だが、アリアは涙を拭って首を横に振った。


「なっ……」

「書いて。出生証明書。早く」

「何を言っている！？　今貴女は自分のやっていることの罪を実感したんじゃないのか！？」

「分かってる！　けど、もう遅い。今頃、私の入院していた病院では私が消えたことに気付いてるし、この子がいた産院でもいなくなったことに気付いてる。もう遅い」

「なら、自首して――」

「ふざけてるの？　書いて。もう戻れない。私はこの子を明日帰ってくる夫に貴方の子だって言うし、自分の子供として育てる。もう戻れないの」


医師は信じられないという顔を見せた。


「死にたくなければ書いて」


再びメスに手を伸ばしたアリアに、医師は羽根ペンを走らせたのだった。




――……‥‥

夕陽が傾く頃、調査兵団帰還の鐘の音が壁内に響き渡った。


「今回も死人が出たんだろうな」

「だが、今回は予定通り三日間壁外に行ってた。いつもみたいにすぐ帰ってくるなんてことはなかったな」


等という会話が聞こえるが、アリアにとってはどうでも良かった。

あれから、出生証明書と引き換えに医師に口止め料とお礼と称して多めのお金を渡した。
家に帰って、荷物をまとめたアリアは大家に手紙を書いた。突然いなくなることへの謝罪文と残して行った家具の処分料と鍵を添えて、大家のポストに投函。

調査兵団本部のアリアの部屋だった場所（運よくまだ部屋は空いているようだった）に持って出た荷物を置いた。
それから出生証明書と出生届を朝一で憲兵団管轄の施設に出しに行き、夕方まで身を潜めたのだ。

調査兵団を迎える人たちに紛れ、行列を眺めていると団長のエルヴィンの後ろに夫であるリヴァイが歩いているのを見つけた。
見失わないように歩みを進めて、お出迎えの野次馬がいなくなった辺りでアリアは近付く。

最初に気付いたのはエルヴィンで、アリアを見るなり微笑んだ。
そしてリヴァイにアリアがいることを伝えた。
リヴァイは、その足でアリアの許へやってきた。


「お帰り」

「あぁ……ただいま」


馬の手綱を離し、三日ぶりに会う妻を抱きしめた。
そしてその腕に眠る、赤子の姿を目に移した。


「生まれたのか」

「うん。……やっぱりあれ、陣痛だったみたいで」

「もう出歩いて平気なのか？」

「大丈夫。抱っこする？」

「……良いのか？」

「良いも何も――リヴァイの子なんだよ」


アリアは緊張していた。
勘の鋭いリヴァイにバレやしないかと。出来るだけ平静を装っているつもりだ。

リヴァイはアリアから赤子を差し出され、おずおずとその体を腕に抱えた。
アリアはリヴァイの顔を伺った。


「こいつは……」

「えっ、何？」


まさかバレたのか！？
そう思ったが、リヴァイの表情は予想に反して穏やかだった。


「いや、何でもねぇ」

「……嬉しい？」


もしかしてそういう感情を抱いているのかもと思い、そう聞くとリヴァイは「あぁ、そうだな」と呟いた。

赤子の顔を眺めるリヴァイを見て、アリアは心が痛んだ。
これから、秘密を抱えて生きていかねばならない。それは決して知られてはいけない秘密。


「アリア、ありがとな」

「……え？」

「昔は、ガキなんざめんどくせぇ生き物だと思ってたこともあった。けど今この瞬間は、悪くねぇって思ってる」

「……それは、良かった」


普段のリヴァイなら気付いたことだろう。
しかし、今の彼は子供が出来て表情にはあまり出ないが嬉しい気持ちでいっぱいだった。
それによって、アリアの様子が変なことに気付かなかったのである。


「帰るか。馬繋げたら家まで送っていく」

「あ、そのことなんだけど……家引き払った」

「は？」

「私、調査兵団に戻ることにしたからもう本部の中に荷物運んだんだよね」

「……おいおいおい、待て待て。どういうことだ？　おい、ちゃんと説明しろ！」




悲しみの果てに起こした行動によって、アリアはこの大きな秘密を抱えることになった。
夫も兵団も知らない秘密。
しかし、その秘密が五年後にとある人物に知られることをまだアリアは知らない――。






END