――……‥‥

トシと付き合い始めて、すぐはデートとかも凄く恥ずかしかった。ただの幼馴染の頃はまだ平気だったのに、付き合った途端に緊張が酷かった。
それも数か月で慣れ、普通にデート出来るようになった頃。初めてトシに体を許した。
半年経つと同棲を始めた。
そして、付き合い始めて一年経った記念日にプロポーズされた。元々、結婚前提にお付き合いという形だったが改まってプロポーズされると、とても嬉しかった。

それから、式はいつにするかどういう式にするか。将来どんな家に住みたいか、何人子供が欲しいか。沢山話し合った。

凄いのは「職歴なし」にも関わらず、トシは大手企業の営業に採用されたことだ。面接でその溢れるコミュニケーション力と話す力が伝わったのだと思う。

漸く、周りにも大声で言える生活を送るようになってトシは実家に顔を出すことを決めた。
プロポーズされて、いつ挨拶しに行くかも話し合った。

そして結婚式まで一週間。という時に事件は起こった――。

その日、私は最後の給料日だった。先月いっぱいで寿退社した会社から払われる最後の給料日。
同棲したころから、生活費等は二人の給料からいくらかずつ出してやりくりしていた。
しかしトシは結婚したら全部俺が出すから、と言ってきかなかった。実際稼ぎは良いしね。
年齢が年齢なのですぐにでも子供を作ろうって二人で決めたから、私は退職したわけだ。

私は通帳を鞄に入れ、玄関に向かった。


「どこ行くんだ？」


するとリビングにいたはずのトシが後ろから抱き着いて来た。


「びっくりした！　銀行だよ。今日、最後の給料が入ってる日だから」


そう告げると、トシは離すどころか更にきつく抱きしめてきた。
そして、私の左側の髪の毛を後ろに避けて首にキスをした。


「ちょ、止めてってば」

「……嫌か？」

「そうじゃないけど！　私、今から出かける！」


トシの腕の中でもがけば漸く離してくれた。


「どうしても行くのか？」

「行くよ。ついでに買い物もして帰るけど……何かある？」

「いや……。あぁ、悪いが煙草も買ってきてくれねぇか。丁度切れそうだ」


相変わらずヘビースモーカーのトシはすぐに煙草を切らせてしまう。


「分かった。じゃあ行ってきます」

「早苗」


玄関の戸を開けた時、トシに呼ばれる。
まだ何かあるのかと振り向いたら、その顔は少し笑っていた。


「ありがとよ」


突然なんだろうか？
首を傾げたが、トシはすぐに「行って来い」と口にし聞くに聞けなかった。




――……‥‥

とりあえず少しは持ち合わせがあったので、まず煙草をコンビニで買った。
そしてそれから銀行に行けば、時間はもう二時四十七分。急いでATMに向かい私は通帳を通した。


「……え？」


三万円引き出そうとした。しかし確認画面で、残高不足の文字。


「何で？」


打ち間違えたのか。そう思ってもう一度やってみることにした。しかし


「え？　何で？」


やっぱり残高不足。
私は次に通帳記帳をしてみることにした。手が震える。
とても焦っているのが自分でも分かった。

記帳を終えた通帳を見て、私は目を見開いた。


――残高　203円


ありえない。
何でこんな。

言葉を失った。慌ててそれまでの記載を見ると、どこかで連続して九万円ずつおろしたことになっていた。
しかも全部カードで。


「カード！？」


慌てて財布の中を見るが、そこにあるはずのカードがなかった。


「盗まれた！？」


でもそしたらいつどこで？
私は、急いで銀行窓口に走った。


「あの、すみません」


もう閉まる前で、客もいない。窓口にいたお姉さんに申し訳なく思いながらも声をかけた。
お姉さんは快く応じてくれたが、事情を説明するにつれその顔は険しくなっていった。


「そうすると、一旦カードでのお引き出しを止めましてカードを作り直しましょうかね。盗難と窃盗で警察に通報する他ないですね」

「……もう盗まれるほどの金額残っていないんですが」

「とりあえず、警察に通報してください。こちらではカードを止める手続きをしますので」


そういってお姉さんは席を立った。
私は警察に連絡して警察が来るまでの間、トシに電話することにした。

しかし、何をやっているのか。トシは電話には出なかった。
仕方なく、私はメッセージで今起こったことを書いて送った。帰りが遅くなるということも。

それから数分、警察官がやって来て事情を聞かれる。先程のお姉さんも加わって、通帳を見せながら説明していった。


「……なるほど。すみませんが、この取り扱い番号の場所は分かりますか？」


全てを聞き終えた警察官は、お姉さんに通帳の「取扱店」の欄を指して聞いた。
お姉さんは、調べてくれるらしく通帳を受け取ると裏に戻っていく。
その様子を見守る私たち。午後三時二十六分。店にはもう客はいない。

やがて戻ってきたお姉さん。曰く、九万円ずつおろされたであろう場所は隣町にある小さなスーパーに設置されたATMであることが分かった。


「すぐに監視カメラを」


上司であろう警察官が部下の警察官にそう命じた。


「しかし……」


ぱらぱらと通帳を捲る警察官。


「これは凄まじいですね。数日に分けて九万円ずつおろしている。何度も何度も。総額がこれだけあれば時間もそうですが気力もいるだろうに……」


そう、犯人は一日に何度も何度も連続してお金を引き出していた。
この銀行はATMで引き出せる一回の金額は十万である。すれすれの九万を引きおろし、かつ一日の引き出し上限を越えない少し下で止めていた。それを数日。


「気が付かなかったんですか？」


警察官にそう聞かれ、私は項垂れる。


「同棲している婚約者の稼ぎが良いので、彼の給料日から今日までは私の口座にはノータッチでしたから……。その間は、彼の給料だけでやりくりしてました」

「ちなみその彼氏の給料日は？」

「えっと、十日前です」


そう自分で言って、あっと気付いた。警察官も同じようで――


「丁度、九万の引き落としが始まった日ですね。それで、最後の引き落としが今朝ですね」


今朝。
その言葉に私ははっとした。


「とりあえず、今部下が例のATMの防犯カメラを確認しに行っています。犯人らしきやつの映像が見つかれば、貴女にも見てもらうことになるでしょう。とりあえず、連絡先を教えてもらっても？」

「はい」


後日改めて、ということで私は警察官に携帯の番号を教えた。
それから、解放されるまで私はただ一つのことしか考えられなかった。