「死んだことを認めたくないのは分かる。そういう母親を何度も見て来た。鬱になる母親もいる。けど、これは間違ってる！」

「間違ってる？　何言ってるの？　ちゃんと子供の墓は作った。簡単なものだけど。でも現実問題、沢山の人から期待されてる子なの。なんせ人類最強兵士の子供なのよ。死んだなんて許さない」

「……リヴァイ兵士長の子供だったのか。にしても、これは間違ってる！　この子はどこの子だ？　どっから連れて来たんだ！？」

「それは知らなくていい。貴方が出生証明書を出してくれれば、この子は昨日生まれた私の子供になる。死にたくなければやって」

「そんなこと、出来ない……！」

「じゃあ、他の医者に頼むから。貴方は此処で死ぬ」


メスを持つ手に少し力を入れると、医師の皮膚に薄く赤い線が走った。


「ま、待ってくれ！」


痛みに恐怖を覚えたのか、医師は慌てて声を出した。


「書く気になった？」

「……こんなことに手を貸したってなれば――」

「どこからバレるというの？　子供が死んだと知っているのは、私と貴方と出産した病院だけ。出生証明書を出したら引っ越ししようと思う。出産した病院にも二度と関わるつもりない。……でもまぁ、もし万が一どうしようもなくなってばれた時には本当のこと話せば良い」

「え？」

「私に殺されそうになって書いたと」


医師は意外というような目をアリアに向けた。


「別に貴方が憎いわけじゃないし。書いてくれるよね？」

「……分かった」

「ありがとう」


こうしてアリアは医師に偽の出生証明書を書かせた。
書かせている途中、初めて赤子が泣き声をあげた。

アリアはメスを置き、泣いている赤子を抱き上げた。
よしよしと揺らして見るも、泣き止まない。どうしたものかと困っていると、医師が「お腹が空いているんじゃないのか」と言った。


「お腹……」

「あぁ。母乳をあげるんだ。あんたも子供を生んだ身なら出るだろう？」


やったことはなかったが、赤子に母乳を上げる母親の姿は見たことがあった。
それを思い出し、同じようにやってみた。

すると、赤子は勢いよく吸い付き飲みはじめた。


「おお……」

「やっぱりお腹が空いてたようだね」


自分の乳を飲む赤子の様子を目にし、アリアはしばらくぼーっとしていた。
しかし、突然悲しみが湧きあがってくるのを感じた。
突然涙も出てきて、次第に出て来た嗚咽に医師も驚きを隠せなかった。


「どうしたんだ！？」

「分かん、ない……」


その何とも言えない感情は、悲しみであり虚しさであり恐ろしさでもあった。
この子は自分の子ではなく、誘拐してきた見知らぬ他人の子。
自分の子は死んだのだ。自分で埋葬もした。

まるで夢の中でやったことのように今まで感じていた。
「分からない」と答えたが、今漸くこれが現実なんだと認識をして、涙の正体を把握した。


「私っ……何てことを……」


子供の墓は作ったが、その死を偽装しようとしている恐ろしさに気付いてしまった。


「――精神が正常になったようだね。今からでも遅くはない。その子を元の場所に返してくるんだ」


医師の提案は受け入れるべきものだろう。
今のアリアならば、当然そうするだろうと医師は思った。