こころ〜家族になる〜
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6.訪問者
総司が近藤家の養子になり二年の月日が流れた。
十一歳になった総司は、かつてとは打って変わって千夏の面倒をよく見る兄になっていた。
ただ――
「遅いんだけど」
「ごめん! 先生に呼び止められちゃったの」
「どうせ千夏が悪いことしたんでしょ」
「してないよ! もう、お兄ちゃん最近いじわるばっかり言う」
優しいかどうかというと微妙なところである。(by.千夏)
拗ねる千夏だったが、総司はさっさと行ってしまう。
「ちょっと待って!」
「待たない」
「またまたー! そう言って、いつも合わせて歩いてくれるくせにー……って、急に早歩き!?」
「早くしないと置いていくから」
総司は、二年前よりも食が回復した。しかしまだ千夏が平気で食べられる量(大食いなだけかもしれないが)がおなかいっぱいで食べられない。少し残してしまうことがあるが、父になった近藤勇の勧めもあり剣道を始めて少しずつ食事量が増えている状態であった。
笑顔もちらほら見せる回数が増えた。
「ただいまー!……あれ?」
千夏が玄関を開けて真っ先に入ると、見慣れない靴が二足並んでいた。
「お客さんかな」
総司もそれを見て首を傾げた。
すると奥のリビングからつねが出てきた。少し小声だったが、いつものように笑顔でおかえりと迎えた。
「ただいま、お客さん来てるの?」
「そうよ。今大事なお話してるから、二人とも手を洗ったらお部屋に行っててくれる?」
「分かった」
千夏は玄関から上がると洗面所に向かった。
しかし総司だけはじっとつねを見つめたままであった。視線に気付いたつねはどうしたのと尋ねるが、総司にはそれが平静を装っていると感じたらしい。
昔から勘の働く子であったことを思い出したつねが、総司の腕を掴もうとしたが遅く――。
総司はリビングへと一直線。ドアを開けたのである。
「そ、総司……!」
近藤の驚きの声に、二人の訪問者は振り返った。
その顔を見た瞬間、総司の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックした。
その二人は昔、酷い仕打ちをした祖父母だったのである。
固まる様子を見せる総司だったが、二人は立ち上がり近づいてきた。
「総司なの? 大きくなって!」
祖母の手が伸びてきて、はっとした総司は一歩下がった。
そして二人を冷酷な目で見上げた。それは、近藤家に来た頃の総司に戻ったかのような目だった。
近藤は慌てて二人を元いた席に誘導したが、二人は強気で近藤に言った。
「総司を返して下さらない? この子は私たちの孫なんだし、血の繋がりがある私たちが育てるのが普通ですよね?」
「そうだ。まぁ確かに昔は色々あったが、今は違う。君は他人だろう?」
その言葉を聞いて、総司は震えた。いつの間にかリビングに来ていたつねと、リビングを覗いていた千夏も総司の様子に不安な表情を見せている。
「ですから、総司は絶対に渡しません。貴方方はかつて総司を桜田さんに渡した。なぜ今になって……」
「渡したのではなく、預けたのよ。うちは二世帯だったから厳しくて。でも今は違うわ。長男の嫁が子供を連れて出て行ってしまったの。今は私と主人と長男だけだから、総司を育てられるわ」
「……つまり、孫がいなくて寂しいから僕に戻ってきてほしいと?」
総司が口を挟み、その小さな体に一斉に注目が集まる。
「伯父さんが大金を稼いできて喜んでいた伯母さんが出て行くなんて、伯父さん会社辞めたの?」
「それは……」
「つまり今稼ぎがそんなにないから、僕を育てて自分達を養ってもらおうとかいう考えなんでしょ」
近藤は焦って総司の名を宥めるように呼んだ。
しかし総司は止まらない。
「戸惑ってる? 僕がこんなに質問することなかったから。質問しても答えてくれず、何でも言うこと聞いていれば良いって殴って、質問しないように教え込んだんだし? 他人には存在を知られないようにしろって言ってきた。そんなに隠したかったのに今更一緒に暮らしたいなんて、僕に将来稼いでもらおうとかしか考えられない」
総司は頭が良かった。全て図星なのか、祖父母は言葉に詰まっていた。
総司が黙ったタイミングを見計らって、近藤が「総司。もういいから、部屋にいなさい」と優しく声をかけた。
つねにアイコンタクトすると、つねは頷いて総司を誘導した。リビングの外にいた千夏も一緒に、二人を総司の部屋まで連れて行く。
つねはリビングに戻って行ったが、残された二人の間には気まずい空気が流れる。
流れで一緒に総司の部屋に入ってしまった千夏だったが、いつもの調子で話しかけるのも躊躇われた。
無言で時間だけが過ぎていく。
ずっと俯いて怖い表情を見せる総司に漸く出した言葉が
「な、何か……お絵かきでも、する……?」
だった。しかし総司は答えない。
その後も色々喋りかけたが、まるで二年前に戻ったかのように総司は無言のままだった。
二年前はそれでもめげなかった千夏だったが、今は総司が普通に接してくれる生活になってるためだんだんと悲しくなってきた。
そして、ついに涙が目に浮かんできたのである。
「お兄ちゃん!」
千夏は耐えられなくなって総司に抱き着いた。
「私、お兄ちゃんと離れたくないよぉ」
総司は驚いて目を見開いた。ぽろぽろと目から溢れる涙を見て、この二年間の出来事を思い出した。
最初は興味がなく、ただただ鬱陶しかった。この人たちは自分の何を知っているのか? 人の心にずかずか入って来ようとする近藤家も、いつかは自分を遠ざけるだろう。
本当の家族じゃない。同情し、様子を窺い、
他人だから本気で口出ししてこない。
何も知らない、何も悩んでなさそうなこの家族に嫌気しかなかった。
でも、ある日叱られた。そして抱きしめられた。身勝手な理由じゃなくて、初めて自分のために叱ってくれ泣いてくれたこの家族に戸惑いを感じた。
同時に、心が温かくなる感じもした。
そして、実の子供のように育ててくれる近藤夫妻。実の兄のように慕ってくれる妹。時々、本当に血が繋がっているんじゃないかと錯覚するくらいだった。
父になった近藤の勧めで少し前から剣道を始め、それが更に日常を豊かにしてくれている。
総司は生きることが楽しくなっていた。
たった二年、されど濃い二年。九歳で近藤家に引き取られるまでの人生より、この二年の方が圧倒的に充実し成長した。
「お兄ちゃん……?」
目の前で泣く妹を離し、立ち上がった総司は突然部屋を飛び出したのだった。
6.訪問者 END
総司が近藤家の養子になり二年の月日が流れた。
十一歳になった総司は、かつてとは打って変わって千夏の面倒をよく見る兄になっていた。
ただ――
「遅いんだけど」
「ごめん! 先生に呼び止められちゃったの」
「どうせ千夏が悪いことしたんでしょ」
「してないよ! もう、お兄ちゃん最近いじわるばっかり言う」
優しいかどうかというと微妙なところである。(by.千夏)
拗ねる千夏だったが、総司はさっさと行ってしまう。
「ちょっと待って!」
「待たない」
「またまたー! そう言って、いつも合わせて歩いてくれるくせにー……って、急に早歩き!?」
「早くしないと置いていくから」
総司は、二年前よりも食が回復した。しかしまだ千夏が平気で食べられる量(大食いなだけかもしれないが)がおなかいっぱいで食べられない。少し残してしまうことがあるが、父になった近藤勇の勧めもあり剣道を始めて少しずつ食事量が増えている状態であった。
笑顔もちらほら見せる回数が増えた。
「ただいまー!……あれ?」
千夏が玄関を開けて真っ先に入ると、見慣れない靴が二足並んでいた。
「お客さんかな」
総司もそれを見て首を傾げた。
すると奥のリビングからつねが出てきた。少し小声だったが、いつものように笑顔でおかえりと迎えた。
「ただいま、お客さん来てるの?」
「そうよ。今大事なお話してるから、二人とも手を洗ったらお部屋に行っててくれる?」
「分かった」
千夏は玄関から上がると洗面所に向かった。
しかし総司だけはじっとつねを見つめたままであった。視線に気付いたつねはどうしたのと尋ねるが、総司にはそれが平静を装っていると感じたらしい。
昔から勘の働く子であったことを思い出したつねが、総司の腕を掴もうとしたが遅く――。
総司はリビングへと一直線。ドアを開けたのである。
「そ、総司……!」
近藤の驚きの声に、二人の訪問者は振り返った。
その顔を見た瞬間、総司の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックした。
その二人は昔、酷い仕打ちをした祖父母だったのである。
固まる様子を見せる総司だったが、二人は立ち上がり近づいてきた。
「総司なの? 大きくなって!」
祖母の手が伸びてきて、はっとした総司は一歩下がった。
そして二人を冷酷な目で見上げた。それは、近藤家に来た頃の総司に戻ったかのような目だった。
近藤は慌てて二人を元いた席に誘導したが、二人は強気で近藤に言った。
「総司を返して下さらない? この子は私たちの孫なんだし、血の繋がりがある私たちが育てるのが普通ですよね?」
「そうだ。まぁ確かに昔は色々あったが、今は違う。君は他人だろう?」
その言葉を聞いて、総司は震えた。いつの間にかリビングに来ていたつねと、リビングを覗いていた千夏も総司の様子に不安な表情を見せている。
「ですから、総司は絶対に渡しません。貴方方はかつて総司を桜田さんに渡した。なぜ今になって……」
「渡したのではなく、預けたのよ。うちは二世帯だったから厳しくて。でも今は違うわ。長男の嫁が子供を連れて出て行ってしまったの。今は私と主人と長男だけだから、総司を育てられるわ」
「……つまり、孫がいなくて寂しいから僕に戻ってきてほしいと?」
総司が口を挟み、その小さな体に一斉に注目が集まる。
「伯父さんが大金を稼いできて喜んでいた伯母さんが出て行くなんて、伯父さん会社辞めたの?」
「それは……」
「つまり今稼ぎがそんなにないから、僕を育てて自分達を養ってもらおうとかいう考えなんでしょ」
近藤は焦って総司の名を宥めるように呼んだ。
しかし総司は止まらない。
「戸惑ってる? 僕がこんなに質問することなかったから。質問しても答えてくれず、何でも言うこと聞いていれば良いって殴って、質問しないように教え込んだんだし? 他人には存在を知られないようにしろって言ってきた。そんなに隠したかったのに今更一緒に暮らしたいなんて、僕に将来稼いでもらおうとかしか考えられない」
総司は頭が良かった。全て図星なのか、祖父母は言葉に詰まっていた。
総司が黙ったタイミングを見計らって、近藤が「総司。もういいから、部屋にいなさい」と優しく声をかけた。
つねにアイコンタクトすると、つねは頷いて総司を誘導した。リビングの外にいた千夏も一緒に、二人を総司の部屋まで連れて行く。
つねはリビングに戻って行ったが、残された二人の間には気まずい空気が流れる。
流れで一緒に総司の部屋に入ってしまった千夏だったが、いつもの調子で話しかけるのも躊躇われた。
無言で時間だけが過ぎていく。
ずっと俯いて怖い表情を見せる総司に漸く出した言葉が
「な、何か……お絵かきでも、する……?」
だった。しかし総司は答えない。
その後も色々喋りかけたが、まるで二年前に戻ったかのように総司は無言のままだった。
二年前はそれでもめげなかった千夏だったが、今は総司が普通に接してくれる生活になってるためだんだんと悲しくなってきた。
そして、ついに涙が目に浮かんできたのである。
「お兄ちゃん!」
千夏は耐えられなくなって総司に抱き着いた。
「私、お兄ちゃんと離れたくないよぉ」
総司は驚いて目を見開いた。ぽろぽろと目から溢れる涙を見て、この二年間の出来事を思い出した。
最初は興味がなく、ただただ鬱陶しかった。この人たちは自分の何を知っているのか? 人の心にずかずか入って来ようとする近藤家も、いつかは自分を遠ざけるだろう。
本当の家族じゃない。同情し、様子を窺い、
他人だから本気で口出ししてこない。
何も知らない、何も悩んでなさそうなこの家族に嫌気しかなかった。
でも、ある日叱られた。そして抱きしめられた。身勝手な理由じゃなくて、初めて自分のために叱ってくれ泣いてくれたこの家族に戸惑いを感じた。
同時に、心が温かくなる感じもした。
そして、実の子供のように育ててくれる近藤夫妻。実の兄のように慕ってくれる妹。時々、本当に血が繋がっているんじゃないかと錯覚するくらいだった。
父になった近藤の勧めで少し前から剣道を始め、それが更に日常を豊かにしてくれている。
総司は生きることが楽しくなっていた。
たった二年、されど濃い二年。九歳で近藤家に引き取られるまでの人生より、この二年の方が圧倒的に充実し成長した。
「お兄ちゃん……?」
目の前で泣く妹を離し、立ち上がった総司は突然部屋を飛び出したのだった。
6.訪問者 END