くもなく、冷たくも熱くもなく、ただひたすらねっとりと絡みついた。
もとから無いような理性が、毒入りチョコレートといっしょにどろどろに溶かされていくのを感じていた――
「……という夢をみたんだけど、リースベルジス・イースラント」
「急に正式名称で呼ばないで。あとその妙な夢は僕のせいじゃないから」
結局夢だったのはいいけれど、目が覚めてしばらく体が火照ったままだったことはアイスくんには言わない。
バレンタインのプレゼントを届けに来た郵便のチャイムが鳴ったときに、大げさなほど体が跳ねてしまったのは仕方ないと思う。中身はもちろんおぞましきヤンデレクッキングの成果などではなく、小さなピンクの薔薇のプリザーブドフラワーだった。
「プレゼント、ありがと。嬉しかった」
「別に。賞味期限が心配だし、チョコレート送れなくてごめんね」
「い、いやぁ……」
むしろ、この時ほどチョコレートでなくてよかったと思ったことはない。アイスくんのさりげない気遣いが身にしみた。あんな夢を見たあとじゃきっと不安と恥ずかしさで食べられなかっただろうから。アイスくんはこちらが贈ったテディベアも届いた、と知らせてくれた。
「で、ざくろはそんなヤンデレとかいうのが夢に見るほど好きなの?」
「う、うーん…… ヤンデレが好きなわけじゃなくって、それに怖かったし……」
「じゃあ、僕がそのヤンデレになっても愛してくれるの」
「意地悪なこと聞かないでよ……」
電話の向こうで、アイスくんはくすくすと押し殺したような笑いをたてていた。それはテレビの中で笑っていたアイスくんと似ていたけれどやっぱり違って、冗談交じりにからかっているだけのようだった。
羞恥心で顔に熱が集まっていくのを感じて、これがテレビ通話でなくてよかったと心底思った。どうしてこの極北の少年は、電話だといつもより饒舌になるのだろうか。
「きみのチョコレートなら、毒入りでも食べてあげるって言ったら?」
「……わたしが毒入りなんて渡すわけないって、知ってるくせに」
「冗談だよ。チョコレートに入れるのは血までにしてね」
「だから入れないって言ってるじゃない……!」
わたしが夢にヤンデレを見たからってわざわざ演じてくれなくてもいいのに、この子は変なところで妖艶さを発揮するから困る。
声変わりしたての色っぽく掠れた音で「待ってるから」なんて珍しく素直に言ってくるので、調子が狂う。こちらばかり恥ずかしくさせられて悔しいから、仕返しをしてやりたかった。
「……ね、え。アイスくん。テディベアのお返しはチョコレートがいいんだけど」
「え、送れないよ?」
「だから! 渡しに来てって言ってるの」
アイスくんの家からここまで来てもらう飛行機代だけで、いったい何倍返しを要求してるのか途方も無いことに気づいたけれど、後には引けない。
ぎゅっと携帯電話を握る手に力を込めて、返事を待った。
「……いいけど。夢の中みたいに、口移しされたいわけ」
「!」
その返答にわたしは今度こそ完全に真っ赤になってしまったけど、アイスくんの声も震えていた。
きっと電話の向こうで、わたしと同じ表情をしているに違いない。この勝負、引き分けということにしておいてあげよう。
薔薇の花とヤンデレの真似のお返しに、甘いキスをくれてやる!