なまえをいれてね
氷の島と柘榴の実
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――他人からすれば、僕たちはああいうふうに見えてるわけか
――そうだね、わたしは嫌じゃないけど。アイスくんは嫌?
――……嫌じゃない
灼けつく日差し、全身にまとわりつく蒸し暑い空気、草いきれの匂い、耳に残るやかましい蝉の声。大好きな人と二人並んで歩いた道に、冷たい川の中で見たトンボのつがい、おばあちゃんの手料理、オレンジの常夜灯。
わたしはどこか遠くに残る思い出の夏の夢を見ていた。懐かしいその風景に、胸がしめつけられる。
命を燃やして恋をしていた虫たちと、わたしは何も変わらなかったんだな、とぼんやり思った。虫たちが後悔なんてしないようにわたしも何も後悔はない。
――きっとまた、会おうね。約束だからね。
――大げさだなぁ、数ヶ月もすればまた会議でこっちに来るってば。……
寂れた駅で彼を見送って、淋しさを抱えて麦わら帽子に顔をうずめて泣いたことも、覚えている。
夢はそこで途切れた。その後は、真っ暗な孤独の中。
ふと暗闇の中で、冷えきっていた唇に温もりを灯された。そこからゆっくりと神経に、脊髄に、腕に、指の先や、眼球、身体のすみずみまで熱が伝わっていき、心臓が動き出す。休止していた脳は電気信号を再び送り出し、意識の火が少しずつ大きくなっていく。その間も、唇からの熱の供給は絶えず続いている。
くちづけをされているのだ、と気づいた瞬間、起きぬけの脳がまぶたを開けるよう素早く命令を出した。
まだうまく動かない腕を動かし、身体をねじってその熱から逃れる。わたしの頬はすっかり真っ赤に染まっていた。
「ああ……よかった、目が覚めたんだね」
そう、低く優しい声で語りかける銀色の熱源を視認して、ほっと息をついた。燃えるような感情を秘めたアメジストの瞳がわたしをじっと見つめ、大きな手のひらがわたしの頬をふんわりと包む。忘れることができるはずもないいとおしい人が、わたしの言葉を待っていた。
「……あいす、くん」
「そうだよ、僕のリーヴスラシル」
「わたし、ざくろよ。リーヴスラシルなんて名前じゃない」
「もちろん、きみはざくろだよ。でも同時に、僕のリーヴスラシルだ。僕はリーヴ、きみがリーヴスラシル」
アイスくんはそう、熱情をこめてわたしの耳元にささやきかける。リーヴとリーヴスラシルの意味はわからなかったけれど、とても美しい響きの言葉だと思った。
「ふうん……よくわからないけど、アイスくんのためだったら、リーヴスラシルにでも何にでもなるよ」
「きみは眠る前も同じことを言ってたよ。覚えてないの?」
眠る前のことはあまり覚えていない、と答えると、アイスくんは「それならその方が幸せかもしれないね」と言葉を濁した。
アイスくんが一瞬顔を曇らせたのが不安で、必死に記憶の網を手繰り寄せようとしたけれど、堆積した時間の砂がすべてを覆い隠しているみたいで、何一つ引っかかってこない。ただあの夏のことだけが、鮮明に瞼の裏に焼き付いている。
彼はこんなに大人びた顔をしていただろうか。――夢の中の彼は、こんなに大きな手のひらをしてはいなかったと思うのだけれど。
かつてアイスくんと故郷の夏を過ごした夢を見た話をすると、彼は一瞬息を呑んで、目をしばたたかせた。
「本当に? ……僕もあの夏のことは覚えてるよ。あの蝉の声、今でも覚えてる」
「一緒に川の中に足を滑らせて、びしょぬれになったよね」
「懐かしいね…… きみのお祖母さんにお婿さんだって思われたのも、今からしたら笑えるよ」
穏やかな微笑みのまま、彼はわたしの目をじっと見つめる。
「きみは、」――その目の色は何も変わっていないように見えて、奥の方に、わたしの知らない孤独を隠していた。
「あの夏から、7124年が過ぎたんだって言ったら、きみは驚く?」
世界には、覚えていないほうが幸せなことがどうやら起きたらしい。わたしがこの冷凍睡眠装置に入れられたのも、アイスくんの背がわたしが記憶しているよりずっと高いのも、そのことと関係しているに違いない。
「……アイスくん、背が伸びたね」
「ああ、そうだね。――僕も、もう子供じゃないから」
銀色の王子様は、棺桶のような硬い寝台からわたしを引っ張り出して、厳重に閉ざされた扉のロックを一つ一つ外し、わたしの手を引いていずこへかと導く。
先を行く彼の背中は大きく、頼もしかった。あの夏のことが昨日のようにしか思われないけれど、わたしが眠っている間に、少年はいつのまにか何千年も時を重ねていたらしい。お兄ちゃんにからかわれるたびに「僕は子供じゃない!」と顔を真っ赤にしていた少年の面影は、どこにもない。その通り、彼はどこからどう見ても大人そのものだった。
やがて明るく開けた場所まで出た。そこは円形の広場のようになっていて、中央にある石碑を囲むように花が咲いている。地熱でも引いているのか、ここが地下にあるシェルターだとは思えないほど暖かく、緑豊かな空間が広がっていた。「シェルターっていうよりは森みたいでしょ?」とアイスくんはどこか得意気に言い、ドリアスの白い花を摘んでわたしの髪に飾った。
「あの石碑、何て書いてあるの?」
「『リーヴとリーヴスラシルがホッドミーミルの森に隠れて、朝露を食物にし、彼らから新しい人類が生まれる』―― サガの言葉だよ」
「ホッドミーミルの森」オウム返しにするように、わたしは答える。
「そう、ホッドミーミルの森ってこのシェルターの名前なんだけど。覚えてない?」
「……覚えてない」
前にもこんなやりとりをしたんだよ、と彼は優しくわたしの髪を撫でた。覚えていないなら今から新しく思い出を作っていけばいい、不幸なことはもう終わったんだから、忘れてしまっても構わない。アイスくんがわたしのためを思って隠しているのはわかるけれど、それでも不安は拭えない。いったい世界には何が起きたのか教えてくれるようせがむと、アイスくんはしばらく渋っていたけれどやがて重い口を開いた。
丸い内壁にへばりつくような形になっている螺旋の階段を昇りながら、世界が滅亡に至った話をアイスは語り出す。まさにそれは、サガに伝わる『フィンブルヴェド』、永遠の冬の到来の物語だった。
――21世紀の終わりぐらいから(わたしはそれまでは起きていたらしいのだがなぜ老化していないのだろうか)、地球は寒冷化の兆候を見せ始めた。その影響を受けやすい北欧の国々は真っ先に食糧の備蓄やシェルターの開発に取り掛かり、科学技術の粋を集めた冷凍睡眠装置もその頃に完成した。
気象学者の予言の通り、22世紀中には地球は氷河期に襲われ、地表のほとんどが氷に閉ざされた。シェルターにこもるようになってからは各都市の交流は失われ、他の国々がどうなっているかは分からないという。
氷河期は人々の生活を破壊するには十分だった。――ノルさんやわたしの故郷はどうなっているのか、わたしに聞く勇気はなかった。不安に震える様子を感じたのか、アイスくんは振り返り、再びわたしと目を合わせる。結果から見れば地球の数十億年の歴史の中で起きたものと比べて小規模な氷河期だった、と優しい声で諭すように付け加える。
「でも……」
「……何、心配してんの。もうホッドミーミルの森から出る時が来たんだから」
「もう出ても大丈夫なの?」
「新しい夏が来たんだ。だからきみを起こした。きみが夏の夢を見たのも、きっといい知らせだね」
先ほど瞳の奥にちらりと見えたものの正体は、永遠に見えるほど長い冬に閉ざされた孤独だったのだろう。何でもないように装って言ってはいるけれど、わたしの孤独なんかとは比べ物にならないほど暗い闇の中にいたことだけはわかった。長い長い時の中でひとりぼっちにさせてしまったことが悲しくて、彼の手を強く握りしめる。そういえばあの夏も同じ布団の中で手を握って、淋しさを二人で分け合ったのだった。
「淋しかった?」
「淋しかったよ。きみにそんな顔させたくなかったから言わなかったんだけど」
「……ごめんね、アイスくん」
「なんで謝るのさ。もう淋しくなんてないよ」
淋しくなんてない。昔みたいな強がりで言っているのではなくて、泰然とした、しっかりした自信に支えられた言葉だった。わたしもアイスくんもお互いにそれ以上何も言わず、ただ歩みを進め続けた。
階段を登り切り、とうとう分厚い金属の扉の前にたどり着く。最後のロックを開けると、何千年かぶりの太陽の光が差し込んできた。金色の光にきらきらと照らされたアイスくんの目には、もう孤独の影は見えない。
「もう永遠に夏は来ないと思ってたんだけど、でも、永遠なんて無いんでしょ?」
「……そうだね。永遠なんて無いんだよ」
永遠なんて無いし、この夏もいつかは終わるけれども、その時もきっと後悔なんてしないだろう。今までもこれからも、出会ったことに後悔なんてしない。ただ、ようやく冬が終わった今は希望だけを抱きしめていたかった。
「でもまずは、そんな先のこと考える前に、ここから始めなくちゃ」
言いながら、見渡す限り一面、分厚い緑の苔に覆われた大地の上に足を踏み出した。アイスくんの美しい銀色の髪を、馥郁とした香りを含んだそよ風が揺らしている。きっとこれから、もっと素敵な、生命の満ち溢れる美しい国になるはずだ。アイスくんを見上げ、目を合わせると、その瞳の中には情熱が揺らめいていた。夏の恋に命を燃やす虫たちのような赤い情熱。たぶん、わたしの目にも同じ色が映っているのだろう。
「……ざくろ、……いい?」
アイスくんはそっとわたしの肩を抱き、わたしは彼の首筋に頬を寄せる。鼓動が重なって、わたしたちはどちらからともなく唇を重ねた。蕩けてしまいそうなほどの幸福感がふたりを支配していた。
金色の光がリーヴとリーヴスラシルを祝福しているみたいに、寄せては返す喜びを運んでくる。
そのまま身を委ねて、わたしの髪に差された白い花が、ゆっくりと滑り落ちていった。
――そうだね、わたしは嫌じゃないけど。アイスくんは嫌?
――……嫌じゃない
灼けつく日差し、全身にまとわりつく蒸し暑い空気、草いきれの匂い、耳に残るやかましい蝉の声。大好きな人と二人並んで歩いた道に、冷たい川の中で見たトンボのつがい、おばあちゃんの手料理、オレンジの常夜灯。
わたしはどこか遠くに残る思い出の夏の夢を見ていた。懐かしいその風景に、胸がしめつけられる。
命を燃やして恋をしていた虫たちと、わたしは何も変わらなかったんだな、とぼんやり思った。虫たちが後悔なんてしないようにわたしも何も後悔はない。
――きっとまた、会おうね。約束だからね。
――大げさだなぁ、数ヶ月もすればまた会議でこっちに来るってば。……
寂れた駅で彼を見送って、淋しさを抱えて麦わら帽子に顔をうずめて泣いたことも、覚えている。
夢はそこで途切れた。その後は、真っ暗な孤独の中。
ふと暗闇の中で、冷えきっていた唇に温もりを灯された。そこからゆっくりと神経に、脊髄に、腕に、指の先や、眼球、身体のすみずみまで熱が伝わっていき、心臓が動き出す。休止していた脳は電気信号を再び送り出し、意識の火が少しずつ大きくなっていく。その間も、唇からの熱の供給は絶えず続いている。
くちづけをされているのだ、と気づいた瞬間、起きぬけの脳がまぶたを開けるよう素早く命令を出した。
まだうまく動かない腕を動かし、身体をねじってその熱から逃れる。わたしの頬はすっかり真っ赤に染まっていた。
「ああ……よかった、目が覚めたんだね」
そう、低く優しい声で語りかける銀色の熱源を視認して、ほっと息をついた。燃えるような感情を秘めたアメジストの瞳がわたしをじっと見つめ、大きな手のひらがわたしの頬をふんわりと包む。忘れることができるはずもないいとおしい人が、わたしの言葉を待っていた。
「……あいす、くん」
「そうだよ、僕のリーヴスラシル」
「わたし、ざくろよ。リーヴスラシルなんて名前じゃない」
「もちろん、きみはざくろだよ。でも同時に、僕のリーヴスラシルだ。僕はリーヴ、きみがリーヴスラシル」
アイスくんはそう、熱情をこめてわたしの耳元にささやきかける。リーヴとリーヴスラシルの意味はわからなかったけれど、とても美しい響きの言葉だと思った。
「ふうん……よくわからないけど、アイスくんのためだったら、リーヴスラシルにでも何にでもなるよ」
「きみは眠る前も同じことを言ってたよ。覚えてないの?」
眠る前のことはあまり覚えていない、と答えると、アイスくんは「それならその方が幸せかもしれないね」と言葉を濁した。
アイスくんが一瞬顔を曇らせたのが不安で、必死に記憶の網を手繰り寄せようとしたけれど、堆積した時間の砂がすべてを覆い隠しているみたいで、何一つ引っかかってこない。ただあの夏のことだけが、鮮明に瞼の裏に焼き付いている。
彼はこんなに大人びた顔をしていただろうか。――夢の中の彼は、こんなに大きな手のひらをしてはいなかったと思うのだけれど。
かつてアイスくんと故郷の夏を過ごした夢を見た話をすると、彼は一瞬息を呑んで、目をしばたたかせた。
「本当に? ……僕もあの夏のことは覚えてるよ。あの蝉の声、今でも覚えてる」
「一緒に川の中に足を滑らせて、びしょぬれになったよね」
「懐かしいね…… きみのお祖母さんにお婿さんだって思われたのも、今からしたら笑えるよ」
穏やかな微笑みのまま、彼はわたしの目をじっと見つめる。
「きみは、」――その目の色は何も変わっていないように見えて、奥の方に、わたしの知らない孤独を隠していた。
「あの夏から、7124年が過ぎたんだって言ったら、きみは驚く?」
世界には、覚えていないほうが幸せなことがどうやら起きたらしい。わたしがこの冷凍睡眠装置に入れられたのも、アイスくんの背がわたしが記憶しているよりずっと高いのも、そのことと関係しているに違いない。
「……アイスくん、背が伸びたね」
「ああ、そうだね。――僕も、もう子供じゃないから」
銀色の王子様は、棺桶のような硬い寝台からわたしを引っ張り出して、厳重に閉ざされた扉のロックを一つ一つ外し、わたしの手を引いていずこへかと導く。
先を行く彼の背中は大きく、頼もしかった。あの夏のことが昨日のようにしか思われないけれど、わたしが眠っている間に、少年はいつのまにか何千年も時を重ねていたらしい。お兄ちゃんにからかわれるたびに「僕は子供じゃない!」と顔を真っ赤にしていた少年の面影は、どこにもない。その通り、彼はどこからどう見ても大人そのものだった。
やがて明るく開けた場所まで出た。そこは円形の広場のようになっていて、中央にある石碑を囲むように花が咲いている。地熱でも引いているのか、ここが地下にあるシェルターだとは思えないほど暖かく、緑豊かな空間が広がっていた。「シェルターっていうよりは森みたいでしょ?」とアイスくんはどこか得意気に言い、ドリアスの白い花を摘んでわたしの髪に飾った。
「あの石碑、何て書いてあるの?」
「『リーヴとリーヴスラシルがホッドミーミルの森に隠れて、朝露を食物にし、彼らから新しい人類が生まれる』―― サガの言葉だよ」
「ホッドミーミルの森」オウム返しにするように、わたしは答える。
「そう、ホッドミーミルの森ってこのシェルターの名前なんだけど。覚えてない?」
「……覚えてない」
前にもこんなやりとりをしたんだよ、と彼は優しくわたしの髪を撫でた。覚えていないなら今から新しく思い出を作っていけばいい、不幸なことはもう終わったんだから、忘れてしまっても構わない。アイスくんがわたしのためを思って隠しているのはわかるけれど、それでも不安は拭えない。いったい世界には何が起きたのか教えてくれるようせがむと、アイスくんはしばらく渋っていたけれどやがて重い口を開いた。
丸い内壁にへばりつくような形になっている螺旋の階段を昇りながら、世界が滅亡に至った話をアイスは語り出す。まさにそれは、サガに伝わる『フィンブルヴェド』、永遠の冬の到来の物語だった。
――21世紀の終わりぐらいから(わたしはそれまでは起きていたらしいのだがなぜ老化していないのだろうか)、地球は寒冷化の兆候を見せ始めた。その影響を受けやすい北欧の国々は真っ先に食糧の備蓄やシェルターの開発に取り掛かり、科学技術の粋を集めた冷凍睡眠装置もその頃に完成した。
気象学者の予言の通り、22世紀中には地球は氷河期に襲われ、地表のほとんどが氷に閉ざされた。シェルターにこもるようになってからは各都市の交流は失われ、他の国々がどうなっているかは分からないという。
氷河期は人々の生活を破壊するには十分だった。――ノルさんやわたしの故郷はどうなっているのか、わたしに聞く勇気はなかった。不安に震える様子を感じたのか、アイスくんは振り返り、再びわたしと目を合わせる。結果から見れば地球の数十億年の歴史の中で起きたものと比べて小規模な氷河期だった、と優しい声で諭すように付け加える。
「でも……」
「……何、心配してんの。もうホッドミーミルの森から出る時が来たんだから」
「もう出ても大丈夫なの?」
「新しい夏が来たんだ。だからきみを起こした。きみが夏の夢を見たのも、きっといい知らせだね」
先ほど瞳の奥にちらりと見えたものの正体は、永遠に見えるほど長い冬に閉ざされた孤独だったのだろう。何でもないように装って言ってはいるけれど、わたしの孤独なんかとは比べ物にならないほど暗い闇の中にいたことだけはわかった。長い長い時の中でひとりぼっちにさせてしまったことが悲しくて、彼の手を強く握りしめる。そういえばあの夏も同じ布団の中で手を握って、淋しさを二人で分け合ったのだった。
「淋しかった?」
「淋しかったよ。きみにそんな顔させたくなかったから言わなかったんだけど」
「……ごめんね、アイスくん」
「なんで謝るのさ。もう淋しくなんてないよ」
淋しくなんてない。昔みたいな強がりで言っているのではなくて、泰然とした、しっかりした自信に支えられた言葉だった。わたしもアイスくんもお互いにそれ以上何も言わず、ただ歩みを進め続けた。
階段を登り切り、とうとう分厚い金属の扉の前にたどり着く。最後のロックを開けると、何千年かぶりの太陽の光が差し込んできた。金色の光にきらきらと照らされたアイスくんの目には、もう孤独の影は見えない。
「もう永遠に夏は来ないと思ってたんだけど、でも、永遠なんて無いんでしょ?」
「……そうだね。永遠なんて無いんだよ」
永遠なんて無いし、この夏もいつかは終わるけれども、その時もきっと後悔なんてしないだろう。今までもこれからも、出会ったことに後悔なんてしない。ただ、ようやく冬が終わった今は希望だけを抱きしめていたかった。
「でもまずは、そんな先のこと考える前に、ここから始めなくちゃ」
言いながら、見渡す限り一面、分厚い緑の苔に覆われた大地の上に足を踏み出した。アイスくんの美しい銀色の髪を、馥郁とした香りを含んだそよ風が揺らしている。きっとこれから、もっと素敵な、生命の満ち溢れる美しい国になるはずだ。アイスくんを見上げ、目を合わせると、その瞳の中には情熱が揺らめいていた。夏の恋に命を燃やす虫たちのような赤い情熱。たぶん、わたしの目にも同じ色が映っているのだろう。
「……ざくろ、……いい?」
アイスくんはそっとわたしの肩を抱き、わたしは彼の首筋に頬を寄せる。鼓動が重なって、わたしたちはどちらからともなく唇を重ねた。蕩けてしまいそうなほどの幸福感がふたりを支配していた。
金色の光がリーヴとリーヴスラシルを祝福しているみたいに、寄せては返す喜びを運んでくる。
そのまま身を委ねて、わたしの髪に差された白い花が、ゆっくりと滑り落ちていった。