こころ〜家族になる〜
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4.変化
「もしかして嫌いだった?」
「嫌いじゃないけど……」
「けど……?」
つねが訊ねると、総司は答えにくそうにしながらも小さく
「ネギ」
と口にした。
――総司が風呂に入っている間に、つねから事情を聞いた近藤。
総司が初めて涙を見せるという出来事に、今までよりもコミュニケーションが取れるのではないかと考えた。そこで、夕飯時に近藤が話題を振ると総司は最初こそ口をなかなか利かなかったが、それはどう答えようか迷っている……そんな理由だった。
今までのように無視することもなく、反応を示したことに家族の顔には笑みが溢れ出ていた。
「ネギ、嫌い?」
まだぎこちない会話ではあったが、慣れてきたのか総司は徐々に返事をする。目を合わせることはまだ無理なようだったが、確実に関係は良くなっていた。
そんな中、つねが気付いたのは総司のお椀に注がれた味噌汁が減っていないことだった。
最初は熱いから冷ましているか、順番にこだわりがあるのだと思っていたがいつまで経っても手を付けない。
このままでは冷めすぎてしまうと思ったつねは、総司が味噌汁嫌いなのかと聞いたのだ。
総司は味噌汁は嫌いではなかったが、入っているネギが大の苦手であった。
「じゃあ今度からはネギは入れず、入れたい人が刻みネギを入れるってスタイルにしましょう」
「そうだなぁ。でも好き嫌い言わず食べないと大きくなれないぞ!」
「そのうち食べられるようになるわよ、多分」
だから今は強制はしないわ、とつねは言った。
「ところで総司、他に好きな物とか教えてくれないか? その方が、母さんも作りやすいだろう」
近藤の質問に総司は箸を止めて考え込む。その横で千夏はぱくぱく食べるものだから、非常に際立つ。近藤は千夏に「もう少し落ち着いて食べなさい」と注意をした。
「だって、美味しいんだもん!」
「こらこら、よく噛みなさい。今、飲み込んだだろう?」
「……食卓は戦争なのよ」
子供らしからぬ発言に、場は一瞬固まった。
「え、千夏? 何それ」
つねが問いかけると千夏は箸を止めることなく答える。
「中上君が言ってた」
「中上君とは……?」
「クラスの子ー。食卓は戦争。食べないとなくなるって」
中上君がどんな生活を送っているのか、近藤とつねは想像してしまう。
しかしすぐにつねが言った。
「うちではなくならないから大丈夫よ。皆に分けているからね。千夏のおかずは千夏が食べているお皿にあるんだから、ゆっくり食べても大丈夫よ」
「……そっかーそれもそうだね!」
箸が進む速度を遅めたのを確認したところで、再び総司に好きな物を訊ねた。
すると、総司は「ない」とだけ答えた。
「ないって……そんな、何も?」
「……食べられるけど、別に特別好きって言うものはない」
「遠慮しなくてもいいんだぞ?」
その言葉に、総司は
「ご飯以外のものだったら金平糖が好き」
と口にし結局、つねの料理の参考にはならなかったのである。
――……‥‥
夜も十二時を過ぎた頃。
近藤夫妻は寝室で話をする。
「今日は初めて総司と色んな話をしたなぁ」
「ええ。これからもっと色んな話をしてくれるわ」
「そういえば、さっき総司が微かに笑っているのを見たぞ」
その言葉に、つねは驚きの声をあげた。
「いつ!?」
「寝る前だ。つねが風呂に入っていた時だな。総司と廊下ですれ違う時に、初めて“おやすみなさい”と言われてなぁ……」
つねは興味津々で、身を乗り出すようにして耳を傾ける。
「驚いたが、俺も“おやすみ”と言ったら微かだが笑っていた。優しい顔をしていたよ」
「それ、ずるい! 私も見たかった!」
「ははは、これから一緒に生活して行けばきっと見れるさ」
これから未来、総司がどんな子に成長するのか――娘の成長と同じように楽しみでしかたなかった。
つねが、未来を想像していると近藤が不意にそういえばと真剣な声色で話を切り出した。
「今日、桜田さんから総司の過去について話を聞いていた」
「それ本当?」
「あぁ」
――……‥‥
「総司の過去……か」
桜田児童養護施設の職員控室で、近藤と桜田は向き合って座っている。
相変わらず、外では子供の遊ぶ声がしている。
「うむ、桜田さんなら知っていると思って」
「知っているが、うん、そうだな。近藤君には言っておかないといけないな」
そうやって語り始めた総司の過去は、近藤の顔をあっという間に難しいものにする話しであった。
「あの子は、二~三歳の頃に両親を事故で亡くした。飲酒運転のトラックが赤信号にも関わらず、猛スピードで交差点に進入してきたらしい。歩行者を跳ね、その先にいた沖田夫婦の車に突っ込んだとか。……車は横転し、車体も潰れた。沖田夫妻は死亡したが、子供――つまり総司は生きていた」
「よく……」
「あぁ。救助が駆け付けた時、死んだ母親が庇うように抱きしめていたらしい。総司は軽い怪我だけで済んだ。……それから父方の祖父母に引き取られたんだが、それまで揉めたらしい」
「揉めた?」
「あの子の両親は駆け落ちだったようなんだ。それで、祖父母や親戚に連絡が行ったけど皆“そんな子知りません”の一点張りだったとか。でも、誰かが引き取らねばならない。ってことで、揉めに揉めた挙句、父方の祖父母の許に。けど……その家は、総司の伯父――祖父母の長男家族も同居していてね。総司は虐げられた」
桜田は両膝の上で手を組み、続ける。
「ご飯は恐らくあまり貰えてなかっただろう。オレがあの子をここに連れて来た時、信じられないくらい痩せていて小さかったから。……少し年上のいとこたちにも虐められているようだった」
「どういうきっかけで桜田さんの許に……?」
「オレはあの子の祖父母と知り合いでな。外では良い人たちだったよ。だがある日、用があってあの子の祖父母の家に行った。その時、偶然出会ったんだ。……あの家の者が皆して隠そうとしていたのか、オレに見つかった瞬間“この子は不法侵入者”だの“近所から預かっている子”だの“近所の放置子”だの――。一斉に矛盾したことを言う」
総司は痩せていた。汚かった。
感情が目になかった。
一斉にオレへ言い訳をしている大人たちの後ろで、子供が総司を部屋へ戻るように指示していた。
人形のように動かない表情に、ロボットのように従う総司。
「――そこでオレは大人を押し退けてその子に駆け寄った。でも何を聞いても、答えてくれず。唯一発した一言は“なんでもないですから”と。当時、五歳だった子供が発する雰囲気じゃなかった」
そして最終的に、祖父母に問い詰めたと桜田は言った。
最初は渋っていたが、漸く
「出て行った息子の子供。死んだと連絡入ったら子供がいるから引き取って欲しいと。奥さんも死んだというから仕方なく引き取った。勝手に出て行って勝手に作った子供だったし、嫌だったけど」
と口にしたという。今まで良い人だと思ってきたので、桜田は心底驚いたという。
「それで、なんと?」
「オレはキレてな、オレが引き取る! と言ってやった。もう養護施設を運営してたからそこに連れて行くとな」
「向こうは?」
「どうぞどうぞ、って感じだった。すごく嬉しそうにな。……その日、そのまま総司をここに連れてきた」
それから、四年。色々手を尽くしたが、総司の心は閉ざされたままだった。
少しずづ、ご飯は食べてくれるようになったがそれでも少食。同じ年の子に比べて本当に小さいままだった。
他の子が頻繁に近寄った時期もあったが、総司の鉄仮面に皆無関心になった。
――……‥‥
「桜田さんはこうも言っていたよ。自分はどうしても他の子とも関わらなければいけない立場だから、総司に構える時間がどうしても少ない。それじゃああの子には駄目なのかもしれない、とね」
桜田とのやりとりをつねに報告した近藤は、苦虫を潰したような顔になっていた。
「総司の食が細いのは、昔あんまり与えられてなかったからなのね……胃が小さいままなんだわ」
「あぁ。精神的にダメージを追って、心を閉ざしたまま施設に入った。総司は、きっと食欲が湧かなかっただろう。……このままじゃ、病気になりかねない」
腕を組んで首を捻る近藤に、つねがそっと手を添える。
「ねぇ、勇さん。私たち、今まで総司に対して無意識に線を引いていた気がするわ。あの子が可哀相って同情して、結局他人の子として扱ってたのかもしれない」
近藤は大きく頷くと、よしと声をあげた。
「これからはきちんと千夏と同じように総司に接し、育てよう。贔屓はなしだ」
きらきらとした笑顔の近藤に、つねも微笑んだのだった。
4.変化 END
「もしかして嫌いだった?」
「嫌いじゃないけど……」
「けど……?」
つねが訊ねると、総司は答えにくそうにしながらも小さく
「ネギ」
と口にした。
――総司が風呂に入っている間に、つねから事情を聞いた近藤。
総司が初めて涙を見せるという出来事に、今までよりもコミュニケーションが取れるのではないかと考えた。そこで、夕飯時に近藤が話題を振ると総司は最初こそ口をなかなか利かなかったが、それはどう答えようか迷っている……そんな理由だった。
今までのように無視することもなく、反応を示したことに家族の顔には笑みが溢れ出ていた。
「ネギ、嫌い?」
まだぎこちない会話ではあったが、慣れてきたのか総司は徐々に返事をする。目を合わせることはまだ無理なようだったが、確実に関係は良くなっていた。
そんな中、つねが気付いたのは総司のお椀に注がれた味噌汁が減っていないことだった。
最初は熱いから冷ましているか、順番にこだわりがあるのだと思っていたがいつまで経っても手を付けない。
このままでは冷めすぎてしまうと思ったつねは、総司が味噌汁嫌いなのかと聞いたのだ。
総司は味噌汁は嫌いではなかったが、入っているネギが大の苦手であった。
「じゃあ今度からはネギは入れず、入れたい人が刻みネギを入れるってスタイルにしましょう」
「そうだなぁ。でも好き嫌い言わず食べないと大きくなれないぞ!」
「そのうち食べられるようになるわよ、多分」
だから今は強制はしないわ、とつねは言った。
「ところで総司、他に好きな物とか教えてくれないか? その方が、母さんも作りやすいだろう」
近藤の質問に総司は箸を止めて考え込む。その横で千夏はぱくぱく食べるものだから、非常に際立つ。近藤は千夏に「もう少し落ち着いて食べなさい」と注意をした。
「だって、美味しいんだもん!」
「こらこら、よく噛みなさい。今、飲み込んだだろう?」
「……食卓は戦争なのよ」
子供らしからぬ発言に、場は一瞬固まった。
「え、千夏? 何それ」
つねが問いかけると千夏は箸を止めることなく答える。
「中上君が言ってた」
「中上君とは……?」
「クラスの子ー。食卓は戦争。食べないとなくなるって」
中上君がどんな生活を送っているのか、近藤とつねは想像してしまう。
しかしすぐにつねが言った。
「うちではなくならないから大丈夫よ。皆に分けているからね。千夏のおかずは千夏が食べているお皿にあるんだから、ゆっくり食べても大丈夫よ」
「……そっかーそれもそうだね!」
箸が進む速度を遅めたのを確認したところで、再び総司に好きな物を訊ねた。
すると、総司は「ない」とだけ答えた。
「ないって……そんな、何も?」
「……食べられるけど、別に特別好きって言うものはない」
「遠慮しなくてもいいんだぞ?」
その言葉に、総司は
「ご飯以外のものだったら金平糖が好き」
と口にし結局、つねの料理の参考にはならなかったのである。
――……‥‥
夜も十二時を過ぎた頃。
近藤夫妻は寝室で話をする。
「今日は初めて総司と色んな話をしたなぁ」
「ええ。これからもっと色んな話をしてくれるわ」
「そういえば、さっき総司が微かに笑っているのを見たぞ」
その言葉に、つねは驚きの声をあげた。
「いつ!?」
「寝る前だ。つねが風呂に入っていた時だな。総司と廊下ですれ違う時に、初めて“おやすみなさい”と言われてなぁ……」
つねは興味津々で、身を乗り出すようにして耳を傾ける。
「驚いたが、俺も“おやすみ”と言ったら微かだが笑っていた。優しい顔をしていたよ」
「それ、ずるい! 私も見たかった!」
「ははは、これから一緒に生活して行けばきっと見れるさ」
これから未来、総司がどんな子に成長するのか――娘の成長と同じように楽しみでしかたなかった。
つねが、未来を想像していると近藤が不意にそういえばと真剣な声色で話を切り出した。
「今日、桜田さんから総司の過去について話を聞いていた」
「それ本当?」
「あぁ」
――……‥‥
「総司の過去……か」
桜田児童養護施設の職員控室で、近藤と桜田は向き合って座っている。
相変わらず、外では子供の遊ぶ声がしている。
「うむ、桜田さんなら知っていると思って」
「知っているが、うん、そうだな。近藤君には言っておかないといけないな」
そうやって語り始めた総司の過去は、近藤の顔をあっという間に難しいものにする話しであった。
「あの子は、二~三歳の頃に両親を事故で亡くした。飲酒運転のトラックが赤信号にも関わらず、猛スピードで交差点に進入してきたらしい。歩行者を跳ね、その先にいた沖田夫婦の車に突っ込んだとか。……車は横転し、車体も潰れた。沖田夫妻は死亡したが、子供――つまり総司は生きていた」
「よく……」
「あぁ。救助が駆け付けた時、死んだ母親が庇うように抱きしめていたらしい。総司は軽い怪我だけで済んだ。……それから父方の祖父母に引き取られたんだが、それまで揉めたらしい」
「揉めた?」
「あの子の両親は駆け落ちだったようなんだ。それで、祖父母や親戚に連絡が行ったけど皆“そんな子知りません”の一点張りだったとか。でも、誰かが引き取らねばならない。ってことで、揉めに揉めた挙句、父方の祖父母の許に。けど……その家は、総司の伯父――祖父母の長男家族も同居していてね。総司は虐げられた」
桜田は両膝の上で手を組み、続ける。
「ご飯は恐らくあまり貰えてなかっただろう。オレがあの子をここに連れて来た時、信じられないくらい痩せていて小さかったから。……少し年上のいとこたちにも虐められているようだった」
「どういうきっかけで桜田さんの許に……?」
「オレはあの子の祖父母と知り合いでな。外では良い人たちだったよ。だがある日、用があってあの子の祖父母の家に行った。その時、偶然出会ったんだ。……あの家の者が皆して隠そうとしていたのか、オレに見つかった瞬間“この子は不法侵入者”だの“近所から預かっている子”だの“近所の放置子”だの――。一斉に矛盾したことを言う」
総司は痩せていた。汚かった。
感情が目になかった。
一斉にオレへ言い訳をしている大人たちの後ろで、子供が総司を部屋へ戻るように指示していた。
人形のように動かない表情に、ロボットのように従う総司。
「――そこでオレは大人を押し退けてその子に駆け寄った。でも何を聞いても、答えてくれず。唯一発した一言は“なんでもないですから”と。当時、五歳だった子供が発する雰囲気じゃなかった」
そして最終的に、祖父母に問い詰めたと桜田は言った。
最初は渋っていたが、漸く
「出て行った息子の子供。死んだと連絡入ったら子供がいるから引き取って欲しいと。奥さんも死んだというから仕方なく引き取った。勝手に出て行って勝手に作った子供だったし、嫌だったけど」
と口にしたという。今まで良い人だと思ってきたので、桜田は心底驚いたという。
「それで、なんと?」
「オレはキレてな、オレが引き取る! と言ってやった。もう養護施設を運営してたからそこに連れて行くとな」
「向こうは?」
「どうぞどうぞ、って感じだった。すごく嬉しそうにな。……その日、そのまま総司をここに連れてきた」
それから、四年。色々手を尽くしたが、総司の心は閉ざされたままだった。
少しずづ、ご飯は食べてくれるようになったがそれでも少食。同じ年の子に比べて本当に小さいままだった。
他の子が頻繁に近寄った時期もあったが、総司の鉄仮面に皆無関心になった。
――……‥‥
「桜田さんはこうも言っていたよ。自分はどうしても他の子とも関わらなければいけない立場だから、総司に構える時間がどうしても少ない。それじゃああの子には駄目なのかもしれない、とね」
桜田とのやりとりをつねに報告した近藤は、苦虫を潰したような顔になっていた。
「総司の食が細いのは、昔あんまり与えられてなかったからなのね……胃が小さいままなんだわ」
「あぁ。精神的にダメージを追って、心を閉ざしたまま施設に入った。総司は、きっと食欲が湧かなかっただろう。……このままじゃ、病気になりかねない」
腕を組んで首を捻る近藤に、つねがそっと手を添える。
「ねぇ、勇さん。私たち、今まで総司に対して無意識に線を引いていた気がするわ。あの子が可哀相って同情して、結局他人の子として扱ってたのかもしれない」
近藤は大きく頷くと、よしと声をあげた。
「これからはきちんと千夏と同じように総司に接し、育てよう。贔屓はなしだ」
きらきらとした笑顔の近藤に、つねも微笑んだのだった。
4.変化 END