第一部

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猫(貴女)

8.戻された猫


勝手に壬生寺を飛び出したみーこにとって、行くあてはなかった。勿論、戻ることも出来たが兄猫が許してくれるとは思えなかったのだ。

幾日も、多数の雄猫に見つからないようにみーこは町中で過ごしていた。

しかし、毛が泥にまみれている白猫は人間の目に留まったらしく、一人の男の子がみーこを抱えて家に帰った。
男の子は母親に「猫なんか連れて帰るんじゃない!」と怒鳴られた。が、その母親も冷酷ではない。
泥だらけのみーことしょぼくれる息子を見て、ふっと笑い


「とりあえずその子、洗うわよ」


と、桶に湯を用意してくれたのだ。男の子は喜び、みーこは湯という慣れない水に暴れ――何とかみーこの身体は綺麗になった。

それから何だかんだ言って、みーこはその男の子の家でご飯を貰い過ごしていた。


が、


「……」

「……」


どうして、斎藤一が目の間にいるのだろうか。みーこは首を傾げてじっとその目を見つめた。

気まぐれに散歩をし、男の子の待つ家に帰ると玄関先に斎藤一が立っていたのだ。


「……にゃー」


とりあえず鳴いてみた。
すると、斎藤ははっとした表情を見せみーこの名を確かめるように口にした。


「にゃー」

「やはり、みーこであったか……! 探した」

「?」


どういうことだろうか、と首を傾げる。


「副長が――……何と言うべきか」


言葉に詰まる斎藤。みーこは「左之のところに行けるのかな?」と期待し、斎藤を見つめた。
それが通じたように、斎藤は


「……左之のところへ行くか?」


としゃがみ込み、みーこの頭を撫でた。


「!」


その言葉にドキッとし、反射的に斎藤の腕に飛び込んだ。頭を撫でられたが、ふとみーこは男の子のことを思い出す。
急にいなくなったら悲しむかもしれない。ここ数日の付き合いで、男の子が自分を可愛がっていることを分かっていた。
みーこは、斎藤の腕から飛び降りると鳴きながら玄関の戸をがりがりと引っ搔いた。

すると、中から男の子が飛び出してくる。


「おかえりっ!」

「にゃー」


男の子はみーこを抱き上げると、目の前に立っている男に気付いて「うわぁっ」と声を上げた。


「お、お前誰だ!」


その声に、中から母親も出てくる。斎藤は不審者扱いされたが、慌てて事情を説明した。

猫を返してほしいと頭を下げる斎藤。渋る男の子。母親は元々飼う気がなかったので、男の子を説得する。

結局、みーこは斎藤に引き渡された。
男の子は寂しそうな目をして、みーこを見送ったのである。




――……‥‥

「副長、ついに見つけました」

「やっとか。ご苦労だった斎藤。この分の給金は出しておく」

「っ、これも隊務故、特別扱いは無用です。では」


土方の前に出されたみーこ。二人きりだ。


「――ったく、相変わらずだ」


斎藤が去った方を見つめ呟いたかと思うと、紫色の瞳がみーこに向けられた。


「まぁ、勝手に追い出しといて戻したこと恨むかもしれねぇが、お前のお陰で京の人間が迷惑してるんだ。しばらくは身を隠してもらう」


土方の冷たい声色に、思わず恐縮してしまう。


「これも上からの命令でな。……って、俺は猫相手に何言ってんだか」


分かるわけねぇのにな、と目線を伏せた。急に雰囲気が変化した土方に、みーこは疑問に思いゆっくりと近付いた。


「にゃー……?」


下から覗き込むと、そこには先程とは違って優しそうな眼。
すると土方の左手がみーこを優しく撫でたのだ。


「にゃー、ゴロゴロ」


自然に喉が鳴った。


「……そんだけ珍しく、綺麗で真っ白い毛並なんだ。雄猫が近付くのも分かる」

「ゴロゴロ」

「他の雌猫に恨まれねぇように気を付けろ」


撫でるのを止められ、みーこは土方を見上げる。その表情は、今までに見たことないくらいの微笑みだった。
ちょっと意外――と思っていると、土方はどこからか赤い幅の狭い帯状の織物を取り出した。それは、以前みーこが土方に貰ったものだった。

チリン、と音を奏でるのは前と違う。今度は小さな鈴が付いていたのだ。


「こっちの方が良いだろう」

「にゃあー」

「こら、すり寄るんじゃねぇよ」


土方はみーこを片手で抱き上げると、襖を開け廊下に出した。


「もう行け。原田の部屋は分かってるだろ」


その言葉にみーこは、駆け出す。一回だけ土方に振り返ったが、またすぐに駆け出した。

――早く会いたい。
その思いで、廊下を進む。
そして原田の部屋の前まで来ると、障子の木枠を引っ搔きながら鳴いた。

数回、それを繰り返すと襖が開く。そこには会いたかった顔。みーこは、喜びの声をあげながらその懐に飛び込んだ。





★おまけ★


「ねぇ、この子どうかな?」


沖田総司は、一匹の猫を原田の前に差し出した。

数日前、原田がみーこのお見合い相手にと雄猫を連れ帰った。沖田が「へぇ、左之さんならみーこをお嫁にあげないっていうと思った」とからかった。
しかし原田は笑って言い放ったのだ。


「こいつは猫だ。人間である俺の意思で、子孫繁栄を妨害することなんか出来ねぇよ。確かに屯所に雄猫が集まると迷惑だが、連れて来れば問題ねぇだろ」

「でも、もしみーこが人間だったら……或いは左之さんが猫だったら、絶対嫌でしょ?」

「当たり前だ。もしこいつと同じ生物だったら、絶対俺が貰う」

「なんか……そんなこと言って、恥ずかしくない?」

「そうか?」

「うん、流石は左之さんだね」


そんなことがあり、沖田も猫を連れて来たのだ。

しかし、ぼんやりした様子のその猫はみーこに興味を示さなかった。沖田は、鞠で遊ぶみーこに声をかけた。


「駄目かな? どう?」

「?」

「……首傾げてるってことは、やっぱこんなぼんやりした雄猫じゃ駄目?」


沖田の言葉を無視し、みーこは原田の膝の上に乗って丸くなる。


「興味ない、って感じだね」


困った顔の沖田だったが、原田がその猫を抱き上げたとき気付く。


「総司……」


呆れた様子を見せる原田。その理由は単純だった。


「お前、こりゃ雌猫じゃねぇか?」

「えっ?」


原田から自身が連れて来た猫を受け取ると、目の前に持ち上げる。沖田は小さく「あ、本当だ」と呟き、苦笑いを隠しきれなかった。






8.戻された猫END
⇒9へ続く
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