風間が姫を連れ帰ったとき、天霧は相当驚いて「人間のしきたりを破るとはいけませぬな。例え鬼であっても、姫は人間として暮らしていたのです」と怒りを表わにしたが、風間は「そんなこと知らぬ」と聞かなかった。

それから姫を押し込めた部屋に風間が行くと、姫は背を向けて座っていた。


「気に入ったか？」


側に置いてあるのは、風間が特別に用意した高級な琴であり、それを差し出した時の姫は大層驚いた顔をしていたが。


「何故、私を連れ去ったのですか？　貴方は誰？」

「ふん、散々文のやり取りをしてそれはないだろう」

「！　じゃ、じゃあ貴方が風間様？」


振り返った姫の顔は美しく、風間は目を細めて笑みを浮かべ姫の側に腰を下ろした。


「千雪……」

「っ、気安く呼ぶなどっ。せ、せっかく文をやり取りしていたのにいきなり連れ去るなんて、破綻してるわ」

「鬼の一族に人のしきたりなど知らぬ」


その言葉に、姫は大きく目を見開き風間の顔を見た。


「まさか、貴様が鬼だとはな」

「鬼！？　何のこと！？」

「？……まさか鬼を知らぬと？」


風間は姫に天霧から聞いた話を言って聞かせた。すると姫は、ますます驚き信じられないと首を振るばかりなので、風間が傷の治りや人並み外れた身体能力を指摘すれば思い当たることがあるようで、姫は黙って俯いてしまった。


「安心しろ。俺も貴様と同じ鬼だ。今宵はゆっくり休むが良い」


風間は部屋を後にした。




――……‥‥

翌日、騒ぎになったのは姫の屋敷の方である。
姫がいないと、あちこちで声があがり捜索が行われたが見つかるはずがない。

内大臣は、侍女に事情を聞いたがどの侍女も知らぬと言うばかり。とうとう内大臣は怒り「どういうことだ！」と怒鳴り付けた。


「私共、姫様が就寝なさる時までは確認しております」

「姫様の隣の部屋におりましたが、物音一つなく異変も感じ取られなかったのでございます」


すると内大臣、落ち着きを取り戻し


「では、変わったことは最近なかったか？」


と聞けば侍女の一人


「と、申しますと……姫様に最近恋文をやり取りしているお方が」

「何！？　恋文！？　見せろ！」

「は、はいっ」


そこで侍女が姫の文箱を持参し、内大臣に渡せば早速広げてそれを読む。


「このような男、わしは聞いたこともないぞ」

「私共も、ありませぬ。しかし、紙や字、歌の完成度を見ますと高貴なお方なのではないかと思い、私共は偽名かと思うておりました。しかしながら、一向に本名を語ることもないので偽名ではないのかと姫様も確信しつつありましたが、もし偽名でないのなら何処の誰か全く分からぬので悩んでおりました」

「しかも内大臣様、その紙は何処の店で売っているものと違いどのような紙なのか全く見当つかぬのでございます」


うむ、と険しい顔の内大臣であったが姫の行方は知れなかった。