第二部
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13.猫は生まれる
松本の診断を受けて、二~三日経つとみーこの乳房とお腹が膨らみ始めた。いよいよこれは妊娠だと確信した皆。
それから、十日と少し位すると今度は食べる食べる。有り得ないくらい食べ始めた。流石に食べすぎだろ、と藤堂が量を減らそうと試みたが駄目だった。藤堂に襲い掛かり食事をくれるまで殴りまくった。猫の殴りは地味に痛かったらしい。結局、信じられないぐらいがつがつと食べた。
しかし同時にあまり活動しなくなり、一日中寝ていることもあった。太ったことが目に見えて分かった。
それから間もなく、お腹の中で子猫が動くのが確認できると皆が「すごい」と見に来るようになった。みーこを触ると攻撃されるので、ちょっと距離をとって監察することになった。
いつの間にか、みーこは原田の自室前の縁側の下に巣を作っていた。千鶴がそっと布を差し出せば、それを下に敷いて確実に出産に備えているのが窺えた。
ある日、千鶴が縁側の下にいるみーこを眺めているのを見つけた沖田と斎藤。千鶴が不安そうな顔をしているのが気になり、声をかけた。
「今日になって急に食欲が減退したようなんです」
千鶴が餌を片手にそう口にしたのは、みーこの妊娠が発覚して一月と少しだった。
今までもりもり食べていたのに、今日は少し食べて止めてしまったという。
「そろそろじゃない?」
千鶴の言葉を受けて口を開いたのは沖田であった。
「思い出したんだけど、昔試衛館にいた猫が数年に渡って何匹も子供産んでたんだよね。その時に毎回、今みたいなことがあった気がするんだよね。その後に子猫がいっぱい産まれていたなーって」
「試衛館……それって皆さんが昔いた道場ですよね?」
「そうだよ。あの頃は今みたいに猫にご飯をあげれなかったんだけど、鼠がいっぱいいたからね。道場に住みついちゃってたんだ」
へぇ、と感心する千鶴に対し、斎藤は頭を捻っていた。
「そうだったか……。総司、よく知っているな」
「そうだねぇ。あの頃は皆強くなるのに必死だったし、猫なんてゆっくり眺める時間なかったからね」
「それでも沖田さんは気付いてたんですね」
「うん、特別注目してたわけじゃないけど何年もいると気付くよね」
沖田の言葉に気付かなかった斎藤は落ち込んでいるようだった。
「とにかく、今はご飯食べないんじゃない? 放っておくと良いよ」
そう言って立ち上がった沖田は、そのまま立ち去った。
「……雪村。俺たちも離れよう」
「でも、心配ですね。ちゃんと無事に産まれるんでしょうか」
「絶対とは言わないが、大丈夫だろう。むしろ俺たちが変に関わることによって、危険になる可能性だってある。総司の言う通り放っておいたほうが無難だろう」
斎藤も背を向けたので、千鶴は気になりながらも後を追った。
――……‥‥
「おい、縁側の下がえぐれてるんだが」
夕餉の時分。現れた土方が怪訝な顔をしながら座った。
「縁側の下?」
永倉の疑問に土方は「みーこのいる巣だ」と答えた。
「みーこは? いないのか?」
「いや、いる。だが、落ち着きなかったな」
「うーん、みーこ自身が掘ったのかな」
平助の推測は当たっていた。
――みーこの作った巣の周りは掘り返されたような跡。しかし、みーこがそれを自ら行っていた。土方たちが夕餉を食べている時も、掘ったりその周りを回ったり。
そうしているうちに、原田が近付いた。
「落ち着け――って、おい! 俺だ!」
「!? びっくりした、左之さんか……」
突如現れた原田にみーこは思わず攻撃的になった。しかし、それが原田と分かると警戒心を解いた。
「ってかすげぇな。猫になってから夜目が利くようになった」
「人間は見えないの?」
「慣れてくりゃそれなりに見えてくるが、こんなにはっきりと見えねぇな。お前の顔も良く見える」
「……」
人間の女の子なら「顔が良く見える」と言われれば、少しは照れるかもしれない。しかし、みーこは猫。それをさらっと聞き流した。
原田は何も反応しないみーこに、妙な羞恥心が込み上げてきた。軽く咳払い(したつもり)をし、話題を変えた。
「ところでお前、さっきから何してるんだ?」
「うーん、何か出そうで出ないっていうか」
「男の前でやることかよ……」
原田の呟きを無視し、みーこはぐるぐる回り落ち着かない様子。
「っ」
「どうした?」
「お腹痛い……!」
その言葉に原田は慌てた。息が荒くなるみーこ。
原田はどうしていいか分からず、ただ傍にいることしか出来なかった。
――三週間後。
原田の部屋に子猫が五匹、思い思いに遊んでいた。全部、真っ白な毛並みをした子猫。目の色は、みーこと同じ猫もいたが原田の色を受け継ぐ子猫の方が多かった。
「ねぇ、この子たちって人間にもなれるのかな?」
「みーこが俺たちを平気なように、自ずと子猫も平気になるだろう」
「いや、一君。慣れる、じゃなくてなれるかな――僕が言いたいのは、みーこが前に人間になったように、この子たちもなるのかなって。左之さんだって人間だし?」
あ、と声を漏らし俯く斎藤は間違った解釈をしたことに気恥しくなったようだ。
にゃーにゃーと鳴き声を出しながらじゃれる子猫たちに、傍にいた千鶴は和んでいた。
「千鶴ちゃん? 仕事しなくていいの?」
「あ、はい。今休憩中なんです」
「ふーん。……っていうか、左之さんずっとみーこの傍にいるね」
沖田の視線の先には、のんびりと寝そべるみーこと寄り添う原田の姿。
「しかし、左之は最近ますます猫のようになった気がするが……もう人間に戻らないのか?」
斎藤が微妙な顔をすると、原田は一瞥したが気にしていないようだった。
その様子を見た沖田、
「別に良いんじゃない」
と言い放った。
「左之さんも元に戻りたそうじゃないし、戻ったところでみーこや子猫たちが可哀そうじゃない」
「確かに、子猫たちは左之に懐いているが……人間に戻っても甘えられるのではないか?」
「一君。一君は、土方さんが突然熊や獅子になっても従えるの?」
「そ、それは……それが副長なら仕方のないこと――」
「えー僕は従えないなぁ。だって何言ってるかきっと分からないもん」
楽しそうに笑みを浮かべる沖田に、斎藤は黙ってしまった。
そんな二人を余所に、原田はまったりとみーこに寄り添う。周りには、無邪気な子猫たちが群がってた。
13.猫は生まれるEND
『猫に恋』END
あとがき→
松本の診断を受けて、二~三日経つとみーこの乳房とお腹が膨らみ始めた。いよいよこれは妊娠だと確信した皆。
それから、十日と少し位すると今度は食べる食べる。有り得ないくらい食べ始めた。流石に食べすぎだろ、と藤堂が量を減らそうと試みたが駄目だった。藤堂に襲い掛かり食事をくれるまで殴りまくった。猫の殴りは地味に痛かったらしい。結局、信じられないぐらいがつがつと食べた。
しかし同時にあまり活動しなくなり、一日中寝ていることもあった。太ったことが目に見えて分かった。
それから間もなく、お腹の中で子猫が動くのが確認できると皆が「すごい」と見に来るようになった。みーこを触ると攻撃されるので、ちょっと距離をとって監察することになった。
いつの間にか、みーこは原田の自室前の縁側の下に巣を作っていた。千鶴がそっと布を差し出せば、それを下に敷いて確実に出産に備えているのが窺えた。
ある日、千鶴が縁側の下にいるみーこを眺めているのを見つけた沖田と斎藤。千鶴が不安そうな顔をしているのが気になり、声をかけた。
「今日になって急に食欲が減退したようなんです」
千鶴が餌を片手にそう口にしたのは、みーこの妊娠が発覚して一月と少しだった。
今までもりもり食べていたのに、今日は少し食べて止めてしまったという。
「そろそろじゃない?」
千鶴の言葉を受けて口を開いたのは沖田であった。
「思い出したんだけど、昔試衛館にいた猫が数年に渡って何匹も子供産んでたんだよね。その時に毎回、今みたいなことがあった気がするんだよね。その後に子猫がいっぱい産まれていたなーって」
「試衛館……それって皆さんが昔いた道場ですよね?」
「そうだよ。あの頃は今みたいに猫にご飯をあげれなかったんだけど、鼠がいっぱいいたからね。道場に住みついちゃってたんだ」
へぇ、と感心する千鶴に対し、斎藤は頭を捻っていた。
「そうだったか……。総司、よく知っているな」
「そうだねぇ。あの頃は皆強くなるのに必死だったし、猫なんてゆっくり眺める時間なかったからね」
「それでも沖田さんは気付いてたんですね」
「うん、特別注目してたわけじゃないけど何年もいると気付くよね」
沖田の言葉に気付かなかった斎藤は落ち込んでいるようだった。
「とにかく、今はご飯食べないんじゃない? 放っておくと良いよ」
そう言って立ち上がった沖田は、そのまま立ち去った。
「……雪村。俺たちも離れよう」
「でも、心配ですね。ちゃんと無事に産まれるんでしょうか」
「絶対とは言わないが、大丈夫だろう。むしろ俺たちが変に関わることによって、危険になる可能性だってある。総司の言う通り放っておいたほうが無難だろう」
斎藤も背を向けたので、千鶴は気になりながらも後を追った。
――……‥‥
「おい、縁側の下がえぐれてるんだが」
夕餉の時分。現れた土方が怪訝な顔をしながら座った。
「縁側の下?」
永倉の疑問に土方は「みーこのいる巣だ」と答えた。
「みーこは? いないのか?」
「いや、いる。だが、落ち着きなかったな」
「うーん、みーこ自身が掘ったのかな」
平助の推測は当たっていた。
――みーこの作った巣の周りは掘り返されたような跡。しかし、みーこがそれを自ら行っていた。土方たちが夕餉を食べている時も、掘ったりその周りを回ったり。
そうしているうちに、原田が近付いた。
「落ち着け――って、おい! 俺だ!」
「!? びっくりした、左之さんか……」
突如現れた原田にみーこは思わず攻撃的になった。しかし、それが原田と分かると警戒心を解いた。
「ってかすげぇな。猫になってから夜目が利くようになった」
「人間は見えないの?」
「慣れてくりゃそれなりに見えてくるが、こんなにはっきりと見えねぇな。お前の顔も良く見える」
「……」
人間の女の子なら「顔が良く見える」と言われれば、少しは照れるかもしれない。しかし、みーこは猫。それをさらっと聞き流した。
原田は何も反応しないみーこに、妙な羞恥心が込み上げてきた。軽く咳払い(したつもり)をし、話題を変えた。
「ところでお前、さっきから何してるんだ?」
「うーん、何か出そうで出ないっていうか」
「男の前でやることかよ……」
原田の呟きを無視し、みーこはぐるぐる回り落ち着かない様子。
「っ」
「どうした?」
「お腹痛い……!」
その言葉に原田は慌てた。息が荒くなるみーこ。
原田はどうしていいか分からず、ただ傍にいることしか出来なかった。
――三週間後。
原田の部屋に子猫が五匹、思い思いに遊んでいた。全部、真っ白な毛並みをした子猫。目の色は、みーこと同じ猫もいたが原田の色を受け継ぐ子猫の方が多かった。
「ねぇ、この子たちって人間にもなれるのかな?」
「みーこが俺たちを平気なように、自ずと子猫も平気になるだろう」
「いや、一君。慣れる、じゃなくてなれるかな――僕が言いたいのは、みーこが前に人間になったように、この子たちもなるのかなって。左之さんだって人間だし?」
あ、と声を漏らし俯く斎藤は間違った解釈をしたことに気恥しくなったようだ。
にゃーにゃーと鳴き声を出しながらじゃれる子猫たちに、傍にいた千鶴は和んでいた。
「千鶴ちゃん? 仕事しなくていいの?」
「あ、はい。今休憩中なんです」
「ふーん。……っていうか、左之さんずっとみーこの傍にいるね」
沖田の視線の先には、のんびりと寝そべるみーこと寄り添う原田の姿。
「しかし、左之は最近ますます猫のようになった気がするが……もう人間に戻らないのか?」
斎藤が微妙な顔をすると、原田は一瞥したが気にしていないようだった。
その様子を見た沖田、
「別に良いんじゃない」
と言い放った。
「左之さんも元に戻りたそうじゃないし、戻ったところでみーこや子猫たちが可哀そうじゃない」
「確かに、子猫たちは左之に懐いているが……人間に戻っても甘えられるのではないか?」
「一君。一君は、土方さんが突然熊や獅子になっても従えるの?」
「そ、それは……それが副長なら仕方のないこと――」
「えー僕は従えないなぁ。だって何言ってるかきっと分からないもん」
楽しそうに笑みを浮かべる沖田に、斎藤は黙ってしまった。
そんな二人を余所に、原田はまったりとみーこに寄り添う。周りには、無邪気な子猫たちが群がってた。
13.猫は生まれるEND
『猫に恋』END
あとがき→