第一部
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1.人間に恋した猫
その日、猫は京を悠々と歩いていた。本当は兄猫に人間に近付いたら駄目と言われていたが、猫にはどうしても人間が悪いとは思わなかった。
確かに、兄猫の右目を傷付け片目しか見えなくしたのは人間だ。しかし、人間全員が悪いとは思えない。いや、むしろ良い人間の方が多いと猫は思っていた。
ぴょん、と登ったのは京の治安を守るが人々に恐れられている新選組屯所の塀だった。そんなこと知るはずもない猫は、塀の上を歩いた。
「だから! 土方さんはちょっとのことで怒りすぎなんだって!」
「ちょっとのことじゃねぇだろ。ありゃ土方さんじゃなくても怒るぜ?」
「あれは! しんぱっつぁんのせいなんだってば!!」
賑やかな人の声が聞こえ、猫は足を止めた。
庭を眺めた視線の先に二人の人影。猫は人間に近付いたことはない。人間が悪いとは思わないけれど、兄猫の話で少しばかり人間が怖いと思っていたからだ。
しかし、猫は目の前の楽しそうな二人を見て一声「にゃー」と鳴いた。猫自身、何でそうしたのか分からない。ただ、無意識で鳴いたのだ。
「だから――」
「何だ?……猫か」
「本当だ。見かけない猫だな」
人間が自分に興味を持っている。少し躊躇ったが、猫は屯所の敷地に降りた。そして、二人に近付いてみるものの予想以上に人間が大きく、距離を取って座った。初めてここまで近付いたのだ。
「にゃ」
「すっげー! 左之さん、この猫真っ白だぜ!」
「見りゃ分かる。しかし、真っ白なんざ滅多に見ねぇな」
二人の人間は近付く。猫はビクッと体を震わせたが、逃げなかった。
すると、一人の男が猫の頭を撫でた。初めて人間に撫でられ、猫は思わずその手に爪を立てた。
「いてっ」
「あ! 左之さん血が出てる」
「にゃー……」
「いや、大丈夫だ。人に慣れてねぇのかもな」
引っ掻かれてもなお猫の頭を撫でる男を、猫は初めて見上げた。
優しい瞳で猫を見る男は、兄猫の言うような人間にはやはり思えなかった。
――……‥‥
それから数日、猫は屯所に滞在していた。
あれから新選組幹部たちが次々と集まってきて、白い猫に興味を持った。そして新選組の副長である土方に一同、この猫を飼っても良いか頼み込んだのだ。
猫にとっては、そんなこと知ったことではないので広間で押し問答している中、与えられた小さな鞠で遊んでいた。
「猫は気まぐれだ。こいつにも家族がいるだろうに」という土方に対し、一同「縛るわけじゃないが、ここに出入りすることを許して欲しいんだ」と言った。
結局、土方の方が折れた。一同は、猫に煮干しやら何やら与えた。そして猫はここに出入りするようになる――と思われた。
しかし、猫は違った。というのは、出入りするのではなく完全に住みだしてしまったのである。
初日にあの優しい瞳で撫でてくれた男、原田左之助が猫に名前をつけた。
「みーこ」
それが猫の名前になった。
それから、猫のみーこは屯所に住み着き原田に懐いてしまったのだ。
常に原田の後を追う猫だったので、他の幹部はこぞって猫の気を引こうとした。(正確には、土方と局長の近藤、そして井上以外の幹部であるが)
まず、藤堂平助が事を起こした。彼はみーこが初めて会った、原田と一緒にいた人間である。藤堂はよくみーこに煮干しを与えた。少しだけ藤堂が好きだった。
次に永倉新八という、原田の無二の親友が事を起こした。しかし、みーこを抱っこしようとした際に力が強すぎたためか早々に顔面を引っ掻かれたのである。それから、みーこは永倉がちょっぴり苦手になった。
次に斎藤一という、一見物静かでみーこには興味なさそうな人間が意外にも気を引こうとしたのである。縁側でひなたぼっこをするみーこと見つめ合い、数刻。「これだけしかないが……」と、そっと魚の一部を差しだしたのである。それから、斎藤も少しだけ好きになった。
そして意外にも、一度だけ土方がみーこにしたことがあった。それは、みーこの尻尾に赤い幅の狭い帯状の織物(現代的に言うとリボン)を着けてくれたのだ。どういう了見か分からなかったが、土方は微笑んでみーこの頭を撫でた。土方も少し好きになった。
しかし、みーこが苦手とする人間もいた。それは、沖田総司という人間。いつもみーこに意地悪をするのだ。土方に貰った尻尾の織物を奪ったり、無理矢理抱っこして原田の許に行かせない等だ。だから苦手というより嫌いだった。沖田を見るとササッと逃げるか、近藤の側に行くことを覚えた。近藤の側だと意地悪されないと知ったからだ。
もう一人。雪村千鶴という人間も好きだった。彼女はみーこに優しく声をかけ、優しい言葉をかけた。
ちなみに、近藤も土方も井上も特別みーこの気を引こうとはしなかったが、それなりに接した。織物をくれた土方も、それ以外には特に何もない。
でも嫌いではなかった。
しかし幹部がこぞってみーこに接しても、一番はやはり原田であった。ずば抜けて懐いているのだ。
いつも膝の上に乗ると優しく撫でてくれ、邪魔でも優しく扱い言葉をかける。「今はちょっと離れててくれな?」と。
大人しく傍らで座って待っていると、誉めてくれる。そして、抱き上げられて一緒にひなたぼっこをする。
それが堪らなく好きだった。
もはや、仲間や兄猫のことはすっかり忘れてしまうほどに好きだった。
――みーこは、原田に恋をした。
1.人間に恋した猫END
⇒2へ続く
その日、猫は京を悠々と歩いていた。本当は兄猫に人間に近付いたら駄目と言われていたが、猫にはどうしても人間が悪いとは思わなかった。
確かに、兄猫の右目を傷付け片目しか見えなくしたのは人間だ。しかし、人間全員が悪いとは思えない。いや、むしろ良い人間の方が多いと猫は思っていた。
ぴょん、と登ったのは京の治安を守るが人々に恐れられている新選組屯所の塀だった。そんなこと知るはずもない猫は、塀の上を歩いた。
「だから! 土方さんはちょっとのことで怒りすぎなんだって!」
「ちょっとのことじゃねぇだろ。ありゃ土方さんじゃなくても怒るぜ?」
「あれは! しんぱっつぁんのせいなんだってば!!」
賑やかな人の声が聞こえ、猫は足を止めた。
庭を眺めた視線の先に二人の人影。猫は人間に近付いたことはない。人間が悪いとは思わないけれど、兄猫の話で少しばかり人間が怖いと思っていたからだ。
しかし、猫は目の前の楽しそうな二人を見て一声「にゃー」と鳴いた。猫自身、何でそうしたのか分からない。ただ、無意識で鳴いたのだ。
「だから――」
「何だ?……猫か」
「本当だ。見かけない猫だな」
人間が自分に興味を持っている。少し躊躇ったが、猫は屯所の敷地に降りた。そして、二人に近付いてみるものの予想以上に人間が大きく、距離を取って座った。初めてここまで近付いたのだ。
「にゃ」
「すっげー! 左之さん、この猫真っ白だぜ!」
「見りゃ分かる。しかし、真っ白なんざ滅多に見ねぇな」
二人の人間は近付く。猫はビクッと体を震わせたが、逃げなかった。
すると、一人の男が猫の頭を撫でた。初めて人間に撫でられ、猫は思わずその手に爪を立てた。
「いてっ」
「あ! 左之さん血が出てる」
「にゃー……」
「いや、大丈夫だ。人に慣れてねぇのかもな」
引っ掻かれてもなお猫の頭を撫でる男を、猫は初めて見上げた。
優しい瞳で猫を見る男は、兄猫の言うような人間にはやはり思えなかった。
――……‥‥
それから数日、猫は屯所に滞在していた。
あれから新選組幹部たちが次々と集まってきて、白い猫に興味を持った。そして新選組の副長である土方に一同、この猫を飼っても良いか頼み込んだのだ。
猫にとっては、そんなこと知ったことではないので広間で押し問答している中、与えられた小さな鞠で遊んでいた。
「猫は気まぐれだ。こいつにも家族がいるだろうに」という土方に対し、一同「縛るわけじゃないが、ここに出入りすることを許して欲しいんだ」と言った。
結局、土方の方が折れた。一同は、猫に煮干しやら何やら与えた。そして猫はここに出入りするようになる――と思われた。
しかし、猫は違った。というのは、出入りするのではなく完全に住みだしてしまったのである。
初日にあの優しい瞳で撫でてくれた男、原田左之助が猫に名前をつけた。
「みーこ」
それが猫の名前になった。
それから、猫のみーこは屯所に住み着き原田に懐いてしまったのだ。
常に原田の後を追う猫だったので、他の幹部はこぞって猫の気を引こうとした。(正確には、土方と局長の近藤、そして井上以外の幹部であるが)
まず、藤堂平助が事を起こした。彼はみーこが初めて会った、原田と一緒にいた人間である。藤堂はよくみーこに煮干しを与えた。少しだけ藤堂が好きだった。
次に永倉新八という、原田の無二の親友が事を起こした。しかし、みーこを抱っこしようとした際に力が強すぎたためか早々に顔面を引っ掻かれたのである。それから、みーこは永倉がちょっぴり苦手になった。
次に斎藤一という、一見物静かでみーこには興味なさそうな人間が意外にも気を引こうとしたのである。縁側でひなたぼっこをするみーこと見つめ合い、数刻。「これだけしかないが……」と、そっと魚の一部を差しだしたのである。それから、斎藤も少しだけ好きになった。
そして意外にも、一度だけ土方がみーこにしたことがあった。それは、みーこの尻尾に赤い幅の狭い帯状の織物(現代的に言うとリボン)を着けてくれたのだ。どういう了見か分からなかったが、土方は微笑んでみーこの頭を撫でた。土方も少し好きになった。
しかし、みーこが苦手とする人間もいた。それは、沖田総司という人間。いつもみーこに意地悪をするのだ。土方に貰った尻尾の織物を奪ったり、無理矢理抱っこして原田の許に行かせない等だ。だから苦手というより嫌いだった。沖田を見るとササッと逃げるか、近藤の側に行くことを覚えた。近藤の側だと意地悪されないと知ったからだ。
もう一人。雪村千鶴という人間も好きだった。彼女はみーこに優しく声をかけ、優しい言葉をかけた。
ちなみに、近藤も土方も井上も特別みーこの気を引こうとはしなかったが、それなりに接した。織物をくれた土方も、それ以外には特に何もない。
でも嫌いではなかった。
しかし幹部がこぞってみーこに接しても、一番はやはり原田であった。ずば抜けて懐いているのだ。
いつも膝の上に乗ると優しく撫でてくれ、邪魔でも優しく扱い言葉をかける。「今はちょっと離れててくれな?」と。
大人しく傍らで座って待っていると、誉めてくれる。そして、抱き上げられて一緒にひなたぼっこをする。
それが堪らなく好きだった。
もはや、仲間や兄猫のことはすっかり忘れてしまうほどに好きだった。
――みーこは、原田に恋をした。
1.人間に恋した猫END
⇒2へ続く