原田さんの表情が、怖かった。そして痛み。重なった二つのことが、私の視界をぼやけさせた。


「っ、悪い……！」


泣きたくないのに、涙が溢れる。緩んだ手首に血が回るのを感じながら、しゃがみ込んだ。
原田さんは私に合わせ、肩を優しく触った。


「悪い。痛かっただろ。……赤くなってるな」


手首を手に取り、指で撫でられくすぐったかった。そして、さっきとは打って変わって穏やかな声で同じ質問を繰り返した。
私は、もう嘘は吐けないと思った。だから、意を決して気持ちを伝えることにした。


「ずっと、好きでした」


泣き顔を見られたくなくて、少し俯いてしまう。上手く喋れないけれど、ゆっくりと気持ちを口にした。


「お恥ずかしいですが、一目惚れでした。最初は見ているだけで良かったんですけど、やっぱり我慢できなくて……嘘吐いて近付きました。……ごめんなさい」


原田さんがどんな反応を示しているかは知らない。でも、嘘という卑劣な手を使ったことは今になって少し後悔した。それによって彼は怒り、きっと呆れただろう。
私の恋はこれで終わる。そう思ったら苦しくて――。


「ごめんなさいっ」


逃げ出そうと試みた。


「待てよ」


しかし、それは叶わなく私はあっさりと捕まってしまう。そして次の瞬間、決して一人では成しえない程の早さで後ろに引っ張られた。


「わっ」


背後からぎゅっと抱きしめられた。
現実が、信じられなかった。なぜ、そんなことをするのだろうか。私は何も聞けなかった。


「……すまなかった」

「え？」

「俺は、勘違いしてた」


すっかり日は落ち薄暗い路地も路地裏も人の気配はない。ただ、私と原田さんの二人だけ。


「お前が好きだ」

「！」


耳元で突如、呟かれた言葉に全身がふわふわした。


「言い訳はしねぇ。けど、これだけは分かってほしいんだ。……俺は、夏江に惚れた。どんな理由であれ、お前から貰う弁当が今では楽しみなんだよ」

「嘘……だって、私は嘘吐いて……っ、だって」

「泣くなよ。お前が俺にだけ弁当くれるのは知ってた」


そう指摘され、紅潮するのが分かった。


「それから話していくうちに、もっと惚れた。嘘吐かれたって分かったとき、どうしようもねぇくらい切なくなっちまった。……すまねぇな」


未だ赤い手首に唇を寄せる原田さんに、私は慌てた。


「お前が嘘吐いてた理由が分かって、安心した。絶対離さねぇ。俺の女になってくれ」


原田さんはずるいな。
今度は正面から抱きしめられては、絶対断れないもん。
断るつもりもないけどね。






～END～
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