こころ〜家族になる〜
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1.新しい家族
近藤勇とその妻、つねは知り合いの経営する児童養護施設を訪れていた。
「まぁ、そうは言ってもなかなか大変なんだよ。年々ここに来る子は増えるから、職員も増やさなきゃならない。でも多すぎると職員の給料で施設が潰れるかもしれない。かと言って、給料減らすと皆辞めていくからそれでも潰れてしまう」
苦笑しながら職員控室でお茶を出す知り合いは、三十代後半程の男だった。近藤はそれよりも若いが、昔からの知り合いだった。
外からは子供の元気な声が聞こえる。
「経営もなかなか難しいものだなぁ」
「そういう近藤君も剣道場をやっているじゃないか」
「いや、道場なんて俺一人でやっているものだからなぁ。それに人数も少ない。桜田さんの経営の難しさに比べたら及ばないよ」
すると、つねが
「でも、いつかは学校を作りたいって言ってたじゃない。そうなると他人事じゃないわよ」
と笑った。
「何だ、近藤君にそんな夢があったとは!」
「はは、まぁまだ夢の段階で宛てもないんだけどな」
「学校って小学校か……中学かな?」
推測する桜田に近藤は首を横に振った。
「一応、高校教師の免許を持っているから高校を考えているんだ」
「そういえば近藤君の職業は高校の教師だったね」
その時であった。控室のドアが勢いよく開き、子供の声が響いた。
「先生! ユウ君とダイキ君が喧嘩してる!」
小学校低学年くらいの女の子数人が、なだれ込むように入ってきた。
「またか……! 近藤君、すまないけど――」
「あぁ、大丈夫。行ってくれ」
女の子たちは、近藤夫妻に挨拶すると桜田の後を追って出て行った。
それからしばらく近藤夫妻は控室で待っていたが、なかなか帰ってこない桜田に出てみることにした。
――桜田養護施設の運動場は広く、様々な遊具がある。あらゆる遊び場はいつも子供たちで溢れているが、今は違った。
桜田と多くの子供たちがブランコを囲んでいる。ブランコは全部で四つある。その一番左のブランコに一人の男の子が俯いて座っていた。
傍にもう一人男の子が立っていて、桜田はその子と交互に見ながら俯く男の子を諭すように話しかけていた。
近藤たちにはその会話は聴こえなかったが、ブランコを巡って問題が起きたようだった。
「子供が喧嘩すると本人たちで解決させるって方法があるけど、大人がその背中を押すことが必要なのね」
「そうだなぁ。桜田さんはいつも言っているよ。子供たちだけに任せても良い時もあるけど、それだと仲直りしないまま互いを嫌いあって成長してしまうこともまたある、と」
桜田の合図で、子供たちが一斉に散らばる。どうやら問題は解決したようだった。
ふと、近藤の視線があるところで止まった。
それは屋内の二階の廊下だった。男の子が一人、緑色に塗られた鉄の策越しにあちこちに散っていく子供たちを眺めていた。
しかしその翠の瞳は何とも無気力というか、冷めたような感じ。一切表情を変えないその子に近藤は魅かれた。
「近藤君、すまないねぇ。折角来てくれたのに」
桜田の言葉に近藤ははっとした。
「あぁ、いや構わない」
近藤の見ていた方に、桜田も視線を向けていた。男の子はこちらを見ることもなくそのまま室内へと戻って行った。
「あの子が何か?」
「え、まぁ何というか……一人だけ違うような気がして」
「はぁ、やっぱりそう思うか? あの子は他の子とも遊ぼうとせずいつも一人でいる。理由を聞いても答えずで、どうしたものかと悩んでいるんだ。挙句、自分に構うなと言われるし……」
「他の子は、あの子を遊びに誘ったりしないのか?」
「オレも一回他の子に聞いたんだけど、“誘っても無反応でよく分からない”とか“たまに返事をしたことあっても断られる”とかで。……そのうち、誰も誘わなくなってしまったんだ」
その言葉に、近藤は何かを考え込んだ素振りを見せやがて――
「よし! 俺が引き取って育てよう!」
と豪語した。
その言葉に、桜田は驚愕した。
「こ、近藤君!? 突然何を……」
「この施設は里親制度もあるのだろう?」
「そ、それはまぁあるが……」
「だったら、問題はない」
そして、つねに向かって「良いだろう?」と聞いた。
「ちょ、私たちには娘もいるのよ!? いきなり一人増えるだなんて準備が……」
「それはそうだが、どうにも気になってなぁ。それに兄弟が増えるとあの子も喜ぶのに」
しょぼくれる近藤の表情を見て、つねは小さく溜め息を吐いた。そして
「……分かったわ」
と、あっさり認めたのである。喜ぶ近藤の様子を見て、桜田は近藤の決断の仕方に圧倒された。
「その代り、今すぐじゃなくて何日か準備期間をもらってからよ」
「うむ。桜田さん、宜しいですか?」
「そうだな、里親がいた方があの子にも良いだろうし。近藤君の家なら本望だよ」
桜田は声を潜めて更に続けた。
「ここだけの話、オレはあの子のことを特別気にかけているんだけど……この子供の数だ。付きっきりというわけにはいかない。正直、あの子の心はここじゃ――」
こうして、近藤夫妻はあの少年を引き取ることになった。
少年の名は総司といい、近藤は数日後の土曜日につねと共に彼を引き取りに行ったのだった。
――……‥‥
近藤夫妻の娘、千夏は友達の家から走って帰っていた。
父と母から「お兄ちゃんが出来る」と聞かされていたからだ。千夏は一人っ子で、周りの友達に兄弟姉妹がいることを羨ましく思っていた。
実は、つねは千夏を産んでから子供が出来ない体になっていたのだ。だからこそ、養子を迎え入れるということ自体はあっさり受け入れたのである。
「ただいま!」
勢いよく玄関を開けると、奥からつねが出て来た。
「おかえり。走って帰って来たの?」
「うん!」
「大丈夫だった? 危ないから走って帰ってくるのは止めなさいって言ったでしょう!?」
「うん、言われたけどやっぱ駄目だった!」
屈託のない笑顔で告げられ、つねは小さく溜め息を吐いた。
「全く、千夏はいつも嬉しいことがあるとはしゃいで怪我したりするから心配なのよ」
言い聞かせるように強めに言うと、千夏は
「うう……気を付けます……」
と反省した。
――かのように見えたが、すぐに笑顔に戻る。
「ねぇねぇ、もうお兄ちゃん来た?」
本当に反省しているのだろうか。
つねはそう思ったが、今日だけは許すことにした。
「ええ、けど……」
言葉を詰まらせるつねだったが、千夏は気が付かない。
母の手を引っ張り、リビングへと向かった。
「おお、千夏帰ったか」
「ただいま、お父さん!」
「総司、さっき話した娘の千夏だ。総司の一個下の八歳だ。仲良くしてやってほしい。千夏、この子が今日からお前のお兄ちゃんになる総司だぞ」
目を輝かせる千夏だったが、一方で総司は目も合わせず無愛想な表情。
近藤やつねはその様子を見て、気まずい顔をした。
というのも、総司は近藤夫妻と会ってから一回も笑っていないのだ。目が合ったのも、桜田に紹介された一瞬だけ。
その時に「僕に構わないでください」と喋って以来、一言も口を開かない。
近藤夫妻が引き取る以前にも里親候補がいたらしいのだが、総司は誰にでもそのような態度を取るので全部破談になっていた。
が、近藤夫妻だけは総司の態度を見ても引き取ったのである。放っておけなかったのだ。無気力で、生きることが絶望だと思っているように見える総司を変えたいと考えたのだ。
「よろしくね!」
「……」
そんな総司を見ても、千夏は動じなかった。いや、鈍感なのである。
全然楽しそうではない総司を余所に、千夏は一日中喜びを隠しきれなかったのだ。
1.新しい家族 END
近藤勇とその妻、つねは知り合いの経営する児童養護施設を訪れていた。
「まぁ、そうは言ってもなかなか大変なんだよ。年々ここに来る子は増えるから、職員も増やさなきゃならない。でも多すぎると職員の給料で施設が潰れるかもしれない。かと言って、給料減らすと皆辞めていくからそれでも潰れてしまう」
苦笑しながら職員控室でお茶を出す知り合いは、三十代後半程の男だった。近藤はそれよりも若いが、昔からの知り合いだった。
外からは子供の元気な声が聞こえる。
「経営もなかなか難しいものだなぁ」
「そういう近藤君も剣道場をやっているじゃないか」
「いや、道場なんて俺一人でやっているものだからなぁ。それに人数も少ない。桜田さんの経営の難しさに比べたら及ばないよ」
すると、つねが
「でも、いつかは学校を作りたいって言ってたじゃない。そうなると他人事じゃないわよ」
と笑った。
「何だ、近藤君にそんな夢があったとは!」
「はは、まぁまだ夢の段階で宛てもないんだけどな」
「学校って小学校か……中学かな?」
推測する桜田に近藤は首を横に振った。
「一応、高校教師の免許を持っているから高校を考えているんだ」
「そういえば近藤君の職業は高校の教師だったね」
その時であった。控室のドアが勢いよく開き、子供の声が響いた。
「先生! ユウ君とダイキ君が喧嘩してる!」
小学校低学年くらいの女の子数人が、なだれ込むように入ってきた。
「またか……! 近藤君、すまないけど――」
「あぁ、大丈夫。行ってくれ」
女の子たちは、近藤夫妻に挨拶すると桜田の後を追って出て行った。
それからしばらく近藤夫妻は控室で待っていたが、なかなか帰ってこない桜田に出てみることにした。
――桜田養護施設の運動場は広く、様々な遊具がある。あらゆる遊び場はいつも子供たちで溢れているが、今は違った。
桜田と多くの子供たちがブランコを囲んでいる。ブランコは全部で四つある。その一番左のブランコに一人の男の子が俯いて座っていた。
傍にもう一人男の子が立っていて、桜田はその子と交互に見ながら俯く男の子を諭すように話しかけていた。
近藤たちにはその会話は聴こえなかったが、ブランコを巡って問題が起きたようだった。
「子供が喧嘩すると本人たちで解決させるって方法があるけど、大人がその背中を押すことが必要なのね」
「そうだなぁ。桜田さんはいつも言っているよ。子供たちだけに任せても良い時もあるけど、それだと仲直りしないまま互いを嫌いあって成長してしまうこともまたある、と」
桜田の合図で、子供たちが一斉に散らばる。どうやら問題は解決したようだった。
ふと、近藤の視線があるところで止まった。
それは屋内の二階の廊下だった。男の子が一人、緑色に塗られた鉄の策越しにあちこちに散っていく子供たちを眺めていた。
しかしその翠の瞳は何とも無気力というか、冷めたような感じ。一切表情を変えないその子に近藤は魅かれた。
「近藤君、すまないねぇ。折角来てくれたのに」
桜田の言葉に近藤ははっとした。
「あぁ、いや構わない」
近藤の見ていた方に、桜田も視線を向けていた。男の子はこちらを見ることもなくそのまま室内へと戻って行った。
「あの子が何か?」
「え、まぁ何というか……一人だけ違うような気がして」
「はぁ、やっぱりそう思うか? あの子は他の子とも遊ぼうとせずいつも一人でいる。理由を聞いても答えずで、どうしたものかと悩んでいるんだ。挙句、自分に構うなと言われるし……」
「他の子は、あの子を遊びに誘ったりしないのか?」
「オレも一回他の子に聞いたんだけど、“誘っても無反応でよく分からない”とか“たまに返事をしたことあっても断られる”とかで。……そのうち、誰も誘わなくなってしまったんだ」
その言葉に、近藤は何かを考え込んだ素振りを見せやがて――
「よし! 俺が引き取って育てよう!」
と豪語した。
その言葉に、桜田は驚愕した。
「こ、近藤君!? 突然何を……」
「この施設は里親制度もあるのだろう?」
「そ、それはまぁあるが……」
「だったら、問題はない」
そして、つねに向かって「良いだろう?」と聞いた。
「ちょ、私たちには娘もいるのよ!? いきなり一人増えるだなんて準備が……」
「それはそうだが、どうにも気になってなぁ。それに兄弟が増えるとあの子も喜ぶのに」
しょぼくれる近藤の表情を見て、つねは小さく溜め息を吐いた。そして
「……分かったわ」
と、あっさり認めたのである。喜ぶ近藤の様子を見て、桜田は近藤の決断の仕方に圧倒された。
「その代り、今すぐじゃなくて何日か準備期間をもらってからよ」
「うむ。桜田さん、宜しいですか?」
「そうだな、里親がいた方があの子にも良いだろうし。近藤君の家なら本望だよ」
桜田は声を潜めて更に続けた。
「ここだけの話、オレはあの子のことを特別気にかけているんだけど……この子供の数だ。付きっきりというわけにはいかない。正直、あの子の心はここじゃ――」
こうして、近藤夫妻はあの少年を引き取ることになった。
少年の名は総司といい、近藤は数日後の土曜日につねと共に彼を引き取りに行ったのだった。
――……‥‥
近藤夫妻の娘、千夏は友達の家から走って帰っていた。
父と母から「お兄ちゃんが出来る」と聞かされていたからだ。千夏は一人っ子で、周りの友達に兄弟姉妹がいることを羨ましく思っていた。
実は、つねは千夏を産んでから子供が出来ない体になっていたのだ。だからこそ、養子を迎え入れるということ自体はあっさり受け入れたのである。
「ただいま!」
勢いよく玄関を開けると、奥からつねが出て来た。
「おかえり。走って帰って来たの?」
「うん!」
「大丈夫だった? 危ないから走って帰ってくるのは止めなさいって言ったでしょう!?」
「うん、言われたけどやっぱ駄目だった!」
屈託のない笑顔で告げられ、つねは小さく溜め息を吐いた。
「全く、千夏はいつも嬉しいことがあるとはしゃいで怪我したりするから心配なのよ」
言い聞かせるように強めに言うと、千夏は
「うう……気を付けます……」
と反省した。
――かのように見えたが、すぐに笑顔に戻る。
「ねぇねぇ、もうお兄ちゃん来た?」
本当に反省しているのだろうか。
つねはそう思ったが、今日だけは許すことにした。
「ええ、けど……」
言葉を詰まらせるつねだったが、千夏は気が付かない。
母の手を引っ張り、リビングへと向かった。
「おお、千夏帰ったか」
「ただいま、お父さん!」
「総司、さっき話した娘の千夏だ。総司の一個下の八歳だ。仲良くしてやってほしい。千夏、この子が今日からお前のお兄ちゃんになる総司だぞ」
目を輝かせる千夏だったが、一方で総司は目も合わせず無愛想な表情。
近藤やつねはその様子を見て、気まずい顔をした。
というのも、総司は近藤夫妻と会ってから一回も笑っていないのだ。目が合ったのも、桜田に紹介された一瞬だけ。
その時に「僕に構わないでください」と喋って以来、一言も口を開かない。
近藤夫妻が引き取る以前にも里親候補がいたらしいのだが、総司は誰にでもそのような態度を取るので全部破談になっていた。
が、近藤夫妻だけは総司の態度を見ても引き取ったのである。放っておけなかったのだ。無気力で、生きることが絶望だと思っているように見える総司を変えたいと考えたのだ。
「よろしくね!」
「……」
そんな総司を見ても、千夏は動じなかった。いや、鈍感なのである。
全然楽しそうではない総司を余所に、千夏は一日中喜びを隠しきれなかったのだ。
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